ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
倒れたアサシンナイトメアへ、俺はアックスを構えたまま距離を詰める。
春川の後ろでは、まだ怯えた子供たちの息遣いが小さく揺れていて、その気配が背中を押していた。
ここで仕留める。
そうしなきゃ、この悪夢はまた同じやり方で子供たちを狙うし、春川の心も何度でも削られる。
アサシンナイトメアは砂を巻き上げたまま膝をついていた。
巨大な手裏剣を模した頭部がゆっくり持ち上がり、切傷みたいな模様の走る身体が黒い靄を吐く。
まだ動ける。
けど、今なら間に合う。
ストリームカプセムの残した気流がまだ周囲を乱している以上、こいつの忍者じみた挙動もさっきほど鋭くはない。
「終わりだ、アサシンナイトメア」
俺はそう言って、ブレイカムゼッツァーを振り上げた。
次の一撃で決める。
そう判断した瞬間だった。
空気が裂けた。
嫌な予感が、音より先に首筋を走る。
俺は反射で踏み込みを止め、その場から横へ飛んだ。
直後、さっきまで俺のいた場所へ、巨大な刃が叩きつけられる。
剣、というより処刑器具だった。
地面ごと断ち割るみたいな重さで土を抉り、遅れて衝撃が中庭全体に広がる。
「っ……!」
着地と同時に振り返る。
視線の先に立っていたのは、見覚えのない仮面ライダーだった。
胸部の中央には、何かが欠けたみたいな空隙。
ゼッツと同じくライダーの輪郭を持ちながら、そのどこかが決定的に噛み合っていない異物感がある。
さっき飛んできた巨大な剣――いや、もはやギロチンと呼んだ方がしっくり来るそれを、無造作に地面へ突き立てたまま、そいつはもう片方の手に握った小型の剣だけを下げていた。
喋らない。
動揺もしない。
ただそこにいるだけで、場の空気が一段冷たくなる。
「……お前は、誰だ」
問いかけても、返事はない。
無視したというより、最初から会話を選択肢に入れていないような沈黙だった。
そいつは巨大剣から手を離すと、何の躊躇もなく俺へ向かって踏み込んできた。
「なっ――!」
速い。
いや、速いだけじゃない。
予備動作が薄すぎる。
大剣を使う奴の間合いだと思っていたところへ、小剣一本で一気に距離を潰してくる。
読みがずれる。
ずれた一瞬に、刃がもう目の前にある。
俺は咄嗟に両腕を交差させ、盾で受けた。
高い金属音が耳を打つ。
エスプリムバリアの防盾が衝撃を殺してくれる。
だが、止まり切らない。
一撃ごとの重さじゃなく、連撃の角度と速さで体勢そのものを崩しに来ていた。
「くっ……!」
二撃目。
三撃目。
上段から見せて脇腹、脇腹へ来ると見せて足元、受けた瞬間にはもう次の刃が反対側から走る。
防げている。
防げてはいるのに、全部を同じ場所で受けさせてもらえない。
バリアは一箇所しか張れない。
その制約を、この謎のライダーは最初から知っているみたいに突いてくる。
俺が守るためのフォームを選んだことを、逆に利用されている。
子供たちの前から離れられない。
春川たちへ抜けられる角度を潰しながら応戦するしかない。
そのせいで、踏み込みも反撃もどうしても遅れる。
「万津!」
春川の声が背中から飛ぶ。
それに返す余裕はなかった。
小剣の斬線が、今度は盾の縁を正確に叩く。
嫌な感触が腕を走り、体勢が浮いた。
そこを逃さず、謎のライダーが低く潜り込む。
次の瞬間、腹へ蹴りがめり込んだ。
「がっ――!」
息が抜ける。
そのまま身体が大きく吹き飛ばされ、地面を削りながら転がった。
盾がなければ、今のでもっと深く持っていかれていた。
