ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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迷宮 part7

 エスケープナイトメアの作り上げた白い管理中枢は、まだ静かな顔をしたまま俺たちを閉じ込めていた。

 赤いタイマーは減り続け、三つの救出区画は同じ顔で光り続け、中央の席だけが、まるで最初からそこへ座る人間を決めていたみたいに、冷たく俺たちを待っている。

 さっきまでなら、その光景を見ただけでカタストロムのまま全部まとめて叩き壊したくなっていた。

 でも今は違う。

 壊せば終わるわけじゃない。

 壊した瞬間に、日菜さんの夢の根っこまで砕ける。

 それが分かってしまったからこそ、俺は拳を握ったまま、逆に動けなくなっていた。

 

『選択してください』

 

 エスケープナイトメアの声は、相変わらず穏やかだった。

 優しい案内係みたいな声のくせに、言っていることはずっと同じだ。

 誰か一人へ全部を背負わせる。

 正解という名前で誰かを固定する。

 その構造が、この悪夢の本体だ。

 

「……ふざけるなよ」

 

 喉の奥から、低い声が漏れる。

 俺はゼッツドライバーへ手をやり、そのまま変質したデュアルメアカプセムを強く握り込んだ。

 さっきまでの熱とは違う。

 破壊衝動みたいな熱じゃない。

 もっと澄んでいて、もっと冷たくて、それでいて妙に芯のある感触が掌に残る。

 壊すためじゃない。

 見抜くため。

 戻すため。

 その力だと、理屈じゃなく分かってしまう。

 

「日菜さん」

 

 俺が呼ぶと、日菜さんは少し掠れた声で答えた。

 

「……はい」

 

「今度は、ちゃんと連れ戻す」

 

 それだけ言って、俺はメアトリガムへ指をかけた。

 次の瞬間、デュアルメアカプセムの内部で、デュアルヘリクスが軋むような音を立てた。

 ぎり、と。

 何かが無理やり回り始めるような、金属とも生き物ともつかない嫌な駆動音。

 けれど、その音は壊れる前兆じゃなかった。

 万津莫の意志へ、カプセムの方が応えて回転を始めた。

 そんな感じがした。

 

「っ……!」

 

 カタストロムのままの装甲越しに、その震えが全身へ伝わる。

 デュアルメアライザーが四色の光を放つ。

 赤、青、黄、緑。

 その光が脈打つたびに、カタストロムの肥大化した装甲がきしみ、今まで外へ溢れ続けていたオレンジ色の光が、不安定に揺らいだ。

 

『オルデルム!』

 

 鳴り響く音声が、白い悪夢の中へ鋭く走る。

 今までこの空間を支配していたタイマー音や警告音とは、まるで質が違った。

 命令でも警告でもなく、もっと深いところから“答え”を呼び起こすような音だった。

 

『メツァメロ! メツァメロ!』

 

 その声に続いて、カタストロムの瞳から色が落ちた。

 真っ黒になる。

 一瞬だけ、完全な無明みたいに何も映さなくなる。

 それが逆に、今までの破壊一辺倒だった力が、ここでいったん“停止”したんだと分からせた。

 

 次の瞬間だった。

 

 肥大化した装甲の隙間から溢れていたオレンジ色の光へ、別の色が重なる。

 緑。

 鮮烈で、冷たくて、どこまでも澄んだ緑色の光だった。

 それはオレンジを押し返すんじゃない。

 塗り変えていく。

 怒りと破壊の残光を、秩序だった線へ書き換えていく。

 

 外骨格が形成される。

 カタストロムの過剰な装甲の上から、緑の光が骨組みみたいに走る。

 肩。

 胸。

 腕。

 脚。

 一本一本のラインが、今までの膨れ上がった力を整理し、正しい位置へ置き直していくように走り抜けた。

 

『アナトマイズ! ライダー!』

 

 その音声と同時に、半透明になったカタストロムの装甲が、一斉にひび割れる。

 爆ぜる、というより、役目を終えた殻が剥離していく感じだった。

 重たく膨張していた外殻が砕け、緑の光の中で弾け飛ぶ。

 その破片すら、白い悪夢の中ではやけに静かに見えた。

 

『ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!』

 

 数字が走る。

 777の演出が、近未来的なエフェクトを纏って視界の前を滑っていく。

 それは横へ伸びながら、ノイズ混じりに変質していった。

 七。

 七。

 七。

 その整列した数字が、次の瞬間には別の記号へ上書きされる。

 

 ZZZ。

 

 横へ長く引き延ばされたその文字列が、空間そのものへ秩序を刻むように流れ、細い光の尾を引きながら消えていく。

 同時に、再び瞳へ色が宿る。

 今度は緑。

 深く澄んだ緑色の光が、黒く沈んでいた視界へ確かな焦点を与えた。

 

