ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
春川の告白が落ちたあとも、ソムニウム世界の空気はすぐには変わらなかった。
紫がかった空は相変わらず不吉な色をしていて、遊具の影は地面へ長く歪み、アサシンナイトメアの赤と紫の輪郭だけが、まるでこちらの心の揺れを待っているみたいにじっと佇んでいる。
けれど、少なくとも一つだけ、はっきり変わったものがあった。
春川を絶望へ落とすための脚本が、たった今、確かに一つ破られたってことだ。
俺がブレイカムゼッツァーを握り直すと、百田がそれに応えるみたいに前へ出た。
さっきまで春川の本音を見抜いていた時の静けさは消えて、いつもの百田らしい熱っぽさが声へ戻っている。
「さて、あの仮面ライダーが来る前にこのナイトメアをさっさと倒そうぜ!」
その言葉は、場に残っていた重さを力ずくで吹き飛ばそうとするみたいだった。
実際、それは間違った判断じゃない。
アサシンナイトメアはまだ立っているし、春川の悪夢も終わっていない。ここで一気に押し切れるなら、それが一番いい。
「待って、百田君っ」
だが、最原が鋭く声を上げた。
百田が怪訝そうに振り向く。
「どうしたんだ?」
最原はすぐには答えなかった。
俺もそこで気づく。
空気が変わった。
アサシンナイトメアが動いたわけじゃない。なのに、中庭の端で、見えない膜でも引き裂かれたみたいな、嫌な歪みが広がっている。
春川が、その歪みを見たまま低く呟いた。
「誰かが来る」
その声には、迷いがなかった。
足音じゃない。気配だ。
しかもただの接近じゃない。相手の存在そのものが、空間へ爪を立てて入り込んでくるみたいな異様な感覚だった。
「まさか」
俺の口から、ほとんど反射で言葉が漏れる。
脳裏に浮かんだのは、前にホテルの一室で俺と向き合っていた穏やかな女の顔と、無言のまま俺を圧倒した断罪者の影、その二つだった。
空間の端が、紙みたいに静かにめくれた。
紫色の空と孤児院の中庭の間に、不自然な裂け目が走る。
そこから現れたのは、予感を裏切らない人影だった。
「さっきぶりだね、万津君」
柔らかな声だった。
まるで本当に気軽な再会を喜んでいるみたいな、穏やかな声音。
その声の主を見た瞬間、赤松が戸惑ったように目を瞬かせる。
「えっと、見た事ない人だけど、あの人は」
「教祖だ、それに」
俺が答えかけたところで、春川が息を呑んだ。
彼女の視線は、下辺零の顔じゃない。
その手にある武器へ釘付けになっている。
「あの武器はっ」
下辺零は何も言わなかった。
ただ、わずかに微笑んだまま、その手にした巨大な剣を静かに持ち上げる。
一振りの大剣だった。
だが、それは普通の剣には見えなかった。
幅のある刃と、処刑器具じみた無骨な重量感。人を守るための武器というより、断罪を執行するためだけに作られたみたいな冷たさがある。
しかも、その輪郭はどこか不自然だった。一本の巨大剣に見えるのに、よく見れば中央の構造が歪で、最初から二つに裂けることを前提に組まれているようにしか思えない。
春川の顔が強張る。
前回、俺を吹き飛ばしたあの異様な剣戟の記憶が、完全に蘇ったんだろう。
下辺零は、俺たちの反応を確かめるみたいに一度だけ視線を巡らせて、それから剣の根元へカプセムを差し込んだ。
その瞬間、武器の内部を暗い光が走る。
『パニッシュ!』
無機質な音声が空気を震わせる。
最原が目を見開いた。
「っ!?」
刃の内側で、まるで血管みたいな赤黒い線が淡く光り始める。
下辺零は変わらず穏やかな顔をしているのに、その手にある武器だけが明らかに別の意志を帯びていた。
