ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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分析 Part3

 白い世界の奥へ足を踏み入れるたびに、音が一つずつ死んでいく気がした。

 石化した観覧車はゆっくり回っているのに軋みはなく、石の回転木馬は今にも動き出しそうな姿勢のまま、永久に動けない完成品として並んでいる。

 遊園地と学園と美術館を無理やり溶かし合わせたようなこの空間は、見た目だけなら奇妙なほど整っていた。

 整いすぎている。

 それが逆に息苦しかった。

 綺麗という感想が、ここではそのまま死んでいるという意味に繋がってしまう。

 

 遠くで、アンジーが立ち止まるのが見えた。

 白い校舎の廊下と、石の展示室と、遊園地の広場がひとまとめにされたような円形の空間。

 その中心で、アンジーは振り返りもせず、何かを見上げている。

 

「アンジー!」

 

 俺が呼んでも、アンジーはすぐには反応しなかった。

 代わりに、かすかに笑うような声だけが返ってくる。

 

「万津くーん、遅かったねー」

 間延びした調子はいつも通りだ。

 それなのに、この真っ白な静けさの中では、その明るさだけがどこか浮いて聞こえる。

「でもでもー、完成の瞬間って待つのも大事なんだよー」

 

「何が完成だよ」

 

 吐き捨てるように返しながら、俺は周囲を警戒する。

 ここまで来たのなら、もう“誰もいない夢の景色”では済まない。

 ルールの中心にいる何かが、必ずいる。

 そう確信した瞬間、白い石像群の一つが、ゆっくりとこちらを向いた。

 

 いや、石像じゃない。

 最初はそう見えただけだ。

 視界が馴染むにつれて、それが一体の怪物だと分かってくる。

 

 スカルプチャーナイトメア。

 その名前が、まだ口に出してもいないのに、もう頭の中へ浮かんでいた。

 

 全身は、様々な彫刻や石像を無理やり一つにまとめたような造形だった。

 メデューサめいた女の輪郭を持っている。

 だが、その髪の代わりに広がっているのは蛇じゃない。

 考える人の腕、モアイの顔、石柱の断片、天使像の翼、そういう“完成された作品”のパーツが、ありえない角度で折り重なっている。

 胸部は滑らかな女体像めいた美しさを持つのに、その下では無骨な石塊が腰や脚の形を奪い、重たい彫刻群へ変わっていた。

 美しい。

 そう思わされる。

 けれど近くで見るほど、その美しさが寄せ集めであることも分かる。

 一つの作品じゃない。

 誰かの完成を、別の完成へ継ぎ足して、歪な神像へ仕立て上げたみたいな怪物だった。

 

 顔もまた同じだった。

 一見すれば整った女の顔立ちに見える。

 けれど、目の配置、頬のライン、額の角度、そのどれもが微妙に噛み合っていない。

 複数の石像の“美しい部分”だけを抜き取って貼り合わせた結果、逆に一つの命としては壊れてしまった顔。

 その両目だけが、異様に生々しい光を帯びていた。

 

「わあー」

 アンジーが、その怪物を見上げたまま呟く。

「神さまっぽくはないけどー、これはこれで神ってるー」

 

 言ってることがいつも通りで、余計に怖い。

 アンジーは怯えていない。

 いや、怯えていないんじゃない。

 この怪物の中にある“作品としての完成”へ、ほんの一瞬でも感応してしまっている。

 その危うさが、今この場ではっきり見えた。

 

「離れろ、アンジー!」

 

 俺が叫んだ瞬間、スカルプチャーナイトメアの視線がこちらへ滑った。

 見られた。

 そう感じた時には、もう遅い。

 視界の端を白い閃きが掠め、近くにあった石像の首が音もなく白く硬化し、さらにその奥の遊具の一部まで一気に石へ変わる。

 

「っ……!」

 

 ビームじゃない。

 光線と呼ぶには、もっと嫌な感覚だ。

 撃たれるより先に、見られている感覚がある。

 視線そのものが石化を伴って走る。

 この世界のルールは、やっぱりそこにある。

 

「見ちゃったねー」

 アンジーが、何でもないことみたいに言う。

「この子、目が合うと、ぜーんぶ完成させたがるみたいー」

 

「完成って言うな」

 

