ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ナイトメアが腕を振るう。
砕けたハート型の装甲が軋み、その奥から放たれた衝撃が、みずきの背後へ回り込むように広がった。
狙いは俺じゃない。
みずきの“大切な人”を映した夢の残像――ソムニウム世界の中で、みずきの心が必死に守っている記憶の断片そのものだ。
「させるか!」
考えるより先に、身体が動いていた。
間に滑り込み、俺はその一撃を正面から受ける。
衝撃そのものは重くない。
だが、胸の奥を直接えぐられるみたいな冷たさが走った瞬間、頭の中で何かが音もなく欠け落ちた。
「っ……!」
膝が揺れる。
今、何が抜けた。
分からない。
分からないのに、ものすごく大事な何かが消えた感覚だけが残る。
学校の廊下。
誰かの声。
一緒に笑った空気。
掴めそうだった輪郭が、指の隙間から砂みたいに零れていく。
「万津……?」
みずきの声が遠く聞こえる。
俺は息を整えようとするが、その一瞬の揺らぎを、ナイトメアは見逃さなかった。
ガラス心臓が強く脈打つ。
次の攻撃が来る。
速い。
さっきよりも鋭く、今度は俺が動揺している前提で刺し込んでくる。
避けようとした。
だが、半拍遅れた。
記憶の喪失がただの感傷で終わらず、判断の隙間として現実に食い込んでくる。
嫌な能力だ。
奪われたものが何かも分からないまま、その喪失感だけで戦いを狂わせる。
「見たでしょ」
ナイトメアの声は、幼いようでいて底の冷たい響きを持っていた。
「そいつは、守ったものの代わりに、自分の大切な人の記憶を失っていく。次はもっと消える。学校の思い出も、友達も、きっと全部」
みずきの表情が歪む。
今まで強がっていた顔が、はっきり揺れた。
自分のせいで、誰かの大切なものが消えていく。
その現実を、今この場で突きつけられている。
ナイトメアがさらに踏み込んでくる。
狙いは俺じゃない。
みずきへその事実を見せつけること、そのためにもう一度俺を壊すつもりだ。
俺は前へ出る。
迷いようがなかった。
こいつの前に立つ限り、みずきは自分の心を守ろうとするたびに、誰かを傷つける光景を見せられ続ける。
「何をしているの!」
みずきが叫んだ。
その声は、さっきまでの強がりを全部引き裂くくらい真っ直ぐだった。
「そいつの攻撃に当たったら、あんたのっ、大切な人の記憶が無くなっちゃうのよっ、パパもっ、ママもっ、どちらの記憶もっ!」
本音だった。
今まで強く振る舞っていたみずきが、もう隠しきれないところまで追い詰められて、心の底から吐き出した叫びだった。
その声を聞いた瞬間、俺は仮面の奥で少しだけ笑っていた。
強がりじゃない。
安心したわけでもない。
ただ、ようやくこの子が本音で叫べたことが、妙に嬉しかった。
「確かに辛いよ、けどね、それでも俺は戦える」
言い切ると同時に、俺はナイトメアへ踏み込む。
記憶が欠けている。
何を失ったのかも曖昧だ。
胸の奥にぽっかり穴が開いたみたいな感覚がある。
それでも、拳を握る意味まで消えたわけじゃない。
真正面から殴る。
ナイトメアの装甲が軋む。
ひび割れたハート型の外殻へ拳がめり込み、赤い光が一瞬だけ揺れた。
「大切な人の思い出が無くても、目の前で失う辛さは知っているから」
さらに一歩踏み込む。
ナイトメアの反撃が肩を掠める。
痛みはある。
でも、それが何だ。
ここで退いたら、みずきはまた“自分の大切なものを守ろうとするたびに、誰かが壊れる”って悪夢へ縛られる。
「そして、俺に記憶が無くても、きっと皆が俺に新しい想い出を一緒に作ってくれる」
それは、今この場にいる仲間たちの顔をはっきり思い出せて言ったわけじゃない。
思い出の輪郭はもう少し曖昧になっていた。
それでも不思議と、確信だけは残っていた。
俺が忘れても、きっと誰かが手を引いてくれる。
俺一人で戦っているんじゃない。
その事実だけは、記憶が欠けても消えない。
だから。
それと共に、俺はそのカプセムを構える。
「・・・皆、頼むよ、変身!」『カタストロム!』