ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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分析 Part5

 スカルプチャーナイトメアを睨みながらも、胸の奥に残ったざわつきは消えなかった。

 石化のルールは見えた。

 壊すほど速くなる性質も理解した。

 なのに、今の俺が本当に追い詰められているのは、怪物の能力そのものじゃない。

 この白い世界が、俺の中にある何かへ触れ始めていること、その気持ち悪さの方だった。

 

 足元に転がる石片をひとつ蹴る。

 白い。

 綺麗に整っていて、汚れもない。

 まるで最初からそういう形で存在することしか許されていないみたいな、息苦しい白さだった。

 

「万津くんってねー」

 

 アンジーの声が、背中側からふわりと届く。

 振り向かなくても分かる。

 あいつはまだ高いところに立っていて、俺とナイトメアと、この白い世界全部を見下ろしている。

 けれど、その見方は観客のものじゃない。

 ずっと前からここにいて、ずっと前からこの悪夢の手触りを知っていたみたいな視線だ。

 

「何だよ」

 

「怒ってる顔してるけどー、本当に怖がってるのは、白くされることだけじゃないよねー」

 

 その言葉が、喉の奥へ直接差し込まれたみたいに嫌だった。

 俺は返事をしない。

 返したくなかった。

 こういう時に適当に誤魔化すと、アンジーみたいな奴には余計に奥まで見透かされる気がする。

 

 スカルプチャーナイトメアが動く。

 視線が走る。

 俺は反射で石像の陰へ身を滑らせる。

 白い光が通り過ぎ、背後にあった展示台の縁を石へ変える。

 その冷たさが、妙に首筋を撫でるような感覚を残した。

 

「万津くんは、何が怖くて変わり続けてるのー?」

 

 アンジーの声は、相変わらず柔らかい。

 責める調子じゃない。

 ただ、不思議そうに問うているだけに聞こえる。

 だからこそ、逃げ場がない。

 

「……変わり続けてる?」

 

「うんー」

 アンジーは間延びした声のまま続ける。

「フォームも変わるー、考え方も変えるー、誰かを守るためなら、ずーっと自分の立ち位置を変えてるー。そういうの、すごいけどー、でも、ちょっと止まれない人って感じもするよねー」

 

 言い返そうとして、言葉が出なかった。

 変わり続ける。

 確かに、そうだ。

 夢へ潜るたびに、俺は相手に合わせて戦い方を変える。

 守るために立つ位置を変える。

 必要なら役割だって変える。

 それが当然だと思ってきた。

 止まれば間に合わないから。

 遅れれば、誰かを救えなくなるから。

 

「止まったら、駄目なんだよ」

 

 気づけば、口からこぼれていた。

 俺自身へ向けた答えみたいだった。

 

「どうしてー?」

 

 その問いに、すぐには答えられない。

 頭の中に、いくつかの断片がよぎる。

 間に合わなかった背中。

 届かなかった手。

 もういない誰か。

 名前のつかない喪失感だけが、胸の奥をざらつかせる。

 

「……止まったら、誰かがいなくなるかもしれない」

 

 やっと絞り出した声は、自分で思っていたより低かった。

「変わり続けて、前に出続けて、必要な形を取り続けないと、守れないかもしれない。そういうのを、もう何度も見てきた気がする」

 

 アンジーはすぐに返さない。

 その沈黙が余計に刺さる。

 俺が今、考えたくない方へ足を踏み込んでいることを、自分でも分かってしまっていた。

 

 スカルプチャーナイトメアが、そこでゆっくりと首を傾けた。

 あの寄せ集めの美しい顔が、俺の方へ向いたまま止まる。

 そして次の瞬間、白い世界がわずかに揺らいだ。

 

 周囲の石像が、音もなく配置を変え始める。

 遊園地の石化した乗り物。

 学園の廊下を模した柱。

 石膏みたいに白くなったクラスメイトらしき像。

 その全部が、俺を囲むように静かに並び直されていく。

 

「何だ……?」

 

 嫌な予感が走る。

 見覚えのあるシルエットがある。

 名前までははっきりしない。

 でも、そこに“知っているはずの誰か”が立っている感じだけは分かる。

 

 白い石像たちは、皆、俺の方を見ていた。

 責めてもいない。

 笑ってもいない。

 ただ、そこにいる。

 もう動かない形で。

 もう失われない形で。

 

 スカルプチャーナイトメアの視線が光る。

 光線が撃たれたわけじゃない。

 むしろ何もされていない。

 なのに、その場の空気が“固定された安らぎ”の匂いを帯び始める。

 

 動かない。

 変わらない。

 失われない。

 誰もいなくならない。

 ずっとここにある。

 白く、綺麗で、完成したまま。

 

「……そうか」

 

