ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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強奪 Part2

 現実へ戻った瞬間、最初に感じたのは床の硬さだった。

 

 ソムニウム世界の崩壊に飲まれて、白い光に叩き出されるように意識が戻ったせいか、身体の感覚が少し遅れて追いついてくる。

 肺へ空気が入る。

 指先が動く。

 視界の端で、王馬が同じように目を覚ましているのが見えた。

 そして、その次に俺は、自分の胸元を掴んでいた。

 

「……カプセムは……!」

 

 ソムニウム世界の最後、ヒメルとミコトルは確かにエクスドリームライズカプセムを奪った。

 胸の中心から引き剥がされた感触が、まだ生々しく残っている。

 あれは夢の中の幻覚なんかじゃない。

 ゼッツエクスドリームの装甲が乱れ、存在そのものを夢世界から弾き出されるような感覚まであった。

 

 けれど、胸元を探った指先は、そこに硬い感触を見つけた。

 

「……ある」

 

 エクスドリームライズカプセムは、ちゃんとそこにあった。

 現実の俺の手元に、何事もなかったみたいに残っている。

 一瞬、安堵しかける。

 でもすぐに、その安堵は喉の奥で引っかかった。

 

 無事だ。

 けれど、無事なだけだ。

 

「にしし……あれ? ちゃんと残ってるじゃん」

 

 隣で王馬が身体を起こしながら、いつもの調子に近い声を出した。

 ただ、完全にいつも通りではない。

 ソムニウム世界でクラウンナイトメアに追い詰められた直後だからか、それともヒメルとミコトルの乱入が効いているのか、笑いの奥に少しだけ警戒が混ざっている。

 

「じゃあ、さっきの天使さんたち、ただの脅かしだったのかな?」

 

「いや、違う」

 

 俺はカプセムを握ったまま首を振った。

 

「確かに奪われた感覚があった。あれは幻じゃない」

 

「うわぁ、面倒なやつだ」

 王馬は肩をすくめる。

「見た目は残ってるのに、何か盗まれたってこと?」

 

「分からない。だから調べる」

 

 そう言って立ち上がろうとした瞬間、身体が少しだけ揺れた。

 王馬がこちらを見て、口元だけで笑う。

 

「ねぇ、万津ちゃん。オレを助けた直後に新しいトラブル引くとか、運悪すぎない?」

 

「それは否定できない」

 

「超高校級の不運って、こういう時に説得力あるよね」

 

「感心するな」

 

 軽口を返しながらも、頭の中ではヒメルとミコトルの言葉が何度も反響していた。

 

 人類の新しい希望。

 これを届けにいかないといけない。

 また会おうね。

 次に会う時、君がどんな答えを出すのか楽しみにしている。

 

 あいつらは、ただ盗みに来たわけじゃない。

 自己紹介までして、名前を残した。

 まるで、俺に覚えさせるためみたいに。

 それが挑発なのか、宣告なのか、あるいはもっと別の意味があるのかは分からない。

 けれど、放っておける相手じゃないことだけは確かだった。

 

 俺たちはすぐに本部へ戻った。

 王馬の状態も完全には安心できなかったが、本人は「オレを病人扱いすると悪の組織が黙ってないよ」と言い張ってついてきた。

 正直に言えば、あいつが一緒にいてくれるのは助かった。

 あの場でヒメルとミコトルを見たのは、俺だけじゃない。

 王馬も見ている。

 軽口ばかりの証言でも、ないよりはずっといい。

 

 本部に着くと、日菜は俺の顔を見た瞬間に眉をひそめた。

 

「……また厄介事を持って帰ってきた顔っすね」

 

「否定しない」

 

「その即答、嫌な予感しかしないっす」

 

 俺はエクスドリームライズカプセムを日菜へ渡した。

 日菜はいつもの軽い調子を消し、端末へ接続するための専用ケースにカプセムを収める。

 作業台の上へ複数のモニターが展開され、カプセムの内部構造とログが次々に表示された。

 

