ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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天使 Part5

 王馬を乗せた玉座が、舞台の奥へゆっくりと運ばれていく。

 

 車輪の音が、やけに大きかった。

 ぎい、ぎい、と軋むたびに、周囲の仮面観客たちが一斉に拍手する。

 ぱちぱち、ぱちぱち。

 祝福みたいに聞こえるのに、俺にはそれが処刑場の合図にしか聞こえなかった。

 

 王馬は玉座の上で、いつものように笑っていた。

 片肘を肘掛けにつき、退屈そうに足を組んで、まるで全部が予定通りだとでも言いたげな顔をしている。

 けれど、その手首から伸びる糸は太くなっていた。

 首元にも、足首にも、背中にも、見えないはずの糸が何本も絡みついている。

 さらに顔には、笑顔の仮面が一枚、泣き顔の仮面が一枚、怒りの仮面が一枚。

 何枚もの表情が無理やり貼りつき、王馬本人の顔を覆い隠そうとしていた。

 

「王馬!」

 

 俺はブレイカムゼッツァーを握り直し、玉座へ向かって駆け出す。

 けれど、足元のスポットライトが急に重さを持った。

 光が足首に絡みつき、舞台の上へ俺を縫い止める。

 ゼッツエクスドリームの装甲が反応し、緑と金のラインが脈打つ。

 それでも、完全には抜け出せない。

 

「にしし……王様の舞台へ乱入なんて、マナーが悪いなぁ」

 

 クラウンナイトメアの声が、天井から降ってくる。

 王馬によく似た声。

 でも、その軽さには温度がない。

 全部を笑いものにするためだけの声だった。

 

「待っててよ、ゼッツ。

 今からこの子の名場面集を見せてあげるからさ」

 

 舞台の両脇で、赤い幕が一斉に上がった。

 

 そこには、いくつもの小さなステージが並んでいた。

 人形劇みたいな箱庭の舞台。

 その中央には、王馬に似た人形がいる。

 小さな王冠を被った王馬。

 ピエロ帽を被った王馬。

 黒いマントを羽織った王馬。

 どれも笑っている。

 どれも王馬に似ている。

 でも、どれも本物じゃない。

 

「さあ、開幕だよ。

 嘘つき王様の名場面集、はじまりはじまりー」

 

 客席の仮面観客が拍手する。

 ぱちぱち、ぱちぱち。

 その音に合わせて、小さな王馬人形たちが動き出した。

 

 最初の舞台では、王馬人形が大勢の仮面人形の前で胸を張っていた。

 

「オレは悪の秘密結社の総統なんだよ。

 構成員は一万人以上。君たちなんか、簡単に騙せちゃうんだからさ」

 

 それを聞いた仮面人形たちが、一斉に囁く。

 

「嘘つき」

「嘘つき」

「嘘つき」

 

 次の舞台では、王馬人形が誰かに手を伸ばしかけていた。

 けれど、その誰かが近づこうとした瞬間、王馬人形は笑って、わざと酷い嘘を吐く。

 相手は傷ついたように離れていき、王馬人形だけがステージの中央に残された。

 

 また次の舞台では、王馬人形が場を引っかき回していた。

 混乱する人形たちを見て笑っている。

 けれど、その目はずっと、誰が何を信じるのかを見ていた。

 誰が怒るのか。

 誰が疑うのか。

 誰が、それでも近づいてくるのか。

 

「ほらね」

 

 クラウンナイトメアが楽しそうに言う。

 

「全部嘘。

 優しさも、作戦も、仲間ごっこも、ぜーんぶ嘘。

 この子にあるのは、嘘だけなんだよ」

 

「……うわ、センス悪いなぁ」

 

 玉座の上で、王馬が笑った。

 笑っているのに、その声は少しだけ乾いていた。

 

「オレならもっと面白く演出するのにさ。

 盛り上げ方、下手すぎない?」

 

「そうやって笑うんだ」

 

 クラウンナイトメアの声が、すぐそばで囁く。

 

「怖くても、痛くても、ばらされても、笑うんだよね。

 だって王馬小吉は、嘘つきで、総統で、悪者でいなきゃいけないもんね」

 

 王馬の顔へ、また新しい仮面が貼りついた。

 今度は、笑っているのに目だけが泣いている仮面だった。

 

「っ……」

 

 王馬がわずかに息を詰まらせる。

 その反応を見て、俺は歯を食いしばった。

 

