ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
石化のルールは、もう見えている。
見られたものが白く固定される。
石で受ければ防げる。
そして、スカルプチャーナイトメアは削れるほど速くなる。
分かってしまえば、完全に手も足も出ない相手じゃない。
けれど、分かったから楽になるほど、こいつは甘くなかった。
白い石像群の間を縫って走りながら、俺は何度も石片を蹴り上げて盾にする。
視線が走る。
石化光線がそれを撃ち抜く。
砕けた石片がさらに白く、均された彫刻片になって落ちる。
その陰を使って懐へ踏み込み、反撃を入れる。
削る。
離れる。
また見られる前に位置を変える。
動きとしては、もう対応の形になっていた。
それでも、戦いが長引くほど息苦しさは増していく。
この世界は、ただの戦場じゃない。
白く固定された空間そのものが、ずっと俺の内側へ囁き続けている。
変わらなくていい。
止まってしまえば楽になる。
必要とされる形のまま、ここに残ればいい。
そういう甘い顔をした地獄だ。
スカルプチャーナイトメアが、石像の台座を蹴って跳んだ。
削れた身体はもう、最初の重々しさをかなり失っている。
白い彫刻の怪物というより、研ぎ澄まされた殺意の塊に近い。
鉤爪が振り抜かれる。
俺は石の胸像を引き倒してその一撃を受けさせ、その隙に脇腹へ拳を叩き込む。
砕ける。
また軽くなる。
また速くなる。
「ちっ……!」
後方へ跳ぶ。
白い床を削りながら距離を取る。
攻略できている。
少なくとも最初ほど一方的じゃない。
でも、勝ち筋が近づいている感覚はない。
こっちが対処を覚えるたびに、向こうはさらに“完成”へ近づこうとしてくる。
「頑張ってるねー」
アンジーの声が降ってくる。
高い回廊の上。
白い手すりにもたれながら、アンジーは俺を見ていた。
以前よりも夢に呑まれていない。
でも、まだ完全にこっちへ戻ってきてはいない。
俺とナイトメアと、この白い世界の全部を、同じ目線の高さで眺めているような顔をしている。
「……余裕そうだな」
「そうでもないよー」
アンジーは首を傾げる。
「でも、万津くんがちゃんと戦ってるからー、アンジーさんも考えられるんだよー」
「何をだ」
「何がほんとに神ってるのかなーってことー」
石化光線がまた走る。
俺は今度は白いブロック状の展示台を蹴り上げ、その陰から横へ滑る。
光が展示台を完全な石へ均した瞬間、その死角から低く入り込み、ナイトメアの膝裏を狙う。
命中。
だが、倒れない。
逆に、その脚部の石像部分が砕けたことで、次の踏み込みがさらに鋭くなる。
「面倒くさすぎるだろ……!」
俺の吐き捨てた声に、アンジーが少しだけ笑った。
その笑いは軽い。
でも、そこに混じる感情はもう軽くなかった。
「面倒くさいって思ってるのに、やめないんだねー」
「やめられるかよ」
「どうしてー?」
その問いが、また真正面から来る。
避けたかった。
でも、もう無理だ。
この章に入ってからずっと、アンジーの言葉は俺の奥へ届きすぎている。
スカルプチャーナイトメアが、そこで動きを止めた。
こちらを見ている。
両腕をゆっくり広げる。
白い石像群が、その周囲でさらに整列し始める。
今までバラバラだった彫刻やオブジェが、まるで一つの巨大な祭壇を作るように配置されていく。
俺を中心に、逃げ場を減らすように。
いや、違う。
これは逃げ場を潰しているんじゃない。
“居場所”を作っているんだ。
ここへ立てばいい。
ここに固定されればいい。
そう言わんばかりに。
「……そういうことか」
俺は低く呟く。
こいつは俺を殺そうとしているだけじゃない。
俺の中にある、止まってしまいたい気持ちを引きずり出して、それを肯定させようとしている。
必要とされる形のまま固まってしまえば楽だろう、と。
もう誰も失わずに済むだろう、と。
そんなものが救いなわけがない。
でも、一瞬でも甘く見えてしまったのは事実だ。
