ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
仮面ライダードォーンとして立つその姿を見据えながら、俺は奥歯を噛み締めた。
下辺零が底の見えない女だという認識は、前から持っていた。けれど、その底知れなさがまさかこの形で牙を剥くとは思っていなかった。
柔らかく笑い、穏やかに言葉を交わしながら、その裏側では無言の断罪者として刃を振るってくる。
教祖という肩書きだけでも厄介なのに、仮面ライダーとしての顔まで持っているとなれば、もはや厄介なんて言葉で済ませられない。
「ドォーンがまさか教祖だとは」
自分でも呆れるほど、そんな当たり前みたいな感想が口から漏れた。
だが、それに対して返ってきた声は、仮面の奥に沈んでなお妙に穏やかだった。
「さて、始めようとしようか」
その呟きと同時に、ドォーンは軽く指を鳴らした。
たったそれだけの動作なのに、空気が一瞬で張り詰める。
嫌な予感が、理屈を飛び越えて背骨を走った。
『パニッシュ』
「っ」
連動するように、ドォーンの持つカプセムから音声が鳴り響く。
その響きは、ただの起動音じゃない。まるでこちらの動きすら先回りして封じるための宣告みたいで、聞いた瞬間に神経が逆立った。
カタストロムを使うべきか。
その考えは、ほとんど反射で頭をよぎっていた。
だが、あれを使うにはわずかでも準備がいるし、そのわずかな間すら今のドォーン相手には致命傷になりかねない。
春川たちの方へあの刃を通すわけにはいかない以上、ここで求められているのは決戦じゃない。
まずは止めること。
足を止めて、視線を引き受けて、時間を奪うことだ。
「今は――」
俺は迷いを断ち切るようにカプセムを走らせる。
選ぶのは速度と迎撃。
あの異様な剣筋に対抗するなら、一瞬でも反応を上回る手がいる。
『グッドモーニング! イ・ナ・ズ・マ! ライダー!』
音声と同時に、装甲が切り替わる。
稲妻のような光が全身を走り、視界の輪郭が一気に研ぎ澄まされる。
イナズマプラズマ。
今、この瞬間の俺に必要なのは、重さより速さだった。
変身が完了すると同時に、目の前へ迫っていた斬撃をイナズマブラスターで受け流す。
まともに受ければ持っていかれる。
だから打ち消すんじゃない。角度を殺し、流し、逸らす。
火花が散り、金属音が中庭を引き裂く。
「万津!」
背後から百田の声が飛ぶ。
春川も、最原も、赤松も、全員がこの異物の危険さを理解している。
だからこそ、ここで役割を切り分けなきゃいけない。
「ナイトメアを頼む! ドォーンは俺が足止めする!」
言い切ると同時に、俺は地面を蹴った。
迷っている暇はない。
ドォーンに考える時間を与えるほど、こっちの不利は積み上がる。
一気に間合いを詰め、そのまま手に持ったイナズマブラスターを横薙ぎに振るう。
雷を纏った刃の軌跡が、中庭の空気を裂きながらドォーンの胴を狙った。
「おっと」
それに対して、ドォーンは片手に持った剣だけで軽く受け流した。
重いはずの一撃が、まるで水面に石を滑らせるみたいに外へ流される。
あまりにも自然すぎる処理だった。
だから俺は、その流れの外側から即座に次を繋ぐ。
踏み込みの勢いを殺さず、そのままドォーンの腹部へ蹴りを放つ。
剣をいなした直後の体勢なら、さすがにこの一撃は入る。
そう判断した。
だが。
ドォーンの姿が、まるで霧みたいに掻き消えた。
「早っ」
驚きが口をつく。
視界から消えたんじゃない。
俺の攻撃線から、最小の動きで綺麗に外れている。
それが余計に厄介だった。
「君の戦闘データは十分に揃っているからね、それは勿論」
仮面の奥から、落ち着いた声が届く。
その言葉を認識した瞬間、背中に衝撃が叩き込まれた。
「がっ!」
肺の中の空気が一気に押し出される。
視界がぶれる。
吹き飛ばされながら、俺は辛うじて振り返った。
