ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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夜 Part2

 その名をアイボゥが告げた瞬間、映写室に満ちていた白い光が、まるで夜に飲まれるように押し返された。

 壁一面に張り巡らされたフィルムはまだ回り続けている。

 苗木誠たちの希望だけを切り取った映像が、絶望の舞台こそが希望を生むという結論を繰り返し映し出している。

 だが、その白い映像の中心に立つ最原終一の姿は、もうその結論に縫い止められてはいなかった。

 

 黒を基調とした装甲に、白いミッドナイトゲイムラインと青いファントムゲイムラインが渦を描くように走っている。

 ベルトを中心に絡み合う二色の線は、誰かに作られた希望でも、押し付けられた絶望でもない。

 真夜中の中で、自分の意思で進む者だけが持つ、静かな軌跡のように見えた。

 

「新規異物を確認。希望再現計画への脅威と判断」

 

 ホープナイトメアが白い羽根を広げた。

 その羽根の一本一本には旧希望ヶ峰学園の研究コードが走り、フィルム状の糸が先端から垂れ下がっている。

 映写室の床が裂け、そこから再現マネキン達が次々と這い出してきた。

 胸元には、希望役、絶望役、犠牲者役、生存者役、そして探偵役と書かれたタグが揺れている。

 

「配役せよ。舞台を整えよ。希望を完成させよ」

 

 マネキン達が一斉に最原へ襲い掛かる。

 白い羽根の針も同時に放たれ、逃げ場を塞ぐように映写室全体を埋め尽くした。

 だが、最原は動かなかった。

 ただ青い複眼で、その全てを見据えていた。

 

「攻撃が来ます、回避を推奨します」

 

 アイボゥの警告が通信越しに響く。

 しかし、最原は小さく首を横に振った。

 

「いいえ。避けるだけじゃ、この舞台の仕組みは壊せません」

 

 その言葉と同時に、最原の周囲へ無数の黒い影が開いた。

 虚空に浮かぶ影のポータルだった。

 白い羽根の針は最原へ届く直前、その影に飲み込まれる。

 次の瞬間、別の影から同じ針が飛び出し、迫っていたマネキン達の足元や胸元のタグを正確に撃ち抜いた。

 

「攻撃が、影の中を通って……戻った?」

 

 白銀つむぎが呆然と呟く。

 彼女の瞳にはまだ白いノイズが流れていたが、その奥に小さな戸惑いが生まれていた。

 

「空間転移に近い影操作を確認しました。通常のノクスよりも影領域の制御精度が大きく上昇しています」

 

「やるじゃねぇか、探偵くん。敵の弾を証拠品みたいに突き返してやがる」

 

 伊達さんの声に、最原はわずかに頷いた。

 彼はマネキン本体を破壊しない。

 影から放たれた羽根の針は、あくまで胸元のタグだけを撃ち抜いていく。

 希望役という文字が裂け、犠牲者役という紙片が落ち、探偵役というタグが影の刃に切り裂かれる。

 

「最原くん、どうして役だけを切るの?」

 

 白銀の声は、本当に分からないという響きを持っていた。

 

「人を壊す必要はありません。壊すべきなのは、誰かを役に縛る仕組みです」

 

「役割なき人間は、舞台に不要である」

 

 ホープナイトメアが即座に否定する。

 映写室の壁には、希望は絶望から生まれる、犠牲は希望の条件である、という字幕が何度も何度も流れ始めた。

 白銀の心を縛るための論理が、映像となって押し寄せてくる。

 

「舞台に必要かどうかで、人の価値は決まらない」

 

 最原は静かに答え、右手を前へ払った。

 影のポータルが扇状に展開し、映像から伸びていた白い糸を別々の方向へ転移させる。

 希望という単語で縫い合わされていた字幕が分断され、映写室の壁に大きなノイズが走った。

 

「映像認知構造に揺らぎを確認しました。最原の攻撃は、物理破壊ではなく論理接続の切断に近い効果を出しています」

 

「つまり、嘘の筋道をバラしてるってことか。探偵くんらしい戦い方だな」

 

 それでも、ホープナイトメアは止まらなかった。

 白い羽根が再び広がり、今度は最原の足元にある影そのものへフィルム状の糸を突き刺してくる。

 影を縫い止める攻撃だった。

 通常のノクスなら、影移動を封じられて身動きが取れなくなる。

 

「拘束完了。否定する探偵を削除する」

 

 フィルムの糸が最原の手足へ絡みつき、装甲を縛り上げる。

 白銀が息を呑んだ。

 だが、次の瞬間、最原の身体が輪郭を失った。

 黒い装甲が液体のように崩れ、闇そのものへと変じる。

 

