ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
「それは違うぞ!」という最原の声が、映写室の白い光を切り裂いた。
その瞬間、壁一面に映し出されていた希望の映像へ、大きなノイズが走った。
苗木誠たちが絶望の中から希望へ至った瞬間だけを切り貼りした映像が、まるで編集の継ぎ目を暴かれたみたいに乱れ始める。
白いフィルムは軋み、ホープナイトメアの羽根は一瞬だけ震え、白銀つむぎの瞳に流れていた白いノイズも、わずかに揺らいだ。
最原は、変身が解除されたまま立っていた。
装甲はない。武器もない。
身体のあちこちが痛み、足は今にも崩れそうだった。
それでも、彼の目だけは、白い映写光に飲まれていなかった。
「僕が否定するのは、白銀さんじゃない。白銀さんを利用している、この希望の形だ」
白銀は、理解できないものを見たように目を瞬かせた。
いつもの穏やかな表情は残っている。
けれど、その奥にあった確信が、最原の言葉でほんの少しだけ揺らいでいた。
「最原くん……どうして、そんなにボロボロなのに立てるの?」
「真実を見つけるまで、僕は倒れない。たとえ希望という言葉で覆われていても、その奥にある歪みを見逃したくないんだ」
ホープナイトメアが、白い羽根を大きく広げる。
その羽根は神聖なものなどではなかった。
旧希望ヶ峰学園の研究コードが走る羽軸から、フィルム状の糸が伸び、映写室の壁や床を縫い合わせていく。
まるで、この部屋そのものを巨大な舞台として固定しようとしているようだった。
「否定する探偵は、舞台に不要。役を拒む者は、希望の完成を妨げる」
「最原くん、お願い。わたしの希望を壊さないで」
白銀の声は優しかった。
だからこそ、最原の胸は痛んだ。
彼女は本気で、自分が希望を作ろうとしていると思っている。
絶望も、犠牲も、配役も、すべては希望を再現するための制作工程だと信じ込まされている。
「これは白銀さんの希望じゃない。誰かが用意した結論を、君の希望みたいに見せているだけだ」
「希望は絶望から生まれる。舞台が整えば、希望は再現される」
ホープナイトメアの言葉が、映写室の空気を白く染めていく。
けれど、最原はもうその論理に膝を折らなかった。
「それは、誰かに作られた希望だ」
その頃、現実側の接続室では、伊達要がモニターに映る異常反応を睨んでいた。
最原の生命反応はまだ残っている。
だが、変身解除後の精神負荷は危険域へ近づいていた。
「おい、アイボゥ。未登録カプセムの反応が出てるぞ。まさか天使の仕込みじゃねぇだろうな」
「外部装填元を確認しました。装填者は、苗木誠です」
その名を聞いて、万津が驚いたように振り向いた。
接続室の入口に立っていた苗木誠は、静かにホープカプセムを手にしていた。
それは白く輝いていたが、天使の光とは違う。
押し付けるようなまぶしさではなく、暗闇の中で誰かの手を探すような、温かく揺れる光だった。
「希望は、誰かに押し付けるものじゃない」
苗木は、モニターの向こうで戦う最原を見つめながら言った。
「でも、誰かが立ち上がろうとしているなら、繋ぐことはできると思うんだ」
「苗木さん……それを最原に渡すんですか」
万津の問いに、苗木は頷いた。
「僕達が選んできた希望を、今度は最原くん自身が選べるように。過去を再現するためじゃなく、彼が自分の道を進むために届けたいんだ」
アイボゥが接続ラインを開き、ホープカプセムの転送処理を開始する。
白い光はデータの流れとなってノクスドライバーへ向かい、夢の中の最原へ届いていった。
映写室の中で、最原のノクスドライバーが淡く光った。
彼は痛む身体を支えながら、胸元に現れた白いカプセムを見下ろす。
「これは……ホープカプセム?」
『ノクスドライバーに外部カプセムの装填を確認しました。識別名、ホープカプセムです』
『探偵くん、それは敵の仕込みじゃねぇ。苗木が、お前に託したもんだ』
「苗木さんが……僕に……」
白銀は、その光を見て少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ホープカプセム……それなら、最原くんも希望の役になれるよね」
「違うよ、白銀さん。苗木さんが託したのは、役じゃない」
最原はホープカプセムを手に取った。
そこには確かに希望がある。
けれど、それは誰かを舞台へ縫い付けるための希望ではなかった。
絶望を材料にして作られた完成品でもなかった。
