ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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その先 Part4

 オルデルムとゼッツダークネスの激突がホールの中央で火花を散らす、その少し外側。

 同じ悪夢の中で、もう一つの戦いもまた、確かに形を変え始めていた。

 

 トラッシュナイトメアは、自分へ向けられる圧が変わったことを理解していた。

 さっきまでは違った。

 東条斬美は、この悪夢の中で片付けることのできない自分を見せつけられ、その誇りごと押し潰されかけていた。

 ゴミは増える。

 汚れは広がる。

 整えようとすればするほど、世界はもっと醜くなる。

 それがこの怪物の作った絶望だった。

 だが今は、もう違う。

 東条は立っている。

 しかも、ただ立っているだけじゃない。

 超高校級のメイドとして、自分の手でこの空間を取り戻す側へ、ちゃんと戻ってきていた。

 

「……随分と、好き勝手してくれたのね」

 

 東条の声は静かだった。

 静かなまま、その奥に鋼みたいな硬さを通している。

 怯えや迷いが、完全に消えたわけじゃないだろう。

 けれど、その迷いに支配されてはいなかった。

 今の東条斬美は、自分の役目を思い出した人間の顔をしている。

 

 トラッシュナイトメアが頭部のモップ繊維を逆立てる。

 ぶわり、と黒い汚水が飛び、腐った食材と紙くずとぬめったゴミ袋が、東条の足元へ雪崩のように撒き散らされた。

 床板がじゅ、と音を立てて腐る。

 毒ガスが薄く立ち上る。

 また東条を“片付けられない側”へ引きずり戻すための一撃だ。

 

 だが、東条はもうその光景を見て足を止めたりはしなかった。

 

「遅いわ」

 

 短く言い切る。

 同時に、彼女の足が動いた。

 裾を乱さぬまま、しかし迷いなく前へ出る。

 その手にあった銀のトレイが、盾のように黒い飛沫を受け止めた。

 腐敗が広がるより早く、東条はその汚れの起点を見切っていた。

 ただ受けたんじゃない。

 どこへ当てれば広がりを最小限にできるか、最初から計算した受け方だった。

 

「その程度の散らかし方で、私が怯むとでも思ったの?」

 

 トレイを捨てる。

 着地した先の足元は、さっきまでオルデルムが修復したばかりの床だ。

 整えられた空間を、東条は当然のように使いこなす。

 それだけで、トラッシュナイトメアの悪夢の前提が、また一つ崩れる。

 

 怪物が腕を振るう。

 今度は広範囲だ。

 天井近くまでゴミを打ち上げ、そこから降らせることで逃げ場そのものを塞ぐつもりらしい。

 けれど、東条はそれを見上げた瞬間に動いた。

 近くのワゴンを蹴って位置をずらし、落下点の偏りを読んで、その隙間へ滑り込む。

 同時に、散乱していた布を拾い、床を這うように広がりかけた黒い汚水へ投げつけた。

 汚れを吸わせるためじゃない。

 進行方向をずらし、ガスの立ち上がる角度を変えるためだ。

 

「……!」

 

 トラッシュナイトメアが一瞬だけ動きを止める。

 それだけで十分だった。

 東条はその隙へ一気に踏み込む。

 ゴミの山を避けるでも、ただ片付けるでもない。

 この怪物が“どこへ撒き散らせば最も効率よく絶望を広げられるか”を読んだ上で、その逆を突いている。

 

「万津君だけに頼るつもりはないわ」

 

 言いながら、東条は壊れた椅子の脚を拾い上げた。

 即席の棒。

 メイドらしくない武器だ。

 だが、今の彼女に必要なのは見た目の上品さじゃない。

 整えるために、邪魔なものをどかす力だ。

 

 振るう。

 棒の先がトラッシュナイトメアの手首を打つ。

 メイド服の袖口から、腐ったゴミ袋が落ちる。

 続けて逆の手を払う。

 モップ頭が揺れ、汚水の軌道がずれる。

 その一連の動きに無駄がなかった。

 東条は殴り合いの専門家じゃない。

 けれど、相手の動線を乱し、場を整えるための所作は、驚くほど洗練されていた。

 

「片付けても、片付けても終わらない……」

 東条は低く、しかしよく通る声で言う。

「そうやって私へ見せ続ければ、私が折れると思ったのね」

 

 トラッシュナイトメアが後退する。

 今度は露骨だった。

 東条の前に立つのではなく、再び大量のゴミを展開し、自分と東条の間へ“終わらない汚れ”の壁を作ろうとする。

 つまり、こいつはもう正面からの押し合いで勝てないと理解している。

 

