ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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秩序 Part6

 黒いゼッツが着地した瞬間、ホールの空気が一段深く冷えた。

 トラッシュナイトメアの撒き散らす腐臭とも、毒ガスの痺れとも違う。

 もっと芯のところへ刺さってくる、夜の金属みたいな冷たさだった。

 

 そいつは何も言わない。

 ただ、静かに立っている。

 その立ち姿だけで、嫌でも分かる。

 動き方の重心。

 構えに入る前の呼吸。

 相手との間合いの測り方。

 どれもこれも、ゼッツに似すぎていた。

 似ている、なんて生易しいものじゃない。

 俺の戦い方の輪郭だけを、悪夢の側からなぞって作り直したみたいな不気味さがあった。

 

「……何だ、あいつ」

 

 喉の奥でそう呟いた時、東条が小さく息を呑んだ。

 

「万津君、あれ……」

 

「ああ、見えてる」

 

 目を離せない。

 黒い装甲。

 黒い複眼。

 黒い輪郭。

 それなのに、胸元だけが妙に異質だった。

 そこにあるのは、俺のゼッツドライバーじゃない。

 ベルトの中心へ据えられているのは、もっと別の、攻撃的で禍々しい意匠の装置だった。

 

 ロードインヴォーカー。

 

 名前までは分からない。

 けれど、そうとしか呼べないような威圧感が、その装置にはあった。

 ゼッツドライバーが“変身するための鍵”だとすれば、あれはもっと直接的だ。

 戦うため。

 侵すため。

 踏み込むため。

 そういう悪意へ寄った機構に見える。

 

 トラッシュナイトメアが最初に動いた。

 俺たちへ向けていた敵意を、そのまま黒いゼッツへ向け直す。

 モップ頭を大きく振りかぶり、周囲のゴミ袋を一斉に弾けさせた。

 腐った食材、壊れた瓶、黒い汚泥、ぬめった紙屑。

 それらが散弾みたいに黒いゼッツへ降り注ぐ。

 

「危な――」

 

 言いかけたところで、黒いゼッツが動いた。

 

 速い。

 フィジカムインパクトの俺とも違う。

 無駄がなさすぎる。

 大振りの回避じゃない。

 降り注ぐゴミの雨の中で、必要なだけ身体をずらし、必要なだけ踏み込み、触れるはずだった腐敗物だけを紙一重で外していく。

 その動きには躊躇がなかった。

 何が危険で、何がそうでないかを、最初から全部知っているみたいに見えた。

 

「っ……!」

 

 次の瞬間、黒いゼッツは一気にトラッシュナイトメアの懐へ潜り込んでいた。

 右手が閃く。

 握っていたのは、剣とも杭ともつかない黒い武装。

 ロードインヴォーカーと連動しているのか、その刃先には薄い紫黒の光が脈打っている。

 

 一撃。

 

 深くはない。

 だが、狙いが鋭すぎた。

 トラッシュナイトメアの肩口を切り裂いた刹那、そこから飛び散ったゴミが一瞬だけ逆流したみたいに巻き戻る。

 撒き散らすための動きが乱されたんだ。

 能力の起点を、たった一手でずらした。

 

「……そんな戦い方、ありかよ」

 

 思わず呟く。

 力任せじゃない。

 かといって、正攻法でもない。

 能力の発動に必要な流れだけを断ち切るような、嫌になるくらい正確で意地の悪い戦い方だった。

 

 トラッシュナイトメアが悲鳴を上げ、怒ったようにモップ頭を振り回す。

 今度は広範囲だ。

 ホール全体へ黒い飛沫がばら撒かれ、床も壁も一気に腐り始める。

 さっきまで俺が苦しめられていた毒ガスも、一気に濃度を増した。

 普通なら距離を取るしかない。

 そう思った直後、黒いゼッツは逆に一歩前へ出た。

 

「は……?」

 

 ガスの中心へ踏み込む。

 自殺行為にしか見えない。

 けれど、そいつは止まらない。

 ロードインヴォーカーの中心が鈍く光る。

 すると、黒いゼッツの周囲だけ、毒ガスの流れがわずかに歪んだ。

 完全に無効化しているわけじゃない。

 だが、吸い込む前に切り裂き、拡散の流れを乱し、自分の動線だけを無理やり通している。

 力ずくではない。

 悪夢のルールそのものへ、もっと別の悪意で割り込んでいるような動きだった。

 

「万津君、あれ……ゼッツに似ているのに」

 

「似てるんじゃない」

 

 言いながら、自分の声が妙に硬くなるのが分かった。

「あれは、もっと嫌な何かだ」

 

 黒いゼッツの攻撃は続く。

 低く滑り込み、足元のゴミ山を蹴り上げ、そのままトラッシュナイトメアの視界を潰す。

 さらに間髪入れず、胸元へ膝を叩き込み、のけ反ったところへロードインヴォーカーの刃を突き立てる。

 貫くんじゃない。

 刺した瞬間にひねって、能力の流れを捻じ曲げている。

 だからトラッシュナイトメアの身体から溢れたゴミは、さっきまでみたいに周囲へ広がらず、その場で不自然に渦を巻くだけで終わった。

 

 トラッシュナイトメアがようやく後退する。

 俺が苦戦していた相手が、目に見えて押されていた。

 それも、正面突破で勝っているわけじゃない。

 相手の能力を理解した上で、もっと悪辣な方法で封じている。

 

 こいつは何なんだ。

 俺に似ている。

 でも違う。

 ゼッツの輪郭をしているくせに、そこへ入っているものが決定的に違う。

 

 トラッシュナイトメアが最後の悪あがきみたいに両腕を広げた。

 ホール中のゴミ袋が一斉に膨らみ、爆ぜる。

 腐敗物とガスが津波みたいに広がり、俺と東条まで巻き込もうとした。

 

「東条!」

 

「っ!」

 

 俺は反射で東条の前へ出る。

 だが、その直前だった。

 黒いゼッツがこちらとトラッシュナイトメアの間へ割り込む。

 黒い背中が、一瞬だけ目の前を塞ぐ。

 そしてロードインヴォーカーが振るわれた。

 

 横薙ぎ。

 ただそれだけだ。

 だがその一閃で、迫ってきたゴミの奔流が、まるで見えない境界へぶつかったみたいに左右へ割れた。

 毒ガスも、腐敗物も、俺たちへ届く寸前で進路を失う。

 

「な……」

 

 言葉を失った俺の前で、黒いゼッツはゆっくりと振り返った。

 黒い複眼が、まっすぐ俺を見る。

 その視線に感情があるのかどうかは分からない。

 けれど、無機質でもなかった。

 むしろ、知っているような目だった。

 俺のことを。

 俺の戦い方を。

 俺がどういう時に前へ出るのかを。

 全部、最初から知っているような目。

 

 その視線が、ひどく気味悪い。

 

 トラッシュナイトメアが背後でうごめく。

 まだ終わっていない。

 なのに、今この場で一番意識を持っていかれるのは、あの怪物よりも、目の前の“黒いゼッツ”の方だった。

 

 俺は息を整えながら、そいつを睨みつける。

 胸の奥で、警戒と苛立ちと、説明のつかない不快感がぐちゃぐちゃに混ざっていく。

 

 同じ輪郭をしているからこそ、分かる。

 あれはただの模倣じゃない。

 もっと深いところで、ゼッツそのものへ食い込んだ何かだ。

 

「お前は、誰だ!」

 

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