「苗木さん達は、絶望に作られたわけじゃない。絶望の中でも、自分達で選んだから、希望を繋げたんだ」
「でも、あの舞台があったから、希望になれたんじゃないの?」
「舞台が希望を作ったんじゃない。その中で、誰かを信じることを選んだ人達がいたんだ」
映写室の白いフィルムに、またノイズが走った。
切り貼りされていた映像の隙間から、今まで消されていたものが一瞬だけ映る。
迷い、恐怖、葛藤、後悔、それでも自分で立ち上がる姿。
それらは、希望のための材料ではなく、彼らが人間として選び続けた証だった。
「苗木さんが繋いだ希望は、再現するための型紙じゃない。誰かが次に進むために、受け取って、選び直すものなんだ」
「希望カプセムを受け入れよ。探偵役として、舞台を完成させよ」
ホープナイトメアが、カプセムへ白い糸を伸ばす。
その糸は最原を希望の探偵役として固定しようとしていた。
だが、最原はホープカプセムを握りしめながら、静かに首を横へ振った。
「希望を受け入れることと、役を受け入れることは違う」
「矛盾。希望を拒む者は、絶望へ落ちる」
「拒んでいるんじゃない。僕は、誰かに作られた希望を、自分の答えにしないだけだ」
白銀の瞳が揺れた。
「作られた希望じゃ……駄目なの?」
「駄目なんじゃない。でも、それを自分で選び直せないなら、白銀さんの希望じゃなくなる」
その言葉に、ホープカプセムの白い外装へ細い亀裂が走った。
白い羽根の模様が崩れ、その奥から赤橙と青の光が漏れ出す。
やがて、カプセムの内部で黄色いリングがゆっくりと回り始め、黒青の渦が深く揺らめいた。
『ホープカプセムの構造が変化しています。外部装填データは維持されていますが、識別情報が再定義されています』
『苗木が渡した希望を、探偵くん自身の答えで変えたってことか』
「苗木さんの希望を、そのまま真似るんじゃない。僕は、僕の道の先で希望を見つける」
「異常発生。希望カプセム、再現不能」
ホープナイトメアが、初めて明確な拒絶を示した。
白銀は、変化していくカプセムを見つめ、呆然と呟く。
「希望の色が……夜みたいに変わっていく……?」
カプセムは、白い殻を完全に脱ぎ捨てた。
二つの円形ユニットが連結したような形へ再構成され、赤橙色と青色を基調としたギアが外周に現れる。
その外周には歯車のようなギザギザしたパーツが並び、中央の黄色いリングの内側には、真夜中の空のような黒青の渦が回っていた。
『識別名を確認しました。ミッドナイトシャドウカプセムです』
最原は、その新たなカプセムを見つめた。
白い希望ではない。
絶望の黒でもない。
夜の奥へ沈みながら、それでも真実を探すために回り続ける影の光だった。
「最原くん……それは希望なの? それとも、絶望なの?」
白銀が、震える声で問いかける。
「どちらでもないよ、白銀さん」
「どちらでも、ない……?」
「これは、誰かに作られた希望でも、押し付けられた絶望でもない。僕が選んだ道の先にある、真夜中の影だ」
『影ってのは、光があるからできるもんだ。探偵くんには、悪くない力じゃねぇか』
『ノクスドライバーとの適合率が急上昇しています。変身可能です』
ホープナイトメアが、最原を危険な異物として認識したように羽を広げる。
「削除対象。否定する探偵は、希望再現計画に不要」
白い羽根が無数の刃となって最原へ向かう。
しかし、ミッドナイトシャドウカプセムのギアが回転し、黒青の渦が映写室へ広がった。
真夜中のような影が白い映写光を押し返し、最原の周囲に静かな暗闇を作る。
「僕は舞台の役じゃない。白銀さんも、希望を作るための制作者役なんかじゃない」
「わたしも……役じゃない……?」
「そうだよ。白銀さんは、白銀つむぎという一人の人間だ」
その言葉に、白銀の表情がまた揺れた。
ほんの一瞬、彼女の瞳の奥にあった白いノイズが薄れ、いつもの白銀つむぎの困ったような目が覗いたように見えた。
『ミッドナイトシャドウカプセム、完全安定を確認しました』
『次は変身ってわけだな、探偵くん』
「はい、伊達さん」
最原は、ミッドナイトシャドウカプセムを強く握りしめた。
「でも、この力で倒すのは白銀さんじゃありません。白銀さんを縫い付けている、この希望の罠です」
映写室の白い光の中に、真夜中の影が広がっていく。
苗木誠から託された希望は、最原終一自身の選択によって、新たな力へと生まれ変わった。
ホープカプセムは、もはや過去を再現する白い型紙ではない。
真実へ向かって夜を進むための、ミッドナイトシャドウカプセムとなったのだ。