『フェイス・ユア・シンズ!』
その音声が響いた瞬間、場の空気が一段冷えた。
断罪。
そんな言葉が頭へ勝手に浮かぶ。
変身準備というより、裁きの宣告を聞かされているみたいな感覚だった。
「まさか、教祖が変身するライダーかよ」
春川の声は驚愕に満ちていた。
だが、その驚きには納得も混じっている。
武器を見た時点で、前に現れた謎のライダーと、今目の前にいる下辺零が一本の線で繋がってしまったんだろう。
下辺零はゆっくりと大剣を掲げた。
そして、その構造そのものを解き放つみたいに、刃を左右へ引き裂く。
『フェイス・ユア・シンズ!』
重なる音声と同時に、大剣が双剣へ分離した。
その瞬間だった。
武器の奥から、名を名乗るみたいな起動音が鳴り響く。
『ブレイカムドォーン』
その音が、この不吉な武器の名を俺たちへ突きつける。
ブレイカムドォーン。
さっきまで巨大剣として立っていたものが、今は二振りの刃となって下辺零の両手に収まっていた。
一本の時より、むしろ危険が増したように見える。
断罪のための器具が、執行者の手へちょうどよく馴染んだみたいだった。
「変身」
下辺零は、あまりにも静かな声でそう言った。
感情を煽りもしない。
吠えもしない。
穏やかさすら残したまま、その一言だけを儀式の締めみたいに落とす。
『ドォーン・ドォーン・ドォーン!』
双剣から解き放たれた暗い力が、血管のような線となって下辺零の全身へ走った。
赤黒い光が身体の輪郭をなぞり、それに沿って黒い外殻が一気に組み上がっていく。
腕が、脚が、胸部が、静かに、けれど容赦なく人の形を削り取っていく。
胸の中央には、何かが欠けたような空隙が残る。
その欠落を中心にして、悪夢そのものを纏ったみたいな装甲が完成していく。
「マジかよっ」
百田の声に、驚きと苛立ちが混じる。
目の前の存在が、もう教祖とか人間とか、そういう分類では収まらない別の脅威へ変わっていくのを、誰もが理解していた。
最後に、髑髏めいた頭部が闇の中からせり上がる。
冷たい複眼へ光が宿った瞬間、完成した仮面の向こうから覗くのは、もう下辺零の穏やかな顔じゃない。
それでもなお、そこにいるのが彼女自身だと分かってしまうのが、何より気味が悪かった。
『ナイトメア・ライダー! パニッシュ!』
変身完了音が響き終わった時、そこに立っていたのは、まぎれもなくあのライダーだった。
前回、無言のまま俺を圧倒し、アサシンナイトメアを回収していった異物。
断罪者のような双剣を携えた。
「お前は……!」
最原が息を呑む。
下辺零は、その言葉を穏やかに受け止めるみたいにわずかに首を傾けた。
「仮面ライダードォーン、それがこのライダーの名だよ」
変身後でも、その声音だけは妙に優しいままだった。
だからこそ、余計に背筋が寒くなる。
断罪者の仮面と、柔らかな語り口が、何の違和感もなく一つに重なっている。
「さぁ、悪夢を楽しもうか」
その宣言と同時に、ドォーンの双剣が静かに持ち上がる。
アサシンナイトメアの作った悪夢は、ここで終わるはずだった。
けれど今、下辺零がドォーンとして現れたことで、この世界はさらに深い底へ引きずり込まれようとしていた。
俺はブレイカムゼッツァーを構え直し、真正面からその異物を睨み返す。
教祖。
仮面ライダー。
そして、万津莫という存在を試すみたいに立ちはだかる敵。
どの顔で来ようと、やることは同じだ。
「楽しむ趣味はねぇよ」
俺は低く吐き捨てる。
「けど、お前を止める理由なら、十分すぎるほどある」
ドォーンの複眼が、わずかに細まったように見えた。
それが気のせいかどうか確かめる前に、悪夢の続きはもう動き始めていた。