ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
クラウンナイトメアが完全な姿を現した瞬間、舞台の空気が変わった。
それまでは、王馬小吉を見世物にするための悪趣味な劇場だった。
仮面の観客、紙吹雪、赤い照明、空っぽの王座、王馬を縛る糸。
どれも王馬を嘲笑うために用意された舞台装置で、俺はその真ん中に引きずり込まれた観客みたいなものだった。
けれど今、王座の背後から現れた異形を見て、はっきり分かった。
この悪夢は、王馬を笑うためだけのものじゃない。
王馬自身に、自分は空っぽだと認めさせるための処刑台だ。
クラウンナイトメアは、ピエロと王様を無理やり縫い合わせたみたいな姿をしていた。
左右で色の違う衣装は派手なのに、どこか汚れていて、歪んだ王冠は頭に刺さっているように見える。
顔には裂けた笑顔の仮面が貼りつき、その下からは、笑顔、泣き顔、怒り顔、驚き顔、無数の仮面が重なって覗いていた。
それは王馬に貼りついていた仮面と同じものだった。
つまり、この悪夢は王馬を仮面で覆っていたんじゃない。
王馬が使ってきた顔のすべてを奪って、自分のものとして被っていたんだ。
「認めないよ、ゼッツ。嘘つきの言葉が現実になるなんて、そんな舞台は間違っているんだ」
クラウンナイトメアの声は、最初よりずっと低くなっていた。
軽い笑い声の奥に、苛立ちと恐怖みたいなものが混ざっている。
こいつはさっき、初めて自分の筋書きを崩された。
王馬の命令が反転しなかった。
俺がそれを、嘘じゃないと裁定した。
その事実が、この悪夢の土台を揺らしている。
「間違ってるのは、お前が王馬の言葉を勝手に決めつけていたことだ」
そう言いながらも、俺の胸の奥には重いものがあった。
格好よく言い切ったところで、俺が王馬の全部を分かっているわけじゃない。
嘘をつく理由も、誰かを試す理由も、悪者みたいに笑う理由も、全部を知っているわけじゃない。
それどころか、もしかすると王馬自身ですら、全部は整理できていないのかもしれない。
だからこそ、俺はこの戦いが怖かった。
間違えれば、王馬の嘘を救うつもりで、逆に王馬の逃げ場まで奪ってしまう気がした。
「にしし、ずいぶん嫌われちゃったね。まあ、オレってば人気者だから仕方ないけどさ」
王馬がいつもの調子で言った。
まだ拘束は残っている。
黒い糸は肩や手首に絡み、巨大な王座から伸びる鎖も完全には砕けていない。
それでも、さっきまでと違って、声に少しだけ力が戻っていた。
笑顔の仮面が大きく割れたことで、ようやく王馬本人の表情が見えている。
疲れていて、怒っていて、それでも薄く笑う。
それは悪夢に貼りつけられた笑顔じゃなく、王馬が自分で選んだ笑いだった。
「黙れ、偽物の総統。君は王様じゃない、ただ笑われるための道化なんだ」
クラウンナイトメアが腕を広げると、壊れかけていた舞台が再び軋み始めた。
倒れていた仮面観客が起き上がり、砕けた兵士人形が紙吹雪から再形成され、赤黒い鎖が王座から何本も伸びてくる。
舞台そのものが、もう一度クラウンナイトメアの支配へ戻ろうとしている。
さっきまで乱れていた拍手が、無理やり整えられていく。
ぱちぱち、ぱちぱち。
あの薄っぺらい拍手が、また王馬を囲む。
「じゃあ、最終演目を始めようか。嘘つき王様が、また嘘で全部を台無しにするショーだよ」
仮面兵たちが一斉に襲いかかってきた。
俺はブレイカムゼッツァーを握り、前へ出る。
刃を振るえば、兵士の身体は紙のように裂ける。
プラズマブラスターを撃てば、仮面は砕け、身体は黒い紙吹雪へ変わる。
けれど、倒した瞬間からまた別の場所で再生する。
クラウンナイトメア本体が現れたことで、悪夢の再生速度は明らかに上がっていた。
