ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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分析 Part4

 白い世界の中を進むほど、綺麗という感想が薄気味悪さへ変わっていく。

 最初に見た時は、整いすぎた景色だと思った。

 遊園地も、学園も、美術館も、全部が白い石で統一されていて、無駄な色も雑音もなく、ただ完成された造形だけが並んでいる。

 けれど、長く見ていればいるほど、その整い方が異常だと分かる。

 これは美しいんじゃない。

 削ぎ落とされすぎている。

 削ぎ落とされて、何も残らなくなった結果、こんな風に見えているだけだ。

 

 俺は石像群の合間を縫うように進みながら、アンジーの姿を追っていた。

 遠く、白い観覧車の下と校舎の回廊が交わる場所に、あいつはまた立っている。

 こっちを見ているようで、見ていない。

 いや、正確には、この世界の方を見ている。

 自分が今どんな場所へ立っているのか、その肌触りを確かめるみたいに。

 

「アンジー!」

 

 呼びかけると、アンジーはゆっくり振り向いた。

 相変わらず柔らかい顔をしている。

 でも、その表情に乗っているものは、いつもの軽さだけじゃない。

 どこか白い空気へ溶けかけたような、奇妙な遠さがあった。

 

「万津くーん」

 間延びした声はそのままだ。

「この世界、きれいだよねー」

 

「……そう見えるだけだ」

 

「そうかなー」

 アンジーは首を傾げる。

 白い石でできた手すりへ指先を這わせながら、ふわりと笑う。

「色がないとねー、ぜーんぶ同じになって、まとまって見えるんだよー。神さまって、こういうの好きそうー」

 

 その“まとまって見える”って言葉に、妙な引っかかりがあった。

 確かにこの世界は、統一感だけで言えば異様なほど高い。

 赤も青も緑もない。

 喜びも怒りも悲しみも、全部が一度均されて、白い静けさだけへ揃えられている。

 だから、一見すると綺麗なんだ。

 けれど、それは個性が調和しているからじゃない。

 全部が削られて、同じ温度へ落とされた結果に過ぎない。

 

 その時、視界の端で、石化した展示スペースの一角がわずかに揺らいだ。

 スカルプチャーナイトメアがいる。

 こっちを見ているわけじゃない。

 ただ、あの怪物はそこにいるだけで、この白い世界そのものを支えているみたいな気配を放っていた。

 

 俺は周囲へ視線を走らせる。

 彫刻台。

 石膏像。

 半分だけ完成した胸像。

 どれもこれも、作品として並べられている。

 だが、よく見ればおかしい。

 完成していない。

 いや、完成“させられて”いる。

 本来ならあと少し削るはずだった部分、もう少し色を置くはずだった部分、乾き切る前の柔らかさが残っていたはずの箇所。

 そういう途中の痕跡ごと、全部が一律に白い石へ押し固められている。

 

「……何だよ、これ」

 

 思わず呟く。

 キャンバスがあった。

 白い。

 けれど、ただの白紙じゃない。

 絵具を塗りかけた筆致だけはうっすら残っていて、その上から全部が石の質感へ変わっている。

 粘土細工があった。

 まだ誰かの指の跡が残る柔らかい途中のはずなのに、その途中の形のまま、乾きもせずに石へ変わっていた。

 これは完成じゃない。

 途中のものを“終わらせている”だけだ。

 

「わあー」

 アンジーが、俺の背後から小さく声を漏らす。

「やっぱり、真っ白ってすごいねー。全部おそろいー」

 

 軽い調子だ。

 でも、そこへほんのわずかに、いつもの明るさと違う何かが滲んでいた。

 俺は振り返る。

 アンジーは石になった作品を見つめている。

 目は笑っているように見える。

 なのに、その瞳の奥だけが少しだけ曇っていた。

 

「アンジー」

 俺は意識して声を低くした。

「お前、これを本当に綺麗だと思ってるのか」

 

 アンジーはすぐには答えなかった。

 しばらく石化したキャンバスを見て、それからいつものように、少し遅れて口を開く。

 

「きれいだよー」

 その答えは柔らかかった。

「でもでもー、なんていうかー……ちょっと苦しいねー」

 

 俺は黙ってアンジーを見る。

 アンジー自身も、その“苦しい”の正体をまだ掴み切れていない顔をしていた。

 けれど、今の言葉で十分だった。

 この世界に飲まれきっているなら、そんな感想は出てこない。

 

「神さまってねー、いろんなもの作るけどー」

 アンジーは白い像へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。

「全部を同じにしたがる神さまだったら、アンジーさんはちょっと困るかもー」

 

「どうしてだ」

 

「だってー」

 アンジーは困ったように笑う。

「笑ってるのか、泣いてるのか、怒ってるのか、ぜーんぶ分かんなくなっちゃうでしょー。そういうの、神さまってるようで、でもちょっと神さまじゃないよねー」

 

