ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
白銀つむぎの異変を見逃すわけにはいかなかった。
最原終一は、作業部屋の机に並べられた資料を見つめながら、先ほどの白銀の言葉を何度も思い返していた。
希望を再現するには舞台も必要。
その言葉は、一見すれば彼女らしい創作論にも聞こえる。
白銀は超高校級のコスプレイヤーで、衣装だけでなく、キャラクターの背景や物語まで大切にする人物だ。
けれど、今の彼女が口にした「舞台」は、衣装撮影のセットや作品世界の再現という意味だけではない。
もっと危険で、もっと現実の人間を巻き込む響きがあった。
「白銀が口にした“希望を再現するには舞台も必要”って言葉、あれは偶然じゃないと思う」
万津が低く言う。
その顔には、王馬のソムニウム世界での戦闘と、天使達の干渉を受けた疲労がまだ残っていた。
それでも、目だけは鋭く、白銀の異常を見逃すつもりはないと告げていた。
「白銀さんは、普段から再現度にはこだわる人だよ」
最原は、机の上に置かれたメモへ視線を落としながら答えた。
「でも、今回の言葉は衣装やキャラクターの話じゃなくて、状況そのものを再現しようとしているみたいだった」
「つまり、服だけじゃなく、舞台装置まで作る気ってわけか」
伊達要が椅子に凭れながら言う。
軽い言い方だったが、その目はまったく笑っていない。
義眼の奥で、アイボゥが既に複数のデータを解析しているのだろう。
彼の隣の端末には、白銀の発言記録とバイタル反応が小さな波形として表示されていた。
「発言内容から判断すると、白銀つむぎは“希望”を作品ではなく、再現対象として認識しています」
アイボゥの声が淡々と響く。
その冷静さが、逆に状況の危うさを際立たせていた。
「天使達の希望のビデオが関わっているなら、その再現対象はかなり危険だ」
万津の言葉に、最原は頷くしかなかった。
天使達は、人の内面へ希望という名の干渉を行う。
それは絶望のビデオとは違う。
恐怖や悲しみで人を壊すのではなく、正しいことをしているという確信で人を追い詰める。
白銀がその被害者になっているとしたら、彼女は自分が壊されていることに気づかないまま、誰かを傷つける可能性があった。
最原と万津は、まず白銀の最近の様子をクラスメイト達から聞き取ることにした。
いきなり本人を問い詰めれば、もし天使の干渉が進んでいた場合、白銀を刺激することになるかもしれない。
調査は、いつもの探偵の仕事と同じように、証言を一つずつ集めるところから始まった。
「白銀さん、最近ずっと何か作ってるみたいだったよ」
最初に話を聞いた生徒は、少し困った顔でそう言った。
「衣装っていうより、舞台の配置とか、校舎の見取り図みたいなものを見てた気がするんだ」
「校舎の見取り図……」
最原は、その言葉をメモに書き留めた。
白銀が衣装のために資料を集めることは珍しくない。
けれど、校舎の構造や舞台配置を気にしているとなると、話は変わる。
別のクラスメイトは、さらに気になる証言をした。
「前に、“希望が生まれる条件って、地味にすごく繊細なんだよね”って言ってたかな」
「条件……か」
万津が眉を寄せる。
最原の胸の奥にも、嫌なものが沈んでいった。
希望を信じることと、希望が生まれる条件を再現することは違う。
後者には、誰かの意思を舞台へ組み込む冷たさがある。
そして三人目の証言が、最原達の不安を決定的なものにした。
「苗木学園長達のことも調べてたみたいだよ。コロシアイ学園生活って言葉も、何度か聞いた気がする」
「コロシアイ学園生活……やっぱり、その言葉に繋がるんだ」
最原は、思わず呟いていた。
白銀の異変は、ただの希望への憧れではない。
苗木誠達が希望になった過去の事件、その構造へ向かっている。
彼女は、希望の結果だけでなく、希望を生んだ絶望の舞台までも再現対象として見ているのかもしれない。
