ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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舞台 Part3

 ソムニウム接続が始まる直前、最原終一は自分の呼吸が妙に静かになっていることに気づいた。

 

 外部モニターには、白銀つむぎの脳波パターンがいくつも重なって表示されている。

 通常のナイトメア反応とは違う。

 絶望に沈む波形でも、恐怖に乱れる反応でもない。

 むしろそれは、異常なほど高揚していて、何かひとつの結論へ向かって強制的に整列させられているように見えた。

 希望という言葉に、白銀さんの思考が縫い留められている。

 そう考えた瞬間、最原の胸の奥に重い痛みが走った。

 

「白銀つむぎのソムニウム領域へ接続します。通常の夢構造とは異なり、映像データ由来の外部干渉を確認しています」

 

 アイボゥの声が、冷静に状況を告げる。

 その冷静さが、今の最原にはありがたかった。

 誰かが感情に流されず、危険を数字として見ていてくれる。

 それは、これから一人で夢へ潜る者にとって、小さな命綱だった。

 

「探偵くん、無茶はするなよ。中で妙な天使の影を見たら、すぐ俺達に知らせろ」

 

 伊達さんが、いつもの軽さを少し残した声で言った。

 けれど、その目は笑っていない。

 彼は冗談で場を緩めることはあっても、本当に危ない時には絶対に見誤らない人だ。

 だからこそ、最原はその言葉に小さく頷いた。

 

「分かっています、伊達さん。でも、白銀さんが何を見せられているのか、僕が確かめます」

 

 万津くんは、少し離れた場所で拳を握っていた。

 本当なら彼自身が行きたかったはずだ。

 天使達の仕掛けなら、ゼッツエクスドリームの力で干渉できるかもしれない。

 それでも、王馬くんのソムニウム世界での戦闘と、その後の出来事が、彼の精神を限界近くまで削っている。

 万津くんはそれを認めたくなさそうだったが、最原にはその悔しさも分かった。

 

「最原、頼む。白銀を止めてくれ」

 

「うん。白銀さんを疑うためじゃなく、白銀さんを救うために行く」

 

 そう答えた瞬間、ノクスドライバーが低く唸った。

 最原はシャドウカプセムへ指を添える。

 黒い影のような光が足元に広がり、視界の端から現実の輪郭が沈んでいく。

 白い羽根と黒いフィルムノイズが混ざり合い、夢の入口が口を開ける。

 最原はその奥へ、静かに意識を落としていった。

 

 次に目を開けると、そこは学園だった。

 

 いや、学園に似た何かだった。

 長く続く廊下。

 整然と並んだ教室の扉。

 壁に貼られた掲示物。

 一見すれば希望ヶ峰学園の校舎に見える。

 けれど、よく見ると何もかもが不自然だった。

 廊下の天井には舞台照明のようなスポットライトが吊るされ、壁にはフィルムのコマが帯のように走っている。

 窓の外には空がなく、代わりに白い羽根が無数に吊り下げられていた。

 それらは風もないのに揺れ続け、まるで誰かの手で演出されているようだった。

 

「ここは……学園?」

 

 最原は一歩進み、床の感触を確かめる。

 硬い床のはずなのに、舞台板のようにわずかに軋んだ。

 この場所は記憶ではない。

 現実でもない。

 白銀さんの中にある学園のイメージを、誰かが舞台として組み直したものだ。

 

「いや、違う。これは学園を真似て作られた舞台だ」

 

「映像干渉の痕跡が濃厚です。現実の学園構造と一致しない箇所が多数あります」

 

 アイボゥの通信が届く。

 ノイズが少し混ざっているが、会話は可能だった。

 そのことに、最原は少しだけ安堵する。

 

「舞台セットみたいな学園か。白銀の趣味にしちゃ、悪趣味が混ざりすぎてるな」

 

 伊達さんの声も聞こえた。

 その軽口に返事をしようとして、最原は廊下の掲示板に貼られたポスターへ視線を奪われた。

 

 そこには、赤と白の文字でこう書かれていた。

 

 **希望再現計画。**

 **苗木誠発生条件。**

 **絶望舞台構築中。**

 

