ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ミッドナイトシャドウカプセムが、最原終一の掌の中で低く唸っていた。
映写室を満たしていた白い光は、まだ消えていない。
過去のコロシアイ学園生活を切り貼りした映像は、壁一面に映し出され、希望は絶望から生まれるという結論だけを繰り返し刷り込もうとしている。
その中心で、ホープナイトメアは白い羽根を広げ、フィルム状の糸を床に這わせていた。
そして白銀つむぎは、その背後で困ったように最原を見つめていた。
「最原くん……それは、希望なの?」
「それとも、絶望なの?」
白銀の声は揺れていた。
けれど、その揺れは恐怖だけではなかった。
自分が信じていた希望の形が、目の前で別の何かに変わっていくことへの戸惑いが混ざっていた。
最原は、痛む身体を押さえながらも、ミッドナイトシャドウカプセムを強く握った。
苗木誠から託されたホープカプセムは、白銀を縛っていた希望の光とは違った。
それは誰かを役へ押し込めるためのものではなく、誰かが自分で立ち上がるために繋がれてきたものだった。
「どちらでもないよ、白銀さん」
最原は、白銀を真っ直ぐ見た。
「これは、誰かに作られた希望でも、押し付けられた絶望でもない」
「僕が、自分で選んだ道の先にある力だ」
ホープナイトメアの羽根が、ぎしりと音を立てた。
まるで、最原の言葉そのものを異物として認識したようだった。
「異物確認」
「希望再現計画に不要な力を排除する」
その声と同時に、映写室の床が裂ける。
白いフィルム状の糸が床下から伸び、無数のマネキン達を引き上げた。
胸元には、それぞれタグが揺れている。
希望役。絶望役。犠牲者役。探偵役。
どれも、人間を一人の人間として見ていない言葉だった。
「変身不要」
「役を拒む探偵は、舞台に不要」
マネキン達が、一斉に最原へ襲い掛かった。
変身前の最原を押さえ込み、ノクスドライバーへ伸びる白い糸でミッドナイトシャドウカプセムの装填を妨害しようとしている。
「最原くん、やめて」
白銀が、思わず一歩前へ出る。
「それ以上進んだら、わたしの希望が壊れちゃうよ」
「壊すんじゃない」
最原は、迫るマネキン達を前にしても退かなかった。
「白銀さんを縛っている、その希望の形を解くんだ」
彼はミッドナイトシャドウカプセムのギアへ指をかけた。
最初のマネキンが腕を伸ばし、最原の肩を掴もうとした瞬間、ギアが一度回った。
「僕は、舞台に用意された役じゃない」
低い回転音が響き、カプセムの外周から黒青の衝撃波が広がった。
飛びかかっていたマネキン達は、糸ごと弾き飛ばされ、映写室の床へ転がる。
白い糸の一部が千切れ、映写機の光にノイズが走った。
『カプセム回転に伴う衝撃波を確認しました』
『敵性構造体を強制的に後退させています』
アイボゥの声が通信に乗る。
続けて、伊達さんの声が少しだけ楽しげに響いた。
『いいぞ、探偵くん』
『そいつは変身前からずいぶん派手な挨拶をするらしいな』
けれど、ホープナイトメアはすぐに次のマネキンを呼び出した。
今度は、ただの舞台用人形ではない。
超高校級の才能を模した動きで、速度も角度も変えながら最原を取り囲んでくる。
「役割を再配置」
「探偵の変化を阻止せよ」
最原は、二回目のギアを回した。
「希望は、誰かに押し付けられるものじゃない」
青い衝撃波が円形に広がった。
接近していたマネキン達の胸元のタグが、次々に裂けていく。
希望役、犠牲者役、探偵役。
配役を失ったマネキン達は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「タグが……配役が、消えていく……?」
白銀が、呆然と呟いた。
「配役なんて、最初から必要なかったんだ」
最原の声は静かだった。
だが、その静けさの中には、揺るがない怒りがあった。
ホープナイトメアは白い羽根を大きく広げる。
無数の羽根が針のように変化し、最原へ向かって放たれた。
マネキンでは止められないと判断したのだろう。
今度は、最原の身体ごと貫こうとしている。
「否定する探偵を削除」
「希望再現計画を継続する」
最原は、三回目のギアを回した。
「苗木さん達の希望は、再現するための型紙じゃない」
白と青が混ざり合った衝撃波が、最原の周囲から爆ぜた。
飛来する羽根の針は、空中で弾かれ、白いフィルムノイズとなって散っていく。
ミッドナイトシャドウカプセムの中央にある黄色いリングが強く回転し、黒青の渦がさらに深くなった。
『ミッドナイトシャドウカプセムの内部回転数が上昇しています』
『ノクスドライバーとの同期率も急速に安定しています』
映写室の白い光が、最原を押し潰すように集まってくる。
ホープナイトメアは最後の妨害として、部屋全体を支配していた希望映写光を一点に集中させた。
白銀は、その光の向こうで、苦しそうに最原を見ていた。
