ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
白い世界の中心で、俺は一歩ずつ前へ出る。
カタストロムの装甲は重い。
けれど、その重さは鈍さじゃない。
覚悟を決めた人間だけがまとえる、迷いごと押し潰すための重さだ。
白い石像群は道の両側に並んだまま、無言で俺を見ている。
笑っている顔も、怒っている顔も、泣いていたはずの顔も、全部が白く均されて、何も語らない完成品のふりをしている。
その光景の中を歩くたびに、胸の奥でざらついていたものが、少しずつ形になっていくのを感じていた。
俺が怖かったのは、石になることそのものじゃない。
変わらなくなることだ。
必要とされる形のまま、どこにも行けず、何にもなれず、ただそこへ置かれることだ。
それが“楽”に見えてしまう自分が、何より怖かった。
だから、もう迷わない。
この白い地獄が差し出してくる安らぎも、俺の中で止まりたがっていた弱さも、ここでまとめて終わらせる。
「万津くーん」
高い回廊の上から、アンジーの声が落ちてくる。
柔らかい。
ふわふわしている。
でも、今の俺には、その奥にある真剣さがちゃんと分かる。
「なぁにー」
俺は前を向いたまま返す。
スカルプチャーナイトメアはまだ動かない。
いや、動けないんじゃない。
こっちが何を選ぶか見ている。
白い祭壇みたいに整列した石像群の中心で、あの怪物は“完成された芸術”の顔をしたまま、俺の答えを待っている。
「アンジーさんねー、今ちょっと、ドキドキしてるよー」
「そりゃそうだろ」
「でもでもー、ちょっと安心もしてるー」
アンジーがふわっと笑う気配がする。
「万津くん、さっきまでと歩き方が違うんだもんー。怖いのに進んでる人の歩き方になってるー」
「うるさいな」
「うるさくないよー」
間延びした返事なのに、言ってることだけはやけに真っ直ぐだ。
「アンジーさん、そういうの見るの好きだからー」
「そんな趣味の報告はいらない」
「ぐっばいならー、って言われたいのー?」
「今はやめろ」
少しだけ、呼吸が楽になった。
緊張は消えていない。
でも、アンジーがちゃんと“こっち側”へ戻りつつあるのが分かる。
だったら、もう十分だ。
あとは俺が終わらせるだけだ。
スカルプチャーナイトメアの目が光る。
次の瞬間、視線と一緒に石化光線が走った。
白い奔流。
ただのビームじゃない。
見られたものの輪郭ごと固定し、色も熱も感情も奪うための、嫌なほど静かな攻撃。
俺は止まらない。
トリプルゼッツァーを引き抜き、その砲口を真正面へ向ける。
白い光がこっちへ伸びてくる。
避けるつもりはない。
今回は、ぶつけて壊す。
カプセムを装填する。
ウィング。
マシーナリー。
サウンド。
空を裂く力、機構を支配する力、そして振動で輪郭そのものを揺らす力。
固定に対する答えとしては、これ以上ない。
俺は引き金へ指をかける。
『ウィング!』
『マシーナリー!』
『サウンド!』
音声が重なり、トリプルゼッツァーの内部で力が噛み合う。
石化光線はもう目の前だ。
白い視線が、俺の姿ごと完成品へ変えようと迫っている。
「お前の芸術も」
俺は低く言う。
砲口の奥で、三つの力が一つへ集束する。
「自分の中の迷いも、破壊する」
引き金を引いた。
放たれた一撃は、白い奔流へ真正面からぶつかった。
空間が鳴る。
ウィングの推進が前へ押し、マシーナリーの精密さが軌道を崩さず、サウンドの振動が石化光線そのものの“固定”を揺らす。
真っ白な光と、複合された力の塊が、空中で拮抗する。
いや、違う。
最初の一瞬だけ拮抗して見えただけだ。
次の瞬間には、トリプルゼッツァーの一撃が石化光線を押し返し始めていた。
白い光が裂ける。
均された静けさに、ひびが入る。
美しい完成品の顔をしていた世界へ、初めて“未完成のまま壊れる音”が響いた。
スカルプチャーナイトメアが身を捩る。
その寄せ集めの美しい顔が、初めて明確に醜く歪んだ。
