ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
黒い水面の上で、完成と終焉の幻影がゆっくりと遠ざかっていく。
それでも、その残像は俺の胸の奥に貼りついたままだった。
天使達が望む、人間を万能の天才へ作り替える未来。
教祖が望んだ、人類へ安らかな終わりを与える未来。
どちらも救いを名乗っているくせに、どちらも人間をそのまま残してはくれない。
だから俺は、どちらも選ばないと口にした。
皆と一緒に、まだ見えない第三の道を探すのだと、夢みたいな言葉を言い切った。
教祖は、しばらく黙っていた。
残留データだと言っていたその輪郭は、さっきから何度もノイズのように揺れている。
それでも、俺を見る目だけはやけにはっきりしていた。
俺の言葉を笑うでもなく、否定するでもなく、ただ興味深そうに見つめている。
「そんな第三の道が、本当にあると思うのかい?」
静かな問いだった。
嘲りではない。
けれど、甘い希望を簡単に受け入れる気もない声だった。
教祖にとって、完成と終焉以外の答えなど、あまりにも非現実的なのだろう。
それは分かる。
俺だって、今ここで具体的な答えを出せと言われたら、何も言えない。
それでも、俺は首を横に振らなかった。
「あるさ」
教祖の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「随分と即答するんだね。完成も終焉も越える道なんて、簡単に見つかるものではないよ」
「簡単じゃないのは分かってる」
俺は足元の黒い水面を見る。
そこには、これまでの戦いの断片が映っていた。
ゼッツドライバーが壊れた時の光景。
力を失い、海の見える公園で立ち尽くした自分。
仲間達が新しいドライバーを作ってくれた夜。
ドォーンと蹴り合い、エクスドリームの力で押し勝った瞬間。
王馬のソムニウム世界で、嘘の奥にあった意思を拾った場面。
どれも、普通なら終わっていてもおかしくない状況だった。
「でも、道がないとは思わない」
「どうして、そこまで言い切れるんだい?」
教祖の問いに、俺は少しだけ息を吐いた。
理由なんて、きっと理屈だけでは説明できない。
希望があるからだとか、仲間がいるからだとか、そういう綺麗な言葉だけでも足りない。
もっとくだらなくて、もっと俺らしい、嫌になるほど身に覚えのある理由がある。
「だって、それは俺の前では当たり前のようにあるんだから」
「当たり前?」
「ああ。俺は超高校級の不運だ」
そう言った瞬間、水面に映る過去の断片がまた揺れた。
何かを失う。
追い詰められる。
選択肢を奪われる。
そんな場面ばかりが、俺の記憶にはやたら多い。
けれど、そのどれもが完全な終わりにはならなかった。
最悪の形で転がり落ちた先に、なぜか別の出口があった。
「最悪の状況なんて、今さら珍しくもない」
教祖は黙って聞いている。
俺は続けた。
「でも、不幸のど真ん中には、いつも妙な抜け道がある」
「壊れて、追い詰められて、もう終わりだと思った時ほど、変な形で道が残ってる」
ゼッツドライバーが壊れた時、普通ならそこで終わりだった。
でも、日向に出会って、仲間達が集まって、新しいドライバーが生まれた。
王馬の夢で嘘に飲まれかけた時も、普通なら切り捨てるしかなかったかもしれない。
でも、嘘の奥にある意思を拾うことで、悪夢のルールは崩れた。
不運はいつも俺を最悪へ連れていく。
けれど、その最悪の隙間には、なぜかまだ足を置く場所が残っている。
「だから、完成か終焉かなんて二択を突きつけられても、俺は信じない」
俺は教祖をまっすぐ見た。
「超高校級の不運の前では、第三の道くらい当たり前に転がってる」
教祖が、ぽかんとした。
本当に、そんな顔をした。
終天教団の教祖として俺の前に立っていた時には見せなかった、どこか気の抜けた顔だった。
まるで、想定外の答えを聞かされて、一瞬だけ処理が追いつかなかったみたいに。
「……何だよ、その顔」
「いや、少し驚いているんだ」
教祖は、まだ少し呆然とした声で言った。
「君は、そんな理由で二つの救いを否定するのかい?」
「そんな理由じゃない」
俺は少しだけ眉を寄せる。
「俺にとっては、それが一番信用できる理由だ」
その返答を聞いた瞬間、教祖は堪えきれないように笑い出した。
これまでの静かな微笑みではない。