「最原くん、待って」
「希望を壊したら、何が残るの?」
その問いに、最原は迷わなかった。
「白銀さん自身が残る」
白銀の目が、大きく揺れた。
「希望を演じなくても、誰かを再現しなくても、君は君のままでいい」
そして、最原は四回目のギアを回した。
瞬間、これまでで最も強い衝撃波が映写室を貫いた。
白い映写光が押し返され、マネキン達は一斉に吹き飛ばされる。
床に張り巡らされていたフィルム状の糸は千切れ、黒青の渦が最原の足元に広がった。
『全部吹っ飛ばしやがったな』
『いけるぞ、探偵くん』
『カプセムのチャージ完了を確認しました』
『変身準備、完了しています』
最原の周囲に、一瞬だけ静寂が生まれた。
白い映像は乱れ、マネキン達は倒れ、ホープナイトメアの羽根も揺らいでいる。
そのわずかな時間の中で、最原はミッドナイトシャドウカプセムをノクスドライバーへ装填した。
「僕は、誰かに作られた希望にも、押し付けられた絶望にも従わない」
彼はスピナトリガムを押した。
そして、左手の人差し指と親指を、時計の二時を示すように顔の左へ掲げる。
従来のノクスと同じ所作。
けれど、その意味はもう以前とは違っていた。
「僕自身の意思で、白銀さんの真実を見つける」
最原は、その手を前へ突き出した。
ホープナイトメアを。
白銀を。
そして、希望の形をした罠を、真っ直ぐ見据える。
「変身」
ノクスドライバーが回転した。
次の瞬間、最原の足元から黒い霞が噴き上がった。
同時に、彼から見て右側に白い竜巻が、左側に青い竜巻が発生する。
白と青の竜巻は左回転しながら膨れ上がり、映写室の白い光を巻き込んでいく。
足元の黒い霞は、やがて黒い渦巻きへ変わり、白と青とは逆方向に右回転を始めた。
「光が……消えていく……?」
白銀が、震える声で呟く。
「異常」
「希望映写光、遮断」
三つの渦は、最原を中心に巨大化していく。
白い映像も、フィルムの糸も、マネキン達の残骸も、すべてがその渦へ飲み込まれた。
映写室は、ゆっくりと暗転していく。
その暗闇の中に、一つの人影が立っていた。
最初に形作られたのは、黒を基調としたメインボディだった。
真夜中の底から浮かび上がるように、装甲が最原の身体を覆っていく。
そこへ、青の光のラインが走った。
青いラインはベルトを中心に渦巻くように広がり、ファントムゲイムラインとして全身へ刻まれていく。
続いて、白い装甲が黒いボディの上へ重なった。
白のミッドナイトゲイムラインが青いラインと絡み合い、通常のノクスとは異なる渦巻き状のデザインを形成する。
それは、左右で色が分かれたノクスではない。
希望と影、白と青、真実と夜が、ひとつの渦として最原の身体に刻まれている姿だった。
『メインボディ形成を確認』
『青のエネルギー、白のエネルギーが順に装甲へ定着しています』
最後に、頭部の上下からアビスシーカムのパーツが生成された。
鋭い装飾を伴ってパーツが展開し、頭部、両肩、前腕に刺々しいシルエットが加わっていく。
暗闇の中で、青い複眼が鋭く光った。
その瞬間、暗転していた空間が晴れた。
「最原くん……?」
白銀の前に立っていたのは、まったく新しいノクスだった。
黒を基調としたボディに、白いミッドナイトゲイムラインと青いファントムゲイムラインが渦巻き状に走っている。
ベルトを中心に絡み合うそのラインは、誰かに押し付けられた希望でも、絶望に塗り潰された影でもない。
真夜中の中で、自分自身の意思によって進む者の軌跡だった。
青い複眼が、白銀とホープナイトメアを見据える。
尖った頭部装飾、両肩と前腕の鋭利なパーツが、強化形態としての刺々しさを際立たせていた。
けれど、その姿には威圧だけではない静けさがあった。
夜の中で、真実を探し続ける探偵の静けさだった。
『変身完了』
『仮面ライダーノクス、ミッドナイトシャドウ』
『悪くねぇじゃねぇか、探偵くん』
『真夜中の影をまとった名探偵ってところか』
最原は、ミッドナイトシャドウの姿で静かに息を整えた。
そして、白銀へ向き直る。
「白銀さん」
その声は、仮面越しでも確かに最原終一のものだった。
「この力で、君を倒すんじゃない」
「君を縛っている希望の罠を暴く」
ホープナイトメアは、白い羽根を大きく広げた。
映写室を満たしていた白い光は、ミッドナイトシャドウの影によって押し返されている。
「新規異物を確認」
「希望再現計画への脅威と判断」
白銀は、まだ迷うように最原を見つめていた。
「最原くん……その姿は、希望なの……?」
最原は、静かに首を横へ振る。
「希望か絶望かは、誰かに決められるものじゃない」
青い複眼が、真夜中の影の中で強く光る。
「僕は、自分で選んだ道の先にある真実を探す」
映写室の白い光と、真夜中の影がぶつかり合う。
そして最原終一は、仮面ライダーノクス ミッドナイトシャドウとして、白銀つむぎを縛る希望の罠へ向かって静かに構えた。