ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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先へ Part3

 海辺の公園を出る頃には、空はほとんど夜の色へ沈んでいた。

 ポケットの中には二つ、妙に気になる重さがある。

 一つは完全に壊れたゼッツドライバー。

 もう一つは、あの正体不明の男から渡されたUSB。

 どちらも小さい。手で持てばどうということのない重さしかない。

 なのに今の俺には、その二つがやけに存在感を持っていた。

 

 ゼッツドライバーは、失ったものの形として。

 USBは、まだ意味の分からない“次”の可能性として。

 

 希望ヶ峰学園へ戻る道すがら、俺はほとんど何も考えられなかった。

 いや、正確には考えたくなかった、の方が近い。

 ドライバーが壊れた現実も、もう変身できないかもしれない不安も、零の誘いも、全部まとめて頭の奥でぐるぐる回っている。

 そのくせ、考えを整理しようとすると、あの男の言葉だけが妙に浮かぶ。

 

 自分に自信があるための答えを、自分で決めろ。

 

 簡単に言うなよ、と思う。

 でも、簡単じゃないって分かった上で言っていたことも、なんとなく伝わってしまった。

 だから余計に始末が悪い。

 

 学園の校舎が見えてきた時、俺はようやく少しだけ顔を上げた。

 夜の校舎には、思ったよりも明かりがついている。

 その時点で、もう何人か起きて待っているんだろうとは分かった。

 隠れて帰る気もなかったけど、正直、今の顔で大勢の前へ出るのは少し気が重かった。

 

 昇降口を抜け、廊下を進む。

 目的の教室の前まで来た時、中から複数の声が聞こえた。

 それも、ただ集まって雑談している感じじゃない。

 心配と、苛立ちと、落ち着かなさが混ざったような、いかにも待っていた人間の声だった。

 

 俺が扉へ手をかけた、その瞬間。

 

「遅いぞ、万津!」

 

 中から百田の声が飛んできた。

 ほとんど同時に扉が内側から開く。

 現れた百田は、怒っているというより、待ちくたびれて落ち着かなくなっていた顔をしていた。

 けれど、俺の姿を見た途端、その表情が少しだけ変わる。

 

「……お前」

 

「ただいま、でいいのかこれ」

 

「いいに決まってるっす」

 

 百田の肩越しから顔を出したのは日菜だった。

 彼女は俺を見て、次に腰元へ視線を落とし、それから少しだけ目を細める。

 たぶん、その一瞬で大体察したんだろう。

 

「とりあえず入ってください。立ち話で済む顔じゃないっすよ」

 

「顔で分かるのかよ」

 

「分かるっす」

 

 あっさり言い切られて、俺は小さく息を吐いた。

 教室へ入る。

 中には、思った通りほぼ全員がいた。

 

 最原が机を寄せて簡易的に作った作業スペースの前に立っていて、その隣にはキーボと入間がノートPCを挟んで何か話している。

 赤松は少し離れた位置で心配そうにこっちを見ていて、茶柱は腕を組んでいかにも落ち着かない顔をしていた。

 夢野は机に頬杖をついて半分眠たそうにしているくせに、目だけはしっかりこっちを向いている。

 夜長は椅子の背にだらりと寄りかかりながら、こっちを見るなりふわっと笑った。

 ゴン太は立ち上がりかけて、でも俺の様子を見てどう声をかけるか迷っているみたいだった。

 東条は、少し後ろの位置で静かに立っていた。

 俺と目が合うと、小さく頷く。

 それだけなのに、不思議と少し肩の力が抜けた。

 

「万津君……」

 赤松が一歩近づく。

「大丈夫、じゃないよね」

 

「まあ、うん」

 

「うわぁ……そういう時だけ正直なんですね、男子って」

 

 茶柱が眉を寄せる。

 言い方は刺々しいのに、声音の底には普通に心配がある。

 こういう時の茶柱は分かりやすい。

 

「それで」

 最原が静かに口を開いた。

「何があったのか、順番に聞かせてくれる?」

 

 その言い方が妙にありがたかった。

 慰めるでもなく、変に気を使うでもなく、まず状況を整理しようとしてくれる。

 今の俺には、そのくらいの温度がちょうどよかった。

 

「……分かった」

 

 俺は一番近くの机へ歩み寄ると、まずポケットからゼッツドライバーを取り出して机の上へ置いた。

 

 空気が止まる。

 

