ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
黒いゼッツが振り返った瞬間、俺の背筋を這い上がった寒気は、トラッシュナイトメアの毒ガスなんかよりよほど質が悪かった。
目の前にいるのは、確かにゼッツに似ている。
だが、似ているという言葉で済ませるには、その輪郭はあまりにもこちらへ近すぎた。
立ち方も、重心の置き方も、相手との間合いの削り方も、まるで俺自身の戦い方を悪夢の中で写し取って、そこへ別の何かを流し込んだみたいだった。
しかも胸元にあるのは、俺のゼッツドライバーじゃない。
もっと禍々しくて、もっと攻撃的で、何かを呼び込むというより、何かを引きずり出すための装置みたいな異形のベルト。
その中心で鈍く脈打つロードインヴォーカーの光が、余計にそいつの存在を現実から切り離して見せていた。
「お前は、誰だ!」
さっき叫んだはずの問いが、今度は自分の耳へ刺さるみたいに響いた。
ホールにはまだ腐臭が残っている。
トラッシュナイトメアも倒れたわけじゃない。
それでも、今この瞬間に一番気味が悪いのは、あの怪物よりも、俺の前に立つ“黒いゼッツ”の方だった。
そいつはすぐには答えない。
ただ、黒い複眼の奥からこちらを見据えてくる。
その視線に殺気はある。
けれど、感情だけで飛びかかってくる類の敵意じゃない。
もっと静かで、もっと確信に満ちたものだった。
まるで最初から、俺をここで止めるつもりで立っていたみたいに。
「何だ、やっと気づいたのか」
返ってきた声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが嫌な音を立てて噛み合った。
聞き覚えがある。
口調の荒さ。
短く噛みつくみたいな言葉の切り方。
それなのに、今は仮面越しのせいか、どこかくぐもっていて、余計に現実味が薄い。
「もう会ってるだろ、万津」
その一言で、頭の中へ散らばっていた違和感が一本の線になる。
あの時の視線。
あの時の妙な圧。
会話の端に残った、ただの人間じゃない何かの感触。
俺は思わず息を呑んだ。
「……まさか」
喉が勝手に乾く。
こんな形で繋がってほしくなかった、という気持ちと、やっぱりそうだったのかという妙な納得が同時に胸を刺す。
「伏蝶……まんじ?」
その名を口にした瞬間、黒いゼッツはわずかに肩を揺らした。
笑ったのかもしれない。
少なくとも、否定はしなかった。
「そうだよ」
短い答え。
それだけで十分だった。
黒いゼッツの正体は、伏蝶まんじ。
終天教団で既に接触していた、あの女。
気性の荒さも、目つきの鋭さも、説明の少なさも、その正体がはっきりした瞬間に全部ぴたりとはまる。
だからこそ、余計に最悪だった。
「何でお前が、そんな姿で……!」
「理由なんざ後でいいだろ」
まんじはぶっきらぼうに言い捨てる。
「今は一つだけ覚えとけ。私は、お前をここで倒す」
その言葉は、脅しじゃなかった。
宣言だった。
実際にそうするつもりの人間だけが出せる、余計な熱のない声音だった。
「万津君……!」
背後で東条が息を呑む。
無理もない。
トラッシュナイトメアだけでも厄介なのに、そこへゼッツに酷似した存在まで敵として立ちはだかったんだ。
しかも、そいつは既にこっちの戦い方を知っているような動きを見せている。
普通に考えれば最悪の状況だった。
「東条、動くな」
俺は視線をまんじから外さないまま、短く言う。
今ここで東条まで前へ出たら、トラッシュナイトメアの汚染と、この黒いゼッツの攻撃へ同時に晒される。
そんな余裕はない。
「でも……!」
「今は下がってろ」
言葉を切るように続ける。
「こいつ、俺を狙ってる」
「当然だろ」
まんじは一歩、前へ出た。
その動きだけで空気が変わる。
さっきまでトラッシュナイトメアへ向けていた圧が、そのまま俺へ向け直される。
無駄のない重心。
低く落とした肩。
次の一歩で踏み込める距離。
全部が、戦うための形をしていた。
「お前、東条を巻き込んでる時点で見逃す気はない」
俺は歯を食いしばりながら言う。
「何が目的か知らないけどな、ここで好き勝手やらせると思うなよ」
「好き勝手?」
まんじの声が少しだけ低くなる。
「ふざけるな。これは必要なことだ。お前みたいな半端な奴を、ここで止めるためにな」
半端。
その言葉が妙に引っかかった。
俺のことを知っている口ぶりだ。
ただ敵として見ているだけじゃない。
もっと踏み込んだところで、俺の何かを測っている。
そのこと自体が、やけに不快だった。
「言ってろよ」
吐き捨てる。
だが、自分でも分かっていた。
フィジカムインパクトのままじゃきつい。
トラッシュナイトメアの毒ガスで身体は鈍っている。
環境汚染への対処も追いついていない。
そこへ、ロードインヴォーカーを装備した黒いゼッツ。
このまま基本フォームで押し通せる相手じゃない。
トラッシュナイトメアが、その後ろでまたゴミ袋を膨らませる。
まだ戦意は失っていない。
つまり、俺は二体同時に相手をしなければならない。
しかも片方は環境を腐らせ、片方は俺と同系統の動きで潰しにくる。
笑えない冗談だった。
「万津君、息を……!」
東条の警告と同時に、また腐臭混じりのガスが広がる。
俺は咄嗟に息を止め、同時にゼッツドライバーへ手をかけた。
迷ってる時間はない。
こいつら相手に中途半端で立ってたら、それこそ東条ごと押し潰される。
「伏蝶まんじ……!」
名を呼ぶ。
まんじは何も答えない。
ただ、さらに重心を沈め、いつでも飛び込めるように構えを取る。
それが答えだった。
本当にここで俺を倒す気だ。
なら、こっちも覚悟を決めるしかない。
「なら、こっちも手加減はしない!」
デュアルメアカプセムを引き抜く。
手の中で、それが重く脈打った。
カタストロム。
破壊の切り札。
この状況を押し返すには、もうそれしかない。
俺は迷わずゼッツドライバーへ装填する。
その瞬間、まんじの黒い複眼が、わずかに細められた気がした。
警戒か、期待か、それとも別の感情か。
そこまで読み取る余裕はない。
「行くぞ……!」
回転させる。
駆動音が一気に高まり、ホールの腐臭すら押しのけるみたいに重いエネルギーが脈動した。