ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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戯れ Part1

 肺の奥へ空気が流れ込んだ瞬間、俺は反射的に身体を起こしていた。

 現実に戻ったはずなのに、胸の奥にはまだ、あの斬撃を正面から受けた時の圧力が残っている気がする。息はできる。手足も動く。なのに、身体の芯だけが妙に重かった。

 

「万津くん……!」

 

 耳へ飛び込んできたのは、日菜の声だった。

 心配を隠せていない声色に、俺はようやくここがソムニウム世界の中じゃなく、現実の部屋なんだと理解する。視線を上げると、日菜が俺を覗き込むように立っていて、その少し後ろでは百田が険しい顔をしていた。反対側には、まだ呼吸の浅い春川が椅子に手をつきながら俯いている。

 

「……戻った、か」

 

 自分で口に出して、現実の輪郭を確かめる。

 紫色の空も、黒い靄も、子供たちを狙って飛んできた手裏剣も、もうここにはない。けど、あの最後に割り込んできた異物の気配だけは、まるで夢の向こうからそのまま追いかけてきたみたいに頭の中へこびりついていた。

 

「大丈夫かよ、万津」

 百田の声は低かった。

 いつもの勢いで押し切るみたいな調子じゃなくて、本気で様子を窺ってる時の声だ。

 

「すぐに立てるくらいにはな」

 そう返してから、俺は春川を見る。

 春川は俺と目が合うと、少しだけ眉を寄せ、それから小さく息を吐いた。

 

「……あんたが先に起きてくれて助かった」

 短い言葉だった。

 けど、その一言の奥に、まだ張り詰めたものが残っているのは分かる。子供たちは守れた。そこだけは確かだ。けれど、何も解決していないのも同じくらい確かだった。

 

「二人とも、外傷はないみたいだけど……顔色が全然良くないよ」

 日菜が慎重に言いながら、手元の端末へ視線を落とす。

「向こうで何があったのか、ちゃんと整理したい。さっきの反応、ただの戦闘じゃなかったんだよね」

 

 部屋の空気が少しだけ沈む。

 俺は呼吸を整えながら、あの悪夢の中で起きたことを順に思い出していった。

 

「まず、アサシンナイトメアの狙いははっきりしてる」

 俺が口を開くと、全員の視線が自然と集まる。

「春川を絶望させるためのナイトメアだ。子供だけが消えるルールを世界に仕込んでた上に、消えた子供は春川の認知からも抜け落ちる。守れなかった感覚だけ残して、何を失ったのかすら曖昧にする……最悪のタイプだ」

 

 百田が奥歯を噛み、日菜が目を伏せる。

 春川は何も言わなかったが、指先だけがわずかに強く握られていた。

 

「でも、あれ自体には対抗できた」

 俺は続ける。

「エスプリムバリアなら、子供だけじゃなく春川までまとめて守れる。あのナイトメアが狙ってたのは“春川が守れなかった瞬間”だ。だから守りの中心を俺に移した時点で、一度は流れを切れた」

 

「……うん」

 春川が静かに頷いた。

「実際、守れてた。あんたが前に立って、私が子供たちを後ろへ下げてる間は、あの世界のルールに飲まれる感じが少し薄れた。だから、あそこで終わるはずだった」

 

 終わるはずだった。

 その言葉の最後だけが、苦く沈む。

 俺も同じことを考えていた。アサシンナイトメアは追い詰めていた。あと一歩で決着まで持っていけるはずだった。

 

「けど、あの変なライダーが来た」

 百田が低く言う。

「正直、俺は見てるだけでもやばいって分かったぞ。なんなんだよ、あいつ」

 

 その問いに、俺はすぐ答えられなかった。

 分からないことが多すぎる。だからこそ、分かる範囲だけを言葉にするしかない。

 

「強いって言い方じゃ足りない」

 自分でも驚くくらい声が低くなった。

「最初に飛んできた巨大な一撃で、まず間合いも流れも全部断ち切られた。その時点でおかしい。なのに本当に厄介だったのは、そのあとだ。大剣を地面に突き刺したまま、小さい方の剣だけで一気に踏み込んできた」