「ソムニウム世界で外部干渉っすか……」

 日菜は画面を睨みながら言う。

「しかも現実ではカプセム本体は残ってる。これ、かなり嫌なパターンっすよ」

 

「調べられるか?」

 

「調べるしかないっす」

 日菜の指が端末の上を滑る。

「エクスドリームの中身を勝手に触った相手がいるなら、放置は無理っすよ」

 

 画面には最初、異常なしの表示が並んでいた。

 外装破損なし。

 変身機構の中核反応も正常。

 エネルギー蓄積にも、大きな欠損は見られない。

 見た目だけなら、本当に何もなかったように思える。

 

 けれど、日菜の表情が途中で変わった。

 

「……あれ?」

 

「どうした」

 

「外装も機能も無事っす」

 日菜はモニターの一部を拡大する。

「でも、内部にアクセスされた痕跡があるっす」

 

 室内の空気が一段冷えた気がした。

 

「アクセス?」

 

「はい。しかも表層じゃないっす」

 日菜はさらに深い階層のログを開く。

「普通の解析なら絶対に触れない場所っす。夢干渉、境界裁定、カプセム連動、そのあたりに関わる深い部分へ、短時間だけ外部接続されてるっす」

 

 王馬が横から覗き込んで、わざとらしく口笛を吹いた。

 

「へぇ。つまり盗まれたのは財布じゃなくて、暗証番号ってこと?」

 

「かなり雑な例えっすけど、近いっす」

 日菜は目を離さないまま答える。

「いや、もっと悪いかもしれないっす。暗証番号どころか、設計思想の一部を読まれてる可能性があるっす」

 

「……本体じゃなくて、中身を持っていかれたのか」

 

 俺が呟くと、日菜は短く頷いた。

 

「コピーっす」

「エクスドリームライズカプセムの内部データ、その一部が抜かれてるっす」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ソムニウム世界で胸元からカプセムを奪われた感覚が、別の意味を持ち始めた。

 ヒメルとミコトルは、現実のカプセムを奪うつもりじゃなかった。

 夢世界でゼッツエクスドリームに接触し、その瞬間に中核情報だけを抜いた。

 だから現実のカプセムは残っている。

 でも、盗まれたものは確かにある。

 

「届けにいく、って言ってたな」

 

 王馬がぽつりと言った。

 その声は軽いけれど、目は笑っていない。

 

「つまり、あの天使さんたちはカプセムそのものが欲しかったんじゃなくて、カプセムの中身を誰かに渡したかったってことだよね」

 

「その可能性が高いっす」

 日菜が別のログを開く。

「現物を奪えばすぐに追跡される。けど、データコピーなら気づくまで時間を稼げるっす」

 

「でも、あいつらは名乗った」

 

 俺はモニターを見つめながら言った。

 

「ヒメルとミコトル。わざわざ名前を残していった。俺が気づく前提で動いてた気もする」

 

「にしし、挑発だったりしてね」

 王馬が笑う。

「“こっちはもう取るもの取ったよ”っていう、嫌なご挨拶」

 

 その可能性はある。

 でも、それだけじゃない気がした。

 ミコトルの穏やかな目。

 ヒメルの明るい声。

 あいつらには、ただの泥棒や敵とは違う、どこか使命感みたいなものがあった。

 自分たちが正しいことをしていると、疑っていない目だった。

 

 そこで、俺の中にひとつの言葉が浮かんだ。

 

「……教祖が言ってた」

 

 日菜が手を止める。

 

「教祖って、あの時の……?」

 

「ああ」

 俺はゆっくり頷いた。

「旧希望ヶ峰学園の関係者が、人類をカムクライズルにしようとしてるって」

 

 王馬の笑みが少しだけ薄くなる。

 

「うわぁ、ここでその話に繋がるんだ」

「悪趣味な物語構成だね」

 

「ヒメルとミコトルは、俺のことを“人類の新しい希望”って言った」

 俺は続ける。

「あいつらが持っていったデータが、もしその計画に使われるなら……」

 

 日菜の表情が険しくなった。

 