 俺は舌打ちしながら位置を変える。

 周囲の石像群を盾にし、視線の通り道を外しながら怪物との間合いを測る。

 ただ、嫌なことに、こいつは見た目ほど鈍重じゃなさそうだった。

 全身を覆う彫刻は重々しいのに、その立ち姿には妙な均衡がある。

 “動かない作品”の顔をしているくせに、いざ動き出したらどこまでも鋭くなりそうな予感がした。

 

「……だったら、まずは殴って確かめるしかないか」

 

 俺はゼッツドライバーへ手をかける。

 この世界がどれだけ綺麗でも、どれだけ整っていても、目の前にいるのは人の心を固めて壊す悪夢だ。

 だったら、遠慮する理由はない。

 

『インパクト!』

 

 起動音が、白い静寂を叩き割るように響いた。

 この世界は音まで石化しているみたいに死んでいたから、その変身音だけがやけに生々しく聞こえる。

 まるで、俺の側だけがまだ“動いている”と主張しているみたいだった。

 

『グッドモーニング! ライダー! ゼッツ! ゼッツ! ゼッツ! インパクト!』

 

 装甲が展開される。

 フィジカムインパクト。

 余計な小細工を挟まず、まずは身体で受けて、殴って、相手の本質を掴むための形態。

 白い世界の中心で、その赤い輪郭だけがはっきりと生き物の色を帯びて立ち上がった。

 

 スカルプチャーナイトメアの目が、わずかに細くなる。

 次の瞬間、その腕の一部だった石像の群れが崩れ、巨大な槌のような塊が形成された。

 同時に反対側の腕は、彫刻刀じみた鋭い鉤爪へ変わる。

 見た目だけでも十分不快なのに、その変形の仕方がもっと嫌だった。

 何かを壊すための武器と、削り出すための道具。

 破壊と制作が、同じ腕の中で区別なく混ざっている。

 

「来るよー」

 アンジーが、なぜか少し楽しそうに言う。

「でもでもー、壊れちゃうのは嫌だよねー」

 

「他人事みたいに言うな!」

 

 叫びながら、俺は地面を蹴る。

 まずは視線の石化をかわしながら、一気に懐へ入る。

 真正面の目を外し、白い石像群の陰を使って死角を取る。

 フィジカムインパクトの加速なら、初手の打撃は通せる。

 

 そう判断した瞬間、スカルプチャーナイトメアの首が、ありえない角度でこちらを向いた。

 視線が走る。

 俺は咄嗟に近くの石柱を蹴り倒し、その破片を盾にする。

 白い光が石片へ当たり、瞬時に完全な彫刻へ固定された。

 やはり石で受ければ防げる。

 ルールは見えた。

 なら――

 

「ぶち抜く!」

 

 遮蔽物の陰から一気に踏み込み、俺はその胸部へ拳を叩き込んだ。

 重い感触。

 石像の寄せ集めらしい硬さが、拳へずしりと返ってくる。

 だが、通じていないわけじゃない。

 胸の装甲の一部が砕け、白い欠片が舞った。

 

 その瞬間、嫌な違和感が走る。

 

 軽くなった。

 怪物の輪郭が、一瞬だけ鋭く沈んだと思った次の瞬間には、もうそこから消えていた。

 視界の外。

 反対側。

 

「なっ――」

 

 速い。

 削れた。

 だから速くなった。

 そう理解した時にはもう遅い。

 鉤爪が横薙ぎに走り、俺は腕で受けながら後方へ跳ぶ。

 火花の代わりに、白い粉が弾ける。

 攻撃は防いだ。

 だが、今ので完全に分かった。

 

「……壊すほど速くなるのかよ」

 

 スカルプチャーナイトメアは、泣き顔めいた仮面の片側をこちらへ向けたまま、静かに立っている。

 最初より、明らかに軽い。

 重々しい彫刻の怪物だったはずなのに、今はその重さを削ぎ落として、鋭さの方へ寄り始めている。

 

 厄介だ。

 殴れば効く。

 でも、効くたびに相手が速くなる。

 つまり、ただの力押しがそのまま正解になる相手じゃない。

 

 遠くでアンジーが、こちらを見ながら小さく手を振る。

 

「万津くーん」

 間延びした声が、真っ白な世界の中を漂う。

「完成って、近づくほど怖いこともあるんだねー」

 

「そんなの、今さら言うな……!」

 

