ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ホールの中央で、緑と黒の光が真正面からぶつかり合っていた。
オルデルムへ変じた俺と、ゼッツダークネスへ変じた伏蝶まんじ。
互いに一歩も引かず、互いに相手だけを撃ち抜くための構えを深く落とし込んでいる。
その圧だけで、さっきまで腐臭に沈んでいた空気が、今は鋭い金属音を孕んだ戦場の気配へ塗り変わっていた。
視界の端では、東条がトラッシュナイトメアを追い込みながら、こちらの決着を見据えている。
だが、今この瞬間に意識を割ける相手は一人しかいない。
黒い複眼の奥で、まんじもまた同じことを考えているのが分かった。
もう小細工はない。
ここからは、互いの必殺を真正面からぶつけて、どちらが立つかを決めるだけだ。
「来るか」
俺が低く言うと、黒いゼッツは刃を引いた。
ロードインヴォーカーの中心へ、夜みたいに濃い光が収束していく。
刃の輪郭が揺らぎ、そこから立ち上る黒い粒子が、まるで処刑台の幕みたいに空気をざらつかせた。
あれをまともに食らえば終わる。
理屈じゃなく、そう分かるだけの殺意が凝縮されていた。
「終わらせるぞ、万津」
まんじの声は、仮面越しでもはっきり冷えていた。
怒りでもない。
興奮でもない。
ここで俺を倒すと決めた人間だけが出せる、妙に静かな熱だった。
「こっちもだ」
俺は息を深く吸う。
オルデルムの全身を走る緑のラインが、脚へ、腰へ、背骨へ集束していく。
アナトマイズストラクチャーが細く震え、視界の中でまんじの構えとロードインヴォーカーの軌道が、一本の鮮明な線になって浮かび上がった。
見える。
あいつがどこを通ってくるのか。
どこへ力を集中させ、どの瞬間に蹴りへ移るのか。
それでも、見えたからといって楽になるわけじゃない。
速さも威力も、本気で俺を殺しに来る一撃だ。
『ダークネスエクスキューション』
低く、重く、処刑宣告みたいな音声がホール全体へ響いた。
それと同時に、黒いゼッツが床を蹴る。
速い。
一直線。
黒い残光を引きながら、まんじは回り込むことも捻ることもなく、真正面からこちらの中心線へ飛び込んできた。
蹴りだ。
ロードインヴォーカーの黒い光を脚へ流し込み、そのまま貫通させるためだけの一撃。
「来い!」
俺も踏み込む。
緑の光が脚部へ集まり、アナトマイズストラクチャーが展開する。
世界が一瞬だけ細くなる。
ホールの輪郭も、東条の気配も、トラッシュナイトメアの悪臭も、その全部が遠くへ退いて、目の前の黒いゼッツだけが鮮明になる。
『オルデルム・エンダー……!』
『ゼェッツ……ゼェッツ………ゼェーーッツ……!!』
音声と同時に、俺は跳んだ。
緑と黒。
互いの必殺を乗せた蹴りが、空中で真正面からぶつかる。
激突。
衝撃が遅れて来るんじゃない。
ぶつかった瞬間に、ホール全体が軋んだ。
蹴りと蹴り。
秩序と悪夢。
ゼッツとゼッツダークネス。
互いの必殺技が完全に噛み合い、どちらも相手を貫き切れないまま、空中で火花と光を散らし続ける。
「っ、ぐ……!」
まんじが奥歯を噛みしめる。
俺も同じだ。
押しているのか、押されているのか、一瞬では分からない。
ただ一つ言えるのは、どちらも一歩たりとも引いていないということだけだった。
「まだだろ!」
「当たり前だ!」
次の瞬間、衝撃が弾ける。
黒と緑の光が同時に爆ぜ、俺たちは互いに後方へ吹き飛ばされた。
着地。
床板が悲鳴みたいな音を立てて沈む。
だが、倒れない。