けど、痛みより先に理解したのは、こいつが俺を倒すことより“どかす”ことを優先したって事実だ。
視線を上げる。
謎のライダーは、俺には追撃せず、地面へ突き立てた巨大剣の方へ歩いていた。
やっぱり、そっちが本命か。
そいつは無言のまま大剣の柄へ手をかける。
装填されていたカプセムが、鈍く光った。
胸の奥で、理屈じゃない警鐘が鳴る。
まずい。
あれは受けるしかない。
避けた先に春川たちがいる。
俺は立ち上がり切る前に両腕の盾を前へ出した。
その動きと同時に、謎のライダーがカプセムを回す。
『ドォーン! パニッシュエッジ! ゲット・ロスト!』
低く、重く、叩きつけるみたいな音声が中庭を震わせた。
巨大剣が何かを撃つのかと思った。
だが、実際に閃いたのは、もう片手に握られていた小剣の方だった。
細いはずの刃から、巨大な断罪そのものみたいな斬撃が走る。
空間ごと裂くみたいに一直線。
速すぎて、考える余地はない。
「っ……!」
防ぐ。
それしかない。
両腕の盾を合わせ、バリアを正面へ集中する。
斬撃がぶつかった瞬間、衝撃が全身の骨へ直接叩き込まれた。
受け止めた、と思ったのは一瞬だけだ。
威力が段違いだった。
防壁が砕けたわけじゃない。
砕けてはいないのに、その上から押し潰される。
「う、おおおっ!」
踏ん張り切れない。
足元の土が抉れ、次の瞬間には身体ごと後方へ弾き飛ばされていた。
視界が回る。
背中から地面に叩きつけられ、息がまた喉の奥で途切れる。
くそ、なんだこいつ……!
春川たちの方を見る。
子供たちはまだ無事だ。
春川が咄嗟に庇って、俺が作ったわずかな時間を繋いでいる。
だが、その視線の先で、謎のライダーはもう別の目的を果たそうとしていた。
倒れていたアサシンナイトメアの襟首を、そいつは無造作に掴み上げる。
助ける、という感じじゃない。
回収する、という表現の方がよほど近い。
「待て……!」
声を絞り出して立ち上がろうとする。
けど、脚に力が戻るより先に、そいつは一度だけこちらを見た。
仮面越しでも分かる。
何の感情もない。
敵意すら薄い。
ただ、俺を“障害物”として処理した目だった。
そのまま、謎のライダーはアサシンナイトメアを引きずるようにして後退する。
紫色の空気が揺らぎ、黒い靄が足元から湧き上がった。
離脱する気だ。
「逃がすか!」
俺は無理やり身体を起こして踏み出す。
けれど、その瞬間にはもう遅かった。
靄が視界を覆い、次に晴れた時には、そこにいたはずの二つの影は跡形もなく消えていた。
残ったのは、地面を抉った巨大な斬撃痕と、嫌に重たい沈黙だけだった。
「……万津」
背後から春川の声がする。
俺は息を整えながら、ブレイカムゼッツァーを握り直した。
アサシンナイトメアは倒し切れなかった。
それだけでも最悪なのに、今のライダーはそれ以上に厄介だ。
問いかけには答えない。
目的だけ果たして消える。
しかも、ナイトメアを回収していった。
「味方、じゃねぇのは確かだな……」
自分で言いながら、奥歯を噛み締める。
あれが何者なのかは分からない。
でも、一つだけ分かることがある。
あいつは、この悪夢を終わらせる側じゃない。
むしろ、続きを選んだ側だ。
春川の方を見る。
子供たちはまだ怯えているし、春川の顔色も良いとは言えない。
守れた。
けど、終わっていない。
終わっていない以上、この戦いはまだ春川の心を狙い続ける。
「春川。今のうちに、子供たちをまとめろ。ここから先、もっと面倒なことになる」
そう言うと、春川は短く頷いた。
無事だったことへの安堵より先に、次の脅威へ備える顔だった。