「くそっ、斬っても撃っても、また舞台が補充してくるのかよ」
「そうだよ。君が戦っているのは兵隊じゃない。この子の嘘でできた世界そのものなんだから」
その言葉は、否定しきれないほど正しかった。
ここにあるものは全部、王馬の嘘から作られている。
一万人の部下。
悪の総統。
笑っていれば平気だという顔。
誰にも本心を見せなくてもいいという態度。
クラウンナイトメアは、それらを全部拾い集めて、王馬を縛る材料にしている。
だから、俺一人がどれだけ戦っても届かない。
この舞台を本当に変えられるのは、王馬の言葉だ。
でも、王馬の言葉を悪夢に奪わせないためには、俺がその言葉を裁定し続けなきゃいけない。
「王馬、手伝え」
「うわぁ、責任を押しつけるタイプの主人公って最悪じゃない?」
「これはお前の夢で、お前の舞台なんだろ」
「勝手に入ってきたくせに、今さら主催者扱いするのズルくない?」
口調は軽い。
けれど王馬の目は、クラウンナイトメアを見ていた。
逃げるような目じゃない。
まだ怖さはある。
傷つくのを避けたい気配もある。
それでも、あいつはもう舞台から目を逸らしていなかった。
「お前の嘘を、お前以外に使わせるなって言ったのはお前だろ。だったら最後まで言い切れ」
「ほんと、万津ちゃんってしつこいよね。嘘つきの言葉なんか信じても損するだけなのにさ」
「損するかどうかは、俺が決める。お前が言葉を出すなら、俺が現実に届かせる」
言いながら、自分でもとんでもないことを言っていると思った。
誰かの嘘を現実に届かせる。
そんなことを、簡単に言っていいはずがない。
嘘は人を傷つけることもある。
嘘は現実を歪ませることもある。
それでも、王馬の嘘の中に意思があるなら、その意思まで空っぽだと切り捨てることはできなかった。
王馬は少しだけ黙り、それからいつものように笑った。
「……にしし、そこまで言われたら、総統として命令しないわけにはいかないじゃん」
王馬が顔を上げる。
その瞬間、クラウンナイトメアが慌てたように腕を振った。
赤黒い文字列が床を走り、王馬の周囲へ絡みつこうとする。
また命令を反転させるつもりだ。
俺はすぐに前へ踏み込み、ゼッツエクスドリームの光を王馬の周囲へ広げた。
七色の翼が、背中で淡く開く。
現実で空を飛ぶための翼じゃない。
夢と現実の境界へ触れ、どちらへ置くかを決めるための翼。
ここが王馬の夢なら、何を夢のまま終わらせ、何を現実として通すかを選ぶのは、俺たちだ。
「総統命令だよ。ここから先、この舞台の主役はクラウンじゃなくてオレだ」
王馬の声が舞台に落ちた。
それは、強い叫びではなかった。
いつものように大げさで、わざとらしい軽さも残っていた。
でも、その芯にあるものだけは、はっきりしていた。
これは逃げるための嘘じゃない。
自分の夢を、自分のものだと言い直すための言葉だった。
「裁定する。今の命令は、王馬小吉自身の意思だ」
俺の言葉と同時に、舞台の床へ金と緑の光が走った。
赤黒いルール文字が砕け、王馬を縛っていた鎖の何本かが弾け飛ぶ。
仮面観客の一部が、ぎこちなく王馬の方へ向き直った。
さっきまでクラウンナイトメアへ捧げられていた拍手が、乱れたまま王馬へ向かう。
「違う、違う違う違う。王馬小吉は本物の王様なんかじゃない」
「そりゃそうだよ。オレは王様じゃなくて、悪の総統だからね」
「そこは張るんだな」
「当然じゃん。キャラ設定は大事にしないとね」
王馬の両腕が自由になる。
まだ足元は鎖に捕まっているが、それでも十分だった。
王馬は玉座の肘掛けを叩き、目の前の仮面兵たちへ視線を向ける。
「総統命令その二。そこの仮面兵、クラウンの足元を邪魔して」
仮面兵たちが一斉に震えた。