「最原、これって白銀自身の発想だけじゃないよな」
万津が小さく尋ねる。
その声には、クラスメイトを疑うことへの苦さが混ざっていた。
「うん。白銀さんのコスプレ観を、誰かが別の方向へ歪めているように見える」
最原はそう答えながらも、胸の奥が痛んだ。
白銀は、誰かを傷つけるために再現を語る人ではなかった。
好きな作品を大切にし、キャラクターの尊厳を守るために衣装を作る人だった。
その彼女が、希望のためなら舞台まで再現しなければならないと思い込まされている。
それは、白銀自身の才能を悪用されているのと同じだった。
作業部屋へ戻ると、伊達とアイボゥがネット上の情報を解析していた。
伊達は椅子の背もたれに腕をかけ、モニターに流れる検索履歴をじっと見ている。
「アイボゥ、白銀のアクセスログを洗えるか」
「既に解析中です。該当端末から、複数の危険語句に関する検索履歴を検出しました」
「伊達さん、危険語句って何ですか」
万津が尋ねると、伊達は肩を竦める。
「まあ、聞いて楽しい単語じゃなさそうだな」
アイボゥは、遠慮なく検索語句を読み上げた。
「検索語句は、“苗木誠”、“超高校級の希望”、“コロシアイ学園生活”、“希望を生む条件”、“超高校級の才能の再現”です」
最原は、無意識に拳を握った。
「……白銀さんは、過去の事件を調べているだけじゃない。希望が生まれた構造そのものを調べている」
「探偵くん、その顔は嫌な答えに辿り着いた顔だな」
伊達が静かに言う。
最原は、その言葉に小さく頷いた。
「伊達さん、僕もできれば外れていてほしいです。でも、白銀さんは“希望を生むための条件”を再現しようとしている可能性があります」
部屋の空気が重くなる。
コロシアイを娯楽として再現するのではない。
白銀はおそらく、希望を作るための工程として、絶望の舞台が必要だと思い込まされている。
だからこそ、余計に危険だった。
本人に悪意がないまま、人を傷つける舞台を作ろうとしているのだから。
「つまり、白銀はコロシアイを娯楽として再現しようとしているわけじゃない」
万津が確認するように言う。
「うん。白銀さんは、希望を生むために必要な舞台だと思い込まされている」
最原は苦い気持ちで答えた。
「苗木学園長達が希望になったのは、あの絶望的な環境があったからだと、歪んで理解しているんだ」
「希望のビデオによる認知誘導と一致します」
アイボゥが解析結果を示す。
「被害者は自発的に行動しているように見えますが、実際には与えられた結論へ思考を固定されています」
「希望を餌にして、殺し合いの舞台を作らせるってか。天使様にしちゃ、ずいぶん悪趣味な脚本を書くじゃねぇか」
伊達の声には、明確な怒りが混ざっていた。
最原も同じ気持ちだった。
希望という言葉を使って、白銀の善意や創作への愛を歪める。
それは、絶望で壊すよりもずっと陰湿に思えた。
「伊達さん、これが天使達の実験なら、白銀だけで終わらないかもしれません」
万津の言葉に、伊達はゆっくり頷いた。
「だろうな。最初の一人がうまくいけば、同じ手を別の奴にも使う。そういう連中だ」
「だからこそ、白銀さんが行動を起こす前に止めないといけない」
最原はそう言いながら、白銀の顔を思い浮かべた。
地味だと笑いながら、好きなものについて語る時だけ少し早口になる彼女。
その彼女が、今は希望の再現という言葉に捕まっている。
ならば、探偵として見つけるべき真実は一つだ。
白銀が何を見せられ、何を信じ込まされているのかを明らかにすることだった。
その時、アイボゥが新たなウィンドウを開いた。
「白銀つむぎの睡眠ログと脳波パターンを照合しました。通常のナイトメア発生反応とは異なる、映像干渉由来のソムニウム汚染を検出しています」
「白銀さんの夢の中に、天使達のビデオが入り込んでいる……?」
「正確には、映像で植えつけられた認知構造が夢領域で再構築されている状態です」
