ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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強奪 Part3

 寮の部屋へ戻った時には、もう何を考えているのか自分でも分からなくなっていた。

 

 日菜の解析で分かったのは、エクスドリームライズカプセムの本体は無事でも、その内部データの一部は確かに抜き取られているという事実だった。

 ヒメルとミコトルを名乗った二人は、ソムニウム世界の崩壊直前に現れ、俺の胸元からカプセムを奪ったように見せかけて、実際にはその奥にあるデータだけをコピーしていった。

 しかも、その痕跡には天使の羽根のような識別子と、旧希望ヶ峰学園の研究ログに似たコード体系が残されていた。

 

 天使。

 旧希望ヶ峰学園。

 カムクライズル計画。

 人類の新しい希望。

 それらの単語が、頭の中で何度も繋がりかけては、肝心なところで途切れていく。

 

「……くそ」

 

 ベッドへ腰を下ろした瞬間、身体が自分のものではないみたいに重く感じた。

 王馬のソムニウム世界へ入り、クラウンナイトメアと戦い、あいつの嘘の奥にある意思を拾い上げた。

 その直後に現れたヒメルとミコトルに、今度はエクスドリームのデータを盗まれた。

 休む暇なんてなかったし、考えるべきことは増える一方だった。

 

 枕元に置いたエクスドリームライズカプセムを、俺はしばらく見つめていた。

 本体はここにある。

 それは確かだ。

 けれど、中身の一部はもう誰かの手に渡っている。

 見た目だけが無事で、肝心なものを抜かれた感覚は、どうにも気味が悪かった。

 

「少しだけ……休む」

 

 そう呟いたのは、自分に言い訳をするためだったのかもしれない。

 まだ考えなければいけない。

 日菜の追加解析も待たなければならない。

 王馬が見たものや聞いたものも、もう一度整理する必要がある。

 それでも、まぶたを閉じた瞬間、身体は俺の命令を聞かなかった。

 

 意識が沈む。

 音が遠ざかる。

 部屋の天井も、カプセムの光も、指先の感覚も、ゆっくりと闇に溶けていく。

 

 眠りに落ちる直前、耳元であの声が蘇った。

 

 ――人類全体を、カムクライズルへ作り替えようとしている。

 

 教祖の声だった。

 

 次に目を開けた時、そこは寮の部屋ではなかった。

 

 黒い空間だった。

 けれど、完全な闇ではない。

 足元には薄い水面のような床が広がり、そこに俺の姿と、いくつもの記憶の断片が揺らめいていた。

 ドォーンとの激突。

 教祖が機能停止した瞬間。

 王馬の悪夢のカーニバル。

 ヒメルとミコトルが現れた白い裂け目。

 それらが水面に映り、波紋が走るたびに歪んで消えていく。

 

「……ここは、ソムニウムじゃないのか」

 

 声に出してみても、返ってくるのは静かな反響だけだった。

 誰かの夢に入った時のような悪意はない。

 ナイトメアが作る歪んだ舞台でもない。

 むしろ、ここは俺自身の中にある記録の置き場みたいだった。

 忘れられず、整理しきれず、積み上がったものが、夢の形を取っているような空間だった。

 

 その水面の向こうに、人影が立っていた。

 

 最初は、誰なのか分からなかった。

 けれど、その輪郭が少しずつ鮮明になった瞬間、俺は反射的に身構えた。

 

「……お前、どうしてここにいる」

 

 そこにいたのは、下辺零だった。

 終天教団の教祖。

 あの時、俺の腕の中で機能停止したはずの男だった。

 

 零は、現実で見た時と同じ穏やかな表情をしていた。

 けれど、よく見れば身体の輪郭は少しだけ揺れている。

 まるで映像にノイズが混じっているみたいに、時折その姿が淡く欠けて、また戻る。

 生きている人間とは違う。

 それでも、ただの幻にしては声も視線もはっきりしすぎていた。

 

「やあ、万津君。夢の中で再会するなんて、少し不思議な気分だね」

 

「ふざけるな。お前はあの時、機能停止したはずだ」

 