「真実は、一つの視点だけでは見えない」

 

 声だけが映写室に響いた。

 拘束していた糸は空を縛ったまま虚しく揺れ、最原の姿はホープナイトメアの足元に落ちた影の中へ潜り込んでいた。

 そして、敵の背後の影から、最原が静かに現れる。

 

「影に潜り込んだ……?」

 

「拘束対象、消失。再捕捉不能」

 

 ホープナイトメアが振り向こうとするより早く、最原は腕を振るった。

 影の空間が展開され、映写室の一角が真夜中のような黒へ沈む。

 その闇の中に、複数のノクスの影が浮かび上がった。

 一人は羽根を切り、一人はフィルムを断ち、一人は映写光の出所を探るように壁へ手を伸ばしている。

 

「最原くんが、何人も……?」

 

「これは僕が増えたんじゃありません」

 

 複数の影が同時に動き、ホープナイトメアの白い羽根を切り裂いていく。

 

「白銀さんを縛る嘘を、いくつもの角度から確かめているだけです」

 

 その言葉に、白銀の表情がまた揺れた。

 彼女は自分の胸元を押さえる。

 希望を再現するためには舞台が必要だと信じていたはずなのに、最原の言葉はその舞台の下に隠された糸を一本ずつ引き抜いていく。

 

「でも、希望を再現しなかったら……亡くなった才能はどうなるの?」

 

 白銀の声が、初めて明確な不安を帯びた。

 

「失われたものを、そのままにはできないよ。地味なわたしでも、何かを残せるなら残したいんだよ」

 

「残すことと、誰かを再現することは違います」

 

 最原は、白銀を責めるのではなく、彼女の不安へ向かって言葉を置いた。

 

「亡くなった人達の希望は、型紙じゃありません。誰かの人生を切り取って、別の人に縫い付けるものじゃないんです」

 

「じゃあ、どうすればいいの……?」

 

「覚えて、受け取って、それでも今いる人が自分の道を選ぶんです。苗木さんがそうしたように。白銀さんが、本当は作品を大切にしてきたように」

 

 ホープナイトメアが、白銀の揺らぎを断ち切るように咆哮した。

 映写室の奥にある巨大なフィルム原版が激しく回転し、白い映写光を増幅させる。

 最原はその動きを見逃さなかった。

 

「あれが中核ですね」

 

「映像原版の反応が急上昇しています。白銀つむぎの認知固定と直結している可能性が高いです」

 

 最原は影のポータルを連続で展開した。

 白い映写光をいくつもの影へ分散させ、別方向へ逃がしながら、フィルム原版へ近づいていく。

 ホープナイトメアは羽根の針を放つが、それらはすべて影に飲まれ、別の角度から返される。

 マネキン達も立ちはだかるが、胸元のタグだけが次々と切り落とされ、糸の切れた人形のように崩れていった。

 

 やがて最原は、巨大な映写機の前へ辿り着いた。

 そこには、白銀が最初に見せられたであろう原版フィルムが巻かれている。

 苗木誠たちの希望の瞬間が、都合よく切り貼りされ、絶望の舞台こそが希望を作ったという結論へ誘導する構造になっていた。

 

 そして、そのフィルムの端に、白い羽根のような識別子が刻まれていた。

 

「見つけた……これが、白銀さんの希望を縛っていた始まりだ」

 

「映像原版に、天使由来の署名コードを検出しました」

 

「つまり、黒幕の手癖が残ってたってわけだな」

 

 伊達さんの声に、最原は頷いた。

 青い複眼が、原版に刻まれた署名コードを映し取る。

 これで、白銀が自分の意思でこの結論に辿り着いたのではないと示せる。

 これは希望ではなく、希望の形をした誘導だと証明できる。

 

「この証拠があれば、白銀さんに届くはずです」

 

 最原は振り返った。

 白銀は、ホープナイトメアの背後で揺れていた。

 彼女の目にはまだ白いノイズが残っている。

 けれど、その奥に、確かに迷いが生まれていた。

 

「白銀さん。君が見ていた希望には、編集の跡があります」

 

 最原は静かに言った。

 

「誰かが君に、絶望が必要だと思わせたんです」

「だから次は、その証拠を君自身に見てもらいます」

 

 ホープナイトメアが、最原を消すように羽根を広げる。

 だが、最原の影は、もう映写室の白い光に飲まれていなかった。

 真夜中の影は、希望の罠の中に隠された真実へ、確かに届いていた。

 

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