 最原は、思わず息を呑んだ。

 言葉だけなら資料の見出しにも見える。

 けれど、その文字の配置はあまりにも演劇的で、どこか狂った宣伝ポスターのようだった。

 希望という単語が大きく輝く一方で、絶望という単語は土台のように下へ敷かれている。

 まるで、絶望がなければ希望は成立しないと、最初から決めつけているようだった。

 

「白銀さん自身の夢に、天使達の希望ビデオが上書きされているんだと思います」

 

 最原がそう呟いた瞬間、廊下の先のモニターが一斉に点灯した。

 古い映写機のような音が鳴り、フィルムノイズの奥に白銀つむぎの姿が映し出される。

 彼女はいつものように眼鏡をかけ、穏やかな笑みを浮かべていた。

 だが、その声はどこか平坦で、まるで自分自身へ読み聞かせる台本を朗読しているみたいだった。

 

「希望って、ただ信じれば生まれるものじゃないんだよね」

 

 白銀さんの映像が、静かに語り始める。

 

「苗木くん達は、あの舞台があったから希望になれた。だったら、地味なわたしでも、舞台を再現すれば希望を仕立て直せるはずなんだ」

 

「白銀さん……それは違う」

 

 最原は、モニターの中の彼女へ向かって言った。

 届かないと分かっていても、言わずにはいられなかった。

 

「希望は、誰かに舞台を用意されて作られるものじゃない」

 

 映像の白銀さんは、微笑んだまま首を横に振った。

 

「でも、再現には条件が必要だよ。衣装だけじゃ足りない。役割も、記憶も、絶望も、全部必要なんだよ」

 

 その背後に、白い羽根と旧希望ヶ峰学園風の研究コードが浮かび上がる。

 その瞬間、最原は確信した。

 これは白銀さんが自力で辿り着いた考えではない。

 彼女のコスプレへのこだわり、再現への愛情、作品を大切にする気持ち。

 それらを天使達のビデオが歪め、希望という名の命令へ変えている。

 

 廊下の奥で、かたん、と音がした。

 

 振り向くと、マネキンが立っていた。

 一体ではない。

 教室の扉が次々と開き、そこから顔のないマネキン達が出てくる。

 それぞれが丁寧に作られた衣装を着ているが、胸元には紙のタグが下がっていた。

 **希望役。**

 **絶望役。**

 **犠牲者役。**

 **裏切り者役。**

 **生存者役。**

 

 マネキン達は、首を不自然に傾けながら、同じ声で呟いた。

 

「配役を、配役を、配役を」

 

 最原の背筋が冷える。

 人が役割へ分解されている。

 白銀さんの夢の中で、人間はもう一人の人間として扱われていない。

 希望を再現するための役、舞台を進めるための駒、衣装を着せるための空白として並べられている。

 

「人を役に押し込めるのが、希望の再現だっていうのか」

 

「敵性反応を確認。ナイトメア由来の構造体ですが、外部干渉が混入しています」

 

「探偵くん、来るぞ!」

 

 伊達さんの声に合わせて、最原はノクスドライバーを構えた。

 シャドウカプセムを手に取り、ドライバーへセットする。

 影が足元から広がり、廊下の照明が一瞬だけ暗く沈む。

 黒と紫の光が、最原の身体を包み込んだ。

 

「変身」

 

 影が鎧となり、仮面が顔を覆う。

 最原終一は、仮面ライダーノクスとして夢の舞台へ立った。

 

 マネキン達が一斉に襲いかかってくる。

 ノクスは影の中へ沈み、次の瞬間には敵の背後へ現れた。

 黒い刃が走り、マネキンの胸元についた「犠牲者役」のタグを切り裂く。

 タグが落ちると同時に、マネキンの身体が崩れ、型紙の束になって床へ散った。

 続けて、ノクスは廊下の壁に伸びた影を踏み、別のマネキンの足元から姿を現す。

 影の刃が縫い糸を断ち、衣装がほどけ、敵は空っぽの布へ戻っていく。

 

 だが、床に落ちた型紙が勝手に折り重なり、新しいマネキンを形作った。

 倒しても、また作られる。

 切り捨てても、また配役される。

 まるで「役」がある限り、中身などいくらでも替えが利くと言われているようだった。

 

「倒しても、また型紙から作られる……」

 

