ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
飛来した手裏剣が俺の腕で弾かれた瞬間、硬い金属音が中庭の上を裂いて、紫色の空の奥へ鋭く消えていった。
衝撃そのものは重かったが、子供たちの悲鳴が続かなかった事実だけで、今の防御に意味があったと分かる。
アサシンナイトメアは一歩も退かず、巨大な手裏剣を模した頭部をわずかに傾けながら、こちらの出方を測るように黙っていた。
「このナイトメア、見た目から分かるけど、やっぱり忍者だから動きが見えない」
俺は視線を切らないまま言って、左右へ散っていく分身の足運びを追う。
忍者ってのは厄介だ。派手に強い相手より、姿を消して守る隙間を突いてくる相手の方が、こういう護衛戦じゃ何倍も厄介になる。
「さっきから、そのナイトメアって何なのよ」
春川が子供を庇いながら低く言う。
声には苛立ちが混じっていたが、それは俺に向けたものというより、理解できない現象を前にした焦りの方が強かった。
「ナイトメアは、その人の悪夢が具現化した存在なんだ。……あれ?」
言いかけたところで、俺はアサシンナイトメアの動きに違和感を覚えた。
こいつは俺たちを斬り伏せようとしているわけじゃない。
狙いは最初から一貫して、俺でも春川でもなく、子供たちだけに絞られている。
「……どうしたの」
「いや、その、超高校級の保育士なのに、なんで忍者に――」
「それ以上言ったら、まずはあんたから殺すよ」
春川が本気の声色で返してきたので、俺は即座に前言を撤回した。
こういう時に変な軽口を叩くのは俺の悪い癖だが、張り詰めた空気を少しでも緩めないと、次に来る一撃で心が折れる場合もある。
「あっ、ごめん」
「……まあ、こっちも悪かったけど」
その短いやり取りの直後、アサシンナイトメアが足音もなく消えた。
いや、消えたんじゃない。見失わされた。
黒い煙が地を這うみたいに広がり、その煙の内側から同じ姿がいくつも立ち上がる。
分身の数は五、いや六か。正確に数える意味は薄い。全部が本物みたいに殺意を持って動いている時点で、どれが本体でも厄介さは変わらない。
「来るぞ、春川!」
言葉と同時に、手裏剣が放たれた。
一直線じゃない。曲がる。跳ねる。壁も地面もないのに、空中で軌道を変えて子供たちの隙間へ潜り込んでくる。
ただの投擲じゃない。狙いそのものが“守らせない”ために組まれている。
俺は前へ出て二本を弾き、身体を捻ってもう一本を肩で受けた。
だが、その瞬間に分かった。これじゃ足りない。
フィジカムインパクトのままでも防げる攻撃はある。けれど、防げるのはあくまで“見えたものだけ”だ。
今の相手は、見えない手数で守りの穴を探してくる。
俺が全部を追い切るより先に、春川が守ろうと動いた先の別方向を突かれる。
そして、実際にその最悪が起きた。
春川が小さな子供を抱き寄せた直後、その背中側から別の手裏剣が滑り込む。
子供だけを狙う悪意が、まるで最初からその瞬間を待っていたみたいに鋭かった。
「っ……!」
春川が振り向く。
間に合うかどうかは、半歩で決まる。
半歩の差で、守れたか、守れなかったかが決まる。
そしてこのソムニウム世界では、その結果がそのまま春川の絶望になる。
駄目だ。
このままじゃ、春川自身の身体能力と気合いに全部を預ける形になる。
守るために必要なのは、速さより先に、確実な防壁だ。
俺は胸の前でドライバーへ手を走らせる。
今必要なのは突破力じゃない。
今必要なのは、子供も春川も一緒に包める守りの形だ。
「バリア!」
カプセムを装填した瞬間、ドライバーの音声が夢の空気を震わせた。
続けて響く変身音が、中庭を覆う悪夢のノイズへ真正面からぶつかっていく。
