ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
裁縫室の空気が、白い糸で縫い詰められていくように重くなった。
壁一面に貼られた型紙が、ざわざわと音を立てて揺れている。
天井から垂れ下がる糸は、ただの糸ではなかった。
その一本一本に、誰かの役割を示すタグが結びつけられている。
希望役。絶望役。犠牲者役。裏切り者役。生存者役。
それらはまるで、人間を一人の人間として見ることをやめ、舞台に必要な部品として並べているようだった。
最原終一は、仮面ライダーノクスの姿で、その中央に立っていた。
黒と紫の装甲をまとった身体に、影が静かに絡みついている。
目の前には、巨大なマネキンのようなコスチュームナイトメア。
その背中から伸びる無数の縫い糸が、周囲のマネキン達を操っていた。
「配役を、配役を、配役を」
「希望の舞台に、空白はいらない」
マネキン達が一斉に動き出す。
顔はない。
表情もない。
けれど胸元には、それぞれ役割を示すタグが付けられている。
その姿があまりにも無機質で、最原は思わず拳を握った。
「人を役に押し込めるための舞台なら、僕が壊す」
最原は新たに開発された武装、ブレイカムバスターを構えた。
まずはカリバーモード。
影を帯びた刃が展開し、襲いかかるマネキンの縫い糸をまとめて断ち切る。
布と型紙が裂けるような音が響き、最前列のマネキン達が床へ崩れ落ちた。
「まずは道を開く。白銀さんの奥へ進むために」
だが、倒れたマネキンは完全には消えなかった。
床へ散った型紙が勝手に折り重なり、別の身体へ縫い直されていく。
さらに背後から、針の弾丸を撃ち出す遠距離型のマネキンが現れた。
針は光を反射しながら、左右から最原の装甲を狙って飛来する。
『敵性反応、左右後方から増加しています。遠距離攻撃を確認しました』
アイボゥの通信が、ノイズ混じりに届く。
『探偵くん、挟まれるぞ。ぼんやりしてると串刺しだ』
伊達さんの声が続いた。
「なら、こっちも距離を変える」
最原はブレイカムバスターの形状を瞬時に切り替えた。
刃の輪郭が折り畳まれ、銃身が前方へ伸びる。
展開したバレルが黒い光を吸い込み、影の弾丸を装填する。
『ブレイカムキャノン!』
ランチャーモードの砲撃が、裁縫室の空気を貫いた。
飛来する針弾を撃ち落とし、そのまま遠距離型マネキンの足元を撃ち抜く。
マネキンが体勢を崩した瞬間、最原は再びカリバーモードへ戻し、接近してきた個体を斬り払った。
斬撃と砲撃を切り替えるたび、黒い影が床を走り、白い糸の支配を断っていく。
しかし、敵の変化はそれだけでは終わらなかった。
無機質だったマネキン達が、次々に衣装を変え始める。
あるものは学生服に似た衣装をまとい、あるものは運動選手のような身軽な姿へ変わり、あるものは楽器を抱えるような構えを取った。
顔は相変わらず空白のままなのに、その動きだけは、どこかで見た超高校級の才能達を思わせた。
「これは……ただのマネキンじゃない」
最原の声が低くなる。
「白銀さんは、亡くなった才能達まで再現しようとしているのか」
「才能は、失われてはならない」
「希望は、再現されなければならない」
コスチュームナイトメアが、縫い針を動かしながら呟く。
その声に重なるように、白銀つむぎの穏やかな声が裁縫室へ流れ込んだ。
「衣装だけじゃ駄目なんだよ、最原くん」
「才能も、記憶も、役割も、ちゃんと揃えないと」
その言葉を聞いた瞬間、最原の胸に痛みが走った。
白銀さんは、誰かを傷つけたいわけではない。
けれど、希望のビデオによって歪められた彼女は、才能を守るためなら、人間を素材として扱っていいと思い込まされている。
『敵構造体の行動パターンが変化しました。超高校級の才能データを模倣している可能性があります』
『白銀の再現癖が、悪夢の中で武器になってるってわけか』
伊達さんの声には、苦々しいものが混ざっていた。
「この数と動きなら、通常の間合いで受け続けるのは危険だ」
最原は、腰のホルダーからガンカプセムを取り出した。
銃撃で距離を作り、役割そのものを撃ち抜く。
今必要なのは、敵を壊すことではなく、配役の支配を崩すことだ。
「このカプセムだ……!」
ガンカプセムをノクスドライバーへセットする。
ドライバーが笑うように唸り、黒い装甲へ射撃用のラインが走った。
『ガン!ワッハッハッハッハッ! ラ! ラ! ラ! ライダー!ノクス! ノクス! ノクス! ガン!』
音声が裁縫室に反響し、ノクスの右腕部が銃撃特化の武骨な輪郭へ変わる。
影が左右へ分かれ、その中から二挺のブレイカムバスターが引き抜かれた。
最原はそれらを二丁拳銃のように構え、迫り来るマネキン達へ照準を合わせる。
「接近される前に、配役の糸を撃ち抜く」
ガンシャドウとなった最原は、左右へ交差するように弾丸を放った。
片方の銃で足元の影を撃ち抜き、もう片方の銃で胸元のタグだけを正確に撃つ。
希望役、犠牲者役、裏切り者役。
タグが弾けるたび、マネキン達の動きが一瞬だけ止まった。