「要するに、頭の中で勝手に舞台セットを組まれてるってことか」
「表現としては乱暴ですが、状況理解としては適切です」
アイボゥの返答に、伊達は小さく鼻を鳴らした。
だが、最原はその説明を聞いて、ますます危機感を強めていた。
白銀の夢の中では、すでに希望を生む舞台が組み上がりつつある。
それが完成すれば、現実側で何が起きるか分からない。
「なら、白銀のソムニウムに入れば、天使達の干渉を確認できる可能性がある」
万津がそう言って立ち上がった。
「俺が行く。天使達の仕掛けなら、ゼッツエクスドリームで干渉できるかもしれない」
「推奨できません」
アイボゥの声が即座に割り込んだ。
「万津の精神疲労値は危険域に近づいています。王馬小吉のソムニウム世界への突入、クラウンナイトメア戦、天使との接触、さらに教祖の残留データとの夢内対話によって、精神負荷が蓄積しています」
「それでも、白銀を放っておけない」
「おい、無茶すんな」
伊達が真剣な声で言った。
「夢の中で倒れたら洒落にならねぇぞ。現実で倒れるのとはわけが違う」
「伊達さん、でも俺には……」
「万津くん、今回は僕が行く」
最原は、静かに言い切った。
万津が驚いたように振り向く。
その視線を受け止めながら、最原はノクスドライバーへ手を伸ばした。
「最原、相手はただのナイトメアじゃないかもしれない。天使達の希望のビデオが混ざっているなら、かなり危険だ」
「分かってる」
最原は、白銀の検索履歴が映ったモニターを見る。
「でも、白銀さんを疑う痛みも、白銀さんを救うために真実へ踏み込む役目も、今回は僕が背負うべきだと思う」
それは強がりではなかった。
白銀はクラスメイトであり、彼女の異変を最初に見抜いたのは最原だった。
そして何より、これは真実を見つける事件だ。
希望という言葉の裏に隠された歪みを見つけ出し、白銀自身へ返すための事件だった。
「いい覚悟だが、一人で抱え込むなよ、探偵くん」
「はい、伊達さん。必要なら、アイボゥの分析も借ります」
「白銀つむぎのソムニウム領域へアクセスする準備を開始します。ただし、外部からの天使干渉が確認された場合、即時撤退を推奨します」
「撤退するかどうかは、中で何を見つけるか次第だよ」
最原はノクスドライバーを手に取り、シャドウカプセムを見つめた。
影の力を使う仮面ライダー。
それは、隠された真実へ潜る探偵の在り方と、どこか似ている。
けれど、他人の夢の影へ踏み込むことは危険でもある。
真実を暴くために、相手の痛みを開くことになるからだ。
「最原、本当に一人で行くのか」
万津が問う。
その声には、任せたい気持ちと止めたい気持ちが混ざっていた。
「うん」
最原は頷いた。
「これは、白銀さんの希望を暴くためじゃない。白銀さんが自分の意思を取り戻すために、真実を見つけに行くんだ」
「探偵くん、格好つけるのはいいが、帰ってくることも仕事のうちだぞ」
「分かっています、伊達さん」
アイボゥの端末に接続準備完了の表示が出る。
白銀のソムニウム領域へ繋がる波形が、黒い画面の中で不穏に揺れていた。
それは普通の夢ではなく、希望のビデオによって汚染された舞台だった。
「白銀さん、君が見せられている希望の正体を、僕が確かめる」
最原は小さく呟く。
その声に、万津が静かに答えた。
「最原、白銀を頼む」
「うん。必ず真実を見つける」
「行ってこい、探偵くん。悪夢でも希望でも、現場に残った痕跡は嘘をつかねぇ」
伊達の言葉に、最原は一度だけ頷いた。
「ソムニウム接続を開始します」
アイボゥの声が響く。
次の瞬間、周囲の光が暗く沈み、影のような黒い光が最原を包み込んだ。
ノクスドライバーが低く唸り、シャドウカプセムが静かな輝きを放つ。
白銀つむぎの夢の奥には、希望を名乗る罠が待っている。
それでも最原は進む。
友達を疑うためではなく、友達を取り戻すために。