ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
戦いが終わったあとも、しばらくは誰も大きな声を出さなかった。
悪夢の残滓みたいな緊張が、まだ身体の奥に引っかかっていたからだと思う。
ソムニウム世界から戻って、現実の空気を吸って、ようやく全部が終わったと理解しても、心の方はすぐには追いついてくれない。
特に今回みたいに、親と子の間にある深い傷へ踏み込んだあとならなおさらだった。
少し落ち着いた場所へ移ってからも、伊達さんはいつもの調子を崩していないように見えた。
壁へ背中を預け、気の抜けた顔で立っていて、肩の力も抜けている。
けれど、よく見れば呼吸はまだ少し重いし、視線の動きもいつもより静かだった。
ノクスナイトとの決着はついた。
それでも、あれだけ深く過去を抉られたあとだ。平然としていられる方がおかしい。
その空気を、一番最初に破ったのはみずきだった。
「……で?」
ぶっきらぼうな声だった。
けれど、その一言の中に含まれている圧が、ただの問いかけじゃないことを教えてくる。
「で、って何がだよ」
伊達さんが肩をすくめる。
いつもの軽口で流しにかかる時の顔だった。
だが、みずきはその程度で引くような相手じゃない。
「何がだよ、じゃないでしょ」
みずきは腕を組んで、真正面から伊達さんを睨んだ。
「勝ったからいいとか、終わったからいいとか、そういう話にしようとしてるなら、今すぐやめて。今回あんた、どれだけ無茶したか分かってる?」
伊達さんは口を開きかけて、結局少しだけ視線を逸らした。
それだけで十分だった。
図星なんだろう。
「いや、まあ、結果的には何とかなったわけだし」
「それ」
みずきの声が一段低くなる。
「その“結果的に”で済ませるの、本当にやめて。助かったからよかった、で全部流そうとしないでよ。こっちは、あんたが本当に戻ってこないかもしれないって思ったんだから」
最後の一言だけ、少し震えていた。
怒っている。
でも、その怒りの根っこにあるのが心配だってことくらい、俺にだって分かる。
伊達さんは、みずきの言葉を受けてすぐには返事をしなかった。
軽く笑って誤魔化すこともできたはずだ。
けれど今回は、それをしなかった。
少しだけ目を細めて、困ったみたいに頭を掻く。
「……悪かったよ」
短い言葉だった。
でも、伊達さんがこういう場面で素直に謝るのは、案外珍しい。
みずきもそれが分かったのか、一瞬だけ言葉に詰まる。
ただ、それで終わらせる気はないらしい。
「悪かったで済むなら苦労しないのよ」
みずきは顔をしかめたまま言う。
「一人で抱え込むし、勝手に無茶するし、こっちが知らないところで全部片づけようとするし……ほんと、最悪」
「言いすぎじゃねぇか?」
「足りないくらいよ」
ぴしゃりと返されて、伊達さんは苦笑した。
その苦笑には、さっきまで戦っていた時とは別の疲れが混じっている。
でも、不思議と悪い空気じゃなかった。
むしろ、やっと現実へ戻ってきた感じがする。
命を賭けた戦いのあとで、こうして本気で説教されている伊達さんを見ると、ああ、ちゃんと生きて帰ってきたんだなと思えた。
俺は少し離れたところでそのやり取りを見ながら、気づけば口元が緩んでいた。
笑うってほどじゃない。
ただ、張り詰めていたものが少しだけほどけて、勝手に表情が柔らかくなるような感覚だった。
「何よ、その顔」
不意にみずきがこっちを見る。
気づかれていたらしい。
俺は慌てて表情を引き締めようとして、結局中途半端な顔になった。
「いや、別に」
「別に、じゃないでしょ。ちょっと和んでたでしょ、今」
「……少しは」
正直に言うと、みずきは呆れたようにため息をついた。
けれど、完全に怒っている感じではない。
むしろ、その視線には少しだけ戸惑いが混ざっていた。
「何か、あんた変」
「そうか?」
「そうよ。普通、もっと気まずそうにするとかあるでしょ。親子喧嘩見て和むって何」
「喧嘩っていうより」
俺は少し考えてから言葉を選ぶ。
「ちゃんと戻ってきた感じがしたんだよ。二人とも」
みずきが、そこで少しだけ黙った。
伊達さんも何も言わない。
