ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
黒い水面の上で、完成と終焉の幻影が揺れていた。
左には、白い羽根の光に導かれる無表情な天才たちが並んでいる。
誰もがあらゆる才能を持ち、誰もが迷いなく歩いているはずなのに、その瞳には何も映っていない。
右には、静かに灯りが消えていく夜が広がっている。
誰も叫ばず、誰も苦しまない代わりに、世界そのものが眠るように終わっていく景色だった。
その中央に、俺は立たされていた。
天使達の完成か。
教祖の終焉か。
どちらも救いを名乗っている。
けれど、どちらも人間をそのまま残してはくれない。
人を万能の器へ作り替えるか、苦しむ前に安らかに終わらせるか。
そんなものを選べと言われているみたいで、胸の奥が重く沈んでいた。
「苦しそうだね、万津君」
教祖は静かに言った。
その姿は今にも崩れそうな残留データのはずなのに、声だけは妙にはっきりしていた。
現実で聞いた時と同じように、落ち着いていて、穏やかで、だからこそ余計に腹が立つ。
「当然だよ。これは簡単に答えを出せる問いではないからね」
「……そんな問いを、当たり前みたいに置くなよ」
「当たり前ではないよ」
教祖は少しだけ目を伏せた。
「ただ、人類の未来は、もう優しい問いだけで進める段階ではないということだ」
その言葉に、俺はすぐ反論できなかった。
優しい問いだけでは進めない。
それは、多分どこかでは本当なのだろう。
でも、だからといって、残酷な選択肢だけを並べて、それを現実だと呼ぶのは違うはずだった。
「ところで、万津君」
教祖が、ふいに声の調子を変えた。
「君は、僕の話が嘘だとは感じないのかな」
「……何?」
「僕は君の敵だった」
教祖は淡々と続ける。
「終天教団の教祖で、人類の終焉を望んだ存在だ」
「そんな僕が、天使達の恐ろしさを語り、自分の思想を説明している」
「都合のいい誘導だとは思わないのかな」
足元の水面に、過去の教祖の姿が映った。
ドォーンを背にして立つ姿。
俺へ完成を差し出した時の表情。
最後に耳元で真実を囁き、機能停止した時の顔。
どれも敵の姿だった。
けれど、どれも単純な嘘つきの顔には見えなかった。
「お前の言ってることを、全部信じたいわけじゃない」
「だろうね」
「でも、お前はたぶん嘘をついてない」
俺は、ゆっくり言葉を選んだ。
「少なくとも、自分が信じていることについてはな」
教祖は、少しだけ目を細めた。
「どうしてそう思うんだい」
「お前は間違ってる」
俺ははっきり言った。
「人類に安らかな死を与えるなんて、俺は絶対に認めない」
「天使達の完成も、お前の終焉も、どちらも救いだとは思わない」
「でも、お前はその間違いを本気で救いだと思っている」
言いながら、胸の中が嫌な形で軋んだ。
敵を理解するのは怖い。
理解したからといって許せるわけではない。
けれど、理解しないまま殴ればいい相手ではないことを、俺はもう知ってしまっている。
「だから、今ここで俺を騙すために話してるとは思えない」
教祖はしばらく黙っていた。
その表情は、感心しているようにも、困っているようにも見えた。
「君は、やはり厄介だね」
「褒めてるようには聞こえないな」
「褒めているよ」
教祖は薄く笑った。
「少なくとも、僕にはできなかった見方だ」
その言葉の真意を考える前に、俺は次の問いを口にしていた。
「なら聞く」
「三つ目の選択肢はないのか」
「三つ目?」
「ああ」
俺は左右に広がる幻影を見た。
「人間を人間じゃなくするでもない」
「人間を終わらせるでもない」
「迷って、苦しんで、それでも生き残る道はないのか」
黒い水面が、静かに揺れた。
左の天才たちは無表情のまま歩き続け、右の終焉の夜は少しずつ灯りを消していく。
そのどちらも、俺の問いに答えてはくれなかった。
教祖はすぐには答えなかった。
少し困ったように笑い、まるで子供の夢を否定する大人みたいな顔をする。
その顔が、妙に胸に引っかかった。
「残念ながら、そんな答えはないよ」
教祖の声は優しかった。
優しいからこそ、突き放すように聞こえた。
「選択肢は、いつも残酷だからね」
俺は何も言わなかった。
「完成を拒めば、人類は苦しみながら先細っていく」
「終焉を拒めば、天使達が人間を完成品へ変えてしまう」