『オルデルム!』

 

 最後の音声が鳴る。

 マスクを覆っていた装甲が剥がれ落ちる。

 そして、その奥から現れた顔は、さっきまでのカタストロムとはまったく違っていた。

 

 重さで圧す顔じゃない。

 怒りで塗りつぶす顔でもない。

 静かで、鋭くて、迷いのない顔。

 どこが歪みで、どこが正しい形か、それだけを見定めるための視線を持つ顔だった。

 

「……これが」

 

 自分でも知らないくらい、声が静かだった。

 でも、その静けさの中で、信じられないほどはっきり世界が見える。

 偽の出口。

 誤答前提のルール。

 日菜さんを固定する透明壁。

 三つに分かれて見せていた救出区画。

 それら全部の上に、ノイズみたいな線が走っている。

 本来そこにあるべきじゃない接続。

 ナイトメアが無理やり結びつけた歪み。

 それが、最初から分かっていたみたいに見えた。

 

「万津君……」

 

 後ろで、日菜さんが息を呑む。

 その声を聞きながら、俺はゆっくりと変質したカプセムへ手を伸ばした。

 ここから先は力押しじゃない。

 壊すだけじゃ、また誰か一人へ全部を押しつけることになる。

 そうじゃない。

 この悪夢の間違った構造そのものを、元へ戻す。

 

 カプセムのボタンを押し込む。

 

 かちり、と。

 小さな音だった。

 それなのに、その一音だけで空間の方が先に反応した。

 

 最初に消えたのは、タイマーの赤だった。

 カウントダウン表示の周囲へ走っていた警告色が、ノイズ混じりに明滅し、それからふっと色を失う。

 次に、三つ並んでいた救出区画のうち、二つの光が歪んで消えた。

 最初から存在していなかったみたいに、偽の選択肢だけが薄く崩れていく。

 床を走っていた解答欄みたいなラインも、一本、また一本とほどけ、本来の通路だけが残る。

 

「……えっ」

 

 日菜さんが小さく声を漏らす。

 それも無理はない。

 管理中枢そのものが、形を変え始めていた。

 中央の操作席を囲んでいた透明な壁が、きしむようにひび割れ、拘束用のケーブルが一斉に光を失う。

 壁面モニターに映っていた誤答表示や最適解ルートも、上から別の情報へ塗り替えられていく。

 まるでこの空間全体が、

 **間違った設計図から、本来あるべき構造へ戻されている**

 そんなふうに見えた。

 

『なっ……』

 

 初めて、エスケープナイトメアの声が露骨に揺れた。

 穏やかな司会者の仮面が、そこでようやく崩れる。

 

『修正プロトコル……? ありえない』

『この空間は最適化されているはずです』

『このルールは正しい』

『この配置は正解の――』

 

「違う」

 

 俺はナイトメアを見た。

 その姿の周囲にも、さっきと同じノイズの線が走っている。

 どこへ隠れていたのか。

 どこが本体なのか。

 今なら、もう分かる。

 

「それはお前が作った“正しそうな形”だ」

 声が自然に出た。

「日菜さんを縛ってたのは、答えじゃない。お前が勝手に押しつけたルールだ」

 

 その言葉と同時に、空間の修正がさらに進む。

 非常口表示の一部が正常な方向へ戻り、偽の番号パネルが壁ごと消え、白すぎた床へ本来の質感が少しずつ戻っていく。

 支配されていた夢が、ようやく息をし始めていた。

 

 オルデルム。

 その力は、壊して突破するものじゃない。

 間違っているものを見抜き、そこだけを外して、正しい形へ戻す力だ。

 だからこそ、この悪夢に届く。

 

 エスケープナイトメアが、初めて明確な焦りを見せた。

 後退する。

 偽の出口の中へ隠れ込むように動こうとする。

 だがもう遅い。

 偽装は剥がれ始めている。

 ルールの中へ隠れたつもりでも、そのルールごと俺には見えている。

 

「もう、隠れられないぞ」

 

 そう告げた時、自分の声が思っていた以上に冷たかった。

 けれど、嫌な冷たさじゃない。

 怒りで燃える代わりに、ようやく狙うべき一点だけが見えている。

 そんな感覚だった。

 

 背後で、日菜さんが小さく息をつく。

 その呼吸には、さっきまでみたいな張り詰めた音が少しだけ減っていた。

 完全じゃない。

 まだ終わっていない。

 でも、あの席に固定される未来だけは、今、確かに遠ざかった。

 

 だったら次は、あのナイトメアそのものを終わらせるだけだ。

 

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