 

 日菜が顔を上げる。

 俺はそのまま続けた。

 

「エスプリムバリアで受ける判断自体は間違ってなかった。けど、あいつは硬いところを無理やり壊すんじゃなくて、硬いままでも崩せる角度を選んで攻めてきた。連撃の速さもそうだけど、それ以上に気持ち悪かったのは、防御の穴を最初から知ってるみたいな動きだったことだ」

 

「私も見てた」

 春川がぽつりと口を開く。

「万津なら止めると思ってた。少なくとも、あの場で一番頼れる壁だった。なのに、見てるこっちが安心する前に押し切られた。あれは……“守れるかどうか”の話そのものを壊してきた感じだった」

 

 その言葉は静かだった。

 でも、静かだからこそ重い。春川は今まで、守るか守れないかの境界に立ってきた人間だ。その春川が“守るって考え方ごと壊された”と感じたなら、あのライダーの危険さは数字じゃなく質の方にある。

 

「残ってる映像、少しだけ復元できるかも」

 日菜がそう言って端末を操作する。

 壁のモニターへ、ノイズ混じりの映像が映し出された。ソムニウム世界の記録の断片らしい。荒れてはいるが、問題のライダーが現れた辺りのコマだけは辛うじて拾えている。

 

 静止に近いところで映像が止まる。

 そこにいたのは、やっぱり見覚えのないライダーだった。

 

 胸の中央に、何かが欠けたみたいな空隙がある。

 全体の輪郭はライダーなのに、その中心だけが噛み合っていない。そこが異様だった。さらに目を引くのは、地面へ突き刺された巨大剣と、片手に握られた小型の剣。その二つが別武器じゃなく、同じ系統のものとして並んでいるだけで、不気味さが増して見える。

 

「大きい方が囮、ってわけじゃなさそうだな」

 百田がモニターを睨みながら言う。

「最初のぶっ込みはあっちでやって、接近戦は小せぇ方でやってた。どっちも本命みてぇな動きじゃねぇか」

 

「うん、そこが一番変なんだと思う」

 日菜が頷く。

「見た感じ、大剣と小剣を別々に使ってるようでいて、実際は連動してる。最初の一撃で戦場を崩して、そのあと小剣で一点突破を狙う。しかも最後は、大剣側のカプセム操作を起点にして、小剣から高威力の斬撃を出してた」

 

 俺もあの瞬間を思い出す。

 巨大な方から何かが来ると読ませておいて、実際に飛んできたのは小剣からの斬撃だった。あのズレが厄介だった。武器の見た目と本命の攻撃が一致していないせいで、対処が半拍遅れる。

 

「つまり、武器が二本あるんじゃなくて……役割の違う一組、ってことか」

 俺が言うと、日菜はすぐに乗った。

 

「そう考えるのが自然」

 彼女はモニターへいくつか印を重ねながら説明を続ける。

「大剣は威圧、制圧、それにカプセム出力の補助。小剣は近接戦と、たぶん最終的な斬撃の射出側。戦闘ログを見る限り、装填されてたカプセムは、刃に何かしらの破壊力を集中させるタイプの能力だと思う」

 

「“パニッシュエッジ”って言ってたな」

 俺が思い出すように呟く。

「あの音声。断罪とか、排除とか、そういう感じの名前だ」

 

「名前通りなら、単純な属性強化じゃないかもしれない」

 日菜は画面を見たまま言う。

「斬撃そのものを重くするっていうより、“受けても押し切られる性質”を乗せてる可能性がある。実際、万津くんはちゃんと防御を間に合わせてた。それでも吹き飛ばされた」

 

 百田の顔が少しずつ強張っていく。

 分からない敵ってだけでも怖いのに、その怖さに理屈がついていくと、人間は余計に逃げ場がなくなる。

 

「じゃあ何だよ、それ」

 百田の声が掠れる。

「守ってても押し込まれるなら、どうすりゃいいんだよ。あれだけやってもまだ足りねぇってのか」

 

