ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
教室の空気は、いつの間にか完全に“作業場”のものへ変わっていた。
机は何台も繋げられ、その上には壊れたゼッツドライバー、ノートPC、工具箱、配線、設計図代わりのメモ、分解された小型端末、空のペットボトル、夜食用に開けられた菓子袋まで並んでいる。
散らかっているようで、でもそれはただの混乱じゃない。
皆がそれぞれの役目を持って動いた結果としての、熱を帯びた乱雑さだった。
俺はその少し外側に立っていた。
壊れたゼッツドライバーを机の中心へ置き、その周囲で皆が話し、考え、手を動かしている。
それを見ていると、不思議な感覚になる。
これは俺のドライバーだ。
俺が変身するためのものだ。
なのに今は、その“俺のもの”が、もう俺一人の手を離れて、皆の中で別の意味を持ち始めていた。
「まず確認するっすけど」
日菜がノートPCの画面を見たまま言った。
「今のゼッツドライバーは、修理して元通りにする方向じゃ駄目っす。そこはもう前提としていいっすね」
「ええ」
キーボがすぐに応じる。
「内部フレームの歪みが深刻ですし、出力系統の劣化も大きいです。仮に表面上だけ修復しても、カタストロムやオルデルムの運用には耐えられないでしょう」
「つまり、継ぎ接ぎで延命は無理ってことだな」
最原が静かに言う。
「必要なのは、根本的に新しい構造だ」
「そういうことっす」
日菜は画面を切り替えながら頷く。
「で、このUSBに入ってたのが、その“新しい構造”の叩き台になりそうなデータってわけっす」
「んで、それを俺様がド派手に現実へ引きずり出してやるって話だろ?」
入間が椅子の背へふんぞり返りながら口を挟む。
「安心しろよ、凡人ども。こういうのは天才発明家の仕事だ」
「威張るのはいいけど、解析の途中で変なファイル消したりしないでよ」
赤松が即座に言う。
「するかよ! お前、俺様を何だと思ってやがる!」
「そこが一番不安なんだけど」
「赤松さん、それは正しい不安です」
茶柱が真顔で頷いた。
「おい、なんでそっちまで乗るんだよ!」
騒がしい。
けれど、その騒がしさが嫌じゃなかった。
重い話をしているはずなのに、完全な絶望の空気へ落ちないのは、この面子だからだと思う。
「お主ら、もう少し静かにせんと頭がこんがらがるぞ」
夢野が机に頬杖をついたまま呟く。
「魔法使いは繊細なんじゃ」
「夢野さん、今いちばん何もしてないのに繊細アピールしないでください」
「しておるわい。雰囲気作りじゃ」
「それでどうにかなる話じゃないっすよ」
「でもねー、雰囲気って案外大事だよー」
夜長がにこにこしながら言った。
「夢って、理屈だけじゃ形にならないもんねー。だから今のこのごちゃごちゃした感じ、すっごく神ってるー」
「神ってるかどうかは知らねぇが」
百田が腕を組んで机を見る。
「少なくとも、止まってるよりはよっぽどマシだ。壊れたから終わり、なんて空気じゃなくなってきたしな」
その言葉へ、俺は少しだけ目を伏せた。
壊れたから終わり。
ついさっきまで、俺自身が一番そう思いかけていた。
最原がその空気を拾うみたいに、静かにこっちを見た。
「万津君」
「……ん?」
「まだ、少し実感がない?」
図星だった。
最原はそういうところがある。
必要以上に踏み込んではこないくせに、今どこを訊くべきかだけは外さない。
「ないっていうか……」
言葉を探す。
皆の視線が集まる。
でも、嫌な感じじゃなかった。
答えを責められているんじゃなくて、今の俺が何を思ってるかを知ろうとしてくれている視線だ。
「正直、まだ上手く飲み込めてない」
そう言うと、思ったよりすんなり続きが出た。
「ドライバーが壊れたのは事実で、それはもう変わらないだろ。だから今こうやって“新しいのを作る”って話になっても、頭では分かるのに、感覚の方が追いついてないっていうか……」
「まあ、当然だろうな」
百田があっさり言った。
「そんなすぐ切り替えられる方がおかしいだろ」
「ええ」
東条も静かに頷く。
「失ったものが大きかったなら、なおさらよ。けれど、それと次へ進む話は別だわ」
その言葉は柔らかいのに、妙に芯があった。
否定しない。
でも立ち止まる理由にもさせない。
東条らしい言い方だと思う。
「それに」
赤松が少しだけ笑う。
「まだ実感がないってことは、逆に言えば、ちゃんとこれから実感していけるってことじゃないかな」
