ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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写して Part3

 意識が底へ沈み切ったあと、ふっと身体の重さだけが戻ってきた。

 現実から夢へ潜るあの瞬間には、何度経験しても独特の薄さがある。

 落ちるわけでもなく、歩くわけでもなく、ただ輪郭だけが別の世界へ移されるような感覚。

 そして、その曖昧な移行が終わった時、俺と伊達さんは同時に足を止めていた。

 

「……ここが彼女のソムニウム世界」

 

 視界の先へ広がっていたのは、色を失いかけた遊園地だった。

 遊園地、と言っても明るさや楽しさなんてものはほとんど残っていない。

 錆びた観覧車はゆっくりと回っているのに、客席だけが妙に空虚で、メリーゴーランドの馬たちは音もなく並んだまま、どれも笑っていない。

 壊れてはいない。

 むしろ、壊れずに残っているせいで、余計に寂しい。

 楽しさのために作られた場所が、その役目を思い出せないまま止まってしまったような、ひどく静かな景色だった。

 

「遊園地か」

 

 俺がそう呟くと、隣に立つ伊達さんは返事をしなかった。

 ただ、目の前の景色を見つめる視線だけが、いつもより少し重かった。

 

 その最中、不意に小さな声が横から差し込んだ。

 

「……みずきは、第2サイクロプス事件で本当の両親を亡くしてしまったんだ」

 

 アイボゥさんだった。

 ソムニウム世界では少女の姿を取る彼女が、寂れた遊園地の色彩の中で、やけに静かな輪郭をしている。

 彼女の声はいつもよりわずかに沈んでいて、それだけでこの話題が軽くないことが分かった。

 

「それって……」

 

 俺が言いかけると、伊達さんが短く息を吐いた。

 その吐息には、諦めでも開き直りでもない、ずっと持ち続けてきた痛みの形が混じっていた。

 

「まぁ、そういう訳で俺は本当の父親じゃないんだけどな」

 

 軽く言ったつもりなんだろう。

 けれど、その言葉は少しも軽く響かなかった。

 むしろ、無理に平静を保とうとしている分だけ、余計に寂しく聞こえる。

 

「だからこそ、ここがあいつのソムニウム世界だとしても、納得はしているんだ」

 

 伊達さんはそう言って、寂れた遊園地を見つめたまま視線を細めた。

 遊園地。

 子供が笑う場所。

 誰かと一緒に楽しい記憶を作る場所。

 それがこんな風に寂れて見えるなら、みずきの心の奥では、そういう“普通の幸せ”がどこかで止まったままになっているのかもしれない。

 

 俺は周囲へ意識を広げる。

 遊具、影、風の流れ、歪んだ音、遠くで軋む観覧車。

 ソムニウム世界はいつも、見えているもの全部に意味がある。

 だからここでも、ただ景色を眺めるだけじゃ足りない。

 

「これは……」

 

「どうかしましたか」

 

 アイボゥさんが俺を見る。

 伊達さんも、そこでようやく俺の横顔へ視線を寄越した。

 

「……どうやら、ここにいるのはナイトメアだけじゃなさそうだ」

 

「えっ」

 

 俺が見つめた先。

 そこには、二つの異物が立っていた。

 

 まず一つは、明らかにナイトメアだった。

 全身が砕けたハート形の装甲で覆われた少女型の怪物。

 胸部には大きなガラスケースのような心臓部が埋め込まれ、その奥で赤い光が脈打っている。

 腕は細い。

 その細さが逆に不自然で、肘から先だけが巨大なハンマーと鋭い鉤爪に変形しているせいで、余計にアンバランスさが際立っていた。

 顔の片側は、泣き顔の仮面で覆われている。

 子供が泣く時みたいな弱さを見せつけながら、その実、誰かの心を壊すためだけに立っている。

 あまりにも分かりやすく、悪趣味な怪物だった。

 

 けれど、問題はそっちだけじゃなかった。

 

 ナイトメアの反対側に、もう一つの影が立っている。

 人の形をしている。

 そして、その輪郭には見覚えがあった。

 

「世島……お前がしたのか」

 

 俺がそう言うと、その影はわずかに肩を揺らした。

 まるで笑ったみたいな気配だけがある。

 

「だとしたら、なんだ?」

 

 返ってきた声に、伊達さんの表情が変わる。

 冷静さは残している。

 けれど、その奥で感情が複雑にぶつかっているのが分かった。

 目の前に立っているのは、世島犀人。

 けれど本人じゃない。

 伊達さんのナイトメアが人格を得て、あの形を取っている存在だ。

 伊達さんにとっては、自分の悪夢が自分と同じ顔をして立っているようなものだろう。

 複雑で済む話じゃない。

 胸の悪い現実だった。

 

 世島は、俺じゃなく伊達さんの方を見ていた。

 その視線には、明確な悪意がある。

 ただ殺すためじゃない。

 もっと面倒で、もっと深いところを壊すための敵意だ。

 

 その時だった。

 伊達さんが、低い声で言った。

 

「……万津、悪いがナイトメアは頼めるか」

 

「伊達さん」

 

 振り向くと、伊達さんはもう決めていた。

 迷いはない。

 目の前の遊園地や、みずきの悪夢や、世島の存在に心を揺らされていないわけじゃない。

 それでもなお、今ここで自分が何をやるべきかだけは、はっきり見えている目だった。

 

「……あいつは、俺が倒す」

 

 その言葉と同時に、伊達さんはすでにブレイカム・モジュールを構えていた。

 構え方に無駄がない。

 ただ前へ出るための姿勢じゃなく、自分自身の悪夢へけじめをつけるための構えだった。

 

 俺は一瞬だけ息を止める。

 ここで余計なことを言うのは違う。

 止めるのも違う。

 今の伊達さんに必要なのは、理屈でも慰めでもなく、背中を預けられる状況だけだ。

 

「……分かりました、死なないでくださいよ」

 

 そう言うと、伊達さんは口元だけで少し笑った。

 苦い笑みだったが、さっきまでよりはずっと生きた表情に見えた。

 

「そっちこそ」

 

 短い返答。

 それだけで十分だった。

 

 俺もブレイカムゼッツァーを握り直す。

 狙うべき相手は明確だ。

 ブレイクハートナイトメアは、みずきの心の奥で壊れたまま残っている“守られたかった感情”そのものだ。

 あれを放っておけば、伊達さんが世島と決着をつける間にも、みずきの心は削られ続ける。

 だから、こっちはこっちで終わらせる。

 

 視線を交わす。

 伊達さんと俺。

 ソムニウム世界の静かな遊園地の真ん中で、俺たちは言葉少なに役割を分け合った。

 父親が自分の悪夢と向き合うための時間を作る。

 そのために、俺がみずきの悪夢を止める。

 単純だ。

 単純だから、迷わなくていい。

 

「「変身!」」

 

 声が重なった瞬間、二つの戦いが同時に始まった。

 寂れた遊園地は、もうただの悲しい景色じゃない。

 ここから先は、悪夢を終わらせるための戦場だ。

 

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