ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
# 真実の後に残るもの
夜の食堂には、昼間の騒がしさが嘘のように消えており、天井の照明だけが半分ほど落とされた空間で、最原終一は一人だけ端末の光を見つめていた。
画面には、白銀つむぎのソムニウムから回収された記録が並んでいる。希望ビデオの署名コード、天使由来の白い羽根の識別子、NAIX式暗号と推定された幾何学的な文字列、そして認知汚染残滓という無機質な表示。どれも事件の証拠としては重要だったが、最原の視線は、解析結果よりも白銀が最後に見せた迷いの表情へ何度も引き戻されていた。
ホープナイトメアは倒した。白銀は希望という言葉に縫い付けられた状態から戻りかけている。けれど、最原が暴いた真実は、彼女を救ったと同時に、彼女へ自分が何をしようとしていたのかを突きつけてしまった。
「白銀さんを助けるためだったとしても、僕はまた誰かに痛みを背負わせたんだな」
最原の呟きは、食堂の広さに吸い込まれるように消えていった。机の上には手をつけていない飲み物が置かれていて、もう温かさはほとんど残っていない。眠れないからここに来たはずなのに、眠れない理由を確かめるために記録を見返しているのだから、自分でも始末が悪いと感じていた。
その時、食堂の入口から足音が近づいた。最原が端末を閉じようとすると、入ってきた万津はそれに気づき、気まずそうに片手を上げた。
「別に隠さなくていい。俺も眠れなかったから、何となくここに来ただけだ」
「万津くんも、やっぱり眠れなかったんですね」
「天使だのNAIXだの時雨だの、あんな話を聞いた後で普通に眠れるなら、俺はもう少し幸運だったと思う」
万津はそう言って、最原の向かいの席へ腰を下ろした。いつもの調子を装っているが、その目の奥には疲れが残っている。彼もまた、天使達のカムクライズル化計画や、教祖から告げられた終焉の言葉を胸の内に抱えているのだろう。
最原は端末を閉じきれないまま、画面に映る「認知汚染残滓」という表示を見た。
「白銀さんを助けたはずなのに、勝った気がしないんです。僕は真実を暴くことしかできなくて、その真実が誰かを救う前に、まず傷つけてしまう気がして」
万津はすぐに答えなかった。うまい言葉を探すように視線を机へ落とし、冷めた飲み物のカップを指先で回してから、ようやく顔を上げた。
「俺は、最原がいてよかったと思ってる」
唐突な言葉に、最原は返事を失った。万津自身も、勢いで言ってしまったことを少し恥ずかしがるように眉を寄せたが、それでも言葉を引っ込めることはしなかった。
「上手く言えないけど、最原が真実を見つけてくれるから、俺は何と戦っているのか分かるんだ。第三の道を探すにしても、本当の壁がどこにあるのか分からなかったら、どこへ進めばいいのかも分からないだろ」
「でも、万津くんはいつも別の道を探そうとしている。僕はそこまで器用じゃありません」
「俺だって器用じゃないし、むしろ不運で余計な壁ばかり増やしてるだけだ。だから、最原が壁の正体を見つけてくれるのは、本当に助かってる」
万津の言葉は、赤松や百田のようにまっすぐ綺麗な励ましではなかった。けれど、その不器用さの中に嘘がないからこそ、最原は胸の奥を押さえられたような感覚を覚えた。
そこへ、飲み物の入ったカップを二つ持った赤松楓が入ってきた。彼女は食堂の空気を見て事情を察したのか、何も問い詰めず、最原の隣へ一つのカップを置いた。
「最原くんは、真実を暴くことが怖いって感じてもいいんだよ」
「赤松さん……聞いていたんですか」
「全部じゃないけど、最原くんが自分を責めている時の声は、少し分かりやすいから」
赤松はそう言って、責めるのではなく、最原が座っている場所を少しだけ広げるように微笑んだ。食堂の照明は暗いままだが、彼女が置いた飲み物の湯気だけが、冷えた空気の中でかすかに揺れている。
「白銀さんは、これから自分がしようとしていたことと向き合わなきゃいけない。それは確かに痛いことだと思う」
「その痛みを、僕が見せてしまったんです」
「それでも、ずっと嘘の中にいたほうが幸せだったとは言えないよ。痛い真実でも、隣にいてくれる人がいるなら、その人は一人で傷つくわけじゃないから」
最原はカップへ手を伸ばしたが、すぐには飲まなかった。赤松の言葉は優しく、それが優しいほど、自分が許されてしまうようで怖かった。真実を暴くことに痛みが伴うのなら、その痛みを忘れてはいけないという思いも残っている。
すると、入口の方から大きな欠伸を噛み殺したような声が聞こえた。
「おいおい、夜中に集まって辛気臭い顔をしてるなら、俺も混ぜろよ。終一が一人で抱え込む会なら、宇宙に轟く百田解斗様が参加しないわけにはいかねぇだろ」
百田解斗は、細かい事情を聞く前から状況を理解したように、最原の背後へ回って肩に手を置いた。その手の重さは乱暴ではあるが、最原が立ち止まりすぎないように現実へ引き戻す力を持っている。