「どちらも拒むというのは、願いとしては美しい」
「でも、願いだけでは世界は救えない」
その言葉に合わせるように、左右の幻影が濃くなった。
左では、無表情の天才たちがさらに数を増やしていく。
右では、静かな夜がより深くなり、遠くの灯りがひとつずつ消えていく。
まるで、どちらかを選べと世界そのものが迫ってくるようだった。
俺は、ゆっくり首を横に振った。
「違う」
「何が違うんだい」
「選択肢が二つしかないって、決めつけてるところだ」
教祖は静かに俺を見る。
「現実は、そう都合よく道を増やしてはくれないよ」
「それでも、道がないって決めた瞬間に、本当に道はなくなる」
その瞬間、足元に薄い光が広がった。
金と緑の光だった。
ゼッツエクスドリームの装甲を纏っているわけではない。
それでも、夢の中にある俺の意志に、あの力の名残が反応しているのが分かった。
「想像したことは、現実であり」
俺は、胸の奥から言葉を引き出すように続けた。
「想像できることは、実現する」
「それは、夢想だよ」
「そうだよ」
俺は教祖を見た。
「夢だ」
「でも、夢を見られないなら、現実なんて変えられない」
教祖の目が、わずかに揺れた。
それは驚きだったのか、それとも呆れだったのかは分からない。
ただ、その揺れを見て、俺は自分の言葉が少しだけ届いたのだと思った。
「君は、本気で言っているのかい」
「本気だ」
俺一人では、まだ答えは出せない。
天使達を止める方法も、人類を苦しみから救う方法も、今すぐには分からない。
教祖の言う通り、願いだけで世界は救えないのかもしれない。
でも、それでも、願いを捨てたら何も始まらない。
「俺一人じゃ、まだ答えは出せない」
「天使達を止める方法も、人類を苦しみから救う方法も、今すぐには分からない」
「でも、俺一人で考える必要はない」
水面が揺れた。
そこに、仲間たちの影が映り始める。
日菜の真剣な横顔。
キーボの冷静な目。
王馬の面倒くさい笑み。
最原の考え込む姿。
赤松の真っ直ぐな眼差し。
百田の大きな背中。
茶柱の力強い声。
東条の落ち着いた佇まい。
他にも、これまで関わってきた皆の姿が、波紋の中で一瞬ずつ重なっていく。
「日菜も、キーボも、王馬も、皆もいる」
「皆で考えれば、新たな道を、夢を見つけられる」
言葉にした瞬間、左右から迫っていた幻影が少しだけ遠ざかった。
完成の行進も、終焉の夜も、消えたわけではない。
それでも、俺の足元に広がる光は、その二つだけに世界を閉じ込めるなと言うように、水面を押し広げていた。
教祖は、静かに目を伏せた。
「皆で考えれば、か」
「それは、君らしい答えだね」
「馬鹿にしてるのか」
「いいや」
教祖は首を横に振る。
「少し、眩しいと思っただけだよ」
「……お前にそう言われると、やりづらいな」
「僕には選べなかった答えだ」
教祖の輪郭が、少しだけノイズのように揺れた。
「だからこそ、君が本気でその道を探すなら、見届けてみたいと思う」
その言葉は、敵だった男のものとしてはあまりにも静かで、少しだけ寂しかった。
この残響は、本物の教祖そのものではない。
それでも、あの男がどこかで選べなかったものに、俺が手を伸ばしているのだとしたら。
それは、ただの戦いとは少し違う意味を持つのかもしれなかった。
「俺は、天使達の完成も、お前の終焉も選ばない」
「なら、君は二つの救いを敵に回すことになる」
「それでも、人間をそのまま残す道を探す」
「その道が見つからなかったら?」
「見つかるまで探す」
迷いはあった。
不安もあった。
それでも、その答えだけは自然に出てきた。
「一人で無理なら、皆で探す」
教祖はしばらく俺を見つめていた。
その目には、諦めと、羨望と、ほんの少しの安堵が混ざっているように見えた。
「……本当に、夢のような話だね」
「ああ」
俺は小さく息を吸う。
「でも、俺はゼッツだ」
「夢を現実にするために戦う」
足元の光が、もう一度強く広がった。
完成の幻影が揺らぎ、終焉の夜がわずかに退く。
第三の道は、まだ形になっていない。
どこへ進めばいいのかも、どうやって作ればいいのかも分からない。
それでも、今ここで初めて、俺は二択そのものを拒んだ。
選ばされる未来ではなく、皆で考え、皆で作る未来を探すと決めた。
それは夢みたいな話だ。
けれど、夢を見なければ、現実は変わらない。
そう信じることだけは、今の俺にもできた。