ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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強奪 Part1

 クラウンナイトメアが砕け散ったあと、王馬のソムニウム世界には、ようやく静けさが戻っていた。

 

 あれほど耳障りだった拍手も、仮面観客の笑い声も、王座の鎖が軋む音も、もうどこにもない。

 崩れかけたカーニバルの空には、色褪せた紙吹雪だけがゆっくりと舞っていた。

 さっきまで王馬を縛っていた舞台装置は、役目を失ったみたいに輪郭を薄くして、光の粒になって消えていく。

 巨大なサーカステントも、空っぽの王座も、嘘つき王様の公開裁判と書かれた悪趣味な看板も、全部が夢の終わりに飲まれていた。

 

 俺はゼッツエクスドリームの姿のまま、崩れていく舞台の中央に立っていた。

 クラウンナイトメアを撃破した反動が、まだ全身に残っている。

 けれど、現実で戦った時とは少し違う疲れだった。

 身体を削られたというより、誰かの心の奥へ踏み込み、その奥にあったものを無理やり抱えて戻ってきたような重さがある。

 

 その少し先で、王馬がこちらを見ていた。

 

「……にしし。まさか本当に助けられるとは思わなかったよ」

 

 いつもの笑い方だった。

 けれど、その声にはほんの少しだけ、さっきまでとは違う柔らかさが混ざっていた。

 それを指摘すれば、また面倒な嘘で誤魔化すだろう。

 だから俺は、そこには触れないことにした。

 

「素直に礼を言う気はないんだな」

 

「言ったらオレじゃなくなっちゃうじゃん。万津ちゃん、そんな王馬小吉が見たいの?」

 

「別に見たくはない」

 

「ひっどいなぁ。助けた相手に対して、その返しは冷たすぎない?」

 

「助けられた側が先に茶化したんだろ」

 

 王馬は肩をすくめた。

 その仕草はいつも通り軽い。

 でも、王座へ縛られていた時のような痛々しさはもうない。

 完全に元通りとは言えないかもしれない。

 それでも、王馬は自分の言葉を取り戻した。

 嘘も、軽口も、総統という面倒な肩書きも、少なくともクラウンナイトメアの手からは取り返せた。

 

 そう思った時だった。

 

「……待て」

 

 胸の奥に、嫌な違和感が走った。

 

 クラウンナイトメアの気配じゃない。

 ナイトメア特有の、心の傷へ絡みつくような悪意とも違う。

 もっと外側から、王馬の夢とは無関係な何かが、この崩れかけたソムニウム世界へ割り込んできたような感覚だった。

 

「何? まだ何か出るの?」

 王馬が眉をひそめる。

「オレの夢、サービス精神旺盛すぎない?」

 

「違う。これはナイトメアじゃない」

 

 言い終えるより早く、崩れかけた舞台の上に白い亀裂が走った。

 

 空が割れる。

 そう表現するしかなかった。

 紫と赤のネオンに染まっていた夢の空間へ、まったく別の白い光が差し込んでくる。

 それはソムニウム世界の内側から生まれたものじゃない。

 外部から無理やり切り開かれた通路だった。

 

 俺は反射的に構えた。

 ゼッツエクスドリームの装甲が、胸元から足先まで緊張するように脈打つ。

 背中の七色の翼も、消えかけていた輪郭をもう一度広げようとした。

 

 白い裂け目の中から、二人の人影が現れた。

 

 一人は、穏やかな雰囲気をまとった男だった。

 落ち着いた目でこの崩壊寸前の夢世界を見渡し、まるで珍しい実験結果でも眺めているみたいに微笑んでいる。

 もう一人は、明るい表情の女だった。

 軽く手を振る仕草は親しげなのに、その視線だけは真っ直ぐ俺の胸元を見ていた。

 

「いやぁ、驚いたよ。聞いてはいたが、ゼッツの力。確かに、とんでもないね」

 

 男が感心したように言った。

 

「本当よねぇ、さすがは人類の新しい希望よね」

 

 女が続ける。

 声だけ聞けば、まるで褒めているようだった。

 けれど、俺の全身はその言葉を警戒しろと訴えていた。

 

「誰だ、お前達は」

 

「うわぁ、今度は知らない天使っぽい人たち?」

 王馬が横から口を挟む。

「万津ちゃん、ほんと変な連中に好かれるね」

 

「好かれてるように見えるか」

 

「少なくとも、普通の相手じゃなさそうなのは分かるよ」

 

 王馬の言葉を聞きながらも、俺は二人から視線を外さなかった。

 二人は崩壊していくソムニウム世界に驚いていない。

 ここが夢の中だと理解している。

 そのうえで、俺の胸元にあるエクスドリームライズカプセムを見ている。

 

 次の瞬間、女の姿が消えた。

 

「っ――!」

 

 反応しようとした時には、もう遅かった。

 胸元に冷たい感触が走る。

 ゼッツエクスドリームの装甲が、内側から悲鳴を上げるようにノイズを散らした。

 俺は咄嗟に腕を伸ばしたが、指先が空を切る。

 