クラウンナイトメアが即座に反転させようとする。
だが、俺はその言葉へ光の輪を重ねる。
王馬の命令の中にある意思を拾い、悪夢のねじれを弾く。
兵士の一部が、クラウンナイトメアの足元へ絡みついた。
「今だ、ブレイカムゼッツァー!」
俺は床を蹴る。
仮面兵が作った一瞬の隙へ飛び込み、ブレイカムゼッツァーを振り抜く。
クラウンナイトメアの長い腕が斬り裂かれ、裂けた部分から無数の仮面がこぼれ落ちる。
続けてプラズマブラスターを至近距離で撃ち込むと、巨大な笑顔の仮面の一部が砕けた。
その下から、王馬の声を真似る無数の口が現れた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ。君たちの連携なんて、ただの都合のいい夢だ」
「夢でいい。ここは夢の中だろ」
「にしし、都合のいい夢を味方につけるなんて、悪の総統っぽくていいじゃん」
王馬の軽口に、俺は思わず少しだけ笑いそうになった。
こんな状況で笑える余裕があるのかと言われれば、多分ない。
けれど、その軽口が戻ってきたことが、少しだけ嬉しかった。
王馬は相変わらず面倒くさい。
素直じゃないし、助けられている最中でも人を茶化す。
でも、今の言葉は悪夢に奪われていない。
王馬自身のものとして、ちゃんとここにある。
クラウンナイトメアが悲鳴じみた笑い声を上げた。
「なら全部壊してあげるよ。王様も、総統も、嘘も、舞台も、まとめてぐちゃぐちゃにしてあげる」
巨大な王座が黒く変形し、檻から処刑台へ変わった。
そこから無数の鎖が伸び、俺と王馬を同時に縛ろうとする。
観客席は崩れ始め、仮面人形たちは割れた顔で笑いながら奈落へ落ちていく。
舞台全体が崩壊しながら、なお王馬を空っぽの王として固定しようとしていた。
「王馬、次で決めるぞ。お前の命令で、あいつの逃げ道を潰せ」
「わぁ、すごい雑な作戦。嫌いじゃないけどさ」
「褒めてるのか、それは」
「褒めてるってことにしておけば、君の気分が良さそうだからね」
王馬はそう言いながら、少しだけ息を吸った。
割れた仮面の破片が頬から落ちる。
完全な素顔じゃない。
王馬が全部を見せたわけでもない。
それでも、今この瞬間の王馬は、悪夢の仮面ではなく、自分の笑みを浮かべていた。
「じゃあ、最後の総統命令だよ」
舞台の照明が、王馬へ集まる。
崩れかけた観客席も、壊れた王座も、仮面兵たちも、クラウンナイトメアさえも、その声を聞かずにはいられないみたいに静まった。
「オレの嘘を、オレの敵にしないで。オレの嘘は、オレが使う」
王馬は一度、クラウンナイトメアをまっすぐ見た。
その目は怒っていた。
でも、それだけじゃない。
自分の嘘が自分を傷つけてきたことも、他人を傷つけてきたことも、全部なかったことにはしない。
それでも、それを他人に奪われることだけは許さない。
そういう目だった。
「だからさ、クラウン。オレの夢から退場してよ」
俺はその言葉へ、ゼッツエクスドリームの全てを重ねた。
「裁定する。今の命令を、王馬小吉の現実として通す」
光が舞台全体へ広がった。
仮面兵がクラウンナイトメアから離れる。
観客の仮面が次々と割れ、ただの紙片になって散っていく。
王座の鎖が砕け、赤い絨毯が床へほどける。
王馬の嘘を材料にしていた舞台装置たちが、一斉にクラウンナイトメアから剥がれていく。
クラウンナイトメアは、初めて孤立した。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ。嘘は現実にならない。嘘つきは空っぽのままじゃなきゃいけない」
「残念でした。空っぽかどうかも、君が決めることじゃないんだよね」
王馬の声が、静かに響いた。
その言葉を聞いて、俺は深く息を吸う。
