ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
夜の希望ヶ峰学園は、昼間とは別の生き物みたいだった。
廊下は静かで、窓の外はすっかり暗い。
けれど、俺たちが勝手に臨時開発室として使っている教室の中だけは、まだ昼の続きを無理やり引き延ばしたみたいに明るかった。
机を何台も繋げて作った作業スペースの上には、壊れたゼッツドライバー、分解された機構パーツ、開いたノートPC、入間が持ち込んだ工具箱、キーボが並べた測定器、日菜がまとめた解析メモ、最原の書いた整理用のメモ書きが雑多に広がっている。
乱雑なはずなのに、そこにはたしかに一つの方向があった。
新しいドライバーを作る。
その一点へ向かって、皆の手が少しずつ動いている。
俺はその輪の少し外側に立ちながら、机の中央へ置かれた壊れたゼッツドライバーを見下ろしていた。
装甲は割れ、接続部は歪み、もう二度と元には戻らないことだけは誰の目にも明らかだ。
それでも、その隣にはUSBの設計データから起こした新しい図面が開かれていて、壊れたものの終わりと、まだ形を持たない次の器が、同じ場所に並んでいた。
「んー、やっぱここだな」
入間が椅子をぎい、と鳴らしながら身を乗り出した。
「今のフレームは単純に狭い。出力の受け皿が足りてねぇし、逃がし先も少なすぎる。だからカタストロムとオルデルムみてぇなイカれた切り替え方した瞬間に耐えられなくなる」
「言い方はともかく、概ねその通りです」
キーボが即座に補足する。
「特に、オルデルムの精密な構造修正能力は、単純な高出力とは別種の負荷を内部機構へかけています。従来型のゼッツドライバーでは、両立を前提にした設計にはなっていなかったのでしょう」
「じゃあ、やっぱり必要なのは“頑丈さ”だけじゃないんだね」
赤松が画面を覗き込みながら言った。
「力を受け止めるだけじゃなくて、その力が暴れないように流れを整える仕組みもいるってこと?」
「そうっす」
日菜が頷く。
「頑丈にするだけだと、今度は逆に精密制御が死ぬっす。だから、受け止める、流す、整える、その三つを同時にやらないと駄目っすね」
「なんか、普通に難しすぎないか?」
百田が腕を組んで唸る。
「お前ら、よくそんな会話を当然みてぇにしてるよな」
「百田さん、そこで感心して終わらないでください」
茶柱が呆れたように言う。
「今は“すごい”で済ませる場面ではありません!」
「いや、すごいもんはすごいだろ!」
「そこは否定しませんけど!」
その言い合いの横で、ゴン太が壊れたドライバーをじっと見つめていた。
それから、おずおずと手を挙げる。
「あのね、ゴン太、難しいことはあんまり分からないんだけど……」
皆の視線が集まると、ゴン太は少しだけ肩をすくめた。
「今のドライバーは、万津君の力を一人で抱えようとして壊れたんだよね?」
「……まあ、かなりざっくり言えばそうっすね」
日菜が答える。
「だったら、新しいのは一人で抱えなくていい形にしたらいいんじゃないかな」
ゴン太はまっすぐに言った。
「皆で作るなら、皆の分もちょっとずつ入ってる方が、きっと強いよ」
教室が少しだけ静かになる。
技術的な説明にはなっていない。
でも、その言葉の芯は、今ここにいる全員が何となく感じていたものへ近かった。
「……それ、案外本質かもしれないね」
最原が静かに言った。
「今までのゼッツドライバーは、万津君個人の夢や意志に対して、器が追いついていなかった。なら、新しいドライバーは、最初から“ひとりだけで背負う前提”で作らない方がいい」
「うむ」
夢野が頬杖をついたまま頷く。
「魔法の道具というのはのう、術者一人の力だけで無理やりねじ伏せると、大体どこかで歪むんじゃ。器が夢を受け止めるなら、夢そのものも一つだけとは限らん方がええ」
「そうそうー」
夜長が楽しそうに笑う。
「今のこれ、みんなの夢が少しずつ混ざってる感じするもんねー。だから前のベルトとは別の神さまが宿るかもしれないよー」
「夜長さん、その言い方ちょっと怖いんだけど……」