「そういうの、前向きすぎない?」
「だって、前向きじゃないとやってられないでしょ」
赤松は肩を竦めた。
「せっかく皆で何か作ろうとしてるのに、最初から“無理かも”で固まっちゃうの、もったいないよ」
「赤松さんのそういうところ、たまに眩しすぎるっすね」
「たまにじゃなくて、いつも眩しいです!」
茶柱が力強く言った。
「そこまで言われると逆に恥ずかしいんだけど……」
小さな笑いが起きる。
その流れのまま、キーボが画面を見ながら真面目な声で言った。
「ですが、実際に作るとなると課題は多いです。単純に既存ドライバーの上位互換を目指すだけでは足りません」
「足りないって、どういう意味だ?」
俺が訊くと、キーボは壊れたドライバーを指差した。
「今のゼッツドライバーは、万津君の夢の出力に対して器が狭すぎた可能性があります。つまり必要なのは、強度を上げることだけではありません。カタストロムとオルデルム、さらにはその先まで受け止められる“拡張性のある器”です」
「拡張性、ねぇ」
入間が顎へ手を当てる。
「たしかに、ただ分厚くして頑丈にするだけじゃダメだ。だったら、フレームは多層構造にして、出力の逃がし先も用意して……いや、待てよ、それだけだとオルデルム側の精密制御に干渉するか」
「そこなんすよね」
日菜が画面へ別の図面を開く。
「このUSBの設計思想、そこを最初から意識してる。出力を“耐える”っていうより、“受け流して整える”前提っぽいっす」
「おおー、なんかすごそうだー」
夜長が楽しそうに覗き込む。
「夜長さん、分かってます?」
「全然ー。でも、すごい夢が詰まってるのは分かるよー」
「それは……まあ、間違ってないかもしれないっす」
日菜が少しだけ苦笑する。
夢、か。
その言葉に、教室の空気がほんの少しだけ変わった気がした。
「夢なら、皆持っておるからのう」
夢野がぼそっと言う。
「そういうのを混ぜ込んで作るなら、ただの機械にはならんじゃろ」
「それだよー」
夜長がぱん、と手を打つ。
「ただの新しいベルトじゃなくて、皆の夢が入る器なんだよー。前のドライバーが万津だけの夢で動いてたなら、今度は違うやつー」
その言葉へ、最初に強く反応したのはゴン太だった。
「皆の夢……!」
ゴン太は目を丸くして、それから真っ直ぐ俺を見た。
「それって、すごくいいと思う! だって、万津君はいつも一人で頑張りすぎるから……皆の夢が入ってたら、一人だけで背負わなくてよくなるよね!」
「ゴン太……」
「おう、そうだぜ!」
百田もすぐに乗る。
「お前が一人で何でも抱え込んでぶっ壊れるくらいなら、最初から皆で支えりゃいいんだよ!」
「その言い方は少々乱暴ですが、方向性としては賛成です」
茶柱が腕を組んだまま頷く。
「そもそも、万津さん一人に負荷が集中しすぎていたのが問題だったのですから」
「それを言うなら」
東条が穏やかに続ける。
「新しいドライバーは、“強い力に耐えるもの”であると同時に、“ひとりで壊れないための器”であるべきね」
その一言が、妙に深く胸に落ちた。
ひとりで壊れないための器。
それは単なる性能の話じゃない。
もっと今の俺自身に近い話だった。
公園であの男が言っていたことを思い出す。
力がある時しか信じられない自分なら、その力がなくなった瞬間、全部終わる。
あの時は、ただ痛いだけの言葉だった。
でも今、皆の会話を聞いていると、その続きみたいなものが少しだけ見える。
一人で持ちきれないなら、最初から一人だけの器じゃ駄目だったのかもしれない。
「……なあ」
自然に口が開いた。
皆がこっちを見る。
「もし本当に、新しいドライバーを0から作るとして」
俺は机の上の壊れたドライバーと、開かれた設計データを順番に見る。
「それって、前のゼッツドライバーの代わりを作るって話じゃないんだよな」
数秒の沈黙。
最初に答えたのは最原だった。
「うん」
短く、でも迷いなく頷く。
「代わりじゃない。たぶん、もっと別のものになる」
「ええ」
東条も続ける。
「同じ形へ戻すのではなく、今のあなたと、今ここにいる皆に必要な形へ進めるものよ」
「そうっす」
日菜が画面を指で示す。
「今見えてるのは、“壊れたものの補修図”じゃないっす。“次に行くための設計図”っす」
「名前だって変わるかもしれねぇしな」
入間が言う。
「同じゼッツドライバーのつもりで作るより、もっと上の段階へ行くつもりで組んだ方が面白ぇ」
