ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
トラッシュナイトメアへ向けていた意識の、そのさらに奥で、もう一つの殺気が鋭く立ち上がる。
俺がそちらへ視線を滑らせた時には、ゼッツダークネス――伏蝶まんじが変じた黒いゼッツは、もう目の前まで踏み込んでいた。
ロードインヴォーカーの黒い刃が、夜の欠片みたいな軌跡を引きながら、まっすぐ俺の喉元を狙って走る。
速い。
しかも、ただ速いだけじゃない。
こっちの受け方まで読んだ上で、その先の崩しまで組み込んでいる動きだった。
「っ!」
俺は半身を切ってかわし、そのまま肘で黒い腕を外へ払う。
だが、まんじは弾かれる前に手首を返し、刃の軌道を途中で折った。
その切っ先が今度は脇腹へ潜り込んでくる。
嫌になるくらい、手数が滑らかだ。
攻撃の一つひとつに無駄がなく、しかもその全部が“次の一手のための布石”になっている。
トラッシュナイトメアが撒き散らす悪夢の汚染とは別種の、もっと直接的な悪意がそこにはあった。
「避けるなよ!」
まんじの声は、仮面越しでもなお攻撃的だった。
挑発というより、本気でそう思っている声音だ。
こいつは俺を試している。
しかも、手加減なしの殺し合いの形で。
「誰が真正面から食らうかよ!」
返しながら、俺はオルデルムの掌底を叩き込む。
まんじはそれを腕の装甲で受けた。
金属のぶつかる音が、ホールへ鋭く跳ねる。
そのまま鍔迫り合いみたいに一瞬だけ力が噛み合い、次の瞬間には互いに逆方向へ身体を捌いていた。
拳。
肘。
膝。
蹴り。
どちらも間合いを詰めたまま、近すぎる距離で打撃を差し込んでいく。
言葉を挟む暇もない。
呼吸すら削り取るみたいな格闘戦だった。
だが、今の俺はもうカタストロムじゃない。
押し切るための力ではなく、見抜くための力が、視界の奥で静かに働いている。
まんじの動きは鋭い。
けれど、その鋭さにも必ず芯がある。
踏み込みの癖。
ロードインヴォーカーを返す角度。
斬撃へ移る前に、ほんの一拍だけ左肩へ溜まる力。
そういう“戦い方の構造”そのものが、オルデルムの視界では緑の線として浮かび上がって見えた。
ロードインヴォーカーが再び振るわれる。
今度は黒い残光を伴った斬撃だった。
ただの斬撃じゃない。
軌道の通った空間ごと、少しだけ歪んでいる。
もしあのまま食らえば、装甲だけじゃなく、こっちの動線や重心まで乱される。
悪夢の側へ引き込むための一撃だ。
「それ、お前の能力か」
俺は一歩だけ踏み込んで、その斬撃のど真ん中へ手を差し入れた。
本来なら危険な行為だ。
だが、オルデルムの視界には、そこへ通された“悪意の接続”だけが見えている。
空間が歪んでいるんじゃない。
歪ませている構造が、そこへ付与されているだけだ。
「無効化、できるならしてみろ!」
まんじが低く吠える。
その刹那、俺は掌を返した。
緑の光が走る。
アナトマイズストラクチャーの線が、黒い斬撃の内部へ食い込み、その構造だけをずらす。
次の瞬間、切り裂かれるはずだった空間は、音もなく静止した。
いや、正しく言うなら“斬撃として成立できなくなった”。
黒い残光が一拍遅れてばらけ、ただのノイズみたいに空中へ霧散する。
「なに……!?」
初めて、まんじの声へ明確な動揺が混じる。
当然だ。
ただ受け止めたんじゃない。
能力の核そのものを見抜いて、成立前に無効化したんだから。
「オルデルムは、そういう力だ」
言いながら、俺は一気に距離を詰める。
まんじが反射で刃を引き戻す。
だがもう遅い。
肘打ちを胸元へ叩き込み、そのまま身体を入れ替えるように肩をぶつける。
体勢が浮いた。
そこへさらに、低い位置から膝を突き上げる。
