ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
白い羽根が、裁縫室の天井から静かに降っていた。
それは一見すると、救いの象徴のようにも見えた。
けれど、最原終一には、その羽根がひどく冷たいものに思えた。
羽根の一本一本には旧希望ヶ峰学園の研究コードに似た文字列が走り、先端は縫い針のように鋭く尖っている。
床に落ちた羽根は型紙に刺さり、そこへ書かれた「希望役」や「犠牲者役」という言葉を、まるで正しい工程表であるかのように固定していた。
『ナイトメア構造に天使由来の識別コードが増殖しています。これは白銀つむぎ本来の夢だけでは説明できません』
アイボゥの声が通信越しに響く。
その分析は冷静だったが、内容はあまりにも不気味だった。
白銀さんの夢は、もう彼女だけのものではなくなりつつある。
コスプレ、衣装、型紙、再現。
彼女自身の才能に由来する悪夢の上に、天使達の希望ビデオが白い糸を通し、まったく別の形へ縫い替えようとしている。
『探偵くん、そいつはもう白銀の悪夢ってだけじゃねぇ。外から手を入れられてる』
「分かっています、伊達さん」
最原は、ノクスの姿で両手の武器を構え直した。
黒と紫の装甲に、白い光が不快なほど強く反射している。
目の前では、コスチュームナイトメアだったものが、ゆっくりと背中の羽を広げていた。
布と糸でできた身体に、白い羽根が生え、顔を覆う仮面には天使の輪のような光が浮かび上がっている。
「でも、まだ白銀さんの声は残っているはずです」
その言葉は、半分は自分に向けたものだった。
目の前の異形を見れば、状況が最悪に近いことは分かる。
けれど、白銀さん本人を諦めるには早すぎる。
彼女の言葉は歪められている。
それでも、あの穏やかな声の奥に、本来の白銀さんが完全に消えたとは思いたくなかった。
「希望を再現するには、絶望も、犠牲も、才能も、すべて必要」
変質するナイトメアが、祈るように言った。
「そうだよ、最原くん」
白銀さんの声が、それに重なる。
「再現度を上げるなら、足りない要素をちゃんと補わないといけないんだよ」
最原は息を呑んだ。
それは、彼女らしい言葉だった。
衣装の皺一つ、色味の違い一つを見逃さない白銀さんらしい、再現へのこだわり。
けれど今、そのこだわりは人間の命や心に向けられている。
足りない要素を補う。
その言葉の中に、犠牲や絶望まで含まれていることが、たまらなく恐ろしかった。
「白銀さん、聞いてください」
最原はナイトメアの羽根から放たれる針のような光を二刀で弾きながら、白銀さんへ呼びかけた。
「希望を再現するために、誰かを犠牲者役にする必要なんてありません」
「最原くんは優しいね」
白銀さんの声は、柔らかかった。
だからこそ、余計に胸が痛んだ。
「でも、優しさだけじゃ希望は完成しないんだよ」
「完成させる必要なんてない」
最原は、迫ってきた白い糸を斬り払う。
切断された糸はフィルムノイズとなって散り、またすぐに別の場所から縫い直された。
「希望は、誰かに作られる完成品じゃありません」
「でも、苗木くん達は完成した希望だったよ」
裁縫室の壁に、古い映像が映し出された。
コロシアイ学園生活の断片。
絶望的な状況の中で、それでも前を向いた人達。
映像は断片的で、都合よく切り貼りされている。
そこには悩みも、迷いも、恐怖も、全部が都合のいい前振りとして配置されていた。
「あの舞台があったから、絶望の中で希望になれたんだよ」
「違う」
最原の声は、思ったより強く響いた。
「苗木くん達は舞台に作られたんじゃない」
「自分達で選んで、希望を繋いだんです」
その瞬間、裁縫室の床が大きく震えた。
ナイトメアの背後に積まれていた型紙が一斉に舞い上がり、倒したはずのマネキン達へ吸い寄せられていく。
それらは新しい衣装をまとい、より精密な姿へ変化した。
ただし、顔だけは相変わらず空白のままだった。
「才能は消えない」
「才能は再現される」
「希望の舞台に、失敗作はいらない」
『敵構造体の精度が上昇しています。行動パターンが先ほどより複雑化しました』
