ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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極限 Part1

 新しい装甲を纏ったまま、俺はゆっくりと息を吐いた。

 胸の奥で脈打っているのは、ただの高揚感なんかじゃない。

 壊れたゼッツドライバーを前にして、もう終わりかもしれないと思った時の冷たさも、海辺の公園で一人きりだった時の空白も、今はこの装甲の内側で別の熱へ変わっている。

 重い。

 けれど、その重さは俺一人にのしかかるものじゃなかった。

 肩に、腕に、脚に、背中に、そして胸の中心にまで重なったキーボの装甲が、皆の夢そのものみたいに俺の身体へ馴染んでいる。

 だからこそ、今の俺は前よりずっと強いくせに、前よりずっと一人じゃなかった。

 

 目の前では、三体のロードがはっきりと構えを変えていた。

 さっきまでの連中は、俺を変身できない相手として見ていた。

 だから余裕があった。

 だから、こちらの焦りや隙へ遠慮なく踏み込んでこようとしていた。

 けれど今は違う。

 現実で戦える新しいゼッツが、皆の守り抜いた時間の先で目の前へ立った。

 それを見た瞬間、犬神も、丑寅も、仄も、もう同じ目ではこちらを見ていない。

 

「……はっ」

 

 最初に笑ったのは、ロード・スリー――犬神軋だった。

 その笑い声は嘲りというより、もっと乱暴で、もっと生々しい。

 危険な獲物を見つけた獣が、思わず喉を鳴らした時みたいな笑い方だった。

 

「面白ぇな」

 犬神の声は、機械の身体を通しているせいか、少しだけ金属が擦れるみたいな響きを混ぜている。

 それでも、その奥にある荒っぽい楽しさまでは隠せていなかった。

「夢の中で厄介だったゼッツを、今度は現実でまともに立たせやがった」

「そこまでやるかよ、お前ら」

 

 その言葉に、百田が鼻で笑う。

 

「当然だろ」

 百田はまだ肩で息をしながらも、俺の少し横で拳を握り直していた。

「こっちは、ここで止まるつもりなんか最初からねぇんだよ」

 

 犬神は百田の返しを聞いても機嫌を悪くした様子はなかった。

 むしろ余計に口元を歪めて、まっすぐ俺の方を見た。

 あの視線の熱さは、敵意だけで説明できない。

 脅威として認めたからこそ、余計に欲しくなった。

 そんな危うい納得が、ロード・スリーの奥でぎらついていた。

 

「ますます連れて帰る価値が出たな、万津」

「その器ごと、こっちで叩き直してやりたくなった」

 

「断る」

 俺はすぐに言い切った。

 今さら迷う理由なんてない。

「誰がお前らのところなんか行くか」

 

「そう言えるうちは言っとけ」

 

 犬神はそれだけ言って肩を鳴らした。

 強引で、乱暴で、でも妙に楽しそうなその反応が、逆に気味が悪い。

 こいつはこいつで、本気なんだ。

 脅して従わせるんじゃない。

 壊して、ねじ伏せて、それでも奪うつもりでいる。

 その手口が見えるからこそ、余計に腹が立った。

 

「……悪趣味だな」

 

 次に口を開いたのは、ロードファイブ――丑寅幽玄だった。

 犬神のような熱はない。

 仄みたいな湿っぽい執着もない。

 ただ、冷たかった。

 その一言には、面白がる色も、感心する色もなくて、むしろはっきりとした不快感だけがあった。

 

 俺はそちらへ視線を向ける。

 丑寅の目は、怒っているようにも見えない。

 なのに、今この場で一番露骨に“嫌だ”と態度へ出しているのはこいつだった。

 

「力を失ったからこそ、回収は容易だと思っていた」

 ロードファイブの声が、教室の冷えた空気をそのまま言葉へしたみたいに落ちる。

「それをここまで再構築するとは」

「余計な手間を増やしてくれたものだ」

 

 茶柱がすぐに噛みついた。

 

「勝手な言い分ですね!」

「あなた達の都合なんて知ったことではありません!」

 

「勝手で結構」

 丑寅は茶柱の怒声をまるで温度のない雑音みたいに受け流した。

「問題は、莫の力がさらに大きくなったことだ」

「管理できない力は、ただ害悪でしかない」

 

 ぞくりとするほど冷たい物言いだった。

 犬神みたいに面白がりもせず、仄みたいに惚れ込んでもいない。

 こいつは本当に、俺の新しい力を“面倒な不確定要素”としてしか見ていない。

 その感情の薄さが、逆に厄介だった。

 

「やはり、ここで確保する」

「これ以上、好きに育たれては困る」

 

「雑草みたいな言い方してくれるな」

 

 思わず吐き捨てると、丑寅の視線がほんの少しだけ細くなった。

 怒ったわけじゃない。

 ただ、“排除対象が口を開いた”くらいの認識でこちらを見直しただけだ。

 それがまた、ひどく不愉快だった。

 

 その空気を裂くみたいに、小さく拍手したのがロードシックス――黒四館仄だった。

 他の二人と違って、こいつだけは明らかに熱の質が違う。

 怖いとか危険とか、そういう単語で片づけたくない気持ち悪さがある。

 脅威を見ているというより、作品を眺めるみたいな、うっとりした目つきでこちらを見ていた。

 