 さっき公園で一人で見ていた時と違って、複数の視線に晒されるとその壊れ方は余計にひどく見えた。

 中心部の装甲は細かく割れ、接続部は歪み、もうベルトとしての原型すら危うい。

 誰が見ても一目で分かる。

 これは“ひびが入った”じゃない。

 完全に壊れている。

 

「……マジかよ」

 

 百田が低く呟いた。

 

「ひどいっすね、こりゃ」

 日菜も机へ身を寄せる。

「想像以上っす」

 

「これでは、もはや変身機構としての維持は不可能ですね」

 キーボがすぐに言う。

 その声は落ち着いていたけど、視線はかなり真剣だった。

 

「はぁ!? どんな無茶したらこうなんだよ!」

 入間が半ば叫ぶ。

「おい夢野、お前魔法で何とかできねぇのか!」

 

「んあー……いきなり無茶を言うでない」

 夢野が気だるそうに目を細める。

「じゃが、これは普通に限界を越えて壊れた顔じゃな」

 

「つまり修理不能ってこと?」

 赤松が不安そうに訊く。

 

 その問いに、キーボは一度だけ目を伏せた。

 

「少なくとも、従来の形へ戻すだけでは同じ問題が再発する可能性が高いです」

 

「再発どころか、次は使った瞬間に爆ぜるんじゃねぇかこれ」

 入間が身も蓋もないことを言う。

 けれど、完全に外れてもいない気がして笑えなかった。

 

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

 赤松が眉を寄せる。

 

「でも事実だろ。器がもってねぇんだよ」

 

 器。

 その単語に、東条が少しだけ反応した。

 

「……やはり、そうなのね」

 

 東条の声に、皆の視線が集まる。

 彼女は静かに机の上のドライバーを見つめていた。

 

「カタストロムとオルデルム。あの二つの力を同時に扱うには、今のゼッツドライバーでは限界があった。そういうことなのでしょう」

 

「そうっすね」

 日菜も頷く。

「たぶん、想定された出力をとっくに超えてるっす」

 

「万津……」

 百田がこっちを見る。

「それで、お前は無事なのかよ。ドライバーもこれだが、本人も結構ヤバい顔してるぞ」

 

「本人を先に気にしろ、百田さん!」

 茶柱がすかさず突っ込む。

「そもそもこんなになるまで無茶をしたのが問題です!」

 

「いや、それはそうなんだけどよ」

 

「“そうなんだけど”ではありません!」

 

 言い合う二人を見ながら、ゴン太がおろおろと手を上げた。

 

「あの、あのね! ゴン太、難しいことはよく分からないけど、万津君がすごく大変だったのは分かるよ! まずは座った方がいいんじゃないかな!」

 

「あー、そうだね」

 赤松もすぐに頷く。

「立ったままだと余計にしんどいでしょ。ほら、こっち」

 

 そう言って椅子を引いてくれる。

 素直に座ると、思ったより疲れていたらしく、膝から少し力が抜けた。

 そんな俺を見て、茶柱の表情がさらに険しくなる。

 

「ほら! やっぱり消耗してるじゃないですか!」

 

「茶柱、それは今はいいから」

 最原がやんわり制した。

「まずは全部聞こう。万津君、他にも何かあるんだよね」

 

「……ある」

 

 俺はもう一つのポケットへ手を入れた。

 USBメモリ。

 小さい。

 なのに、教室の中で取り出すとやけに目立って見えた。

 

「それは何ですか?」

 キーボが訊く。

 

「公園で会った、変な奴から渡された」

 

「変な奴って何だよ、その説明」

 百田が呆れたように言う。

 

「本当にそれ以外言いようがないんだよ」

 俺は肩を竦める。

「名前も名乗らなかったし、何者かも分からない。でも、ドライバー見て話しかけてきて、最後にこれだけ渡してきた」

 

「怪しすぎるのう」

 夢野が眠たそうな目のまま言う。

「しかし、そういう怪しいのは大体、意味があるんじゃよな」

 

「神さまのお告げっぽいねー」

 夜長が楽しそうに言った。

「壊れたから終わりじゃなくて、次の鍵をちゃんと置いていく感じー」

 

「いや、神さまは今関係ないでしょ」

 赤松が苦笑する。

 

「関係あるよー。だってすごく物語っぽいもん」

 

「それは分かるけどさ……」

 

「とにかく」

 日菜が手を差し出した。

「寄越してください。中身見ます」

 

「即断だな」

 

「今は迷ってる暇ないっす」

 