クラウンナイトメアは、もう舞台そのものではない。
王馬を縛るルールでもない。
ただの悪夢として、俺の前に立っている。
「これで終わりだ、クラウンナイトメア」
「にしし、ちゃんと派手に決めてよ。オレの夢なんだから、地味なのは許さないよ」
「注文が多い総統だな」
俺は跳躍の姿勢を取る。
背中の七色の翼が大きく広がり、金と緑の光が脚部へ集まっていく。
崩れかけた舞台の照明が、今度は俺を裁くためではなく、俺の一撃を照らすために向けられた。
これはクラウンナイトメアの演出じゃない。
王馬自身が取り戻した舞台が、最後の一撃を後押ししている。
『ライズグレートバニッシュ!』
夢の空気が、光に変わる。
俺は七色の翼に押し出されるように、クラウンナイトメアへ向かって飛んだ。
クラウンナイトメアは無数の仮面を広げ、最後まで叫び続ける。
「嘘だ、嘘だ、こんなの、現実じゃない――」
「だから言っただろ」
俺のキックが、巨大な仮面を真正面から貫いた。
「何を現実にするかは、俺たちが決める」
仮面が砕けた。
裂けた笑顔が割れ、泣き顔も、怒り顔も、嘲笑も、すべてが破片になって散っていく。
クラウンナイトメアの身体は紙吹雪へ崩れ、赤黒い舞台が光へ飲まれていく。
最後に残った王冠だけが床へ落ち、からん、と軽い音を立てて消えた。
静寂が訪れた。
あれほどうるさかった拍手も、笑い声も、観客の声も消えている。
残ったのは、崩れかけたカーニバルの残骸と、静かな夜のようなソムニウム世界だけだった。
王馬を縛っていた糸がほどけ、鎖が砂のように崩れる。
王馬は玉座からゆっくり立ち上がり、少しだけふらつきながらも、自分の足で舞台へ降りた。
「……まさか本当に助けられるとは思わなかったよ」
「素直に礼を言う気はないんだな」
「言ったらオレじゃなくなっちゃうじゃん」
「そういうところ、本当に面倒だな」
「にしし、でも万津ちゃんはそういう面倒なの、嫌いじゃないでしょ?」
「勝手に決めるな」
そう返しながら、俺は王馬を見ていた。
王馬はいつものように笑っている。
でも、少しだけ違う。
軽口の奥に、ほんの小さな柔らかさが混ざっている。
それを本人に言えば、きっとまた嫌な顔をして茶化すだろう。
だから言わなかった。
俺は王馬の嘘を全部理解したわけじゃない。
これからも、きっと何度も騙される。
腹が立つこともあるだろうし、何を考えているのか分からなくなることもある。
でも、今日分かったことがひとつある。
王馬の嘘は、ただ空っぽなだけじゃなかった。
それは誰かを遠ざけるためであり、自分を守るためであり、時には自分の舞台を奪わせないための武器でもあった。
ソムニウム世界が崩れ始める。
派手なネオンは薄くなり、サーカステントは霧に溶け、紙吹雪は光の粒へ変わっていく。
現実へ戻る時間だ。
「ねぇ、万津ちゃん」
「何だ」
王馬は少しだけこちらを見て、それからいつもの笑みを浮かべた。
「オレの嘘、あんまり信じすぎない方がいいよ」
「分かってる」
「でも、全部疑うのもやめてね」
俺は思わず眉をひそめた。
「……面倒くさい注文だな」
「にしし、それが王馬小吉だからね」
その言葉が、妙に王馬らしくて、少しだけ安心してしまった。
腹立たしいことに、それもたぶん本音と嘘の中間にある言葉なんだろう。
だから俺は、答えを決めつけずに頷いた。
光が強くなる。
王馬の姿も、舞台も、何もかもが白く溶けていく。
現実へ戻る直前、俺は最後にもう一度だけ思った。
嘘を暴くことだけが、誰かを知ることじゃない。
嘘の奥にある意思を見ようとすることは、きっともっと難しい。
それでも、王馬小吉という面倒な奴と向き合うなら、その面倒さごと見ていくしかないんだろう。
そう思った瞬間、ソムニウム世界は完全に光へ包まれた。