静かな間だった。
でも、その沈黙はさっきまでの重苦しいものとは違う。
誰も無理に笑っていないのに、空気だけが少し軽くなっていた。
「……変なやつ」
みずきが小さく呟く。
けれど、その声音は前ほど尖っていなかった。
それから少しして、みずきは俺の方へ向き直った。
言いたいことがあるのは分かる。
ただ、どう切り出すか迷っているのも分かる。
強がりが先に立つタイプなんだろう。
それは、ここまでのやり取りだけでも十分伝わってきていた。
「その……」
みずきは一度だけ視線を逸らす。
「別に頼んだわけじゃないけど」
「うん」
「勝手に入ってきて、勝手にナイトメアと戦って、勝手に助けたみたいな顔されても、正直ちょっとムカつくんだけど」
「ひどいな」
「でも」
そこで、みずきはちゃんとこっちを見た。
さっきまで伊達さんへ説教していた時とは違う、少しだけ不器用な目だった。
「……助かった」
短く言って、すぐに続ける。
「助けてくれて、ありがとう」
その一言は、妙に真っ直ぐだった。
照れ隠しも、強がりも、そこへ辿り着くまでにはたっぷり混ざっていたのに、最後の言葉だけは驚くほどまっすぐに届く。
だから、こっちも適当に返すわけにはいかなかった。
「どういたしまして」
俺はそう答える。
「でも、助けたのは俺だけじゃない。伊達さんも、アイボゥさんも、みんなだ」
「分かってるわよ」
みずきは口を尖らせる。
「だから余計に、あんたまで無茶しないでって話なの」
「善処する」
「今のは信用しない」
「ひどいな、本日二回目だぞ」
そんなやり取りを交わすうちに、みずきの表情が少しだけ緩んだ。
ほんの少しだ。
けれど、その少しがあるだけで、この章の終わり方としては十分だった気がする。
少し離れたところでその様子を見ていた伊達さんが、静かに息を吐く。
派手な感慨なんて顔には出していない。
けれど、視線の置き方だけで分かる。
今、目の前にあるものをちゃんと見ている。
みずきが怒って、俺がそれに曖昧に返して、でも最後には礼を言ってくる、この何でもないようなやり取りを、伊達さんはきっと大事なものとして受け取っている。
「……何だよ」
視線に気づいたのか、みずきが不機嫌そうに言う。
伊達さんは肩をすくめた。
「いや、別に」
「またそれ?」
「安心しただけだよ」
その言葉に、みずきは一瞬だけ押し黙った。
反論しようとして、でも言葉が出てこなかった顔だ。
代わりに、少しだけそっぽを向く。
「……だったら、もう少し最初から安心させなさいよ」
「努力はする」
「それも信用しない」
即答だった。
けれど、さっきと違って、その会話にはちゃんと温度があった。
俺はそんな二人を見ながら、ようやく本当に終わったんだと実感する。
悪夢を破るだけじゃ足りない。
そのあとに残った人たちが、こうして少しでも前を向けるところまで行って、ようやく一つの戦いが終わるんだろう。
伊達さんは、しばらくみずきと俺のやり取りを見ていた。
それから、誰に聞かせるでもないくらいの小さな声で息を吐く。
過去との決着はついた。
全部が綺麗に終わったわけじゃない。
背負ったものが消えたわけでもない。
それでも、その上でまだ守りたいものがある。
目の前に残っていて、手を伸ばせば届く場所にある。
たぶん伊達さんは、今それを確かめているんだと思う。
これからも戦う理由。
それはきっと、昔の罪を清算するためだけじゃない。
今ここにいる誰かが、明日も笑えるようにするためだ。
伊達さんは小さく口元を緩めると、いつもの調子を少しだけ取り戻した声で言った。
「さて、説教はこの辺で終わりにしてくれねぇか。俺もさすがに、今日はちょっと休みたい」
「自業自得でしょ」
「そこを何とか」
「何とかしない」
みずきがぴしゃりと言い切る。
けれど、その声にはもう怒りだけじゃなく、ちゃんと生きていてくれた相手へ向ける温度があった。
俺はその光景を見ながら、また少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。
悪夢は終わった。
でも、想い出はここからまた作っていける。
そう思えるくらいには、この後日談はちゃんと優しかった。