「……ああ、いいなぁ」

 

 その声を聞いた瞬間、背筋のどこかが薄く冷えた。

 仄は前からこういう女だった。

 誰かの危うさや歪さに、美しさを見出す。

 だから今、この新しいゼッツの姿を前にして、妙に嬉しそうにしているのも分かる。

 分かるからこそ、余計に気味が悪い。

 

「前から好きだったけど、今の君、もっといい」

「壊れて、失って、それでも終わらないで」

「皆に守られて、皆の夢を纏って、そんな顔で立つんだ」

「反則だよ、万津君」

 

「気色悪い褒め方すんなよ」

 

 百田が先に吐き捨てた。

 俺もまったく同感だった。

 けれど仄は、そんな反応すら楽しそうに目を細めるだけだ。

 

「褒めてるんだから、もっと喜んでくれていいのに」

「だって私、今の君にますます惚れちゃったもの」

 

「勝手に惚れてろ」

 

「うん、勝手に惚れる」

 仄は本当に嬉しそうに笑った。

「でも、その上でちゃんと奪うよ」

「こんなに綺麗なもの、他の誰かの手に置いとくなんてもったいない」

 

 その言葉だけは、ぞっとするくらい真っ直ぐだった。

 からかっているような声色なのに、内容には一片の冗談も混ざっていない。

 仄は本気で、俺ごとこの新しいゼッツを持っていく気でいる。

 そう思った瞬間、肩や腕の装甲がわずかに熱を増した。

 まるで、キーボの身体を通して「渡すな」と言われているみたいだった。

 

「……やっぱり変わってないな」

 

 最原が低く言う。

 視線はロードたちから外さないまま、その声だけが静かに現実を整理する。

「狙いは万津君本人と、この新しいドライバーの両方だ」

 

「なら、答えは一つね」

 

 東条が言った。

 その声音には余計な飾りがない。

 ただ、当然のことを確認するみたいに落ち着いていた。

 

「ここで止めるわ」

 

「うん!」

 ゴン太がすぐに頷く。

「絶対に渡さない!」

 

「その意気っす」

 日菜が、まだ汗の滲む額を拭いながら小さく笑う。

「せっかくここまで持ってきたんですから、今さら横取りなんて御免っすよ」

 

 背中の内側で、キーボの声が響く。

 装甲越しなのに、不思議なくらい近い。

 

「万津君」

「出力は安定しています。皆が守った時間の先です」

「どうか、迷わないでください」

 

 迷い。

 その言葉が胸の奥へ落ちる。

 さっきまでなら、確かにあった。

 変身できないことへの苛立ち。

 守られる側に回る悔しさ。

 自分がまた前へ出ていいのかという、どうしようもなく歪んだ戸惑い。

 でも今は違う。

 

 この装甲は、俺一人のためのものじゃない。

 皆で守って、皆で作って、皆の夢が現実へ届くように整えた器だ。

 だったら、ここで迷う方が失礼だと思った。

 

「……行くぞ」

 

 俺が静かに言うと、百田が横でにやりと笑った。

 

「待ってたぜ」

 

「ええ、任せるわ」

 東条の声が続く。

 

「ちゃんと全部ぶちかましてきてくださいっす」

 日菜が言う。

 

「ですが無茶だけは禁物です!」

 茶柱がすぐに言い足す。

 

「その辺は変わらないんだな……」

 

 思わず小さく笑った。

 こういうところまで含めて、今のこの場は俺の知ってる皆なんだと実感する。

 それが変に落ち着いた。

 

 俺はゆっくりと一歩前へ出た。

 背部ユニットがかすかに展開し、全身を走るメタリックグリーンのラインが、赤い非常灯の中で鮮やかに浮かび上がる。

 掌を握る。

 力は暴れない。

 むしろ、静かだった。

 カタストロムのような荒れ狂う破壊でもない。

 オルデルムのような秩序の鋭さだけでもない。

 そのどちらも抱えた上で、もっと先へ進んだ完成の感覚。

 夢を極限まで高め、それを現実へ成立させるための、揺るがない器の手応えだった。

 

 ロードたちも、それをちゃんと感じ取っている。

 犬神は獰猛に笑い、丑寅は嫌悪を隠さず、仄はうっとりと俺を見ている。

 三者三様。

 でも敵意だけは完璧に一致していた。

 

「来いよ」

 犬神が低く笑う。

 

「排除する」

 丑寅の声はどこまでも冷たい。

 

「いっぱい見せてね、新しい君」

 仄は楽しそうに言う。

 

 俺はその三人を真正面から見返した。

 壊れたゼッツドライバーを握っていた時の俺とは、もう違う。

 これは失ったものの代わりじゃない。

 皆の夢を現実へ連れていくための、新しいゼッツだ。

 

 息を整える。

 肩の力を落とす。

 視界の中心で、三体のロードが同時に構えを深くした。

 それを見て、俺もまた、静かに重心を落とす。

 

 次の瞬間には、戦いが始まる。

 

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