ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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強奪 Part4

 白い羽根の光が、水面の上でゆっくりと揺れていた。

 

 それは神聖なものに見えるほど綺麗だった。

 けれど、その下に浮かぶ文字列はあまりにも冷たく、旧希望ヶ峰学園の研究ログを思わせる無機質な記号が、黒い水面へいくつも広がっていた。

 天使。

 研究記録。

 希望。

 才能。

 本来なら同じ場所に並ぶはずのない言葉が、今はひとつの線で結ばれているように見える。

 その事実だけで、俺の胸の奥は嫌な重さを増していった。

 

「天使が、人間を人間のままにしておかないための名前だって、どういう意味だ」

 

 俺が問い詰めると、教祖は静かにこちらを見た。

 夢の中に残ったデータの残響だというのに、その目だけは妙にはっきりしている。

 現実で機能停止した時と同じ穏やかさを湛えていて、それが逆に、今から告げられる話の重さを予感させた。

 

「そのままの意味だよ、万津君。彼らは人類を救おうとしているけれど、その救い方があまりにも歪んでいる」

 

「救うって言葉で片付けられるなら、あいつらは夢の中でカプセムのデータなんか盗まないだろ」

 

「その通りだね。だからこそ、君には彼らの目的を正しく知ってもらう必要がある」

 

 教祖の声と共に、水面に映る白い羽根が広がった。

 その羽根はすぐに無数の回路図へ変わり、さらに脳の断面図のような形へ変形する。

 夢の中だからこそ、それがただの映像ではなく、何かの概念を直接見せられているのだと分かった。

 

「天使達の目的は、夢を通じて全人類へ干渉することだ」

 

「夢を通じて、人類へ干渉するって……まさか、ソムニウム世界を使うつもりなのか」

 

「近いね。彼らは夢という無防備な領域を通じて、人間の内側へ直接触れようとしている」

 

 夢。

 その言葉を聞いた瞬間、王馬のソムニウム世界が脳裏に蘇った。

 嘘が舞台になり、言葉が命令になり、仮面が本音を塞いでいたあの世界。

 夢の中では、人の内側が形になる。

 だからこそ、そこに干渉できるなら、人間そのものを変えられる可能性がある。

 そう理解した瞬間、俺は喉の奥が冷えるのを感じた。

 

「それで何をするつもりなんだ。人類を操るとか、支配するとか、そういう話なのか」

 

「支配という言葉では、まだ足りない」

 

 教祖は、まるで言葉を選ぶように一度だけ目を伏せた。

 その沈黙が、答えの酷さを物語っていた。

 

「彼らは全人類を、カムクライズルへ書き換えようとしている」

 

 水面に、黒い人影が浮かび上がった。

 人間の形をしている。

 けれど、そこには表情がない。

 怒りも、喜びも、迷いも、恐怖もない。

 完成されているようで、同時に、空っぽだった。

 

「……全人類を、カムクライズルに?」

 

 自分の声がかすれているのが分かった。

 希望ヶ峰学園が生んだ、才能の極致。

 人類の希望として作られた、あらゆる才能を備えた万能の天才。

 その言葉だけを聞けば、誰かは理想だと言うのかもしれない。

 才能が足りないから苦しむ。

 力が足りないから失う。

 選ばれなかったから絶望する。

 ならば全員を才能に満ちた存在にすればいい。

 そんな理屈は、確かにどこかでは成立してしまうのかもしれない。

 

 けれど、俺はその黒い人影を見て、どうしても希望だとは思えなかった。

 

「全人類を天才にするって聞けば、響きだけなら理想みたいに聞こえる」

 

「だから恐ろしいんだよ。理想の皮を被っているからこそ、その内側にある喪失が見えにくい」

 

「カムクライズルになるってことは、ただ才能を増やすだけじゃないんだな」

 

「そうだね。あらゆる才能を備えた万能の天才になる代わりに、人間として必要な多くのものが削られていく」

 

「削られるって、何が消えるんだ」

 

 答えを聞きたくないと思った。

 けれど、聞かなければならなかった。

 ヒメルとミコトルが、エクスドリームのデータを持っていった理由。

 教祖が最後に俺へ託した言葉。

 その全部が、ここへ繋がっている。

 

「才能の獲得に邪魔となり得る思考、感情、感性、趣味、そして記憶。そういったものが欠落し、あるいは封印される」

 

 水面の黒い人影から、色が剥がれ落ちていった。

 笑っていた誰かの記憶が、薄い紙片のように消える。

 好きだったものに手を伸ばす感覚が、透明な泡になって弾ける。

 悩み、迷い、悔しさ、愛着、くだらないこだわり、誰かと交わした約束。

 そんなものが、才能の発現を邪魔する不純物として剥ぎ取られていく。

 

 万能の天才になる。

 けれど、そのために自分を作っていたものが失われる。

 それは、強くなるというより、削られるという言葉の方がずっと近かった。

 

「その先にあるのは、すべての人間が万能の天才になった世界だ」

 

「全員が才能を持っているなら、争いも不幸もなくなるって、あいつらは考えてるのか」

 

「おそらくね。才能の不足が不幸を生むなら、すべての人間に才能を与えればいいと考えているのだろう」

 

「でも、その代わりに人間らしさが消えるなら、それは救いじゃない」

 

「その通りだよ。才能だけが残り、感情も趣味も記憶も封じられた人間は、もはや安定した人格を保てない」

 

「万能の天才なのに、人格は不安定になるのか」

 

「万能だから安定するのではない。むしろ、人間を支えていた余白を失うから、不安定になるんだ」

 