「敵構造体は白銀つむぎの“再現”への執着を素材にしています。破壊だけでは完全消滅しません」

 

「コスプレイヤーの夢だけあって、量産型の衣装持ちってわけか」

 

「伊達、緊張感のない比喩は控えてください」

 

 伊達さんとアイボゥのやり取りを聞きながら、ノクスは敵の攻撃を影へ逃がす。

 けれど、彼の意識はマネキンそのものではなく、その背後にある強迫観念へ向いていた。

 

「伊達さん、アイボゥ、これはただの敵じゃありません」

 

 ノクスは、迫るマネキンの胸元にある「希望役」のタグを掴み、影の刃で切断した。

 

「白銀さんの中にある“役を再現しなければならない”という強迫観念が形になっている」

 

 タグが裂けた瞬間、廊下の奥のモニターに新たな配役表が浮かび上がった。

 そこには、空欄の名前と役割が並んでいる。

 まだ誰も割り当てられていない。

 だが、その空白こそが恐ろしかった。

 白銀さんの中では、もう誰かをそこへ入れる準備が始まっている。

 

 廊下の奥から、ミシンの音が聞こえた。

 規則的で、冷たく、どこか葬送曲のような縫製音。

 ノクスは影をまといながら、その音の方へ進む。

 やがて、学園の廊下は大きな裁縫室へ繋がった。

 

 そこは、白銀さんの作業場を巨大化させたような空間だった。

 天井まで届く棚には無数の衣装が並び、壁には型紙が貼られ、床には縫い針と糸が川のように流れている。

 マネキン達は整列し、顔のないまま衣装を着せられるのを待っていた。

 中央には、大きな作業台があり、その奥に巨大な影が座っている。

 

「ここは……白銀さんの作業場?」

 

「対象の才能に由来する領域と思われます。ただし、通常の創作領域ではありません。強いナイトメア反応を検出しています」

 

「裁縫室が悪夢になるとはな。針一本でも洒落にならねぇぞ」

 

 中央の影は、巨大なマネキンのようだった。

 身体には何枚もの衣装が縫い重ねられ、背中から無数の糸が伸びている。

 顔は布で覆われているが、その布の下から、白銀さんの声に似た囁きが聞こえてきた。

 

「再現しないと」

 

 針が動く。

 

「希望を、正しく、地味に、完璧に、再現しないと」

 

「白銀さんのナイトメア……?」

 

 ノクスが構えたその時、裁縫室の奥で小さな明かりが灯った。

 そこには、白銀つむぎ本人の意識断片が座っていた。

 彼女は机に向かい、型紙を作っている。

 いつもの制服姿で、いつもの眼鏡をかけて、いつものように控えめに笑っていた。

 ただし、その瞳は虚ろに輝き、手元の型紙には「希望の舞台」と書かれていた。

 

「あ、最原くん。来てくれたんだね」

 

 白銀さんは、穏やかに言った。

 

「でも、まだ準備中だから、地味に見られると恥ずかしいかな」

 

「白銀さん、何を作っているの?」

 

「希望を生む舞台だよ」

 

 彼女は、まるで新しい衣装の説明をするように言った。

 

「衣装も、役割も、犠牲も、ちゃんと配置しないといけないんだ」

 

「犠牲って……本気で言っているの?」

 

「うん。だって苗木くん達の希望は、絶望の中で生まれたんだから」

 

 白銀さんは、何の迷いもなく頷いた。

 

「再現度を高めるなら、絶望の舞台も必要だよね」

 

 その言葉に、ノクスは一瞬返事を失った。

 口調はいつもの白銀さんのままだった。

 地味に、と笑い、控えめで、柔らかい。

 けれど、その中身は完全に歪められている。

 誰かの犠牲を、舞台の必要要素として数えている。

 それを希望のためだと信じている。

 

「白銀さん、これは君の考えじゃない」

 

 ノクスは一歩近づいた。

 

「天使達のビデオが、君の再現へのこだわりを歪めているんだ」

 

「違うよ、最原くん」

 

 白銀さんは、困ったように微笑む。

 

「これは洗脳じゃない。わたしが、希望を理解しただけなんだよ」

 

「理解なんかじゃない。君は、希望という言葉に縛られている」

 

「希望に縛られるなら、地味なわたしでも少しは役に立てるよね」

 