俺も、まんじも、まだ立っている。
息が荒い。
けれど、目は逸らさない。
一度目は相殺。
なら、次で決める。
その意志だけが、互いの複眼の奥で鋭く燃えていた。
まんじが先に動く。
だが今度は一直線じゃない。
低く踏み込み、右へ流れ、そこから急激に軸を回す。
回し蹴り。
しかもただの回転じゃない。
ロードインヴォーカーの黒い光が脚の外周へ沿って膨れ上がり、その軌道そのものが刃の弧になっている。
「これで終わりだ!」
蹴りが空を裂く。
直撃する距離じゃない。
それでも危険だと分かった。
回し蹴りの軌道から、黒い衝撃波が撃ち出される。
悪夢の残滓を押し固めたみたいな、鋭くて重たい飛翔斬撃。
正面から受ければ、このホールごと断ち切られる。
だが、こっちも同じ答えへ辿り着いていた。
俺は左脚を軸にして、深く腰を落とす。
緑のラインが全身を巡り、アナトマイズストラクチャーが回転のための軸を補強する。
見えている。
黒い衝撃波の核。
まんじの蹴りから切り離された後もなお、飛び続けるために必要な“悪夢の接続”が、一本だけ、鮮やかなノイズとして浮いている。
「終わらせるのは、こっちだ!」
俺はそのまま身体を回した。
回し蹴り。
オルデルムの脚が円を描く。
緑の光が回転に沿って収束し、次の瞬間、こちらもまた衝撃波となって放たれる。
秩序の光を帯びたそれは、ただの破壊力じゃない。
飛翔するための構造を持ち、狙った相手だけを断つための輪郭を備えている。
黒と緑の衝撃波が、ホールの中央で再び激突した。
今度は蹴りそのものではない。
互いの必殺を延長した、意志のぶつかり合いだった。
拮抗。
黒い衝撃波が押し込む。
緑の衝撃波が受け止める。
いや、違う。
受け止めているんじゃない。
見抜いている。
黒い必殺の内部で、どこが成立を支えているのか。
その一点だけを、オルデルムの視界はもう捉えていた。
「そこだ……!」
俺は踏み込み直し、回し蹴りの軌道をさらに押し込む。
緑の衝撃波が一瞬だけ細く鋭くなり、黒い衝撃波の中心へ食い込んだ。
次の瞬間、まんじの必殺は、外側から砕けるんじゃなく、内部の接続を断たれたみたいに崩壊した。
「なっ……!」
黒い光がばらける。
押し切った。
緑の衝撃波はそのまま減衰せず、一直線にゼッツダークネスへ突き進む。
まんじは即座にロードインヴォーカーを前へ構える。
防御。
だが、完全には間に合わない。
緑の衝撃波が黒い装甲へ突き刺さり、そのまま爆ぜるように全身を貫いた。
「が、ぁっ……!」
黒いゼッツの身体が大きく吹き飛ぶ。
床を何度も跳ね、最後はホールの柱へ叩きつけられて止まった。
ロードインヴォーカーが重い音を立て、床へ半ば突き刺さる。
それでも、完全には倒れない。
膝をつきながらも、まんじはまだ立ち上がろうとしていた。
俺も着地し、息を整える。
全身が熱い。
オルデルムの出力で無理やり押し切った反動が、骨の奥へじんじん残っている。
それでも倒れない。
視界の中心には、なお黒いゼッツだけが鮮明に浮かんでいた。
ホールは静まり返っていた。
さっきまで響いていた腐敗の音も、激突の轟音も、一瞬だけ遠くへ退いている。
東条も、追い込まれたトラッシュナイトメアも、今はこの決着の先を見ていた。
俺はゆっくりと姿勢を正す。
まんじもまた、柱へ手をついたまま、顔を上げる。
緑と黒。
勝敗はついた。
だが、それで全部が終わったわけじゃない。
俺たちは互いに、まだ相手の奥にあるものを測るように、真正面から対面していた。