 水面に、無数の人影が並んだ。

 誰もが同じように立っている。

 誰もが優れた能力を持っているのだろう。

 けれど、誰も笑わない。

 誰も泣かない。

 誰も立ち止まらない。

 全員が同じ方向を向き、同じ速度で歩いている。

 完璧に整った行進。

 それは不気味なほど美しく、吐き気がするほど冷たかった。

 

「お前が言っていた、終焉より恐ろしいっていうのは、このことだったのか」

 

「そうだよ。終焉は、世界が終わることだ」

 

「でも、天使達の計画は世界を終わらせるわけじゃない」

 

「むしろ世界は残る。街も、学校も、社会も、人間の形をした存在も残り続ける」

 

「けど、中身が別物になる」

 

「その通りだね。人類は死なないまま、人間であるための揺らぎを失う」

 

 人間であるための揺らぎ。

 その言葉が、やけに深く刺さった。

 不安。

 迷い。

 好き嫌い。

 意味のない趣味。

 誰かを理解できずに苛立つこと。

 それでも近づこうとすること。

 失敗して、後悔して、それでももう一度選び直すこと。

 そういう不完全なものを全部削ぎ落とした先に、完全な天才だけが残る。

 

 それは、人間なのか。

 

「迷うことも、悩むことも、好き嫌いも、記憶も、全部いらないものにされるのか」

 

「天使達にとっては、それらは才能の発現を妨げる不純物なのだろう」

 

「……ふざけるなよ」

 

 声が、低く漏れた。

 自分でも驚くくらい、怒りより先に恐怖があった。

 世界を壊す敵なら、まだ分かる。

 奪う敵なら、まだ戦う理由を作りやすい。

 けれど、あいつらはきっと、自分たちを悪だとは思っていない。

 人間を完成させる。

 才能を与える。

 不幸をなくす。

 そう信じて、人間から人間らしさを奪おうとしている。

 

「だからあいつらは、エクスドリームのデータを持っていったのか」

 

「君の力は、夢と現実の境界を裁定する。何を夢とし、何を現実とするかを選び直す力だ」

 

「その力を、人間の内側を書き換えるために使うつもりなのか」

 

「そう考えるのが自然だね。夢の中で才能の定義を書き換え、その結果を現実の人間へ反映させる」

 

 王馬の夢で、俺は嘘の奥にある意思を現実として通した。

 それは王馬を救うためだった。

 でも同じ仕組みを悪用すれば、人間の内側にある何かを別の形へ裁定し直せる。

 感情を不要なものとし、才能を現実とする。

 記憶を封印し、能力だけを残す。

 夢の中でそう決められたものが、現実の人間へ反映される。

 考えただけで、背筋に冷たいものが走った。

 

「そんなもの、人を救う力じゃないだろ」

 

「彼らは救いだと信じている。信じているからこそ、止まらない」

 

 白い羽根の光が、俺の胸元にあるエクスドリームライズカプセムの形と重なった。

 その光は一瞬だけ金色に見え、すぐに黒く染まり、才能を示す無数の文字列へ分解されていく。

 それは俺が使ってきた力の、最悪の使い道だった。

 

「それが実現したら、人類はどうなるんだ」

 

「すべての人間が、万能の天才になる。けれど、その誰もが、本来の自分を失っている」

 

「それは……生きてるって言えるのか」

 

「形だけなら生きている。けれど、人間として生きているかどうかは、君の感じた通りだ」

 

「……終わるより、ずっと悪い」

 

 その言葉を口にした瞬間、足元の水面が凍りついたように静止した。

 波紋も、映像も、すべてが止まる。

 胸の奥から冷たいものが広がって、背骨をなぞるように上がっていく。

 寒いわけではない。

 夢の中だから温度なんてないはずだ。

 それでも、俺の背筋は確かに凍っていた。

 

 世界が滅びるなら、まだ終わりとして理解できる。

 そこには破壊があり、喪失があり、最後がある。

 けれど天使達の計画は、終わりを与えない。

 人間の形を残したまま、人間だったものを内側から消していく。

 笑う理由も、泣く理由も、迷う自由も、誰かを好きになる感覚も、好きだったことを覚えている記憶さえも、才能の邪魔だと封じられる。

 

 それは死ではない。

 だからこそ、死より恐ろしい。

 

「だから僕は言ったんだよ。これは終焉よりも恐ろしいと」

 

 教祖の声は、静かだった。

 責めるでもなく、煽るでもなく、ただ事実を置く声だった。

 

「……ヒメルとミコトルは、それを本気で救いだと思ってるのか」

 

「そうだろうね。彼らにとって、人間を完成させることは罪ではなく、使命なのだろう」

 

「完成なんかじゃない。それは、人間を消すのと同じだ」

 

「君がそう思えるなら、まだ止める理由はある」

 

 教祖の姿が、また少しだけ揺らいだ。

 残留データ。

 残響。

 そう言っていた通り、彼はいつまでもここにいられる存在ではないのだろう。

 それでも、今告げられた話は、消えることなく俺の中に残った。

 

 俺は凍りついた水面の上で拳を握った。

 ヒメルとミコトル。

 天使を名乗る二人。

 エクスドリームのデータを持ち去り、全人類を万能の天才へ書き換えようとする計画。

 その規模は、今までのどの戦いより大きい。

 怖いと思った。

 背筋が凍るほどに。

 

 それでも、止めなきゃいけない。

 

 未完成であること。

 迷うこと。

 失敗すること。

 好きなものを持つこと。

 忘れたくない記憶を抱えて生きること。

 それらを全部邪魔だと言う救いなんて、認めるわけにはいかなかった。

 

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