 その一言が、この世界の正体を一気に剥いた気がした。

 芸術の完成形なんかじゃない。

 これは墓場だ。

 色を失ったものの墓場。

 感情を止められたものの墓場。

 変わる途中にあったものを、全部まとめて“完成した”ことにして埋め立てるための地獄だ。

 

 スカルプチャーナイトメアの視線が、そこでようやくこちらへ向いた。

 見られる。

 その感覚が来た瞬間、俺は反射で石像の陰へ身を滑り込ませる。

 直後、光線が走った。

 光が掠めた先で、白い胸像の一つがさらに色味を失い、表情の彫りまで均されていく。

 笑っていた顔が、無表情へ近づく。

 怒っていた眉の角度が、曖昧になる。

 石化は表面を変えるだけじゃない。

 そこにあった“感情の形”すら削り取っている。

 

「……最低だな」

 

 吐き捨てるように言ったのは、怪物に対してだけじゃなかった。

 この世界そのものへの感想でもある。

 綺麗に見せかけたまま、感情ごと殺していく。

 その悪趣味さが、我慢ならなかった。

 

 アンジーが、少しだけ目を細めて俺を見る。

「万津くん、怒ってるー?」

 

「当たり前だろ」

 

「そっかー」

 

 アンジーはそこで、なぜか少し安心したように笑った。

 その反応が、逆に胸に刺さる。

 この世界の中では、怒りすら薄められていくんだろう。

 だったら、怒っていられるうちに壊さなきゃいけない。

 

 そう思った瞬間、不意に妙な感覚が胸を掠めた。

 石化。

 固定。

 色がなくなる。

 感情が均される。

 変わる途中だったものが、一つの完成形へ押し込められる。

 

 嫌だ。

 その感情だけが、理屈より先に浮かぶ。

 

 何がそんなに嫌なのか。

 まだ言葉にはならない。

 けれど、分かる。

 この世界に長くいると、自分の輪郭まで白く塗り潰される気がする。

 俺が何者で、何を思って、何を選ぶのか、その途中にある揺れごと、一つの形へ決めつけられてしまうような怖さがある。

 

 それは、たぶん石になることそのものへの恐怖じゃない。

 “固定されること”への恐怖だ。

 

「……どうしたのー?」

 

 アンジーの声で、我に返る。

 俺は軽く首を振った。

 

「何でもない」

 

「何でもないって顔じゃないよー」

 

「うるさい」

 

 言い返しながらも、胸の奥にはまだ妙なざわつきが残っている。

 石化のルールが厄介だってだけじゃない。

 この世界の思想そのものが、自分の嫌なところへ触れてきている。

 それが分かってしまったから、余計に落ち着かない。

 

 スカルプチャーナイトメアが、石像群の中央で静かに立っている。

 削れた身体は前よりも速く、前よりも鋭くなっている。

 綺麗な完成品のふりをしていた怪物が、壊されるほどに本性を剥き出しにしていく。

 それはきっと、この世界の本質そのものでもあった。

 完成された美なんかじゃない。

 ただ、途中を許さず、変化を許さず、全部を終わらせるための白だ。

 

 俺はゆっくり息を吸い、白い床に点在する石片へ目を落とした。

 攻略の糸口は見え始めている。

 だが、今はそれだけじゃ足りない。

 この悪夢が何を押しつけてくる世界なのか、それをちゃんと理解しないと、たぶん最後の一手で間違える。

 

「アンジー」

 俺は怪物から目を離さずに呼ぶ。

 

「なぁにー?」

 

「ここ、芸術の完成形なんかじゃない」

 自分へ言い聞かせるように、はっきり言う。

「色も感情も奪って、全部を動かない白へ固定してるだけだ。こんなの、綺麗な顔した墓場だろ」

 

 アンジーは少しだけ黙った。

 それから、いつもの柔らかい調子のまま、でも少しだけ寂しそうに頷いた。

 

「うんー。アンジーさんも、たぶんそう思うー」

 

 その返事を聞いた瞬間、白い世界の静けさが前より少しだけ嫌なものに見えなくなった。

 まだアンジーは、こっちへ戻ってこられる。

 だったら、やることは一つだ。

 

 この固定の地獄を、ぶち壊す。

 

 俺は構えを取り直しながら、もう一度スカルプチャーナイトメアを睨みつけた。

 同時に、胸の奥でさっきの違和感がまた小さく疼く。

 固定されることへの恐怖。

 変わる前に、何かへ決められてしまうことへの嫌悪。

 この白い悪夢は、アンジーの心だけじゃなく、俺の中にある何かにも触れてきていた。

 

 その意味を、今はまだ全部理解できない。

 けれど、きっと無視はできない。

 そう思いながら、俺は石像群の中心へ向かって一歩を踏み出した。

 

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