「やめろ!」

 

 叫んで、ブレイカムゼッツァーを振るう。

 足元のスポットライトを斬るように刃を叩きつける。

 緑の光が弾け、拘束が一瞬だけ緩んだ。

 俺はその隙に前へ出る。

 だが、舞台の床から仮面兵たちが湧き上がり、俺の進路を塞いだ。

 

 斬る。

 撃つ。

 押し返す。

 でも、倒した兵士たちは紙吹雪になり、拍手と同時にまた形を取り戻す。

 この世界では、ただ壊しても終わらない。

 それはもう分かっている。

 この舞台のルールそのものをどうにかしなければ、王馬には届かない。

 

「ねぇゼッツ、分かったでしょ?」

 

 クラウンナイトメアが笑う。

 

「この子にあるのは嘘だけだよ。

 総統っていうのも嘘。

 一万人の組織も嘘。

 誰かのために動いてるみたいな顔も嘘。

 全部、ぜーんぶ、空っぽの演技」

 

 俺は、迫ってきた仮面兵をプラズマブラスターで撃ち抜いた。

 その反動で一歩下がりながら、王馬を見る。

 

 王馬は笑っていた。

 それでも、仮面の隙間から覗く目は、もうさっきほど強くない。

 軽口で誤魔化そうとしている。

 自分から傷を深くすることで、それ以上踏み込まれないようにしている。

 そう見えた。

 

「……本当にそうなのか」

 

 俺は小さく呟いた。

 

 王馬の嘘が、誰かを傷つけることがあるのは事実だ。

 あいつが相手の反応を試すようなことを言うのも事実だ。

 人の心を掻き回して、笑って、悪者みたいに振る舞うのも事実だ。

 

 でも、それだけで全部を決めていいのか。

 

 この舞台が見せているのは、王馬の全部なのか。

 それとも、ナイトメアが王馬を壊すために切り取った断片なのか。

 

「嘘だけかどうかは、まだ分からない」

 

 俺がそう言った瞬間、クラウンナイトメアの笑い声が止まった。

 

「え?」

 

「少なくとも、お前が見せてるものだけで決める気はない」

 

 舞台の空気が、わずかに揺れた。

 仮面観客たちの拍手が、一瞬だけ乱れる。

 ゼッツエクスドリームの胸部が熱を持ち、装甲を走る緑と金のラインが強く光った。

 

 王馬が、玉座の上から俺を見る。

 

「やめときなよ、万津ちゃん」

 

 声は軽い。

 でも、仮面に遮られて少しこもっていた。

 

「オレの嘘に意味なんて探すだけ無駄だよ。

 どうせまた騙されるんだからさ」

 

「騙されるかどうかは俺が決める」

 

「お人好しすぎない?」

 

「お前の嘘が全部正しいとは言わない」

 

 俺は一歩、前へ進んだ。

 仮面兵が槍を構える。

 それでも止まらない。

 

「でも、全部空っぽだとも思わない」

 

 王馬の顔に貼りついていた仮面の一枚に、細いひびが入った。

 

「誰かを試すための嘘もある」

「自分を守るための嘘もある」

「自分だけが悪者になるための嘘だって、あるかもしれない」

「そこに意思があるなら、俺はそれをただの空っぽとは思わない」

 

 言いながら、俺自身も気づいていた。

 これは王馬を全面的に肯定しているわけじゃない。

 あいつの嘘で傷ついた奴がいるなら、それはちゃんと向き合わなきゃいけない。

 でも、だからといって、王馬の嘘の奥に何もないと決めつけるのは違う。

 

 王馬は小さく笑った。

 

「……にしし」

 

 いつもの笑い方。

 でも、今のそれは少しだけ弱かった。

 誤魔化しではある。

 けれど、完全な拒絶ではなかった。

 

「万津ちゃんってさ、ほんと損な性格してるよね。

 嘘つきの嘘にまで意味を探すなんて、普通しないよ」

 

「普通かどうかは知らない」

 

「そういうところだよ」

 

 王馬の声には、ほんの少しだけ温度が戻っていた。

 それが気に食わなかったのか、クラウンナイトメアの声が低くなる。

 

「違うよ、ゼッツ」

 

 舞台の照明が一斉に赤く染まった。

 

「嘘は嘘。

 本物になれないから、嘘なんだよ」

 

「本物にするかどうかを決めるのは、お前じゃない」

 

「へぇ?」

 

 クラウンナイトメアの声が、また笑う。

 でも、さっきまでより少しだけ棘が増していた。

 

「じゃあ君が決めるの?