「面白いって言い方どうなんですか」
「発明家にとっては大事なんだよ、茶柱」
入間はにやりと笑った。
「面白くねぇ機械は伸びねぇんだ」
「そういうものなの?」
「そういうものっす」
日菜が何故か普通に頷く。
「少なくとも入間さんは、そのノリの方がいいアイデア出すっすから」
「ひでぇ言い草だな、お前」
「事実です」
また小さく笑いが起きる。
その笑いの中で、俺は机の上の設計図を見る。
線。
数字。
構造。
まだ何も形になっていないはずなのに、不思議とそこへ“人の気配”があるように見えた。
日菜の冷静な分析。
キーボの正確な理論。
入間の飛躍した発想。
最原の整理。
赤松の前向きさ。
百田の押しの強い言葉。
茶柱のまっすぐな心配。
夢野の曖昧だけど核心へ触れる感覚。
夜長の独特な直感。
ゴン太の疑わない優しさ。
東条の静かに整える意志。
それが、ばらばらじゃなく、一つの形になろうとしている。
「……すごいな」
ぽつりと漏れた。
自分でも、何に対してそう言ったのか一瞬分からない。
でも、皆はちゃんと意味を汲み取ったらしかった。
「今さら気づいたのかよ」
百田が笑う。
「いや、そういう意味じゃなくて」
「でも、今のはちょっと分かるかも」
赤松が柔らかく言う。
「最初はただ壊れたドライバーの話だったのに、気づいたら皆で同じものを作ろうとしてるんだよね」
「そうね」
東条が頷く。
「しかも、それは単なる道具ではなく、皆の願いを乗せる器になろうとしている」
「願いっていうと、ちょっと恥ずかしいっすけど」
日菜が苦笑する。
「でも、間違ってはいないっす」
「アンジーは恥ずかしくないよー。むしろそういうの大好きー」
「ウチも、これは嫌いじゃないのう」
「ゴン太も好き!」
「いや、そこは好き嫌いの話じゃ……」
「でも」
最原が静かに区切る。
「万津君がそう感じたなら、それがたぶん一番大事なんだと思う」
その言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。
感じた。
そうだ。
今、俺は確かに感じている。
これは、俺の壊れたドライバーの代用品じゃない。
俺が前みたいに戦うためだけの道具でもない。
もっと別のものだ。
俺が一人で手を伸ばしていた先へ、皆の夢が一緒に届こうとしている。
そんな感覚が、まだ形になってもいない設計図の段階で、もうはっきりあった。
ゼッツドライバーが壊れた時、もう終わりかもしれないと思った。
戦う力を失って、前へ出る理由まで曖昧になる気がした。
でも今、目の前で進んでいるのは“失ったものを取り戻す”作業じゃない。
俺一人では辿り着けなかった次の形を、皆で作っていく時間なんだ。
「……皆の夢が、形になるんだな」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
教室が少しだけ静まる。
誰も茶化さない。
その沈黙が、逆にありがたかった。
「ええ」
東条が最初に答える。
「そうなるように、今ここにいるのでしょう」
「その言い方、ずるいな」
「事実を言っているだけよ」
「まあ、でもその通りっすね」
日菜も頷く。
「今のこれは、万津君のためだけでもないっす。皆の“これから”も乗っかってる感じはする」
「だったらなおさら、気合い入れねぇとな!」
百田が拳を握る。
「入れるのはいいですけど、机は叩かないでください」
茶柱がすぐさま言う。
「叩いてねぇよ!」
「さっき叩いてました!」
「細かいな、お前!」
「細かいのではなく、当然です!」
また騒がしくなる。
でも今度は、その騒がしさの中へちゃんと意味が見えた。
ただの励ましでも、ただの勢いでもない。
皆が皆、自分のやり方でこの新しいドライバーに何かを託している。
その事実が、胸の奥へじわじわと広がっていく。
俺は机の上の壊れたゼッツドライバーへもう一度視線を落とす。
ひび割れた装甲。
沈黙した機構。
終わった器。
けれど、そのすぐ隣には、まだ形のない未来の設計図がある。
そしてその未来には、俺一人じゃなく、皆の夢が最初から混ざっている。
それを実感した瞬間、胸の奥で何かが少しだけ熱を持った。
失った痛みはまだ消えない。
不安だって残っている。
でも、それだけじゃない。
この新しいドライバーは、きっと俺一人のものじゃない。
だからこそ、前よりもっと強い意味を持つんだと思えた。