ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
海辺の公園を出る頃には、空はほとんど夜の色へ沈んでいた。
ポケットの中には二つ、妙に気になる重さがある。
一つは完全に壊れたゼッツドライバー。
もう一つは、あの正体不明の男から渡されたUSB。
どちらも小さい。手で持てばどうということのない重さしかない。
なのに今の俺には、その二つがやけに存在感を持っていた。
ゼッツドライバーは、失ったものの形として。
USBは、まだ意味の分からない“次”の可能性として。
希望ヶ峰学園へ戻る道すがら、俺はほとんど何も考えられなかった。
いや、正確には考えたくなかった、の方が近い。
ドライバーが壊れた現実も、もう変身できないかもしれない不安も、零の誘いも、全部まとめて頭の奥でぐるぐる回っている。
そのくせ、考えを整理しようとすると、あの男の言葉だけが妙に浮かぶ。
自分に自信があるための答えを、自分で決めろ。
簡単に言うなよ、と思う。
でも、簡単じゃないって分かった上で言っていたことも、なんとなく伝わってしまった。
だから余計に始末が悪い。
学園の校舎が見えてきた時、俺はようやく少しだけ顔を上げた。
夜の校舎には、思ったよりも明かりがついている。
その時点で、もう何人か起きて待っているんだろうとは分かった。
隠れて帰る気もなかったけど、正直、今の顔で大勢の前へ出るのは少し気が重かった。
昇降口を抜け、廊下を進む。
目的の教室の前まで来た時、中から複数の声が聞こえた。
それも、ただ集まって雑談している感じじゃない。
心配と、苛立ちと、落ち着かなさが混ざったような、いかにも待っていた人間の声だった。
俺が扉へ手をかけた、その瞬間。
「遅いぞ、万津!」
中から百田の声が飛んできた。
ほとんど同時に扉が内側から開く。
現れた百田は、怒っているというより、待ちくたびれて落ち着かなくなっていた顔をしていた。
けれど、俺の姿を見た途端、その表情が少しだけ変わる。
「……お前」
「ただいま、でいいのかこれ」
「いいに決まってるっす」
百田の肩越しから顔を出したのは日菜だった。
彼女は俺を見て、次に腰元へ視線を落とし、それから少しだけ目を細める。
たぶん、その一瞬で大体察したんだろう。
「とりあえず入ってください。立ち話で済む顔じゃないっすよ」
「顔で分かるのかよ」
「分かるっす」
あっさり言い切られて、俺は小さく息を吐いた。
教室へ入る。
中には、思った通りほぼ全員がいた。
最原が机を寄せて簡易的に作った作業スペースの前に立っていて、その隣にはキーボと入間がノートPCを挟んで何か話している。
赤松は少し離れた位置で心配そうにこっちを見ていて、茶柱は腕を組んでいかにも落ち着かない顔をしていた。
夢野は机に頬杖をついて半分眠たそうにしているくせに、目だけはしっかりこっちを向いている。
夜長は椅子の背にだらりと寄りかかりながら、こっちを見るなりふわっと笑った。
ゴン太は立ち上がりかけて、でも俺の様子を見てどう声をかけるか迷っているみたいだった。
東条は、少し後ろの位置で静かに立っていた。
俺と目が合うと、小さく頷く。
それだけなのに、不思議と少し肩の力が抜けた。
「万津君……」
赤松が一歩近づく。
「大丈夫、じゃないよね」
「まあ、うん」
「うわぁ……そういう時だけ正直なんですね、男子って」
茶柱が眉を寄せる。
言い方は刺々しいのに、声音の底には普通に心配がある。
こういう時の茶柱は分かりやすい。
「それで」
最原が静かに口を開いた。
「何があったのか、順番に聞かせてくれる?」
その言い方が妙にありがたかった。
慰めるでもなく、変に気を使うでもなく、まず状況を整理しようとしてくれる。
今の俺には、そのくらいの温度がちょうどよかった。
「……分かった」
俺は一番近くの机へ歩み寄ると、まずポケットからゼッツドライバーを取り出して机の上へ置いた。
空気が止まる。
