ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
万津がドォーンを引きつけたことで、中庭の空気は二つに裂けた。
一方では雷と双剣が火花を散らし、もう一方では、絶望を押しつける忍者の悪夢が、なおも子供たちと春川たちを狙って牙を剥いている。
アサシンナイトメアは、こちらが万津とドォーンの激突へ気を取られた、その一瞬を見逃さなかった。
赤と紫の影が揺れる。
次の瞬間には、その腕から放たれた手裏剣が、一直線に最原たちへ迫っていた。
空気を裂く音が鋭い。
ただ投げたんじゃない。狙い澄まし、迷いなく急所だけを抉りに来る軌道だった。
「万津君が戦っているんだ、だったら、僕達がやれる事をやるだけ」
最原はそう言い切ると、手にしたブレイカムゼッツァーを即座にガンモードへ切り替えた。
迷いはなかった。
引き金へかかった指が一瞬だけ沈み、そのまま鋭い発射音が響く。
撃ち出された弾丸は、飛来する手裏剣へ正確にぶつかった。
金属同士が噛み合うような硬い衝突音が鳴り、手裏剣の軌道が強引に逸らされる。
だが、その結果を確認するより先に、最原の背筋が冷たくなった。
いない。
今、手裏剣を投げたはずのアサシンナイトメアが、そこにいなかった。
「はっ、赤松さん!」
最原が叫ぶ。
振り向いた視線の先で、赤松のすぐ背後の影が裂けた。
そこから、いつの間にか距離を詰めていたアサシンナイトメアが現れる。
巨大な手裏剣頭だけじゃない。
その手には、日本刀が握られていた。
忍者の悪夢らしく、投擲だけで終わらない。近づいた瞬間には、切り捨てるための刃まで揃っている。
「えっ、きゃぁっ!」
赤松が振り返った時には、もう遅かった。
振り抜かれた刀身が彼女の防御の外側を掠め、その衝撃だけで身体が大きく吹き飛ばされる。
地面へ叩きつけられる寸前、最原が駆け寄ろうとするが、その前を黒い煙が遮った。
「こいつ、どこから来るのかさっぱり分からねぇ」
百田が歯を食いしばりながら、手にしたブレイカム・モジュラーを構える。
いつもの豪快さは残っている。
だが、その声には苛立ちが濃かった。
目の前にいる相手は強いだけじゃない。
見える場所にいない。
だから殴るべき相手そのものが定まらない。
百田みたいに真正面からぶつかる人間にとって、それは相性最悪の手合いだった。
煙の向こうで、アサシンナイトメアの輪郭がまた揺れる。
次にどこから来る。
その緊張が全員を縛った瞬間、春川がぽつりと呟いた。
「……こいつは私から生まれた存在なのよね」
その声は、驚くほど静かだった。
さっき自分の才能を告白した時とは違う。
もっと冷えていて、もっと真っ直ぐだった。
「あぁ、そうだが」
百田が答えた瞬間、春川の目がわずかに細くなる。
その視線は、アサシンナイトメアの方へ向いている。
怯えでも嫌悪でもない。
自分の過去と、ここで決着をつけると決めた人間の目だった。
「だったら、少し借りるわよ」
「えっ、あぁ――」
百田が反応するより早く、春川はその手にあったブレイカム・モジュラーを奪い取った。
動きに無駄がない。
奪うというより、最初からそこへあるべきものを取り戻すみたいな自然さだった。
「おい、まさか」
百田が目を見開く。
最原も、赤松を庇いながら顔を上げる。
春川は振り返らなかった。
視線はずっとアサシンナイトメアへ向いたままだ。
「こいつの始末は、私がつける」
その言葉には、もう迷いがなかった。
保育士として子供を守りたい春川も、暗殺者として生きてきた春川も、今はどちらも切り捨てていない。
その両方を抱えたまま、自分の悪夢へ向き合うと決めている。
春川が取り出したのは、マシーナリーのカプセムだった。
冷たく光るそのカプセムを、彼女は一切の躊躇なくブレイカム・モジュラーへ装填する。
機構が噛み合う硬質な音が鳴り、武装の内部を青い光が走った。
「変身」
短く、しかしはっきりと告げる。
その声に合わせるように、起動音声がソムニウム世界へ響いた。
『グッドモーニングライダー! マシーナリー』
音声と同時に、機械的な青い光が春川の全身へ絡みつく。
それは万津の変身みたいな勢いや熱とは違っていた。
もっと鋭く、もっと整然としている。
必要な装甲だけを、必要な順番で組み上げていくような精密さがある。
脚部から装甲が立ち上がり、腕へ走り、胸部を覆い、最後に頭部が形成される。
青を基調としたライダーの外殻は、冷たいのに弱々しさがない。
むしろ、迷いを切断して前へ進むための刃みたいな印象を帯びていた。
「春川……」
最原が息を呑むようにその名を呼ぶ。
赤松も、吹き飛ばされた痛みを堪えながら顔を上げる。
そして百田は、一瞬だけ呆れたみたいに笑ったあと、すぐに真剣な目へ戻った。
変身を終えた春川は、ゆっくりとアサシンナイトメアへ向き直る。
同じ青でも、保育士の穏やかさじゃない。
それは獲物を仕留めるための静けさと、誰かを守るための決意が、ようやく一つに噛み合った色だった。
「……自分の悪夢は、自分で蹴りをつけたい。それが今の私よ」
その言葉が落ちた瞬間、アサシンナイトメアの黒い靄がわずかに揺らいだ。
今まで春川を絶望させるために作られていた存在が、初めて“狩られる側”の気配を感じ取ったんだろう。
春川は一歩前へ出る。
その動きだけで分かった。
もう彼女は、隠していた才能に引きずられているんじゃない。
自分の意志で、その才能ごと武器にしている。