 何が嘘で、何が本物かを?」

 

 その問いに、ゼッツエクスドリームの装甲が強く反応した。

 夢と現実の境界。

 何を夢とし、何を現実とするか。

 昨日、現実で戦った時にはまだ掴みきれていなかった力が、この夢世界でははっきりと脈打っている。

 

 足元の舞台に亀裂が走った。

 その下から、一瞬だけ現実の廊下の床みたいな質感が覗く。

 仮面兵の一部が紙吹雪へ崩れかけ、王馬の糸も一瞬だけ緩む。

 

 届いている。

 まだ完全じゃない。

 でも、この世界のルールに、俺の意志は確かに干渉している。

 

「……今、また揺らしたね」

 

 クラウンナイトメアの声から、笑いが少しだけ消えた。

 

「お前のルールが絶対じゃないってことだ」

 

「違うよ」

 

 王座の影が、ゆっくりと大きくなる。

 ピエロの輪郭。

 王冠の影。

 裂けた笑顔。

 クラウンナイトメアは、まだ完全な姿を見せないまま、舞台そのものを支配していた。

 

「君はまだ分かってない。

 王馬小吉の嘘を本物にするなんて、そんなの誰にもできないんだよ」

 

 次の瞬間、王馬を運んでいた玉座が、巨大な王座へ向けて一気に引き寄せられた。

 

「っ、王馬!」

 

 俺は駆け出そうとした。

 だが、舞台中央に巨大なスポットライトが落ちる。

 それは俺ではなく、王馬だけを照らした。

 観客人形たちが一斉に立ち上がる。

 

「命令を」

「命令を」

「命令を」

 

 声が揃う。

 拍手ではない。

 今度は要求だった。

 王馬へ向けられた、残酷な期待だった。

 

「じゃあ次は、総統様に命令してもらおうか」

 

 クラウンナイトメアが、楽しそうに言う。

 

「……は?」

 

 王馬の声が小さく漏れた。

 

「王様なんでしょ?

 総統なんでしょ?

 だったら、ちゃんと命令してよ」

 

「王馬に何をさせる気だ!」

 

「決まってるじゃん」

 

 クラウンナイトメアの声が、笑う。

 

「その命令が本物かどうか、みんなで見てあげるんだよ」

 

 王馬を乗せた玉座が、巨大な王座の前で止まる。

 その背後から黒い鎖が伸び、玉座ごと王馬を固定し始めた。

 王馬の顔に貼りついた笑顔の仮面は、ひび割れたまま震えている。

 それでも、王馬は笑おうとしていた。

 

「……ほんと、最悪」

 

 小さな声だった。

 けれど、そこにはいつもの軽薄さがなかった。

 

「王馬!」

 

 俺は前へ出ようとする。

 しかし、舞台のルールが俺を押し戻す。

 今、この試練の中心にいるのは王馬だ。

 それを夢世界そのものが強制している。

 

「さあ、総統様」

 

 クラウンナイトメアが囁く。

 

「君の言葉が嘘じゃないって、証明してみせてよ」

 

 仮面観客たちが、さらに声を重ねる。

 

「命令を」

「命令を」

「命令を」

 

 王馬は沈黙していた。

 仮面の奥で、目だけが揺れている。

 普段なら、ここで一番嫌な冗談を言っていたはずだ。

 でも今は、何を言っても悪夢に利用される。

 総統として命じれば反転する。

 嘘をつけば仮面が増える。

 黙れば王座に飲まれる。

 

 逃げ場のない舞台。

 見世物にされた王様。

 その全部が、王馬小吉を追い詰めるためだけに作られていた。

 

 俺は拳を握る。

 

 まだ届かない。

 でも、完全に届かないわけじゃない。

 さっき舞台は揺れた。

 王馬の仮面にひびも入った。

 この世界のルールは、絶対じゃない。

 

 次に必要なのは、俺が戦うことだけじゃない。

 王馬自身の言葉が、この舞台を変える鍵になる。

 

 仮面の観客が叫び続ける中、王馬はゆっくりと顔を上げた。

 笑おうとして、笑えないまま。

 

 その沈黙の先で、次の試練が始まろうとしていた。

 

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