赤松が苦笑する。
「怖くないよー。神さまはいつだって神ってるからー」
「説明になってないっす」
日菜が肩を落とし、でも少しだけ笑う。
こういう雑談とも本気ともつかないやり取りが、今の空気を変に重くしすぎず保っていた。
俺は、その輪の少し外で話を聞きながら、まだ実感の追いつかない感覚を抱えていた。
新しいドライバーを作る。
しかも、ただ壊れたものの代用品じゃない。
皆の夢や意志を少しずつ束ねる、新しい器として。
言葉にすれば分かる。
頭でも理解している。
でも、俺の中ではまだ“ゼッツドライバーが壊れた”という事実の方が重かった。
失ったものの形が、まだ強すぎる。
そんな俺の方を、東条が静かに見た。
「万津君」
「……ん?」
「少し座ったらどうかしら」
東条は穏やかに言う。
「立ったままだと、考えるより先に力が抜けるわよ」
「そこまで顔に出てる?」
「少しだけ」
東条は曖昧に笑う。
「でも、今は無理もないわ。自分の力の土台が壊れた直後なのだもの」
言い方が優しいのに、現実からは逸らさない。
その距離感がありがたかった。
俺は素直に近くの椅子へ腰を下ろす。
すると東条は、机の端へ置いてあったマグカップを俺の前へ滑らせた。
「温かいものを淹れておいたの」
「いつの間に」
「さっきよ」
さらっと言う。
たぶん本当に、自然にやったんだろう。
超高校級のメイドらしいというか、東条斬美らしいというか。
こういう時に、気づけば必要なものが目の前へ来ている。
「ありがとな」
「ええ」
短く答えて、東条はまた皆の方へ視線を戻した。
「作業へ集中している時ほど、身体の方を見落としやすいもの。そこは私が気を配るわ」
「さすが東条さんっす」
日菜が感心したように言う。
「そういう役割、大事っす」
「当然のことをしているだけよ」
「その当然ができるのがすごいんだよ」
赤松がにこっと笑う。
東条は少しだけ言葉に詰まり、それから小さく咳払いした。
「……話を戻しましょう」
その様子に、少しだけ空気が和む。
「で、問題は新しいドライバーの核になる部分だ」
入間が工具を指でくるくる回しながら言った。
「外側のフレームも、出力の逃がし先も、補助回路も全部いる。だが、一番面倒なのは“何を中心に組むか”だな」
「中心?」
百田が眉を寄せる。
「そうっす」
日菜が画面を切り替える。
「今のドライバーをそのまま核にするのは無理っす。壊れ方が深すぎる。だから、何か新しい基点が要る」
「USBのデータだけじゃ足りないの?」
最原が訊く。
「足りる部分もあるっす。でも、完全な設計図じゃない」
日菜が静かに言う。
「これはたぶん、“こういう思想で組め”っていう方向性に近いっすね。細部はこっちで埋める必要がある」
「だったら、埋めりゃいいだろ」
百田が即答した。
「今ここにいるの、そういうの得意なやつらばっかじゃねぇか」
「百田君は時々、雑なのに正しいね」
最原が少しだけ苦笑する。
「時々は余計だ!」
そのやり取りの横で、キーボがモニターへ新たな図を表示した。
円環状の構造。
従来のドライバーより広く、複数の接続層が見える。
「もし作るなら、既存ドライバーの単純な後継機ではなく、全く新しい専用バックルを含む形になるでしょう」
「専用バックル……」
俺が小さく繰り返すと、キーボは頷いた。
「ええ。旧型の延長で考えるより、最初から“別の段階の器”として設計した方が自然です」
「んあー、別の段階、か」
夢野がぼんやりと呟く。
「それ、ただ強いだけじゃなくて、“夢の行き先が変わる”感じがあるのう」
「行き先?」
茶柱が首を傾げる。
「今までは万津が一人で前に行こうとして、そのためにベルトも動いておった」
夢野は眠たげな目のまま、でも言葉だけは妙に芯を持っていた。
「じゃが次は、最初から皆の願いごと前へ行く器なんじゃろ。なら、同じ道具ではなくなる」
「……それ、いいな」
俺は思わずそう漏らしていた。
皆の視線がこっちへ集まる。
少しだけ恥ずかしくなって、俺は言葉を足した。