 その通りだった。

 俺はUSBを渡す。

 日菜はすぐにノートPCへ繋ぎ、その横からキーボと入間が覗き込む。

 最原も少し後ろから画面を見ていて、東条はその隣で静かに様子を追っていた。

 夢野と夜長は少し離れた位置。

 百田は落ち着かないのか、机の周りをうろうろしている。

 ゴン太は皆の邪魔にならない位置でじっと見守っていた。

 赤松と茶柱は俺の近くにいて、何かあればすぐ声をかけられるような距離を取っている。

 

 数秒の読み込みのあと、画面に複数のファイルが表示された。

 

「……これ」

 

 最初に反応したのは日菜だった。

 表情が変わる。

 軽口を叩く時の顔じゃない。

 完全に分析モードへ入った顔だ。

 

「何だ?」

 百田が身を乗り出す。

 

「ただのメモとかじゃないっす」

 日菜の指がファイル名を追う。

「かなり具体的な構造データが入ってる」

 

「構造データ?」

 俺が聞き返すと、キーボがすぐに画面を拡大した。

 

「ええ。しかも、これは……」

 

「なんだよ、言えよ」

 

「ゼッツドライバー系統に酷似しています」

 

 その一言で、教室の空気がはっきり変わった。

 

「はぁ!?」

 入間が一番大きく反応する。

「マジで言ってんのか、キーボ!」

 

「冗談を言う状況ではありません」

 キーボは真顔で返した。

「完全一致ではありませんが、設計思想が近い。それどころか――」

 

「今のゼッツドライバーの限界を前提にしたデータっぽいっす」

 日菜が言葉を継ぐ。

「これ、ただの予備設計じゃない。むしろ今の壊れたドライバーじゃ耐えられなかった出力を最初から見越してる」

 

「そんなこと、ありえるの?」

 赤松が目を見開く。

 

「ありえるかどうかで言えば、データがここにある以上ありえるっす」

 日菜は画面をスクロールしながら答える。

「問題は、これがどこから来たのかと、どこまで信用できるかっすね」

 

「信用は後で考えればいいだろ!」

 百田が強く言う。

「今大事なのは、それが使えるかどうかだ!」

 

「珍しく百田君がいいこと言った」

 

「珍しくは余計だろ、最原!」

 

 最原は小さく肩を竦めてから、改めて画面を見た。

 

「でも確かに、今はそこだね。これを使えば、何かできるのか」

 

 その問いに、キーボと日菜がほぼ同時に頷いた。

 

「理論上は可能です」

 

「ただし」

 日菜がすぐに続ける。

「修理じゃ足りないっす」

 

 俺は思わず顔を上げた。

 

「足りない?」

 

「今のゼッツドライバーは壊れた」

 日菜は画面から目を離さず言う。

「でも問題は、壊れたこと自体より、壊れるのが前提みたいな限界の低さにあった可能性が高いんす」

 

「つまり?」

 茶柱がやや苛立った声で訊く。

「もっとはっきり言ってください!」

 

「今のを直したところで、また同じところで限界が来るってことっす」

 

 教室が静まる。

 それは、誰もが薄々感じていたことを、とうとうはっきり言葉にされたからだと思う。

 

「……じゃあ、どうするんだよ」

 

 自分でも驚くくらい、素直にそう訊いていた。

 今の俺にできるのは、意地を張ることじゃない。

 もう、その段階は過ぎている。

 

 日菜が一瞬だけ、キーボと入間の方を見る。

 キーボが頷き、入間がにやりと笑った。

 

「簡単だろ」

 

 最初に言ったのは入間だった。

 椅子へだらしなく座っていたくせに、その時だけはやけに真っ直ぐ前を見ていた。

 

「壊れたなら、新しく作りゃいいんだよ」

 

 その言葉が、妙にあっさり教室の真ん中へ落ちた。

 

「新しく……」

 俺が繰り返す。

 

「そうっす」

 日菜が頷く。

「修理じゃなくて、0から。今の万津君の力に耐えられる、新しいゼッツドライバーを作る」

 

「おお、それだ!」

 百田が勢いよく机を叩く。

「最初からその発想で行けばいいじゃねぇか!」

 

「百田さん、さっきまで絶望してましたよね?」

 

「うるせぇ茶柱! 今いい流れなんだから水差すな!」

 

「私は事実を言っただけです!」

 

「でも、たしかに……」

 赤松が静かに言う。

「元に戻すんじゃなくて、次の形に進むってことだよね」

 

「そういうことです」

 最原も頷く。

「壊れたものをそのまま修復するんじゃなくて、今必要な性能に合わせて再構築する」

 

