ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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分析 Part7

 白い世界の中心で、俺は一歩ずつ前へ出る。

 カタストロムの装甲は重い。

 けれど、その重さは鈍さじゃない。

 覚悟を決めた人間だけがまとえる、迷いごと押し潰すための重さだ。

 白い石像群は道の両側に並んだまま、無言で俺を見ている。

 笑っている顔も、怒っている顔も、泣いていたはずの顔も、全部が白く均されて、何も語らない完成品のふりをしている。

 その光景の中を歩くたびに、胸の奥でざらついていたものが、少しずつ形になっていくのを感じていた。

 

 俺が怖かったのは、石になることそのものじゃない。

 変わらなくなることだ。

 必要とされる形のまま、どこにも行けず、何にもなれず、ただそこへ置かれることだ。

 それが“楽”に見えてしまう自分が、何より怖かった。

 だから、もう迷わない。

 この白い地獄が差し出してくる安らぎも、俺の中で止まりたがっていた弱さも、ここでまとめて終わらせる。

 

「万津くーん」

 

 高い回廊の上から、アンジーの声が落ちてくる。

 柔らかい。

 ふわふわしている。

 でも、今の俺には、その奥にある真剣さがちゃんと分かる。

 

「なぁにー」

 

 俺は前を向いたまま返す。

 スカルプチャーナイトメアはまだ動かない。

 いや、動けないんじゃない。

 こっちが何を選ぶか見ている。

 白い祭壇みたいに整列した石像群の中心で、あの怪物は“完成された芸術”の顔をしたまま、俺の答えを待っている。

 

「アンジーさんねー、今ちょっと、ドキドキしてるよー」

 

「そりゃそうだろ」

 

「でもでもー、ちょっと安心もしてるー」

 アンジーがふわっと笑う気配がする。

「万津くん、さっきまでと歩き方が違うんだもんー。怖いのに進んでる人の歩き方になってるー」

 

「うるさいな」

 

「うるさくないよー」

 間延びした返事なのに、言ってることだけはやけに真っ直ぐだ。

「アンジーさん、そういうの見るの好きだからー」

 

「そんな趣味の報告はいらない」

 

「ぐっばいならー、って言われたいのー?」

 

「今はやめろ」

 

 少しだけ、呼吸が楽になった。

 緊張は消えていない。

 でも、アンジーがちゃんと“こっち側”へ戻りつつあるのが分かる。

 だったら、もう十分だ。

 あとは俺が終わらせるだけだ。

 

 スカルプチャーナイトメアの目が光る。

 次の瞬間、視線と一緒に石化光線が走った。

 白い奔流。

 ただのビームじゃない。

 見られたものの輪郭ごと固定し、色も熱も感情も奪うための、嫌なほど静かな攻撃。

 

 俺は止まらない。

 トリプルゼッツァーを引き抜き、その砲口を真正面へ向ける。

 白い光がこっちへ伸びてくる。

 避けるつもりはない。

 今回は、ぶつけて壊す。

 

 カプセムを装填する。

 ウィング。

 マシーナリー。

 サウンド。

 空を裂く力、機構を支配する力、そして振動で輪郭そのものを揺らす力。

 固定に対する答えとしては、これ以上ない。

 俺は引き金へ指をかける。

 

『ウィング!』

『マシーナリー!』

『サウンド!』

 

 音声が重なり、トリプルゼッツァーの内部で力が噛み合う。

 石化光線はもう目の前だ。

 白い視線が、俺の姿ごと完成品へ変えようと迫っている。

 

「お前の芸術も」

 

 俺は低く言う。

 砲口の奥で、三つの力が一つへ集束する。

 

「自分の中の迷いも、破壊する」

 

 引き金を引いた。

 

 放たれた一撃は、白い奔流へ真正面からぶつかった。

 空間が鳴る。

 ウィングの推進が前へ押し、マシーナリーの精密さが軌道を崩さず、サウンドの振動が石化光線そのものの“固定”を揺らす。

 真っ白な光と、複合された力の塊が、空中で拮抗する。

 いや、違う。

 最初の一瞬だけ拮抗して見えただけだ。

 次の瞬間には、トリプルゼッツァーの一撃が石化光線を押し返し始めていた。

 

 白い光が裂ける。

 均された静けさに、ひびが入る。

 美しい完成品の顔をしていた世界へ、初めて“未完成のまま壊れる音”が響いた。

 

 スカルプチャーナイトメアが身を捩る。

 その寄せ集めの美しい顔が、初めて明確に醜く歪んだ。

 受け止めきれない。

 固定しきれない。

 こいつが信じてきた白い完成が、今、真正面から押し潰されている。

 