『バリア! メツァメロ! メツァメロ!』
『グッドモーニング! ライダー! ゼッツ! ゼッツ! ゼッツ! バリア!』
装甲が上書きされる。
視界の端で光が走り、両腕の感覚が一気に重く、そして頼もしく変わった。
エスプリム系の洗練された輪郭を残しながら、前腕部だけが明確に厚みを増し、大型のシールドが外殻のようにせり上がる。
左右の腕に備わった防盾は、ただの装備じゃない。
見た目の時点で“守るための形”をしていて、俺が一歩踏み込むだけで、そこに一枚の壁が出現したみたいな圧がある。
迫っていた手裏剣が、俺の展開した防壁へ激突する。
硬い衝突音が連続し、火花が散る。
それでも貫かれない。
むしろぶつかった側の軌道が乱れ、地面へ弾き落とされていく。
「……すご」
春川が呆然と漏らす。
その一言だけで十分だった。
守れる。
少なくとも今この瞬間、守れないって決めつけだけは否定できた。
「春川、子供たちを俺の後ろへ寄せろ。固まらせすぎるな。二列でいい。俺が正面を切る」
俺が指示を飛ばすと、春川は一瞬だけ目を見開いたあと、すぐに頷いた。
やっぱりこいつは現場に立つ側の人間だ。
感情に呑まれかけていても、守るための言葉が届けばすぐ動ける。
「みんな、こっち! 急いで、でも押さないで!」
春川が子供たちを導き、その前へ俺が立つ。
これで、子供たちだけじゃない。
春川も俺の守備範囲に入った。
アサシンナイトメアの狙いが“春川に守れなかったと思わせること”なら、守る主体を一時的に俺へずらすだけでも意味がある。
だが、相手も馬鹿じゃない。
俺が守りを優先したと見た瞬間、アサシンナイトメアは明らかに狙いを変えてきた。
子供へ投げていた手裏剣を引き、今度は俺の死角へ潜り込むように本体が接近する。
守りに入ったライダーは反撃が遅れる。
そう読んだんだろう。
正しい判断だ。
正しいからこそ、そこを逆に折る価値がある。
「甘いな」
俺は左腕の盾で最後の一本を弾いたまま、右手でブレイカムゼッツァーを引き抜く。
手の中で武器の重量が切り替わり、アックスモードへ変形する感覚が掌に馴染んだ。
そこへ、次のカプセムを迷わず装填する。
「ストリーム」
大気を操る力。
フォームそのものを切り替えなくても、今この武器に必要な性質としては十分だ。
回転入力と同時に、刃の周囲で空気が唸り始める。
圧縮された風が刃に沿って渦を巻き、目には見えない一撃の幅が、一気に広がった。
アサシンナイトメアが飛び込んでくる。
分身を二つ重ね、本体の位置を紛らわせながら、巨大な手裏剣の頭部ごと叩き込むような接近だ。
その動きは速い。
だが、風は速さごと掴める。
「吹き飛べ!」
俺は腰を落として、横薙ぎに振り抜いた。
アックスの刃だけじゃない。
巻き起こった気流が一帯を薙ぎ払い、空中に残っていた手裏剣の軌道を強引に押し流す。
分身が崩れる。
煙が散る。
そして本体だけが、まともに風圧と斬撃を食らって中庭の奥へ吹き飛んだ。
アサシンナイトメアの身体が地面へ叩きつけられ、砂と黒い靄が跳ねる。
倒れた。
だが、倒したわけじゃない。
忍者型の悪夢がこの程度で終わるはずがないし、何より、こいつの本質はまだ崩れていない。
俺はアックスを構えたまま、一歩、また一歩と近づく。
背中の向こうでは、春川が子供たちを抱き寄せる気配がある。
その気配がある限り、俺は前を向ける。
「さて、ようやく話ができそうだな、アサシンナイトメア」
砂煙の向こうで、巨大な手裏剣がゆっくり持ち上がる。
倒れた体勢のままでも、あの悪夢はまだ笑っていた。
守れたという事実そのものを、次の一手で塗り潰すつもりなのかもしれない。
だったら、その前に踏み込むだけだ。