 日菜はすぐには答えなかった。

 慎重に言葉を選んでいるのが分かる。けれど、誤魔化すつもりはない顔だった。

 

「少なくとも、今まで使ってきた力だけじゃ相性が悪い」

 やがて彼女はそう言った。

「防御重視だと一点突破される。かといって攻撃重視に寄せたら、今度は子供たちや春川さんを守りきれない。あのライダーは、そこをまとめて崩せる戦い方をしてきた」

 

 部屋が静まり返る。

 俺も否定はできなかった。現場で実際にそれをやられたからだ。

 

「……現状で対抗するとしたら」

 日菜が小さく息を吸う。

「正面から押し返せるだけの出力と、あの連撃を止められるだけの突破力が必要になる。今ある手札の中でその条件に一番近いのは、たぶんカタストロムだと思う」

 

 その言葉が落ちた瞬間、百田の表情がはっきり歪んだ。

 普段なら強気に前へ出る男が、今回は違う。闘志じゃない。未知のものを未知のまま突きつけられて、それでも戦わなきゃいけないと理解した時の顔だった。

 

「……おい、マジかよ」

 百田が低く呟く。

「カタストロムって、切り札だろ。そこまで持ち出さねぇと噛み合わねぇ相手なのかよ」

 

「予測でしかない。でも、甘く見たら次はもっと危ない」

 日菜は静かに言う。

「今回の戦いを見る限り、あのライダーはアサシンナイトメアより厄介。少なくとも、ナイトメアを回収していった時点で、結果としては向こう側に立ってた」

 

 百田は何か言い返そうとして、結局言葉が出なかった。

 怖くないわけがない。俺だって、正直に言えば、あの無言のまま踏み込んできた圧力を思い出すだけで気分が悪い。

 

「……まだ終わってない」

 春川がモニターを見つめたまま言った。

 独り言みたいな声だったが、部屋の全員に届く重さがあった。

「子供たちは守れた。でも、あいつがナイトメアを連れて消えたなら、あの悪夢は途中で止まっただけ。また来る。しかも次は、もっとやり方を変えてくるかもしれない」

 

「だろうな」

 俺は短く答える。

 悔しいが、そこは否定しようがない。アサシンナイトメアは倒しきれていない。さらに、あの謎のライダーまで絡んできた。次があるなら、面倒になるのは確実だ。

 

 日菜が端末を握ったまま、こちらを見る。

「それでも、どうするの」

 

 その問いに、部屋の空気が止まった気がした。

 怖い。分からない。次に同じことが起きた時、今のままで足りる保証なんてどこにもない。けど、それで引けるなら、最初からあの世界へ入っていない。

 

「追うしかない」

 俺ははっきり言った。

「春川を狙った悪夢はまだ残ってる。あのライダーが何者でも、ナイトメアを連れていった時点で放っておく理由は消えた。次に出てきたら、その時は逃がさない」

 

 百田が顔を上げる。

 恐怖は消えていない。けれど、その奥に少しだけいつもの熱が戻ってきた。

 

「……そうだよな」

 百田は息を吐く。

「怖ぇのは怖ぇ。でも、だからって見てるだけで済む話じゃねぇ。子供まで巻き込まれてる時点で、もう退けねぇだろ」

 

 春川が無言で頷く。

 日菜も不安を残したまま、けれど覚悟を決めた顔で端末を持ち直す。

 

 部屋の空気は重い。

 重いままだ。

 でも、その重さを全員で共有できたなら、次へ進むための土台にはなる。

 

 俺は椅子の背にもたれながら、頭の中であのライダーの輪郭をもう一度なぞった。

 胸の空隙。

 大剣と小剣の連動。

 防御の穴を見抜く近接戦。

 そして、最後に放たれた、受けてもなお押し切られる斬撃。

 

 あれはただの強敵じゃない。

 守るための形そのものを崩してくる敵だ。

 

 だったら、その崩し方ごと叩き壊すしかない。

 

 目覚めたばかりの身体はまだ重かったが、意識はもう次へ向いていた。

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