さっき公園で一人で見ていた時と違って、複数の視線に晒されるとその壊れ方は余計にひどく見えた。
中心部の装甲は細かく割れ、接続部は歪み、もうベルトとしての原型すら危うい。
誰が見ても一目で分かる。
これは“ひびが入った”じゃない。
完全に壊れている。
「……マジかよ」
百田が低く呟いた。
「ひどいっすね、こりゃ」
日菜も机へ身を寄せる。
「想像以上っす」
「これでは、もはや変身機構としての維持は不可能ですね」
キーボがすぐに言う。
その声は落ち着いていたけど、視線はかなり真剣だった。
「はぁ!? どんな無茶したらこうなんだよ!」
入間が半ば叫ぶ。
「おい夢野、お前魔法で何とかできねぇのか!」
「んあー……いきなり無茶を言うでない」
夢野が気だるそうに目を細める。
「じゃが、これは普通に限界を越えて壊れた顔じゃな」
「つまり修理不能ってこと?」
赤松が不安そうに訊く。
その問いに、キーボは一度だけ目を伏せた。
「少なくとも、従来の形へ戻すだけでは同じ問題が再発する可能性が高いです」
「再発どころか、次は使った瞬間に爆ぜるんじゃねぇかこれ」
入間が身も蓋もないことを言う。
けれど、完全に外れてもいない気がして笑えなかった。
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」
赤松が眉を寄せる。
「でも事実だろ。器がもってねぇんだよ」
器。
その単語に、東条が少しだけ反応した。
「……やはり、そうなのね」
東条の声に、皆の視線が集まる。
彼女は静かに机の上のドライバーを見つめていた。
「カタストロムとオルデルム。あの二つの力を同時に扱うには、今のゼッツドライバーでは限界があった。そういうことなのでしょう」
「そうっすね」
日菜も頷く。
「たぶん、想定された出力をとっくに超えてるっす」
「万津……」
百田がこっちを見る。
「それで、お前は無事なのかよ。ドライバーもこれだが、本人も結構ヤバい顔してるぞ」
「本人を先に気にしろ、百田さん!」
茶柱がすかさず突っ込む。
「そもそもこんなになるまで無茶をしたのが問題です!」
「いや、それはそうなんだけどよ」
「“そうなんだけど”ではありません!」
言い合う二人を見ながら、ゴン太がおろおろと手を上げた。
「あの、あのね! ゴン太、難しいことはよく分からないけど、万津君がすごく大変だったのは分かるよ! まずは座った方がいいんじゃないかな!」
「あー、そうだね」
赤松もすぐに頷く。
「立ったままだと余計にしんどいでしょ。ほら、こっち」
そう言って椅子を引いてくれる。
素直に座ると、思ったより疲れていたらしく、膝から少し力が抜けた。
そんな俺を見て、茶柱の表情がさらに険しくなる。
「ほら! やっぱり消耗してるじゃないですか!」
「茶柱、それは今はいいから」
最原がやんわり制した。
「まずは全部聞こう。万津君、他にも何かあるんだよね」
「……ある」
俺はもう一つのポケットへ手を入れた。
USBメモリ。
小さい。
なのに、教室の中で取り出すとやけに目立って見えた。
「それは何ですか?」
キーボが訊く。
「公園で会った、変な奴から渡された」
「変な奴って何だよ、その説明」
百田が呆れたように言う。
「本当にそれ以外言いようがないんだよ」
俺は肩を竦める。
「名前も名乗らなかったし、何者かも分からない。でも、ドライバー見て話しかけてきて、最後にこれだけ渡してきた」
「怪しすぎるのう」
夢野が眠たそうな目のまま言う。
「しかし、そういう怪しいのは大体、意味があるんじゃよな」
「神さまのお告げっぽいねー」
夜長が楽しそうに言った。
「壊れたから終わりじゃなくて、次の鍵をちゃんと置いていく感じー」
「いや、神さまは今関係ないでしょ」
赤松が苦笑する。
「関係あるよー。だってすごく物語っぽいもん」
「それは分かるけどさ……」
「とにかく」
日菜が手を差し出した。
「寄越してください。中身見ます」
「即断だな」
「今は迷ってる暇ないっす」
その通りだった。