 その瞬間、白銀さんの足元から白い羽根とフィルムノイズが広がった。

 裁縫室の照明が一斉に白く染まる。

 中央にいた巨大なマネキンの背中が軋み、無数の糸が光のフィルムへ変わっていく。

 そのフィルムには、旧希望ヶ峰学園の研究コードと、天使の羽根の識別子が流れていた。

 

「警告。外部干渉が急激に増大しています。ナイトメア構造に、天使由来のコードが混入しています」

 

「探偵くん、そいつはただの夢の化け物じゃなくなるぞ!」

 

「白銀さんから離れろ……!」

 

 ノクスが叫ぶが、白銀さんは逃げない。

 むしろ、その変質を受け入れるように、静かに型紙へ手を置いた。

 

「希望を再現するには」

 

 ナイトメアの声が響く。

 

「絶望も、犠牲も、舞台も、すべて必要」

 

「そうだよ」

 

 白銀さんが、微笑んだ。

 

「ちゃんと全部、仕立て直さないと」

 

 巨大なナイトメアの背中に、白い羽根のようなパーツが生えた。

 縫い糸は光るフィルムへ変わり、裁縫室の壁には「希望再現進行中」という文字が浮かび上がる。

 まだ完全に変質したわけではない。

 だが、白銀さん自身の悪夢に、天使達の思想が深く入り込んでいることは明らかだった。

 

「白銀さんの夢が、天使達に利用されている」

 

 ノクスは、影の中で拳を握った。

 

「このまま進めば、希望を再現するためのコロシアイ舞台が完成してしまう」

 

「状況は深刻です。撤退を推奨します」

 

 アイボゥの声が、冷静に警告する。

 だが、ノクスは首を横に振った。

 

「まだ撤退できません」

 

「探偵くん、無茶はするなと言いたいが……その判断が探偵の勘なら、俺は止めねぇ」

 

 伊達さんの声が聞こえる。

 その言葉に、ノクスは静かに頷いた。

 

「白銀さんの本当の声を、まだ聞けていない」

 

 裁縫室の奥で、白銀さんがこちらを見た。

 その目は虚ろで、けれどどこか奥に小さな揺らぎがある。

 まだ、完全には奪われていない。

 それを見たからこそ、最原は退けなかった。

 

「最原くんも、配役してあげるね」

 

 白銀さんは、優しく言った。

 

「君はきっと、“真実を暴く探偵役”が似合うから」

 

「役じゃない」

 

 ノクスは影の刃を構え、白銀さんとナイトメアを見据えた。

 

「僕は、僕の意思で真実を探す」

 

 最原は、胸元のノクスドライバーへシャドウカプセムを押し込んだ。

 その瞬間、暗い廊下に時計の針が時を刻むような音が響く。

 かちり、かちり、と乾いた音が重なり、白銀さんのソムニウム世界に吊るされたスポットライトが一斉に揺れた。

 

 ノクスドライバーの中央で、シャドウカプセムが低く脈打つ。

 最原は回転ロックへ指をかけ、静かに息を吸った。

 ここから先は、白銀さんの心の影へ踏み込むことになる。

 真実を暴くということは、誰かの痛みを開くことでもある。

 それでも、彼女を希望という名の舞台に縫い止めたままにはできなかった。

 

「変身」

 

 最原がドライバーを回す。

 胸元のノクスドライバーが、影を巻き込みながら三百六十度大きく回転した。

 カプセムが左右へ割れるように展開し、内側の黒い面へ青と橙の光が走る。

 浮かび上がった影の絵柄が、まるで夢の奥からこちらを覗き込むナイトメアのように揺らめいた。

 

『ハッハッハッハッハッハッ!』

 

 高く笑うような変身音が、学園を模した舞台に反響する。

 影が最原の足元から噴き上がり、右半身へは悪夢の闇が、左半身へは明晰夢の光が流れ込む。

 黒と紫の装甲が身体を覆い、仮面が顔を閉ざす。

 暗闇の中でも真実を見失わない複眼が、白銀さんの夢に作られた偽りの舞台を見据えた。

 

 仮面ライダーノクス。

 影をまとった探偵は、白銀さんを配役された人形ではなく、一人の人間として取り戻すために立ち上がった。

 

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