そこにあったのは、さっきまで受け流しに使っていた片手剣じゃない。
もう片方の大剣が、俺を叩きつけるための角度で振り抜かれていた。
あいつ、最初の受け流しの時点で次の一撃まで組んでやがったのか。
地面を削りながら吹き飛ばされる。
けれど、そのまま転がって終わるわけにはいかない。
俺は空中で無理やり体勢をひねり、イナズマブラスターを弓のように構えた。
雷光が集束する。
狙いは一直線。
この距離なら、避けにくいはずだ。
「喰らえ!」
放たれた雷の矢が、夜を裂く閃光みたいにドォーンへ走る。
だが、次の瞬間にはそれすら簡単に防がれていた。
双剣の片方が軽く持ち上がっただけで、俺の放った雷は真正面から切り裂かれ、霧散する。
「嘘だろっ」
思わずそう漏れた。
強いとか速いとか、もうそういう段階じゃない。
こっちが考えた最適解を、向こうは一手先で潰してくる。
しかも、その動きに無理がない。
当然のようにやってのけるから、余計に気味が悪い。
「君のその姿は十分に強いけど、今の私には勝てないかな」
仮面の奥から笑みを含んだ声が聞こえる。
挑発でも嘲りでもなく、ただ事実を告げるような落ち着いた言い方だった。
だからこそ、腹が立つ。
「……確かに、今の俺には勝てないかもしれない。けれど」
そう言いながら、俺はすでに別のカプセムを取り出していた。
勝てないなら、勝ち方を変える。
この場で俺に求められているのは撃破じゃない。
ドォーンをここへ縫い留めること。
そのための手なら、まだある。
「これで、戦う。行こう、キーボ!」
そのままカプセムをゼッツドライバーへ装填する。
選んだのは、瞬間的な加速と強化、そして連携の切り札だった。
『ブースター!』
「久し振りの出番ですね!」
外部から明るい声が響く。
それはすでに外で待機していたキーボの声だった。
次の瞬間、バイクフォームへ変形していたキーボが、一直線にこちらへ迫ってくる。
ドォーンの複眼が、わずかに細まった気がした。
こいつはカタストロムを警戒している。
だからこそ、その外側から別の手を差し込む意味がある。
俺はカプセムを回した。
『メツァメロ! メツァメロ! グッドラック! ライダー! ゼ・ゼ・ゼ・ゼ・ゼッツ! ブースター!』
鳴り響く音声と共に、キーボの身体が空中で分離する。
金属の機構が次々と開き、装甲が一枚一枚、こちらへ吸い寄せられるように飛来した。
肩へ、腕へ、脚へ、胸へ。
それらは一瞬の遅れもなく俺の身体へ装着され、既存の装甲を上書きするみたいに新たな強化外殻を完成させていく。
重くなる。
だが、その重さは鈍さじゃない。
爆発的な推力を内側へ溜め込んだ、前へ出るための重さだ。
同時に、俺はプラズマサンダーへブレイカムゼッツァーの刃の部分だけを接続する。
雷を纏う武器の輪郭が変化し、長さと厚みを増し、そのまま大剣へと姿を変えた。
片手ではなく、両手で叩き込むための形。
ドォーンの双剣に対して、こちらも止めるための刃を握り締める。
「俺の今の役割は、お前の足止めだから」
言葉にしながら、自分へ言い聞かせる。
ここで下手に勝とうとして崩されれば、それで終わる。
カタストロムに警戒している以上、今のドォーンはまだ全力でこちらを潰しに来ていない。
なら、その警戒を逆手に取る。
俺がここで噛みつき続ける限り、春川たちの側へは行かせない。
これが今の最善手だ。
そう信じるしかない。
大剣を構え、俺は真正面からドォーンを見据える。
向こうもまた、静かに双剣を持ち上げていた。
悪夢の中心で、断罪者みたいなライダーと向き合うこの構図は最悪だったが、それでも引く理由にはならない。
次の衝突で決まる。
勝敗じゃない。
この場の主導権が、どっちの手に落ちるかがだ。
俺は深く息を吸い込み、ブースターの推力が満ちる感覚を脚へ落とした。
そして次の瞬間には、雷と推進音を引き連れながら、再びドォーンへ向かって地面を蹴っていた。