ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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その先 Part6

 ゼッツダークネスとの決着で張り詰めていた空気が、次の瞬間には別の悪意へ塗り替わる。

 まだ終わっていない。

 むしろ、本当に終わらせるべき相手は、今この場で最後の悪あがきを始めようとしていた。

 

 トラッシュナイトメアが、裂けかけたモップ頭を大きく揺らす。

 そこから零れた黒い汚水が床へ落ちた瞬間、修繕され始めていたホールのあちこちで、もう一度腐敗の線が走った。

 床板が黒ずみ、テーブルの脚が軋み、壁際のカーテンが下から腐る。

 さっきまで東条と俺で取り戻しかけていた“正しい部屋”を、こいつは最後にもう一度、徹底的な汚染へ引きずり戻そうとしている。

 

「……まだ、やる気かよ」

 

 息を整えながら呟く。

 オルデルムの視界はまだ澄んでいる。

 だが、二度の必殺の反動で、全身の深いところへ鈍い疲労が溜まっているのも分かる。

 ゼッツダークネスとの蹴り合いは押し切った。

 それでも、余裕があるわけじゃない。

 むしろ、ここから先は一撃で終わらせなければ危ない。

 そういう感覚が、オルデルムの装甲越しにじわじわと俺へ伝わっていた。

 

「万津君」

 

 すぐ横で、東条が低く俺の名を呼ぶ。

 その声にはもう、さっきまでみたいな揺らぎはない。

 トラッシュナイトメアへ追い詰められていた頃の彼女じゃない。

 自分の役目を取り戻し、今、目の前の悪夢を終わらせるために立っている東条斬美の声だった。

 

「この部屋の歪み、あのナイトメアとまだ繋がっているわ」

 東条はホールの中央を見据えたまま続ける。

「汚れそのものではなく、汚れが増え続けるという“錯覚の構造”を、最後にもう一度固定しようとしているのね」

 

「分かるのか」

 

「ええ」

 東条は小さく頷く。

「今なら、分かるわ。あれは無限のゴミではない。絶望を増殖させるための、歪んだ配置よ」

 

 その言葉と同時に、トラッシュナイトメアが叫ぶような濁音を撒き散らした。

 ホール中へ散乱していたゴミ袋が一斉に膨張し、天井、床、壁、その全部から腐敗物が噴き出そうとする。

 今まで見てきた中でも、最大規模の汚染だった。

 この場すべてを、まとめて“片付けられない地獄”へ変えるつもりだ。

 

「……上等だ」

 

 俺は深く息を吸う。

 オルデルムの両脚へ力が集まる。

 アナトマイズストラクチャーの細かな光が、今度はさっきよりももっと鋭く、もっと静かに収束し始めていた。

 この悪夢は、ここで終わらせる。

 東条をもう一度その絶望へ沈める前に、こいつそのものを断ち切る。

 

「東条」

 

「ええ」

 

「最後だ。全部、片付ける」

 

「任せるわ」

 東条は迷いなく言い切った。

「私は、この場を保つ。だからあなたは、あの悪夢だけを終わらせて」

 

 その言葉は命令じゃない。

 依存でもない。

 同じ戦場で立つ相手へ、役割を託すためのまっすぐな信頼だった。

 それだけで十分だった。

 

 俺は踏み込む。

 トラッシュナイトメアの前方で、腐敗の波が盛り上がる。

 だが今のオルデルムには、その全部がただの障害ではなく、“成立のための歪み”として見えている。

 どこが核か。

 どこを断てば全部が終わるか。

 それがもう、鮮烈な緑の線で浮かび上がっていた。

 

 トラッシュナイトメアがモップ頭を大きく振りかぶる。

 ゴミの豪雨。

 毒ガスの奔流。

 腐敗の壁。

 その全部が正面から押し寄せてきた。

 だが俺は止まらない。

 むしろ、それらを足場みたいに見据えながら、真正面から跳び上がる。

 

『オルデルム・エンダー……!』

『ゼェッツ……ゼェッツ………ゼェーーッツ……!!』

 

 重く引き伸ばされた音声が、ホール全体へ宣告のように響いた。

 その瞬間、アナトマイズストラクチャーが六本足のパーツみたいに展開し、俺の脚へ絡みつくように組み上がる。

 ただの装甲じゃない。

 空間の歪みを踏み越え、本来あるべき軌道だけを通すための構造体だ。

 俺はそれを纏ったまま、空中で足場を乗り継ぐ。

 腐敗の波。

 毒ガスの渦。

 飛び散るゴミ袋。

 それら全部の中で、東条が保ってくれた“正しい部屋”の流れだけを拾い上げるように、緑の線が空中へ橋を架けていく。

 