受け止めきれない。
固定しきれない。
こいつが信じてきた白い完成が、今、真正面から押し潰されている。
「神さまってるねー……」
アンジーが、ぽつりと呟く。
その声に、怯えよりも驚きが混じっていた。
壊すことが、前へ進む形になる。
その光景を、アンジー自身も今やっと見ているんだと思う。
俺は一歩、また一歩と前へ出る。
カタストロムの重さが、白い床へ深い足跡を刻む。
押し返された石化光線の残滓が装甲を舐めても、もう止まる気はない。
怖さは消えていない。
必要とされなくなることも、失うことも、きっとこれから先も怖いままだ。
でも、だからって白く固まって終わるのは違う。
そのくらいはもう分かっている。
「完成なんかじゃないだろ、お前」
俺は怪物を見据えたまま吐き捨てる。
「色も感情も奪って、変わる途中を殺してるだけだ。そんなもので綺麗な顔をするな」
スカルプチャーナイトメアが、怒りとも焦りともつかない声を漏らす。
石像の腕が広がる。
胸部のガラスケースめいた心臓が、赤く脈打つ。
あそこだ。
あそこがこの悪夢の核だ。
アンジーの中で、変わることを止め、色を奪い、全部を“完成”へ押し込めようとしている中心。
俺はトリプルゼッツァーを構え直す。
必殺のために、もう一度全身の力を一点へ集める。
カタストロムの装甲が軋む。
限界は近い。
でも、それで十分だ。
ここで終わらせるための一撃なら、まだ撃てる。
『トリプルゼッツァー・バースト!』
重い音声が鳴り響く。
砲口の前で、三つのカプセムの力が今度はより明確な形を取った。
巨大な機械の鳥。
翼を広げ、機構と振動と破壊を纏った一羽の金属生命みたいに、それは白い世界の中心へ向かって飛び出していく。
スカルプチャーナイトメアが視線を向ける。
石化光線を撃とうとする。
けれど遅い。
機械の鳥は、白い光を真正面から食い破り、そのまま胸部のガラス心臓へ突き刺さった。
衝撃。
破砕音。
白い世界全体が一瞬だけ止まり、それからまとめてひび割れた。
胸部のガラスケースに蜘蛛の巣みたいな亀裂が走る。
赤い脈動が乱れる。
寄せ集められた美しい顔、モアイの輪郭、考える人の腕、石柱の脚、その全部が同時に悲鳴を上げるみたいに震えた。
そして次の瞬間、スカルプチャーナイトメアは内側から砕け散った。
白い欠片が宙へ舞う。
それは雪みたいにも、石膏の粉みたいにも見える。
けれど、さっきまでの死んだ白さとは違った。
壊れたからこそ、そこに“終わり”ではなく“ほどける”感じがあった。
怪物の輪郭が消えていく。
白い祭壇も、均された石像群も、その中心を失って静かに崩れ始める。
観覧車の白さに、ほんのかすかに色が戻る。
校舎の窓に、夕焼けみたいな薄い影が差す。
世界が、やっと息をし始めた。
「……終わった、のかなー」
アンジーの声が、今度はちゃんと生きた温度で届く。
俺はトリプルゼッツァーを下ろしながら、深く息を吐いた。
全身が重い。
カタストロムの負荷が、今になってまとめてのしかかってくる。
それでも、立ってはいられた。
「あぁ」
俺はアンジーを見上げる。
「終わったよ」
アンジーは少しだけ目を丸くして、それからふわっと笑った。
いつもの、あのつかみどころのない笑い方だ。
でも、さっきまでみたいに白い世界へ引かれた感じはもうない。
「そっかー。じゃあ、ぐっばいならだねー」
「今度はそれでいい」
そう返してから、俺は砕けた白い欠片を見下ろした。
迷いを全部壊したわけじゃない。
そんなに都合よく綺麗には終わらない。
必要とされたい気持ちも、失うのが怖い気持ちも、きっとこれから先も残り続ける。
でも、それを認めた上で、それでも止まらないって選べるなら、それでいい。
そのために変わるんだと、今は言える。
白い悪夢は崩れた。
けれど、その奥に触れた手応えだけは、まだ胸の中に残っている。
固定されることへの恐怖。
完成という顔をした停止への嫌悪。
それは、まだこの先にも続いていくはずだ。
たぶん、もっと深い形で。