「ゼッツエクスドリームの境界裁定能力を、人類改変に転用する可能性があるっす」

 

 その言葉は、あまりにも重かった。

 

 ゼッツエクスドリームの本質。

 夢と現実の境界を壊し、再定義する力。

 何を夢とし、何を現実とするかを裁定する力。

 王馬のソムニウム世界では、その力で嘘の奥にある意思を現実として通した。

 けれど、その力がもし、人間の自己認識や才能の定義を書き換えるために使われたら。

 

 人は、人のままでいられるのか。

 

 教祖の声が、また耳の奥で蘇る。

 

 終焉より恐ろしい。

 人が人でなくなる。

 未完成である自由も、迷う権利も、弱さも、選ぶことも、全部奪われる。

 

「このコピー、観測目的だけじゃないっす」

 

 日菜が低く言った。

 

「構造を再現するための抜き方に見えるっす」

 

「再現……」

 

「つまり、向こうはエクスドリームライズカプセムそのものを作る気かもしれない」

 日菜は画面を切り替える。

「あるいは、それに似た何かを作る気っす」

 

「天使がゼッツの模造品を作るとか、嫌な予感しかしないね」

 

 王馬が軽く言ったが、その声にはいつもの楽しげな響きは薄かった。

 

「模造品で済めばいい」

 

 俺はカプセムを見つめる。

 

「もし人類全体を変えるために使うなら、そんな規模じゃ終わらない」

 

 沈黙が落ちた。

 本部の機械音だけが、小さく鳴っている。

 王馬を救ったばかりなのに、安心している暇なんてなかった。

 クラウンナイトメアとの戦いは終わった。

 でも、その終わり際に現れた天使たちは、明らかにもっと大きな計画の入り口を開いていった。

 

「で、どうするの? 万津ちゃん」

 

 王馬がこちらを見る。

 

「相手は天使名乗って、夢の中からデータ泥棒してくる連中だよ」

 

「調べる」

 俺は即答した。

「ヒメルとミコトルが誰に届けるつもりなのか」

「何のためにエクスドリームのデータを使うのか」

 

「こっちでも防御プログラムを組み直すっす」

 日菜が力強く言う。

「次に夢世界で接触された時、同じ抜き方はさせないっすよ」

 

「にしし、頼もしいねぇ」

 王馬はいつもの笑みを浮かべる。

「じゃあオレも協力してあげようかな。嘘かもしれないけど」

 

「どっちでもいい」

 俺は王馬を見た。

「今は、お前が見たものも聞いたものも必要だ」

 

 王馬は一瞬だけ黙った。

 それから、困ったように笑う。

 

「……そういう返し、ずるいよね」

 

「お前ほどじゃない」

 

「それはそう」

 

 その時、日菜が小さく息を呑んだ。

 

「……万津君、これ見てくださいっす」

 

「何だ」

 

「コピー痕跡に、識別子が残ってるっす」

 日菜がモニターの一部を拡大する。

「天使の羽根みたいなパターン……でも、コード体系は希望ヶ峰学園の旧研究ログに近いっす」

 

 画面には、白い羽根を思わせる暗号列が浮かんでいた。

 その下には、古い希望ヶ峰学園の研究資料で使われていたらしい識別コードに似た文字列が並んでいる。

 偶然にしては、あまりにも出来すぎていた。

 

「やっぱり、繋がってるのか」

 

 俺が呟くと、王馬が肩をすくめた。

 

「天使と希望ヶ峰とカムクライズル計画ねぇ」

「にしし、嘘みたいな組み合わせだけど、今回は嘘じゃなさそうだ」

 

 胸元のエクスドリームライズカプセムを見る。

 本体はここにある。

 でも、その中身の一部はすでに奪われた。

 そして、そのデータはたぶん、教祖が恐れた計画へ向かっている。

 

 俺はカプセムを握りしめた。

 

「ヒメル、ミコトル……」

 

 名前を口にしただけで、ソムニウム世界の白い裂け目が脳裏に蘇る。

 

「次に会った時は、必ず問い詰める」

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