「神さまってるねー……」

 

 アンジーが、ぽつりと呟く。

 その声に、怯えよりも驚きが混じっていた。

 壊すことが、前へ進む形になる。

 その光景を、アンジー自身も今やっと見ているんだと思う。

 

 俺は一歩、また一歩と前へ出る。

 カタストロムの重さが、白い床へ深い足跡を刻む。

 押し返された石化光線の残滓が装甲を舐めても、もう止まる気はない。

 怖さは消えていない。

 必要とされなくなることも、失うことも、きっとこれから先も怖いままだ。

 でも、だからって白く固まって終わるのは違う。

 そのくらいはもう分かっている。

 

「完成なんかじゃないだろ、お前」

 

 俺は怪物を見据えたまま吐き捨てる。

「色も感情も奪って、変わる途中を殺してるだけだ。そんなもので綺麗な顔をするな」

 

 スカルプチャーナイトメアが、怒りとも焦りともつかない声を漏らす。

 石像の腕が広がる。

 胸部のガラスケースめいた心臓が、赤く脈打つ。

 あそこだ。

 あそこがこの悪夢の核だ。

 アンジーの中で、変わることを止め、色を奪い、全部を“完成”へ押し込めようとしている中心。

 

 俺はトリプルゼッツァーを構え直す。

 必殺のために、もう一度全身の力を一点へ集める。

 カタストロムの装甲が軋む。

 限界は近い。

 でも、それで十分だ。

 ここで終わらせるための一撃なら、まだ撃てる。

 

『トリプルゼッツァー・バースト!』

 

 重い音声が鳴り響く。

 砲口の前で、三つのカプセムの力が今度はより明確な形を取った。

 巨大な機械の鳥。

 翼を広げ、機構と振動と破壊を纏った一羽の金属生命みたいに、それは白い世界の中心へ向かって飛び出していく。

 

 スカルプチャーナイトメアが視線を向ける。

 石化光線を撃とうとする。

 けれど遅い。

 機械の鳥は、白い光を真正面から食い破り、そのまま胸部のガラス心臓へ突き刺さった。

 

 衝撃。

 破砕音。

 白い世界全体が一瞬だけ止まり、それからまとめてひび割れた。

 

 胸部のガラスケースに蜘蛛の巣みたいな亀裂が走る。

 赤い脈動が乱れる。

 寄せ集められた美しい顔、モアイの輪郭、考える人の腕、石柱の脚、その全部が同時に悲鳴を上げるみたいに震えた。

 そして次の瞬間、スカルプチャーナイトメアは内側から砕け散った。

 

 白い欠片が宙へ舞う。

 それは雪みたいにも、石膏の粉みたいにも見える。

 けれど、さっきまでの死んだ白さとは違った。

 壊れたからこそ、そこに“終わり”ではなく“ほどける”感じがあった。

 

 怪物の輪郭が消えていく。

 白い祭壇も、均された石像群も、その中心を失って静かに崩れ始める。

 観覧車の白さに、ほんのかすかに色が戻る。

 校舎の窓に、夕焼けみたいな薄い影が差す。

 世界が、やっと息をし始めた。

 

「……終わった、のかなー」

 

 アンジーの声が、今度はちゃんと生きた温度で届く。

 俺はトリプルゼッツァーを下ろしながら、深く息を吐いた。

 全身が重い。

 カタストロムの負荷が、今になってまとめてのしかかってくる。

 それでも、立ってはいられた。

 

「あぁ」

 俺はアンジーを見上げる。

「終わったよ」

 

 アンジーは少しだけ目を丸くして、それからふわっと笑った。

 いつもの、あのつかみどころのない笑い方だ。

 でも、さっきまでみたいに白い世界へ引かれた感じはもうない。

 

「そっかー。じゃあ、ぐっばいならだねー」

 

「今度はそれでいい」

 

 そう返してから、俺は砕けた白い欠片を見下ろした。

 迷いを全部壊したわけじゃない。

 そんなに都合よく綺麗には終わらない。

 必要とされたい気持ちも、失うのが怖い気持ちも、きっとこれから先も残り続ける。

 でも、それを認めた上で、それでも止まらないって選べるなら、それでいい。

 そのために変わるんだと、今は言える。

 

 白い悪夢は崩れた。

 けれど、その奥に触れた手応えだけは、まだ胸の中に残っている。

 固定されることへの恐怖。

 完成という顔をした停止への嫌悪。

 それは、まだこの先にも続いていくはずだ。

 たぶん、もっと深い形で。

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