『いい狙いだ、探偵くん。役割のタグだけを撃ち抜いてやがる』
「彼らは敵じゃない。白銀さんに作られた役割の殻だ」
最原は、次々と引き金を引く。
「壊すべきなのは、この配役そのものです」
銃声が続く。
影の弾丸が白い糸を切り裂き、マネキンの隊列を崩していく。
しかし、すべてを遠距離で制圧できるほど、悪夢は甘くなかった。
一部のマネキンが、影を縫い止める糸を床へ打ち込み、弾丸の軌道を読んで接近してくる。
それは超高校級の身体能力を模した個体だった。
『接近個体、三体。射撃軌道を予測し、回避しています』
『まずいぞ、探偵くん。銃の間合いを潰された』
「近接型まで再現している……!」
縫い針の槍が、ガンシャドウの胸元へ迫る。
最原は右手のブレイカムバスターを撃ち切る直前、片手で空中へ投げ上げた。
黒い銃身が回転しながら宙へ舞う。
その瞬間、最原はウルフカプセムを取り出した。
「なら、影を裂くための力を使う」
彼の指が、迷わずドライバーへカプセムを押し込む。
「このカプセムだ……!」
『ウルフ!ウワッハッハッハッハッ! ライダー! ノクス! ノクス! ノクス! ウルフ!』
ガンシャドウの射撃ラインが影へ溶ける。
代わりに、ノクスの装甲が鋭く変形し、右腕部へ狼の爪を思わせる斬撃特化の輪郭が生まれた。
空中から落ちてきたブレイカムバスターを片手で掴み直し、もう片方の手には影から形成された二本目のブレイカムバスターが現れる。
仮面ライダーノクス、ウルフシャドウ。
最原は二刀を構え、低く踏み込んだ。
「ここからは、近づいた分だけ切り開く」
接近したマネキンの槍を一刀で弾き、もう一刀で胸元のタグを切り裂く。
次の個体が横から飛びかかるが、最原は影へ沈むように身を低くしてかわし、狼の爪を思わせる斬撃で拘束糸を断った。
さらに二刀を交差させ、周囲へ張り巡らされた糸を一斉に切断する。
「役を壊さないで」
「才能を、希望を、正しく縫い合わせないと」
ナイトメアの声が、焦りを帯びていく。
「それは希望じゃない」
最原は、二刀を構え直す。
「誰かを再現するために、今いる誰かを素材にしていい理由にはならない」
ウルフシャドウの斬撃が、最後の接近型マネキンを切り伏せる。
マネキンは型紙へ戻った。
しかし、その残骸から、白いフィルムノイズが立ち上った。
その時だった。
最原は、コスチュームナイトメアの身体に異変が起きていることに気づいた。
さっきまで衣装、糸、型紙、仮面で構成されていた悪夢の身体。
その背中を、内側から何かが突き破ろうとしている。
布が裂け、白いものが覗いた。
『警告。ナイトメア構造に急速な変質を確認しました』
アイボゥの声が鋭くなる。
『天使由来の識別コードが増殖しています』
『おい、羽が生えてきてるぞ。あれは白銀の夢ってより、天使の仕込みじゃねぇか』
「やっぱり……白銀さんの悪夢だけじゃない」
ナイトメアの背中から、白い羽根が次々と生え始める。
それは美しい天使の羽などではなかった。
一本一本に旧希望ヶ峰学園の研究コードが走り、先端は縫い針のように鋭く尖っている。
顔を覆っていた布が割れ、その奥から白い仮面のようなものが覗いた。
「希望を再現するには」
変質するナイトメアが、ゆっくりと立ち上がる。
「絶望も、犠牲も、才能も、すべて必要」
「天使は、完成を望む」
「……っ」
最原の背筋に、冷たいものが走った。
これは白銀さんの悪夢が暴走しているだけではない。
天使達が、白銀さんの夢を実験場として使っている。
彼女のコスプレへの愛情を、希望という名の制作工程へ歪めている。
そして、その先にあるのは人間を人間として見ない完成品の世界だ。
白銀さんの声が、どこか嬉しそうに響いた。
「最原くん、見て」
「希望の衣装に、羽根がついたよ」
「これなら、もっと正しく再現できるよね」
最原は、二刀を握る手に力を込めた。
その手に、一瞬だけ震えが走る。
怒りではない。
恐怖でもない。
目の前の光景があまりにも綺麗な言葉で飾られているのに、その中身があまりにも歪んでいることへの、深い悪寒だった。
「白銀さん……君は、それを本当に綺麗だと思っているの?」
返事はなかった。
代わりに、ナイトメアの背中の羽が大きく広がり、裁縫室の天井を白い光で染め上げていく。
白い羽根が雪のように降り積もり、床に落ちた型紙を覆い隠した。
その光景は、一瞬だけ聖なるもののように見えた。
けれど、最原には分かっていた。
これは救いではない。
人を役割に縫い付け、人を才能の素材として扱うための、天使達の仕込みだ。
「このままじゃ、白銀さんの夢そのものが天使達に縫い替えられる」
ウルフシャドウは二刀を構え直した。
次の戦いは、ただの悪夢退治ではない。
白銀つむぎの中に入り込んだ天使達の実験を止める戦いになる。
白い羽根が降り積もる裁縫室で、変質し始めたナイトメアがゆっくりと腕を広げた。
最原はその姿を見据え、影の奥で静かに呼吸を整える。
どれほど綺麗な希望の言葉で飾られていても、その真実を見誤るわけにはいかなかった。