喉の奥からこぼれるような、本当に可笑しそうな笑いだった。
黒い水面に、その笑い声が波紋のように広がっていく。
「はは……そうか」
「笑うところか?」
「笑うところだよ。だって、君は僕の想定よりずっと厄介だ」
教祖は目元に笑いの余韻を残したまま、俺を見る。
「確かにね、君はどんな不幸を前にしても、生き残ってきた」
その言葉は、褒め言葉なのか、分析なのか、少し分かりづらかった。
ただ、俺が歩いてきた道を否定する言葉ではなかった。
教祖は俺の不運を、ただの災厄としてではなく、何度も道を変えさせてきた力として見ているらしい。
「破壊されても、奪われても、追い詰められても、君はそのたびに別の道を見つけてしまう」
教祖は悪びれもなく続けた。
「だからこそ、私も君をこちらに引き込もうとしたからね」
「悪びれもなく言うな」
「悪びれる必要はないよ。僕にとって君は、それだけ価値のある存在だったということだから」
「本当に性格が悪いな、お前」
「教祖だからね」
その返しに、俺は思わずため息をついた。
敵として向き合っていた時より、こうして夢の中で話している方が、余計にやりづらい。
こいつは間違っている。
それは変わらない。
けれど、今ここにいる教祖の残響は、俺の言葉を聞き、笑い、どこか楽しんでいる。
だから単純に拒絶するだけでは、この会話は終わらない。
教祖の輪郭が、また少し揺らいだ。
腕の先が細かな光の粒になりかけて、すぐに元へ戻る。
この夢の空間も、少しずつ薄くなっている。
現実へ戻る時間が近いのだろう。
「ならば、それが出来るかどうか、見届けさせて貰うよ」
「見届けるって、お前は残留データなんだろ」
「そうだね。けれど、君の中に残った残響としてなら、少しくらいは見ていられるかもしれない」
「勝手に居座るなよ」
「それについては、改めて謝るよ」
教祖は穏やかに笑った。
「ただ、君が本当に第三の道を見つけるなら、僕も知りたいんだ」
その言葉には、さっきまでとは違う響きがあった。
教祖自身が選べなかったもの。
彼が諦めたもの。
終焉という答えへ辿り着く前に、どこかで失くしてしまった可能性。
それを、俺が見つけられるのか知りたい。
そんな声に聞こえた。
「……だったら、せいぜい黙って見てろ」
「努力しよう」
「そこは約束しろよ」
「残響に過剰な期待はしない方がいい」
やっぱり性格は悪い。
そう思いながらも、俺は少しだけ肩の力が抜けていることに気づいた。
完成か終焉かという二択の重さが消えたわけじゃない。
第三の道の形も、まだ何ひとつ見えていない。
それでも、不運の中に抜け道があると口にしたことで、立つ場所だけは少しだけ戻ってきた気がした。
黒い水面に、朝のような光が差し込んでくる。
完成の幻影も、終焉の夜も、教祖の姿も、その光に少しずつ輪郭を溶かされていく。
「万津君」
教祖が最後に俺の名を呼んだ。
「君の不運が、どこまで世界を裏切れるのか楽しみにしているよ」
「不吉な言い方をするな」
「君にとっては、それが一番似合う祝福だと思ったんだけどね」
「やっぱり本当に性格が悪いな、お前」
「教祖だからね」
教祖はもう一度、穏やかに笑った。
その表情が白い光に溶けていく。
俺の視界も、黒い水面も、すべてが朝靄のように薄れていった。
次に目を開けた時、俺は寮のベッドの上にいた。
窓の外は薄明るい。
夜明け前なのか、朝になったばかりなのか、部屋の中には淡い光が差し込んでいる。
身体はまだ重い。
でも、夢の中で聞いた教祖の笑い声は、耳の奥に妙にはっきり残っていた。
枕元のエクスドリームライズカプセムへ手を伸ばす。
冷たい感触が指先に触れた。
内部データをコピーされた事実は変わらない。
天使達の計画も、教祖の終焉も、どちらも現実として迫っている。
だけど、俺はもう二択の前で立ち尽くすだけじゃない。
完成でも終焉でもない第三の道。
まだ形は見えない。
どこにあるかも分からない。
それでも、ないとは思わない。
俺は超高校級の不運だ。
最悪の状況には、いつもろくでもない形で抜け道が残っている。
「……見つけてやるよ」
小さく呟き、俺はカプセムを握りしめた。
天使達の完成も、教祖の終焉も越える道を。
皆と一緒に、人間が人間のまま生き残るための夢を。
それがどれだけ無茶で、どれだけ馬鹿げていても、想像できるなら実現できる。
そう信じることから、俺の次の戦いは始まるのだと思った。