俺はUSBを渡す。
日菜はすぐにノートPCへ繋ぎ、その横からキーボと入間が覗き込む。
最原も少し後ろから画面を見ていて、東条はその隣で静かに様子を追っていた。
夢野と夜長は少し離れた位置。
百田は落ち着かないのか、机の周りをうろうろしている。
ゴン太は皆の邪魔にならない位置でじっと見守っていた。
赤松と茶柱は俺の近くにいて、何かあればすぐ声をかけられるような距離を取っている。
数秒の読み込みのあと、画面に複数のファイルが表示された。
「……これ」
最初に反応したのは日菜だった。
表情が変わる。
軽口を叩く時の顔じゃない。
完全に分析モードへ入った顔だ。
「何だ?」
百田が身を乗り出す。
「ただのメモとかじゃないっす」
日菜の指がファイル名を追う。
「かなり具体的な構造データが入ってる」
「構造データ?」
俺が聞き返すと、キーボがすぐに画面を拡大した。
「ええ。しかも、これは……」
「なんだよ、言えよ」
「ゼッツドライバー系統に酷似しています」
その一言で、教室の空気がはっきり変わった。
「はぁ!?」
入間が一番大きく反応する。
「マジで言ってんのか、キーボ!」
「冗談を言う状況ではありません」
キーボは真顔で返した。
「完全一致ではありませんが、設計思想が近い。それどころか――」
「今のゼッツドライバーの限界を前提にしたデータっぽいっす」
日菜が言葉を継ぐ。
「これ、ただの予備設計じゃない。むしろ今の壊れたドライバーじゃ耐えられなかった出力を最初から見越してる」
「そんなこと、ありえるの?」
赤松が目を見開く。
「ありえるかどうかで言えば、データがここにある以上ありえるっす」
日菜は画面をスクロールしながら答える。
「問題は、これがどこから来たのかと、どこまで信用できるかっすね」
「信用は後で考えればいいだろ!」
百田が強く言う。
「今大事なのは、それが使えるかどうかだ!」
「珍しく百田君がいいこと言った」
「珍しくは余計だろ、最原!」
最原は小さく肩を竦めてから、改めて画面を見た。
「でも確かに、今はそこだね。これを使えば、何かできるのか」
その問いに、キーボと日菜がほぼ同時に頷いた。
「理論上は可能です」
「ただし」
日菜がすぐに続ける。
「修理じゃ足りないっす」
俺は思わず顔を上げた。
「足りない?」
「今のゼッツドライバーは壊れた」
日菜は画面から目を離さず言う。
「でも問題は、壊れたこと自体より、壊れるのが前提みたいな限界の低さにあった可能性が高いんす」
「つまり?」
茶柱がやや苛立った声で訊く。
「もっとはっきり言ってください!」
「今のを直したところで、また同じところで限界が来るってことっす」
教室が静まる。
それは、誰もが薄々感じていたことを、とうとうはっきり言葉にされたからだと思う。
「……じゃあ、どうするんだよ」
自分でも驚くくらい、素直にそう訊いていた。
今の俺にできるのは、意地を張ることじゃない。
もう、その段階は過ぎている。
日菜が一瞬だけ、キーボと入間の方を見る。
キーボが頷き、入間がにやりと笑った。
「簡単だろ」
最初に言ったのは入間だった。
椅子へだらしなく座っていたくせに、その時だけはやけに真っ直ぐ前を見ていた。
「壊れたなら、新しく作りゃいいんだよ」
その言葉が、妙にあっさり教室の真ん中へ落ちた。
「新しく……」
俺が繰り返す。
「そうっす」
日菜が頷く。
「修理じゃなくて、0から。今の万津君の力に耐えられる、新しいゼッツドライバーを作る」
「おお、それだ!」
百田が勢いよく机を叩く。
「最初からその発想で行けばいいじゃねぇか!」
「百田さん、さっきまで絶望してましたよね?」
「うるせぇ茶柱! 今いい流れなんだから水差すな!」
「私は事実を言っただけです!」
「でも、たしかに……」
赤松が静かに言う。
「元に戻すんじゃなくて、次の形に進むってことだよね」
「そういうことです」
最原も頷く。
「壊れたものをそのまま修復するんじゃなくて、今必要な性能に合わせて再構築する」