「百田くん、僕は本当に前に進めているんでしょうか。真実を暴くたびに、誰かへ痛みを渡しているような気がするんです」
「痛みがあるなら、お前がちゃんと相手を見てる証拠だろ。何も感じねぇ奴なら、そもそもそんなことで夜中に悩まねぇ」
百田の言い方は相変わらず真っ直ぐで、逃げ道を塞ぐように強かった。それでも、そこには最原の弱さを否定する響きはなかった。
「悩むなら悩め。怖いなら怖いまま進め。お前が見つけた真実で助かる奴がいるなら、その真実は誰かを傷つけるためだけのものじゃねぇ」
「百田くんの言い方は荒いけど、俺もそう思う。最原がいなかったら、白銀はまだ誰かの希望を演じていたかもしれない」
万津が不器用に重ねた言葉へ、赤松も同意するように頷いた。最原は三人の顔を見回し、胸の中に残っていた重さが消えたわけではないことを感じながらも、それを一人で抱え続けなくていいのだと少しだけ受け止め始めていた。
その時、食堂の入口にもう一人の影が立った。白銀つむぎはまだ顔色が優れず、眼鏡の奥の瞳にも迷いが残っていたが、誰かに連れてこられたのではなく、自分の足でそこに来ていた。
「最原くん、わたしも少し話していいかな」
「もちろんです。無理はしないでください」
「無理はしてるかもしれないけど、逃げたくはないんだ」
白銀はテーブルの近くまで来ると、空いている椅子へ腰を下ろした。彼女はしばらく自分の手を見つめていた。その手は、希望という名前の舞台を縫おうとしていた手であり、同時に、これから別の何かを作り直せる手でもあった。
「わたし、再現することが好きだったんだと思う。誰かを役にして舞台に縫い付けることじゃなくて、好きなものを大事に受け取って、自分の手で形にすることが好きだったんだと思う」
最原は何も遮らず、白銀が自分の言葉を探す時間を待った。赤松も百田も万津も、今は彼女へ正解を渡そうとはしなかった。
「だから、今度は誰かを役にしないで作りたい。苗木くん達の希望を再現するんじゃなくて、わたしがちゃんと好きだと思えるものを、自分の言葉で作り直したい」
「白銀さんがそう言えるなら、きっとそこから始められます」
「うん。すぐに大丈夫にはなれないと思うけど、最原くんが真実を見せてくれなかったら、わたしは自分の言葉に戻ることもできなかったから」
その言葉は、最原の傷を完全に消すものではなかった。けれど、真実を突きつけられた側である白銀が、自分の足で再出発を選ぼうとしていることは、最原にとって何より重い答えだった。
食堂の窓の外には、まだ夜の色が残っている。NAIXの所在地は分からず、天使達と時雨の計画も止まっていない。テアラァが残した「希望は終わらない」という言葉も、警告のように消えずに残っている。
それでも、今この場所にいる仲間達は、誰かに配役された存在ではなかった。赤松は優しさで最原の痛みを受け止め、百田は迷いごと背中を押し、白銀は自分の言葉を取り戻そうとしている。そして万津は、不器用なまま最原の真実を必要だと言ってくれた。
「万津くん、さっきの言葉ですけど、僕も君がいてよかったと思っています」
「俺は、本当に大したことを言ったつもりはないんだけどな」
「それでも、僕には必要な言葉でした。真実を暴くことしかできないと思っていたけど、その真実を誰かが次の道へ繋げてくれるなら、僕も一人で抱え込まなくていいのかもしれません」
万津は少し照れたように視線を逸らした。百田が何かを茶化そうとしたが、赤松が小さく笑って止めたので、食堂には穏やかな沈黙が残った。
「じゃあ、最原が真実を見つけて、俺が変な不運に巻き込まれながら抜け道を探すってことでいいのか」
「できれば、変な不運には巻き込まれないでほしいです」
「それができたら、俺は超高校級の不運なんて呼ばれてない」
二人の会話に、赤松と白銀が少しだけ笑った。百田は最原の背中を軽く叩き、終一はそれでいいと言うように力強く頷いた。
「ほらな、終一。お前は一人で真実を背負う必要なんてねぇんだよ」
「真実を見つける人と、そこから歩く人がいるなら、きっと前に進めるよ」
赤松の言葉を受け、最原は夜明け前の窓を見た。まだ朝とは呼べない薄い色が、窓の向こうに滲み始めている。戦いは終わっていないが、この夜に交わした言葉は、次の真実へ向かうための支えになっていた。
「僕はこれからも、真実を暴きます。でも、その真実を誰かに押し付けるんじゃなくて、みんなが自分で選び直せる場所まで繋げたい」
「なら、俺も一緒に探す。第三の道ってやつを、今度は最原と一緒にな」
万津の言葉に、最原は小さく頷いた。希望という言葉が誰かに編集されるなら、その跡を暴けばいい。真実が痛みを伴うなら、その痛みの中で一人にしない方法を探せばいい。最原終一という探偵が見つけた真実を、万津と仲間達が第三の道へ繋げていくのなら、彼はもう一人で夜の食堂に残り続ける必要はなかった。