『白銀の再現が、どんどん精巧になってやがるな』
伊達さんの声に、最原は目の前のマネキン達を見据える。
さっきよりも動きが鋭い。
格闘型はフェイントを混ぜ、頭脳型は糸を使って罠を張り、音楽型らしいマネキンは空気の振動で最原の足場を揺らしてくる。
才能の再現度は確かに上がっていた。
けれど、そこに本人の意思はない。
「再現度が上がっても、本物にはならない」
最原は影に沈むように低く踏み込み、接近してきたマネキンの胸元へ刃を走らせた。
タグが裂ける。
だが、そこに書かれていた「犠牲者役」という文字は、裂けた瞬間に「希望の礎」へと書き換わった。
「……っ!」
別のマネキンのタグには「裏切り者役」とあった。
最原が切り払うと、それは「試練の演出」へ変わる。
言葉だけが綺麗に変わっていく。
だが、やっていることは何も変わらない。
誰かを傷つける役割を、希望のためだと言い換えているだけだった。
「役名を書き換えても、やっていることは同じだ」
最原は二刀を交差させ、迫る糸をまとめて断ち切る。
「誰かを道具にする言い訳を、希望と呼んでいるだけです」
その言葉に反応したように、裁縫室の奥で白銀さんの意識断片が姿を現した。
作業台の前に座り、型紙を広げ、穏やかな笑みを浮かべている。
けれど、その瞳の奥には白いフィルムノイズが流れていた。
「最原くんには、ちゃんと役があるよ」
白銀さんは、優しく言った。
「君は真実を暴く探偵役」
「みんなが目を背けたいものを暴いて、希望の物語を進める役なんだよ」
「僕は、物語を進めるために真実を暴いているんじゃない」
「でも、最原くんが真実を見つけると、誰かが傷つくよね」
白銀さんの言葉が、最原の胸へ真っ直ぐ刺さった。
それは完全な間違いではなかった。
探偵として真実を暴くことは、時に誰かを傷つける。
隠していた罪。
見たくなかった現実。
忘れたい過去。
それらを明るみに出すことで、人の心を切り裂くことがある。
「それでも真実を暴くなら、君も舞台を進める人なんじゃないかな」
白銀さんの声は、責めているようではなかった。
むしろ、本当に役を割り振ろうとしているだけのように聞こえた。
それが、最原には一番苦しかった。
「傷つけるためじゃない」
最原は、マネキンの攻撃を影へ逃がしながら答えた。
「苦しくても、その人が自分の意思で前へ進むために、真実を見つけるんだ」
「それって、希望のために必要な痛みってことだよね」
「違います」
最原は、はっきりと否定した。
「僕は誰かを痛みの役に押し込めたりしない」
「真実は、誰かを舞台装置にするための道具じゃありません」
その瞬間、裁縫室全体が白く光った。
壁に貼られた型紙が剥がれ落ち、代わりに巨大な字幕が浮かぶ。
**希望再現劇場。**
『警告。夢領域の名称タグが変化しました』
『裁縫室から、希望再現劇場へ構造が再定義されています』
『おいおい、夢の中で部屋の名前まで変わるのかよ』
「白銀さんの創作領域が、天使達の実験場へ上書きされている……」
最原の言葉に応じるように、ナイトメアの身体がさらに変質した。
衣装の布地は白い羽根へと置き換わり、縫い糸は光るフィルムへ変わる。
顔の仮面には天使の輪のような光が浮かび、その周囲に旧希望ヶ峰学園の研究コードが流れ続けていた。
「希望は再現される」
「舞台は完成される」
「犠牲は、希望の条件となる」
「大丈夫だよ、最原くん」
白銀さんは、変わらず穏やかに言った。
「これは殺し合いじゃなくて、希望を生むための制作工程だから」
「その言葉が、一番危険なんです」
最原は、ノクスの脚力でナイトメアへ踏み込んだ。
剣が影をまとい、ナイトメアの白い羽根へ斬撃を叩き込む。
羽根が裂け、白い光が弾けた。
だが、切られた箇所にはすぐに新しいフィルムが巻きつき、何事もなかったように縫い直されていく。
「羽根を切っても、また縫い直される……!」
『ナイトメアの修復源は、白銀つむぎの認知固定にあります』
『対象が希望再現を必要だと信じている限り、構造修復は継続します』
『つまり、本体を斬るだけじゃ足りねぇってことか』