「そうだね。僕の仮の体は、確かに停止した。そこについては、君の認識で間違いないよ」

 

「だったら、今ここにいるこれは何だ」

 

 問い詰める声が、自分でも分かるくらい鋭くなった。

 当然だ。

 敵だった男が、死んだはずの男が、自分の夢の中にいる。

 そんなことを平然と受け入れられるほど、俺は落ち着いていなかった。

 

 零は少しだけ困ったように笑った。

 

「完全に消えたわけではなかったらしい。正確に言うなら、僕そのものではないよ」

 

「何を言ってる」

 

「君にあの真実を伝えた時、僕の残留データの一部が君の中へ流れ込んだようだ」

 

 その言葉に、俺は一瞬だけ息を止めた。

 

「俺の中に……お前のデータが?」

 

「うん。正確には、記憶と警告と、いくつかの未処理情報が混ざった残響のようなものだね」

 

「残響にしては、ずいぶんはっきり喋るんだな」

 

「そこは、僕が教祖だった名残ということにしておこうか」

 

 零は軽く笑った。

 だがその直後、身体の輪郭が大きく乱れた。

 肩から先が一瞬だけ崩れ、細かな光の粒になって散りかける。

 すぐに元へ戻ったが、その姿が安定した存在ではないことは、嫌でも分かった。

 

 俺は拳を握った。

 

「勝手に人の中に残るなよ」

 

「それについては謝るよ。僕としても、こういう形で残るつもりはなかった」

 

「信じろって言うのか。お前の言葉も、お前がここにいる理由も」

 

「信じるかどうかは君が決めればいい。僕はもう、君に命令できる立場ではないからね」

 

 その言い方が、妙に引っかかった。

 教祖としての言葉ではない。

 敵としての誘いでもない。

 ただ残ったデータが、自分にできることだけをしようとしている。

 そういう声に聞こえた。

 

 だからこそ、余計にやりづらい。

 

「お前は最後に、旧希望ヶ峰学園の関係者が人類をカムクライズルにしようとしていると言った」

 

「ああ、言ったね」

 

「それは本当なんだな」

 

「少なくとも、僕が知る限りではね」

 

 零の声は静かだった。

 嘘をついている温度ではない。

 けれど、だから安心できるわけではなかった。

 本当なら、なおさら最悪だ。

 

 俺はヒメルとミコトルの顔を思い出す。

 白い裂け目から現れ、俺の力を観察し、エクスドリームライズカプセムの内部データを抜き取っていった二人。

 神に仕える天使を名乗り、人類の新しい希望などと口にした連中。

 

「ヒメルとミコトルを知っているのか」

 

 俺が問うと、零は少しだけ目を伏せた。

 その仕草だけで、答えはほとんど分かった。

 

「知っているよ。少なくとも、彼らがただの天使ではないことはね」

 

「なら話せ。あいつらは何者だ。エクスドリームのデータを、どこへ届けるつもりなんだ」

 

「焦らないでほしい。彼らについて話すには、前提から説明する必要がある」

 

「前提?」

 

「君が“天使”という呼び名をどう受け取るか、そこから話さなければいけない」

 

 零がそう言った瞬間、黒い空間の奥に白い羽根のような光が浮かび上がった。

 それは神聖なものに見えるほど綺麗だった。

 けれど、水面に映ったその光の下には、旧希望ヶ峰学園の研究ログに似た文字列が広がっていく。

 白い羽根と、無機質な研究コード。

 その二つが同じ場所に並んでいるだけで、胸の奥が冷たくなった。

 

「彼らについて話すなら、まず前提から始めよう」

 

 零は俺を見た。

 

「天使とは、救いの象徴であると同時に、人間を人間のままにしておかないための名前でもある」

 

 その言葉の続きを聞こうとして、俺は無意識に息を呑んだ。

 眠りの中だというのに、心臓の音だけは妙にはっきり聞こえていた。

 ヒメルとミコトル。

 天使を名乗る二人。

 そして、教祖が恐れた計画。

 それらの正体に、ようやく手が届きかけていた。

 

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