「終わりだ!」

 

 叫びと同時に、俺はトラッシュナイトメアの胸元へライダーキックを叩き込んだ。

 

 衝撃。

 悲鳴。

 モップ頭の繊維が一斉に裂ける。

 けれど、それで終わらない。

 蹴りが入った瞬間、アナトマイズストラクチャーが周囲の空間へ反応し、ホール中の歪んだ障害物を逆利用する。

 さっきまで悪夢のために撒き散らされていたゴミの残滓や腐敗の断片が、今度は緑の光を纏った“修正用の障害物”へ変換され、トラッシュナイトメアの身体へ何度も何度も叩きつけられていく。

 逃げ場を塞ぎ、誤魔化しを砕き、悪夢の構造だけを徹底的に壊し直す。

 それは暴力というより、歪んだ設計図を容赦なく引き裂く処刑だった。

 

「が、ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 トラッシュナイトメアの身体へ無数の亀裂が走る。

 胸部から漏れ出る汚水が、今度は黒ではなく透明な光へ変わる。

 メイド服の輪郭が崩れ、モップ頭が裂け、汚染のために組み上げられていた悪夢の外殻そのものが、内側から剥がれていった。

 最後に、俺の蹴りの中心線がその核を正確に貫く。

 

 次の瞬間、トラッシュナイトメアはホールの中央で完全に砕け散った。

 

 腐臭が消える。

 毒ガスが晴れる。

 床へこびりついていた黒ずみがほどけ、壁の染みが消え、割れていた食器も、朽ちていた家具も、最初からそこへ悪夢なんてなかったみたいに静かな本来の形を取り戻していく。

 東条が息をつく気配がした。

 俺も着地し、ようやく肩の力を抜こうとした、その時だった。

 

「力を使い過ぎたね、君のドライバーは限界だよ」

 

 穏やかな声。

 だが、その響きだけで空気が変わる。

 俺は反射で顔を上げた。

 

 ホールの奥。

 修復されたばかりの部屋の影から、一人の男がゆっくりと姿を現す。

 教祖。

 下辺零。

 その姿は静かで、穏やかで、今この場へ最も似合わないはずなのに、悪夢が終わったばかりのこの空気の中では、妙に自然に見えてしまうのが余計に嫌だった。

 

「……お前」

 

 低く吐き捨てる。

 東条もすぐに身構える。

 けれど、零はそれを気にも留めず、ただ俺の腰元――ゼッツドライバーへ視線を向けていた。

 その目には、敵意というより、観察者めいた薄い興味が浮かんでいる。

 

「オルデルム。実に興味深い力だね」

 零は柔らかく笑う。

「けれど、無理をさせ過ぎた」

 

 その言葉の直後だった。

 

 ぴし、と。

 嫌に軽い音が鳴る。

 最初は何の音か分からなかった。

 だが次の瞬間、腰へ伝わる微かな振動と一緒に、それがゼッツドライバーから鳴った音だと理解する。

 

「な……」

 

 視線を落とす。

 ドライバーの中央、光を宿していた部分に、細いひびが走っていた。

 一本。

 そして、その一本から枝分かれするように、さらに細かな亀裂が広がっていく。

 まるで、今まで無理やり抑え込んできた限界が、ここへ来てようやく表面へ出てきたみたいに。

 

 息が止まる。

 オルデルムの力。

 カタストロムからの変質。

 二度の必殺。

 全部がこのドライバーへ、想定以上の負荷を与えていたんだと、そのひび割れだけで嫌になるほど分かってしまった。

 

 零はその様子を見つめながら、少しだけ目を細める。

 まるで、やはりそうなったかとでも言いたげな顔だった。

 

「これで終わりじゃないだろうけど」

 零は穏やかに続ける。

「次に同じ無茶ができる保証も、もうないかもしれないね」

 

 その言葉が、戦いの終わったばかりのホールへ冷たく落ちた。

 悪夢は終わった。

 トラッシュナイトメアも砕いた。

 それなのに、胸の奥へ残ったのは勝利の安堵じゃなく、新しい不穏だった。

 

 ひびの入ったゼッツドライバーを前にして、俺はただ、零を睨み返すことしかできなかった。

 

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