「白銀さん自身が、これを希望だと思い込んでいる」
最原は攻撃をかわしながら、視線を巡らせた。
斬るべきものはナイトメアだけではない。
壊すべきものは、白銀さんの中に縫い込まれた認知の構造だ。
彼女がなぜ、希望と絶望を結びつけられてしまったのか。
その始まりを見つけなければならない。
「だから、僕が見つけるべきなのは……」
その時、裁縫室の奥に巨大な映写機があることに気づいた。
白い羽根に覆われた部屋の中で、その映写機だけが黒く沈んでいる。
巻かれているフィルムには、はっきりと文字が刻まれていた。
**希望再現計画・原版。**
「あれが、白銀さんに見せられた希望のビデオの中核……?」
最原が一歩踏み出すと、ナイトメアが映写機を守るように立ちはだかった。
白銀さんの意識断片も、慌てるように顔を上げる。
「そこはまだ見ちゃ駄目だよ、最原くん」
「希望の上映は、ちゃんと準備が整ってからじゃないと」
「そこに、君が見せられたものがあるんですね」
「見ても意味ないよ」
白銀さんは、困ったように微笑んだ。
「だって、わたしはもう希望を理解しているから」
「なら、僕はその理解がどこから来たのかを確かめます」
最原は影へ沈み、映写機のある奥へ潜ろうとした。
だが、映写機から突然白い光が放たれる。
その光に触れた影が、焼けるように消えた。
ノクスの影潜行が妨害され、最原は床の上へ弾き出される。
『映写光が影移動を阻害しています』
『ノクスの影潜行能力に対する対策が組み込まれている可能性があります』
『天使達は、ノクスのことまで計算してやがるのか』
「いいえ、完全には読まれていないはずです」
最原は、白い光を二刀で受け止めながら、低く言った。
「僕が真実を探すことまでは、止められない」
映写光が影を消すなら、影だけに頼らなければいい。
最原は正面から光へ踏み込み、ノクスの二刀で投影されたフィルムを切り裂きながら進んだ。
光は装甲を焼き、白いノイズが視界を埋める。
それでも、最原は映写機の奥にある扉へ手を伸ばした。
扉の向こうは、映写室だった。
狭い部屋の壁一面に、フィルムが張り巡らされている。
そこには、苗木誠達の希望の瞬間が切り貼りされた映像と、コロシアイ学園生活の記録が歪んだ形で並んでいた。
どの映像も、希望が生まれた瞬間だけを強調し、その前にあった苦しみや選択を、まるで必要な材料のように編集している。
「これが……希望のビデオの正体」
『映像データに強い認知誘導反応を確認しました』
『対象に、希望と絶望の因果関係を固定する構造です』
『希望が生まれたから絶望が必要、って刷り込むための映像か』
「白銀さんは、この映像で信じ込まされたんだ」
最原は、壁の映像を見つめながら言った。
「希望を再現するには、絶望の舞台も必要だって」
「違うよ、最原くん」
背後から、白銀さんの声が聞こえた。
「信じ込まされたんじゃない」
振り向くと、白銀さんの意識断片が映写室の入口に立っていた。
その後ろには、ホープナイトメアへ変質しかけた異形が、白い羽根を広げている。
「わたしが、ちゃんと希望を理解したんだよ」
「白銀さん……」
映写機が起動した。
部屋全体へ白い光が広がり、最原の視界に過去のコロシアイ学園生活の断片が流れ込む。
そこへ、今のクラスメイト達を配役する計画書が重なる。
希望役、絶望役、犠牲者役、生存者役。
空欄だった名前が、少しずつ埋められようとしていた。
最原は、奥歯を噛みしめる。
「これは、白銀さんの希望じゃない」
ノクスの複眼が、白い光の向こうにある真実を見据えた。
「天使達が作った、希望の形をした罠だ」
映写室の奥で、ホープナイトメアへ変質しかけた存在が完全に身を起こした。
白い羽根が広がり、フィルムが回り、歪められた希望の映像が部屋中に満ちていく。
最原は理解した。
白銀さんを救うには、ナイトメアを倒すだけでは足りない。
この希望のビデオが、どのように彼女の心を縫い替えたのか。
その構造そのものを暴かなければならない。
そして、それこそが探偵としての自分の役目なのだと、最原は静かに覚悟を固めた。