ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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写して Part2

 ドォーンとの戦いから、数日が経った。

 

 あの時の斬撃の軌跡や、仮面の奥から響いた穏やかな声は、今でも時々不意に頭の中へ蘇る。

 けれど、少なくとも一つだけ救いだったのは、春川の回復が順調だということだった。

 身体の傷はもちろん、あの悪夢で抉られた心の方も、完全ではないにせよ、少しずつ元の調子を取り戻しつつある。

 あれだけ重たいものを抱え込んだまま、それでも立ち上がろうとしているのだから、やっぱり春川は強い。

 強いけれど、だからこそ、今は無理をさせるべきじゃないとも思う。

 

 放課後の教室は静かだった。

 窓の外には夕方の光が斜めに差し込み、黒板の端と机の列を、長く歪んだ影で塗り分けている。

 日常の風景のはずなのに、俺たちにとっては、いつ何が割り込んでくるか分からない薄氷の上みたいな時間だった。

 

「……結局、カタストロムを使う前に終わったけど、戦えるかどうか」

 

 俺は机の上へ置いたデュアルメアカプセムカプセムを見下ろしながら呟いた。

 あの時、ドォーンに対抗するための切り札として意識したのは間違いない。

 けれど実際には、発動へ至る前にソムニウム世界そのものが崩れ、戦いは強制的に終わった。

 だからまだ、本当の意味では試せていない。

 このカプセムが、今の俺にとって希望なのか、それとも別の危うさを孕んでいるのか、その答えすら曖昧なままだ。

 

「正直に言えば、今回はカタストロムを使わなくて正解かもしれないっす」

 

 日菜さんはそう言いながら、手元のデータ端末とデュアルメアカプセムカプセムを交互に見ていた。

 その口調はいつも通り軽い。

 けれど、目だけはまったく笑っていない。

 データの数字じゃ測れない嫌なものを前にした時、日菜さんはいつだってこういう顔をする。

 

「どういう事なんですか?」

 

 俺が訊くと、日菜さんはカプセムを指先で転がしながら、少しだけ眉を寄せた。

 

「どうも、このカプセムの力、未だに不明な部分が多い感じがするッス」

「不明?」

 

「出力だけ見れば、明らかに別格なのは確かっす。けど、それだけで片づけるには挙動が不自然すぎるというか……まだ表に出ていない側面がある気がするんすよね」

 

 その言い方は、機械の解析というより、危険物の観察に近かった。

 デュアルメアカプセム。

 未だに俺は、その全力を使い切れるわけじゃない。

 いや、そもそも“使い切った時にどうなるのか”すら、ちゃんと理解しきれていないのかもしれない。

 

「まだ、これは一面に過ぎないのか」

 

 自分でそう口にすると、妙に現実味があった。

 強い力には、たいてい分かりやすい代償がある。

 けれど、分かりやすい代償ならまだ対処のしようもある。

 本当に怖いのは、使ったあとになって初めて、何を削ったのか分かる類の力だ。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

「万津っ」

 

 携帯端末が震え、短い呼び出し音と一緒に名前が表示される。

 伊達さん。

 普段なら軽口の一つでも飛ばしてきそうな相手だ。

 けれど画面の向こうから聞こえた声には、いつもの余裕が欠片もなかった。

 

「んっ、伊達さん?」

 

「今すぐ来てくれ!」

 

「えっ」

 

 唐突すぎる言葉に、思わず聞き返す。

 だが、伊達さんはそこで説明を挟まなかった。

 短く息を詰まらせ、それでも押し切るみたいに続ける。

 

「頼む!」

 

 その一言だけで十分だった。

 冷静な伊達さんらしくない。

 だからこそ、ただ事じゃないと分かる。

 

「場所は?」

 

 俺が訊くと、すぐに位置情報が送られてくる。

 かなり急いでいるのか、通信越しの息遣いまで微妙に荒い。

 

「……分かりました、すぐ行きます」

 

 通話を切ると同時に、日菜さんがこちらを見た。

 状況説明を求める視線だったが、俺が口を開く前に顔を見ただけで何かを察したらしい。

 

「相当、やばい感じっすね」

 

「みたいです」

 

 それだけ言って、俺はカプセムと装備を掴む。

 さっきまで教室を満たしていた、夕方の静けさが一瞬で消えた。

 どこにでもありそうな放課後の風景が、こうして何の前触れもなく、異常の入口へ変わる。

 何度経験しても慣れない。

 慣れたくもない。

 

 現場は、学校からそう遠くない場所だった。

 人通りの少ない一角。

 建物の影が長く落ちるその場所には、すでに伊達さんが立っていた。

 ただ立っているように見えるのに、その姿勢には焦りが滲んでいる。

 それだけで、こっちの心拍数も勝手に上がる。

 

「伊達さん、一体何がって――」

 

 言いかけたところで、俺は視線の先にいる存在へ気づいた。

 青い髪の少女だった。

 年齢はまだ若い。

 その身体は壁へ預けるように崩れていて、息は浅く、苦しそうに肩を揺らしている。

 ただ具合が悪いというより、夢の奥から何かに引きずられているような、現実と意識の噛み合わない苦しさだった。

 

「……誰だ、この子」

 

 思わずそう漏らすと、伊達さんが短く答えた。

 

「こいつは沖浦みずき、俺の娘だ」

 

「えっ、伊達さんの娘? けど、名前が」

 

「色々とあってな」

 

 説明を省くには重すぎる一言だった。

 けれど今は、それ以上を問い詰めている場合じゃない。

 みずきと呼ばれた少女は、苦しさの中でこちらへ視線だけを向け、絞るような声を出した。

 みずきは苦しそうに息を乱しながらも、こちらを睨むように見た。

 警戒しているのは当然だった。知らない相手が急に現れて、自分の夢の中へ入るなんて話をされても、簡単に信用できるはずがない。

 

「ぐっ、伊達っ、そいつは……」

 

「頼りになる後輩だ」

 伊達さんは迷いなく言い切った。

「今から、お前のソムニウム世界に入る」

 

 みずきの表情がわずかに歪む。

「ソムニウムって、装置がないじゃないか」

 

「いや、ある」

 俺はそう言って、自分の胸元へ手をやる。

 ゼッツドライバー。

 仮面ライダーとしての変身機構であり、今作では小型のPsync装置でもある装備だ。

 

「これが今のPsync装置です」

 みずきの目がわずかに見開かれる。

 無理もない。ライダーの変身機構と、夢へ潜る装置が同じものだなんて、普通なら冗談にしか聞こえない。

 

「伊達さんも同時に入れます」

 俺が続けると、伊達さんが短く頷いた。

「お前はみずきのナイトメアを頼む。俺は俺の方を片づける」

 

 その言葉の重さに、みずきもそれ以上は何も言えなくなったらしい。

 俺はゼッツドライバーのスイッチへ指をかける。

 これを押せば、現実の輪郭はほどけて、俺たちはみずきの悪夢へ潜る。

 

「行きます」

 

 短く息を整え、スイッチを押し込む。

 

「MISSION、START」

 

 その瞬間、ゼッツドライバーが低く起動音を鳴らし、現実の景色が静かに反転を始めた。

 伊達さんと同時に、俺はみずきのソムニウム世界へ意識を沈めていった。

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