 だが、東条はその壁を見ても顔色を変えなかった。

 むしろ、ほんの少しだけ目を細める。

 見慣れた作業台を前にした時みたいな、冷静な観察の目だ。

 

「……なるほど」

 彼女はぽつりと呟く。

「あなた、本当に汚しているわけじゃないのね」

 

 怪物の動きが一瞬止まる。

 それを見て、東条は確信を深めたようだった。

 

「汚れを増やしているのではなく、“汚れが増え続けるように見せる配置”を重ねているだけ」

 東条は一歩、また一歩と前へ出る。

「だから、片付けても終わらない。違うわね。本当は“終わらせないように並べている”だけだわ」

 

 悪夢の核心へ届く言葉だった。

 トラッシュナイトメアの身体がびくりと震える。

 図星を刺された反応だ。

 こいつは本当に無限のゴミを生んでいるわけじゃない。

 東条の心を折るために、終わらないように見せる構造を重ねていただけ。

 だから、それを見抜かれた瞬間に優位が崩れる。

 

「片付かないのではないわ」

 東条の声が、少しだけ強くなる。

「あなたが、片付けさせないようにしていただけよ」

 

 その一言で、空気が変わった。

 トラッシュナイトメアは明らかに焦った。

 頭部のモップ繊維を狂ったように振り回し、今まで以上の量のゴミを撒き散らす。

 腐った食材の山。

 割れた皿の雨。

 黒い汚泥の飛沫。

 ホールの半分を埋めるほどの汚染。

 最後の悪あがきだった。

 

 だが、東条はもうその攻撃を“汚れ”として見ていなかった。

 配置。

 順序。

 重なり。

 何をどこへ落とし、どう絶望へ繋げるか。

 そういう構造として捉え直している。

 だから、動ける。

 

 飛んできた皿の破片をトレイで弾き、落ちたゴミ袋を足で蹴り返し、汚泥が広がる前に机を倒して進行方向を遮る。

 片付ける。

 整える。

 それを東条は、今度こそ自分の意思でやっていた。

 悪夢に追い立てられる形ではなく、自分がこの場の主導権を握るために。

 

「終わりよ」

 

 東条が距離を詰める。

 トラッシュナイトメアは後退する。

 だが、その退路すらもう東条の読みの内だ。

 椅子の残骸を踏ませ、体勢をずらし、最後はワゴンの車輪を蹴って足元へ滑り込ませる。

 怪物の身体が大きく揺らいだ。

 

 そこへ東条の棒が、真っ直ぐ振り抜かれる。

 モップ頭の根元。

 汚れを撒き散らすための中心。

 そこだけを、ためらいなく打ち抜いた。

 

「――っ!」

 

 トラッシュナイトメアの悲鳴。

 頭部の繊維が裂け、黒い汚水が噴き出す。

 それでも怪物は倒れない。

 だが、あと一歩だ。

 東条自身にもそれが分かっていた。

 今なら押し切れる。

 この悪夢を、自分の手で終わらせられるところまで来ている。

 

 その時だった。

 

 ホールの中央から、金属同士が噛み合うような激音が響く。

 振り向く。

 オルデルムとゼッツダークネス。

 二つのゼッツが、互いに必殺の構えへ入っていた。

 空気が震える。

 緑と黒の光がぶつかり合う直前の、極限まで張り詰めた圧が、この場全体へ広がってくる。

 

「……!」

 

 東条の表情が引き締まる。

 今ここでトラッシュナイトメアへ止めを刺すことはできる。

 けれど、その一瞬の遅れが万津の戦いへ何を及ぼすか分からない。

 そして、トラッシュナイトメアもまた、本能的にそちらへ意識を向けていた。

 悪夢の主導権が、別の場所で決まろうとしているのを感じ取っている。

 

 東条は迷わなかった。

 それがもう、回復した証拠だった。

 

「万津君の方が先ね」

 

 短くそう言って、彼女は棒を握り直す。

 トラッシュナイトメアを睨む。

 怪物は傷つき、追い詰められている。

 あと一歩。

 本当にあと一歩まで来ていた。

 けれど今は、その“一歩”を中央の戦場へ持っていく方が正しい。

 

「逃がさないわ」

 

 東条は低く告げる。

「あなたの片は、向こうでまとめて付ける」

 

 トラッシュナイトメアが後退しようとする。

 だが東条はそれを許さず、一定の距離を保ったまま中央へ向かう進路へ追い込んだ。

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