「んあー……なるほどのう」
夢野が頬杖をついたまま呟く。
「直すというより、生まれ変わらせる感じじゃな」
「そうそうー」
夜長が楽しそうに笑う。
「前の器はもう限界だったんだよー。だったら新しい器を作ればいいだけー。神さまもそう言ってるー」
「お前の神さま、何でも言うな……」
百田が呆れる。
「ゴン太、それならすごくいいと思う!」
ゴン太がぱっと顔を上げた。
「難しいことは分からないけど、壊れたから終わりじゃなくて、新しく作るなら、また万津君が前を向けるんだよね?」
その言葉に、胸のどこかが少しだけ熱くなった。
技術的には何の説明にもなってない。
でも、今この場の本質はたしかにそこだった。
「前を向けるかどうかはともかく!」
茶柱がびしっと言う。
「新しく作るにしても、万津さんがこれ以上無茶をしない前提で考えてください!」
「そこは重要っすね」
日菜がすぐに頷く。
「新造するなら、出力だけじゃなく安全性も必要っす」
「ええ」
東条が静かに言葉を重ねる。
「今度は、力に振り回される器ではなく、きちんと受け止められる器でなければ意味がないわ」
“器”。
その単語が、何度も胸に残る。
壊れたものを継ぎ接ぎして使い続けるんじゃない。
今の俺が扱うべき力に見合う、新しい器を作る。
それはただの修理じゃなく、もう一段先へ進む話だった。
「できるのか、本当に」
思わず訊くと、入間が鼻で笑った。
「誰に言ってんだよ」
そう言って、自分の胸を親指で指す。
「超高校級の発明家サマがいるんだぞ。無理難題ほど燃えるに決まってんだろ」
「でも、入間さん一人じゃなくて」
最原が静かに補足する。
「皆でやるんだ。解析は日菜さん、機構面はキーボ君、発想の飛躍は入間さん。必要なら僕たちも情報整理や検証を手伝う」
「もちろんよ」
赤松もすぐに言った。
「何もできないかもしれないけど、できることはやるよ」
「私も、雑務や環境の整備なら引き受けるわ」
東条の言葉は落ち着いていた。
「作業に集中できるようにするのも、立派な役目よ」
「ゴン太も手伝う!」
ゴン太が力強く言う。
「力仕事なら任せて!」
「んあー……ウチも、応援くらいはしてやるぞ」
夢野が気だるげに付け足す。
「アンジーもやるよー。新しい器って、すっごく神ってるしー」
「茶柱さんも手伝います!」
茶柱がきっぱり言った。
「ただし、無茶だけは絶対に許しません!」
「お前、最後だけ私情入ってるだろ」
「入ってません!」
「入ってるっすね」
日菜が小さく笑った。
その笑いに釣られるみたいに、教室の空気が少しずつほどけていく。
俺は机の上の壊れたゼッツドライバーを見る。
その隣に置かれたUSBを見る。
そして、その周りで既に“どう作るか”を考え始めている仲間達を見る。
公園で一人、壊れたドライバーを握っていた時には想像もできなかった光景だった。
不安が消えたわけじゃない。
ドライバーが壊れた事実も変わらない。
戦えないかもしれない恐怖だって、まだ胸の奥にある。
それでも今は、“もう終わりだ”と決めつける空気じゃない。
「……分かった」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
皆の視線がこっちへ向く。
少しだけ息を整えて、もう一度言う。
「やるなら、ちゃんとやろう」
「おう!」
百田が真っ先に笑う。
「もちろんっす」
「ええ」
「任せろ!」
「よし、じゃあまずは徹夜覚悟だな!」
「入間さん、徹夜前提で話を進めないでください」
「えー、もう遅いし普通にそうなるだろ」
「なら先に休憩計画も組み込みましょう」
東条が即座に言う。
「作業効率を落とすわけにはいかないもの」
「さすが東条さんっす」
日菜が感心したように頷く。
「そういうの大事」
自然な流れで次の段取りが決まり始める。
失ったものと、これから作るものが、同じ机の上に並んでいる。
その光景を見つめながら、俺はようやく少しだけ前を向ける気がした。