「んあー……なるほどのう」

 夢野が頬杖をついたまま呟く。

「直すというより、生まれ変わらせる感じじゃな」

 

「そうそうー」

 夜長が楽しそうに笑う。

「前の器はもう限界だったんだよー。だったら新しい器を作ればいいだけー。神さまもそう言ってるー」

 

「お前の神さま、何でも言うな……」

 百田が呆れる。

 

「ゴン太、それならすごくいいと思う!」

 ゴン太がぱっと顔を上げた。

「難しいことは分からないけど、壊れたから終わりじゃなくて、新しく作るなら、また万津君が前を向けるんだよね?」

 

 その言葉に、胸のどこかが少しだけ熱くなった。

 技術的には何の説明にもなってない。

 でも、今この場の本質はたしかにそこだった。

 

「前を向けるかどうかはともかく!」

 茶柱がびしっと言う。

「新しく作るにしても、万津さんがこれ以上無茶をしない前提で考えてください!」

 

「そこは重要っすね」

 日菜がすぐに頷く。

「新造するなら、出力だけじゃなく安全性も必要っす」

 

「ええ」

 東条が静かに言葉を重ねる。

「今度は、力に振り回される器ではなく、きちんと受け止められる器でなければ意味がないわ」

 

 “器”。

 その単語が、何度も胸に残る。

 壊れたものを継ぎ接ぎして使い続けるんじゃない。

 今の俺が扱うべき力に見合う、新しい器を作る。

 それはただの修理じゃなく、もう一段先へ進む話だった。

 

「できるのか、本当に」

 

 思わず訊くと、入間が鼻で笑った。

 

「誰に言ってんだよ」

 そう言って、自分の胸を親指で指す。

「超高校級の発明家サマがいるんだぞ。無理難題ほど燃えるに決まってんだろ」

 

「でも、入間さん一人じゃなくて」

 最原が静かに補足する。

「皆でやるんだ。解析は日菜さん、機構面はキーボ君、発想の飛躍は入間さん。必要なら僕たちも情報整理や検証を手伝う」

 

「もちろんよ」

 赤松もすぐに言った。

「何もできないかもしれないけど、できることはやるよ」

 

「私も、雑務や環境の整備なら引き受けるわ」

 東条の言葉は落ち着いていた。

「作業に集中できるようにするのも、立派な役目よ」

 

「ゴン太も手伝う!」

 ゴン太が力強く言う。

「力仕事なら任せて!」

 

「んあー……ウチも、応援くらいはしてやるぞ」

 夢野が気だるげに付け足す。

 

「アンジーもやるよー。新しい器って、すっごく神ってるしー」

 

「茶柱さんも手伝います!」

 茶柱がきっぱり言った。

「ただし、無茶だけは絶対に許しません!」

 

「お前、最後だけ私情入ってるだろ」

 

「入ってません!」

 

「入ってるっすね」

 

 日菜が小さく笑った。

 その笑いに釣られるみたいに、教室の空気が少しずつほどけていく。

 

 俺は机の上の壊れたゼッツドライバーを見る。

 その隣に置かれたUSBを見る。

 そして、その周りで既に“どう作るか”を考え始めている仲間達を見る。

 

 公園で一人、壊れたドライバーを握っていた時には想像もできなかった光景だった。

 不安が消えたわけじゃない。

 ドライバーが壊れた事実も変わらない。

 戦えないかもしれない恐怖だって、まだ胸の奥にある。

 それでも今は、“もう終わりだ”と決めつける空気じゃない。

 

「……分かった」

 

 気づけば、そんな言葉が出ていた。

 皆の視線がこっちへ向く。

 少しだけ息を整えて、もう一度言う。

 

「やるなら、ちゃんとやろう」

 

「おう!」

 百田が真っ先に笑う。

 

「もちろんっす」

 

「ええ」

 

「任せろ!」

 

「よし、じゃあまずは徹夜覚悟だな!」

 

「入間さん、徹夜前提で話を進めないでください」

 

「えー、もう遅いし普通にそうなるだろ」

 

「なら先に休憩計画も組み込みましょう」

 東条が即座に言う。

「作業効率を落とすわけにはいかないもの」

 

「さすが東条さんっす」

 日菜が感心したように頷く。

「そういうの大事」

 

 自然な流れで次の段取りが決まり始める。

 失ったものと、これから作るものが、同じ机の上に並んでいる。

 その光景を見つめながら、俺はようやく少しだけ前を向ける気がした。

 

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