 俺は息を整えながら、再び構えを取る。

 白い世界の美しさに一瞬目を奪われたのは事実だ。

 けれど、その正体はもう分かった。

 整いすぎた静けさ。

 色を失った完成。

 そして、壊されるほど加速する彫刻の悪夢。

ただ殴るだけじゃ駄目だ。

 そう結論づけた瞬間、スカルプチャーナイトメアの身体がまた一段、軽く見えた。

 最初に現れた時のあいつは、巨大な石像を無理やり人の形へ押し固めたような重たさを纏っていた。

 けれど今は違う。

 胸部の一部を砕かれたせいで、その重さの均衡が崩れたのか、足運びの質そのものが変わっている。

 もはや“動く彫刻”じゃない。

 削られるほど、完成品としての美しさを失う代わりに、生き物みたいな鋭さだけを獲得していた。

 

「嫌な能力だな……!」

 

 俺が低く吐き捨てると、スカルプチャーナイトメアは何も答えない。

 ただ、あの複数の表情を張り合わせたような顔で、静かにこちらを見つめ返してくるだけだ。

 見られる。

 その感覚が先に来る。

 次の瞬間、視線が走った。

 

 俺はすぐ横へ飛び、近くの白い石像の陰へ滑り込む。

 背後で、石化光線が空気を裂く。

 光が触れた回転木馬の一頭が、一瞬だけ“もっと白く”なった。

 元から石になっているはずなのに、さらに色を奪われ、表面の質感まで均一化されていく。

 この世界では、石化は単なる物質変化じゃない。

 “個性を消す”ことそのものが攻撃になっている。

 

「こっちだよー」

 

 アンジーの声が遠くからする。

 振り向くと、白い観覧車の支柱と校舎の階段が交差した奇妙な高所に、アンジーが立っていた。

 手すりにもたれ、俺の戦いを眺めている。

 追うべき対象のはずなのに、その立ち位置があまりにも“この世界の側”に近い。

 だから目を離せない。

 救わなきゃいけない相手であると同時に、今のアンジーは悪夢の核心へ最も近い場所にいる。

 

「完成ってねー、すごいよー」

 アンジーはふわふわした口調のまま続ける。

「色がなくても、形がきれいなら、それだけで満足できちゃう時もあるしー」

 

「お前、それ本気で言ってるのか?」

 

「どうかなー」

 アンジーは少しだけ笑う。

 その笑い方が、いつもの調子に見えて、どこか危うい。

「でもでもー、ずっと変わり続けるのって、ちょっと疲れるよねー」

 

 その言葉が妙に引っかかった。

 アンジー自身の本音なのか、この世界に引きずられているのか、今はまだ分からない。

 ただ一つ確かなのは、この悪夢は“芸術的で綺麗な石化空間”なんかじゃないってことだ。

 変化を止める。

 色を奪う。

 個性を消し、完成品として固定する。

 この世界そのものが、そういう思想でできている。

 

 思考の隙を狙うように、石化光線がまた走った。

 俺は咄嗟に足元の石片を蹴り上げて盾にする。

 破片は空中で光を受け、真っ白な彫刻片へ変わって落ちた。

 やはり、石で受ければ防げる。

 だが、その石を毎回ちょうどいい位置に用意できるとは限らない。

 

「だったら……作るしかないか」

 

 俺は低く呟き、ブレイカムゼッツァーを握り直した。

 相手が視線で石化させるなら、逆に言えば、この世界中にある白い石像や石片は、全部が俺の盾にもなり得る。

 問題は、その前提を利用する余裕を作れるかどうかだ。

 

 スカルプチャーナイトメアが踏み込んでくる。

 削れた身体が前より明らかに軽い。

 ハンマーを失った分、今度は鉤爪側の腕を主軸にした斬り裂くような攻撃へ変わっている。

 重さで潰すんじゃない。

 速さで削り取る戦い方に、もう切り替わっている。

 

 右。

 次に左。

 いや、違う。

 フェイントだ。

 

 爪の軌道を読んで身体をずらした瞬間、反対側から石の尾みたいな部位が鞭のように走る。

 咄嗟に腕で受ける。

 重い。

 フィジカムインパクトの装甲越しでも痺れが残る。

 こいつ、速くなっても火力は落ちていないのか。

 

「面倒くさすぎるだろ……!」

 

 俺は後退しながら石像群の間へ滑り込む。

 狭い通路。

 左右には白い胸像や、モアイめいた巨顔の石柱が並んでいる。

 視界が区切られるこの地形なら、あいつの石化光線を通しづらい。

 そう判断した瞬間、スカルプチャーナイトメアの瞳がまた鈍く光った。

 