それが何より腹立たしい。
「万津くんはさー」
アンジーの声が、今度は少しだけ真面目に落ちてくる。
「ずっと戦ってるよねー。誰かのためにー。必要とされるためにー。そうしないと、自分が残ってる意味がなくなりそうで怖いんだよねー」
図星だった。
今さら否定しても意味がない。
サバイバーズ・ギルト。
生き残ってしまった側の罪悪感。
失われたものの代わりを求め続けるみたいに、誰かに必要とされる役割へしがみつきたくなる気持ち。
それが自分の中にある。
もう、分かってしまっている。
「……あぁ」
口にすると、思ったより簡単だった。
簡単で、だから逆に重い。
「怖いよ。必要とされなくなるのも、自分がただ残っただけの人間になるのも、怖い」
スカルプチャーナイトメアの瞳が鈍く光る。
白い祭壇みたいな石像群が、さらに整っていく。
怪物は喜んでいる。
俺が認めたからだ。
固定されたがる弱さを、自分で言葉にしたからだ。
「でも」
俺は拳を握る。
白い粉が掌に食い込む。
「だからって止まっていい理由にはならない」
アンジーが、そこで少しだけ息を呑んだ。
スカルプチャーナイトメアの周囲の空気が変わる。
今まで“白い完成”を差し出してきた怪物が、今度はむき出しの敵意へ重心を移した。
「必要とされたい気持ちはある」
俺は怪物を見据えたまま言う。
「誰かを守ってる時だけ、自分がここにいていいって思える瞬間があるのも事実だ。けど、それだけじゃない」
石像群の間を一歩、また一歩と前へ出る。
視線が走る。
俺はもう避けない。
近くにあった白い像を掴み、それを正面へ構える。
石化光線が当たり、像はさらに均される。
その“完成”を盾にしたまま、俺は歩く。
「俺は、止まらないために変わるんじゃない」
呼吸を整える。
胸の奥のざらつきを、そのまま押し込めるんじゃなく、ちゃんと抱えたまま。
「誰かと一緒に進むために変わるんだ。失うのが怖くても、必要とされなくなるのが怖くても、それでも前へ行くしかないから、変わる」
アンジーが、静かに目を見開く。
その反応を見て、ようやく分かる。
この言葉は、アンジー自身にも届いている。
芸術のために固定された白い地獄の中で、変わり続けることを肯定する言葉が、少しずつ世界の色を揺らし始めている。
「……それって、痛いねー」
「痛いよ」
「でも、そっちの方が生きてる感じがするー」
その一言で、俺は決めた。
ここから先は、もう迷っている段階じゃない。
スカルプチャーナイトメアが、白い祭壇の中心で大きく姿勢を低くした。
石像の破片がその身体へ戻るように集まり、重さと速さの両方を兼ね備えた歪な完成形へ移ろうとしている。
やらせない。
ここで終わらせる。
俺はゼッツドライバーへ手をかける。
フィジカムインパクトでは、この世界の“完成”を正面から押し潰し切れない。
必要なのは、もっと深く、もっと重く、相手の中心そのものを壊す力だ。
カプセムを取り出す。
その重さが、掌の中で妙に現実的だった。
これを使えば、また限界に近づく。
それでも、今はもう迷う理由がない。
「万津くん……」
アンジーが、今度は少しだけ心配そうに俺の名を呼ぶ。
俺はその声を背中で聞きながら、ゆっくりとゼッツドライバーへカプセムを装填した。
音が鳴る。
空気が揺れる。
スカルプチャーナイトメアが、初めて一歩だけ後退した。
この怪物も分かっているんだろう。
今ここで、白い完成の外側から、それを真正面から砕くものが現れようとしていることを。
俺は息を吸う。
覚悟を決めるというのは、派手なことじゃない。
ただ、自分の弱さを認めた上で、それでも前へ出ると決めることだ。
今は、その一歩だけでいい。
「……行くぞ」『パルバライズ! ライダー!ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!カタストロム!』
ゆっくりと、しかし一切迷いなく。
俺はカタストロムへ変身しながら、スカルプチャーナイトメアの方へ歩き出した。