 俺の口から漏れたのは、ほとんど無意識の声だった。

 この悪夢が押しつけてきているものの正体が、そこでやっと見えた。

 

 石化は罰じゃない。

 少なくとも、こいつはそう見せようとしている。

 変わらなくていい。

 失わなくていい。

 動かなくていい。

 ここで固定されれば、二度と何も壊れない。

 そんな安らぎの顔をして、白い地獄を差し出してきている。

 

「万津くん」

 アンジーが、今度は少しだけ真面目な声で呼ぶ。

「必要とされてる時の自分が、一番消えなくて済むって思ってないー?」

 

 心臓が、変な打ち方をした。

 

 必要とされている。

 守る側。

 前へ出る側。

 変わり続ける側。

 誰かのために戦っている間だけ、自分がここにいる意味を確かめられる。

 それがもし途切れたら。

 誰にも必要とされなくなったら。

 守る相手がいなくなったら。

 その時、自分は何になるのか。

 

「……やめろ」

 

 口にしたのは、それだけだった。

 でも、声の強さはまるで足りていない。

 アンジーも、スカルプチャーナイトメアも、きっとそこへ届いてしまっている。

 

「サバイバーズ・ギルトってねー」

 アンジーの声が白い空間へ広がる。

「自分だけ残った人が持つ痛み、っていうだけじゃないと思うんだよねー。自分が残った意味を、ずーっと探し続けちゃう感じー」

 

 息が詰まる。

 その言葉を、俺は知らなかったわけじゃない。

 でも、知識として知っているのと、こうして真正面から自分の輪郭へ重ねられるのとでは、全然違う。

 

「万津くんは、誰かのために戦ってる時は強いよー」

 アンジーは続ける。

「でもそれってねー、もしかしたら、自分が誰かに必要とされてるって確かめたい気持ちと、ちょっとだけ混ざってるかもねー」

 

 言葉が、ぐしゃぐしゃに胸をかき回す。

 否定したい。

 でも、否定し切れない。

 誰かを守りたいのは本音だ。

 目の前で失われるのが嫌なのも本音だ。

 けれど、その一番奥に、もし“必要とされていたい”って気持ちがあるのだとしたら。

 もし、戦い続けることでしか自分の居場所を感じられない部分があるのだとしたら。

 

 それは、俺が思っていたよりずっと醜いのかもしれない。

 

 スカルプチャーナイトメアが、白い石像群の中央で静かに両腕を広げる。

 泣き顔の仮面が、やけに優しく見えた。

 だから余計に気味が悪い。

 

 石像たちが並んでいる。

 壊れない。

 失われない。

 誰も去らない。

 誰にも見捨てられない。

 そこには、動かない代わりに、喪失もない世界がある。

 

「固定されれば、楽だよねー」

 

 アンジーの声なのか、ナイトメアの声なのか、一瞬分からなくなる。

 どちらにせよ、今の俺には同じ意味で届いた。

 

 楽だ。

 変わらなくていいなら。

 必要とされ続ける形だけでいられるなら。

 失わなくて済むなら。

 苦しまなくて済むなら。

 

 そういう安らぎが、一瞬だけ甘く見えた。

 ほんの一瞬。

 だからこそ、ぞっとする。

 

「……違う」

 

 俺はゆっくり息を吐いた。

 まだ完全には振り切れていない。

 でも、この白い安らぎが本物じゃないことだけは、もう分かる。

 失われない代わりに、新しくもなれない。

 必要とされ続ける代わりに、自分で何かを選ぶこともできない。

 それは救いじゃない。

 ただの停止だ。

 

「怖いよ」

 俺はスカルプチャーナイトメアを見据えたまま言う。

「変わり続けるのは怖い。必要とされなくなるのも怖い。目の前で誰かを失うのも、もう嫌だ」

 

 白い世界が静まり返る。

 アンジーも何も言わない。

 聞いている。

 見ている。

 俺が今、自分で言葉にしようとしているものを。

 

「でも」

 拳を握る。

 石片が、掌の中で少しだけ砕けた。

「だからって、お前みたいに全部を固定して、失わないふりをするのは違う」

 

 スカルプチャーナイトメアの視線がわずかに揺れる。

 泣き顔の仮面の奥にある、寄せ集めの美しい顔が、ほんの少しだけ歪んだ気がした。

 

 たぶん、ここからだ。

 この悪夢を壊すための本当の戦いは。

 アンジーの世界を救うことと、自分の中の“固定されたがる弱さ”を認めること。

 その二つが今、完全に重なった。

 

 白い石像群の中心で、俺はもう一度構えを取り直す。

 石化した学園の片隅、遊園地の止まった時間、美術館の死んだ静けさ。

 その全部が、ただ綺麗なだけの墓場にしか見えなくなっていた。

 

 だから次は、この世界の“完成”そのものを壊しにいく。

 

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