まんじの黒い身体が大きくのけ反り、ロードインヴォーカーの軌道がぶれる。
「っ、ぐ……!」
「終わりじゃない!」
オルデルムの拳は、カタストロムみたいな重たい暴力じゃない。
けれど、その分だけ正確だ。
顎。
脇腹。
手首。
構造の崩れる箇所だけを、短く、鋭く、連続で打ち抜く。
まんじは必死に腕を上げ、脚を引き、黒い装甲でそれをいなしていく。
だが、その防御自体ももう見えている。
守りたい場所。
流したい方向。
そこへ合わせて打撃を差し込めば、次の動きごと壊せる。
「舐めるなぁっ!」
まんじが逆に踏み込んでくる。
近すぎる距離から、頭突きみたいに肩を叩き込み、その反動でロードインヴォーカーを横薙ぎに振り抜く。
その刃に今度は黒い粒子がまとわりついていた。
さっきより直接的だ。
悪夢の汚染を、武器そのものへ纏わせて切り裂くつもりだ。
俺は正面からその手首を掴んだ。
黒い粒子が装甲へ触れる。
だが、広がらない。
オルデルムの緑のラインが、その汚染だけを切り分けるように走り、悪夢の侵食を発生前にほどいていく。
「お前のそれ、通らないぞ」
「……っ!」
まんじの腕が震える。
力で押し返そうとしている。
けれど、オルデルムに必要なのは腕力勝負じゃない。
汚染の構造を見切ってしまえば、あとはそこへ正しい位置を命じるだけだ。
俺は掴んだ手首を外へ捻り、そのまま懐へ踏み込んだ。
腹部へ掌底。
のけ反った瞬間に、さらに顎下へ拳を突き上げる。
まんじの身体が床を離れ、そのまま数歩分後方へ弾かれた。
着地はする。
だが、今の一連で完全に流れはこっちへ寄った。
黒いゼッツは低く息を吐く。
黒い複眼が、前よりもずっと鋭く俺を睨んでいた。
もう遊びじゃない。
最初から遊んでいたわけじゃないだろうが、今は明確に“倒しにくる敵”の目になっている。
「なるほどな……」
まんじが刃を構え直しながら、低く言う。
「その姿、ただの変化じゃない。こっちの力を見てから殺しに来るタイプか」
「都合よく解釈するな」
俺も構えを低く落とす。
「お前の悪夢ごと、ここで止めるだけだ」
「言うじゃねえか」
その瞬間、互いに同時に踏み込んでいた。
床板が軋む。
間合いが消える。
まんじの刃が閃き、俺の拳が走る。
交差。
激突。
音が遅れてホールへ広がる。
今度は一撃ごとの質が違った。
探り合いは終わった。
必殺へ入る前の、最後の打ち合いだ。
俺は右拳を囮にし、左の膝を差し込む。
まんじはそれを脚で受け、逆に回転を利用して蹴りを返してくる。
その蹴りを肘で受け流しながら、俺は肩で突き飛ばす。
まんじは吹き飛ばされる寸前、ロードインヴォーカーを床へ突き立て、その反動で体勢を立て直した。
そのまま低く滑り込み、俺の足元へ黒い光を走らせる。
動線を断つための一撃。
だが、オルデルムの視界では、それもまた見えていた。
俺は半歩だけ軸をずらし、光の通り道だけを外す。
すると黒い線は空を切り、そのまま背後の柱を浅く削るだけで終わった。
「ちっ!」
「終わりにする気だろ、お前」
俺は静かに言う。
まんじは答えない。
その代わり、ロードインヴォーカーを胸元へ引き寄せた。
刃の周囲へ、黒い粒子が渦を巻く。
空気がざらつく。
悪夢の気配が、今までよりずっと濃い。
やはりそうだ。
必殺技。
ここで決めるつもりだ。
俺もまた、呼吸を整える。
オルデルムの全身を走る緑のラインが、静かに収束を始める。
視界の中で、まんじの構えが一枚の設計図みたいに鮮明になる。
なら、こっちも答えるだけだ。
「来いよ」
「上等だ」
互いに一歩、後ろへ引く。
間合いが開く。
だが、それは退いたんじゃない。
次の一撃で全てを奪うための、わずかな助走だ。