 胸部の中心にあったエクスドリームライズカプセムが、抜き取られていた。

 

「ちょっと、それってかなりまずいやつじゃない?」

 

 王馬の声が、珍しく軽くなかった。

 

 俺は胸元を押さえながら、歯を食いしばる。

 変身が一気に不安定になる。

 金と緑のラインが乱れ、背中の七色の翼が砂嵐のように揺らぐ。

 夢世界の崩壊だけならまだ耐えられた。

 でも、変身の核に近いエクスドリームライズカプセムを奪われたことで、俺の存在そのものがこの世界から弾き出されようとしている。

 

「ごめんねぇ。乱暴にするつもりはないんだけど、これは必要なの」

 

 女は、いつの間にか元の位置へ戻っていた。

 その手には、俺から奪ったエクスドリームライズカプセムが握られている。

 口調は軽い。

 けれど、その手つきに迷いはなかった。

 

「君の力は、すでにこちらの想定を超えている」

 男が静かに告げる。

「だからこそ、先に回収させてもらうよ」

 

「ふざけるな……!」

 

 俺は無理やり一歩踏み出した。

 装甲のあちこちが弾け、金と緑の光が不規則に漏れる。

 それでも、ここで止まるわけにはいかない。

 王馬を救った直後に、何も分からない相手にカプセムを奪われて終われるはずがなかった。

 

「誰だっ……お前達はっ!」

 

 叫びは、崩れかけた舞台に響いた。

 

 男は、少しだけ嬉しそうに目を細めた。

 まるで、その問いを待っていたみたいだった。

 

「そうだね、せっかくだから自己紹介しようか」

 男は穏やかな声で続ける。

「私はミコトル。神に仕えている天使の一人だよ」

 

 続けて女が、奪ったカプセムを軽く掲げる。

 

「私はヒメル!」

 彼女は明るく笑った。

「ごめんねぇ、私達はこれから、これを届けにいかないといけないから、また会おうねぇ!」

 

「待て……!」

 俺は手を伸ばす。

「それを持っていくな!」

 

 しかし、二人との距離は縮まらなかった。

 白い裂け目が二人の周囲を包み込み、俺の踏み込みを夢の崩壊が押し戻す。

 足場がひび割れ、舞台の床が光にほどけていく。

 ゼッツエクスドリームの装甲は、もう完全に維持限界へ近づいていた。

 

「今はまだ、君が持つべきではないという判断だ」

 

 ミコトルの声は、あくまで穏やかだった。

 その穏やかさが、今は何より腹立たしい。

 

「怒らないでよね」

 ヒメルが手を振る。

「たぶん、またすぐ会うことになるんだから」

 

「ヒメル……ミコトル……!」

 

 名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 白い裂け目が閉じていく。

 最後に、ヒメルが笑顔でカプセムを握ったままこちらを見る。

 

「またねぇ、ゼッツ!」

 

「次に会う時、君がどんな答えを出すのか楽しみにしているよ」

 

 ミコトルの言葉を最後に、二人の姿が光の向こうへ消えた。

 

 その瞬間、ソムニウム世界の崩壊が一気に加速した。

 サーカステントが光になり、観覧車が輪郭を失い、王馬の夢の残骸が白く溶けていく。

 ゼッツエクスドリームの装甲も耐えきれず、胸元からほどけ始めた。

 

「万津ちゃん!」

 

 王馬の声が聞こえた。

 俺は振り返ろうとしたが、視界がもう白く染まり始めている。

 王馬も、崩れる舞台も、消えていく紙吹雪も、全部が遠ざかっていく。

 

 次の瞬間、俺は現実へ叩き戻された。

 

「っ……!」

 

 身体が跳ねるように起き上がる。

 呼吸が荒い。

 胸元に手を当てる。

 そこにあるはずの感触がない。

 

 エクスドリームライズカプセムが、消えていた。

 

 隣で王馬も目を覚ましていた。

 少しだけぼんやりした顔をしていたが、すぐにいつもの笑みを浮かべようとして、途中でやめる。

 さすがに、今の出来事を軽口だけで片づける気にはなれなかったらしい。

 

「……ねぇ、万津ちゃん」

 

「何だ」

 

「今の天使さんたち、絶対ろくでもないよね」

 

「分かってる」

 

 俺は空になった胸元を押さえたまま、強く歯を噛んだ。

 

 王馬は救えた。

 クラウンナイトメアも倒した。

 それなのに、終わったはずの夢の最後で、俺たちは新しい敵に奪われた。

 ヒメルとミコトル。

 神に仕える天使を名乗る二人。

 そして、エクスドリームライズカプセムを届けに行くと言った相手。

 

 嫌な予感しかしなかった。

 

 王馬のソムニウム世界での戦いは終わった。

 けれど、それは本当の終わりじゃない。

 むしろ、ゼッツエクスドリームの力を巡る新しい争いが、今この瞬間から始まってしまったのだと、俺ははっきり理解していた。

 

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