「いや、なんていうか。今までのゼッツドライバーの延長じゃないっていうのが……しっくりくる」
「だろ?」
百田がにやっと笑う。
「壊れたもんを無理やり繋いで使うより、こっから新しく作る方が“らしい”って感じがするぜ」
「“らしい”で設計するのは危険ですが」
キーボが真面目に言う。
「そこはほら、ノリだよノリ!」
入間が笑う。
「技術屋ってのは、最後の最後でそういう“こっちの方が熱い”みてぇな理由を結構大事にすんだよ」
「それ、入間さんだけっすよたぶん」
「偏見だな、おい!」
また笑いが起きる。
教室の空気は、さっきまでの“どうする”から、“どう作る”へはっきり変わり始めていた。
その変化が、なんだか眩しかった。
俺は壊れたドライバーの隣に置かれた設計図を見る。
まだ線だけだ。
数字だけだ。
けれど、その線の一本一本の向こうに、たしかに皆の顔が見える気がした。
最原の静かな整理。
日菜の鋭い分析。
キーボの正確な理論。
入間の破天荒な発想。
赤松の前向きさ。
百田の勢い。
茶柱のまっすぐな心配。
夢野の曖昧なのに核心へ触れる言葉。
夜長の独特な感覚。
ゴン太の疑わない優しさ。
東条の整える意志。
全部が、少しずつこの机の上へ形を持ち始めている。
「……すごいな」
また同じ言葉が口から出た。
今度は誰も聞き返さない。
意味が伝わっていると分かる沈黙だった。
「今さら気づいたのかよ」
百田が笑う。
「うるさい」
「でも、分かるよ」
赤松が柔らかく言う。
「これ、もう万津君一人のものって感じじゃないもんね」
「ええ」
東条も頷く。
「あなた一人のためだけの器ではなくなっているわ」
「みんなの夢が入ってるんだよー」
夜長が楽しそうに言う。
「アンジー、そういうの好きー」
「ゴン太も!」
ゴン太が元気よく続く。
「そこは好き嫌いの話なのか……?」
最原が少し困ったように言う。
「いいんじゃねぇか」
百田が肩を竦める。
「好きなもんの方が、壊したくねぇだろ」
その言葉に、ふと胸の奥が熱くなった。
壊したくない。
そうだ。
これはもう、俺が前みたいに戦うためだけの機械じゃない。
皆で作っている。
皆が、それぞれのやり方で希望を乗せ始めている。
だからこそ、前よりずっと壊したくないし、壊れないでほしいと思う。
その時だった。
教室の照明が、ふっと揺れた。
最初はただの瞬きみたいな揺れだった。
蛍光灯が一瞬だけ明滅して、すぐ戻る。
誰もすぐには気にしない。
けれど、次の瞬間、今度は明らかに大きく電圧が落ちた。
「……ん?」
日菜が顔を上げる。
ぶつ、と音がして、教室の灯りがすべて落ちた。
真っ暗になる。
すぐに非常灯の赤い光だけが、天井の端からぼんやりと教室を照らした。
赤い。
薄暗い。
さっきまでの開発室の空気が、一瞬で別のものへ変わる。
「停電か?」
百田が反射的に言う。
「いや、おかしいっす」
日菜の声が低くなる。
「校舎全体が落ちたにしては、切れ方が変っす」
「外部電源との接続が――」
キーボが言いかけた、その時だった。
廊下の向こうで、何か重いものを引きずるような音が響いた。
がん。
がり。
金属と床が擦れるような、不快な音。
それが一つじゃない。
複数。
しかも、一定の間隔で近づいてくる。
誰も喋らなくなる。
赤い非常灯の下で、皆の表情だけがわずかに浮かぶ。
最原はすぐに教室の入り口へ視線を向けた。
茶柱が反射的に一歩前へ出る。
東条は机の上の部品を崩さないように端へ寄せる。
キーボと入間は無意識にノートPCと設計データの前へ位置をずらしていた。
百田とゴン太は、ほとんど同時に俺たちの前へ立つ。
夢野が頬杖をやめ、夜長が笑みを少しだけ消す。
日菜はモニターの電源が落ちた画面を見てから、すぐにUSBへ手を伸ばした。
俺も椅子から立ち上がる。
けれど、腰へ手をやった瞬間、その指が空を切る。
壊れたゼッツドライバー。
変身はできない。
その事実だけが、赤い非常灯の下でひどく鮮明だった。
「……来る」
最原が低く言った。
次の瞬間、教室の扉が外側から、鈍い音を立てて揺れた。