 石化光線が、石像へ当たる。

 白い胸像が一瞬でさらに均質な塊になり、表面の細かい陰影が死ぬ。

 その結果、通路の一部が崩れた。

 なるほど。

 ただ撃つだけじゃない。

 この世界のオブジェそのものを“完成させる”ことで、地形まで変えてくるのか。

 

「万津くーん」

 高所からアンジーの声がまた降る。

「その子ねー、作品を仕上げるのが好きなんじゃなくてー、途中のものを許せないんだと思うよー」

 

「途中のもの、ね」

 

 その言葉で、怪物の本質が一段はっきりした。

 こいつは美しいものを作りたいんじゃない。

 未完成を嫌っている。

 変わり続けるもの、中途半端なもの、色が揺れているもの、心が定まっていないもの。

 そういう“途中”を全部、白い完成品へ押し込めようとしている。

 

 だから、壊されて削られた身体ですら、速くなることで完成形へ近づいているつもりなのかもしれない。

 醜いくらいに歪んでいるのに、本人だけはそれを“研ぎ澄まされた美”と勘違いしている。

 最悪だ。

 でも、だからこそ攻略の糸口も見える。

 

 完成させる。

 固定する。

 なら、こいつは“止まったもの”を前提にしている。

 逆に言えば、予測の外にある動きや、壊れたまま変わり続けるものに対しては、まだ対応し切れていない。

 

「アンジー!」

 

 俺は高所のアンジーを見上げて叫ぶ。

「お前、そこから動けるか!」

 

「動けるけどー、動いたらもっときれいじゃなくなるかもー」

 

「そうなれって言ってるんだよ!」

 

 叫んだ瞬間、アンジーがきょとんとした顔をした。

 その表情は、少しだけ今までの夢に飲まれたような顔から外れていた。

 アンジーの中にも、まだこっちへ戻ってくる余地がある。

 だったら、その揺れを利用する。

 

 スカルプチャーナイトメアが、俺とアンジーの間へ割って入るように動いた。

 白い腕が広がる。

 視線が走る。

 だが今度は、俺は真っ直ぐ正面から踏み込んだ。

 

 石化光線が来る。

 その直前で、俺は足元の石片を蹴り上げる。

 光が石片を完全に白い彫刻片へ変え、その陰に生まれた一瞬の死角を利用して、さらに前へ。

 怪物の懐へ飛び込み、その胸部を狙って拳を振るう。

 さっきと同じように壊せば速くなる。

 だから今度は真正面じゃない。

 胸のガラス心臓を避け、肩口と足元の重い石像部分だけを連続で叩く。

 

 砕ける。

 石片が飛ぶ。

 だが、今回はそれで終わらない。

 崩れた石像の欠片を足場にして、俺はそのまま後方へ跳び、さらに砕けた破片を蹴り飛ばして即席の遮蔽物を増やす。

 壊すだけじゃなく、壊した結果をこっちの有利へ変える。

 その動きを、スカルプチャーナイトメアは一瞬だけ見失った。

 

「そこだ!」

 

 俺はもう一度踏み込む。

 怪物の視線が遅れる。

 石化光線が通る前に、フィジカムインパクトの拳が腹部へ深くめり込んだ。

 さっきよりも明確な手応え。

 寄せ集めの石像群が、そこだけ綺麗な継ぎ目じゃないと悲鳴を上げるみたいに軋む。

 

 だが、まだ倒れない。

 むしろ削れた分だけ、また速くなる。

 この話はここでは終わらない。

 ただ、確実に一つ分かった。

 

「こいつ……真正面から完成してるわけじゃない」

 

 怪物は完成品じゃない。

 完成を装っているだけだ。

 だから継ぎ目がある。

 だから揺らぐ。

 だから、ぶっ壊せる。

 

 アンジーが高い場所からこちらを見下ろしている。

 さっきより、ほんの少しだけ目の焦点が戻っていた。

 

「万津くん、がんばってるねー」

 その口調はまだ軽い。

 けれど、声の奥にはちゃんと生きた温度が戻りつつある。

「でもでもー、その子、まだぜんぜん完成してないよー」

 

「分かってる」

 

 俺は構え直す。

 スカルプチャーナイトメアもまた、砕けた石片をぶら下げたままこちらを見ている。

 白い世界の美しさは、もう最初みたいに俺の目を奪わない。

 今見えているのは、整いすぎた死の静けさと、未完成を許せない悪夢の執着だけだ。

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