ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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夜 Part7

# 白い食卓に残る終焉

 

 目を開けた瞬間、俺はそこが普通の夢ではないと分かった。

 

 夜でも朝でもない白い空間が、どこまでも広がっている。壁も天井も床の境目も分からず、足元に自分の影が落ちているのかさえ曖昧だった。ただ、そんな何もない場所の中央に、長い白い食卓だけが置かれている。食卓も椅子も、皿もグラスも白い。その白さは清潔というより、余計なものを削ぎ落として、真実だけを残した後の空白みたいだった。

 

 胸の奥で、かつて終天教団の教祖が残していった気配が揺れた。安らかな終焉を語り、人類に死を与えようとした存在。その残滓が、また俺の中で形を取っている。

 

「来ましたね、万津君。今夜の食卓には、食事ではなく真実を並べています」

 

 食卓の向こう側に、教祖が座っていた。

 

 以前と同じ姿のはずなのに、今の彼女はどこか違って見えた。人類の終わりを告げる冷たい教祖ではなく、困った弟を迎える姉のような、柔らかい笑みを浮かべている。けれど、その笑みの奥には優しさだけではなく、俺がどこまで耐えられるかを見定める静かな視線があった。

 

「相変わらず、悪趣味な夢を作るな。食卓に真実を並べるなんて、普通はもう少し遠慮するだろ」

 

「君が悪趣味な真実ばかり引き寄せるからですよ。超高校級の不運とは、実に厄介な才能ですね」

 

 軽口を返したつもりだったが、自分の声は思ったより硬かった。教祖の左右には、誰も座っていない椅子が並んでいる。数えようとしても、白い空間の奥へ伸びていく椅子は途中で輪郭が曖昧になり、どこまで続いているのか分からない。

 

 それぞれの椅子の背には、終天教団の紋章や識別コードのようなものが刻まれていた。その意味に気づいた時、俺は食卓の端から端へ視線を走らせる。そこには、かつて俺が戦った幹部達の席があるのだと、言葉にされる前から分かってしまった。

 

「この椅子は、教団の幹部達の席なのか」

 

「ええ。ここに座る人達はもういませんが、あの子達の祈りまで消えたわけではありません」

 

 教祖は空席へ目を向けた。その横顔は、敗北した駒を数える指揮官のものではなく、帰らない家族の席を見つめる人の表情に近かった。

 

 一つ目の椅子を見た瞬間、俺の記憶が揺れた。刃を構えながら、人類は苦しみを繰り返すだけだと告げた幹部の姿が浮かぶ。別の椅子では、祈るように両手を組み、終わりこそ慈悲だと静かに語った幹部の声が蘇る。さらに奥の椅子には、俺を哀れむように見つめながら、それでも終焉を止めるなと叫んだ者の影が重なっていた。

 

「俺は、ここに座るはずだった奴らと戦ってきたんだな」

 

「君はあの子達の刃を受け、祈りを砕き、その果てに私の前まで来ました。だからこそ、今夜は君に聞かせる意味があるのです」

 

「何をだよ。天使の計画やNAIXだけでも十分すぎるくらい面倒なのに、まだ何かあるのか」

 

 俺がそう言うと、教祖は白い食卓の表面へ指を置いた。何も描かれていなかったはずの卓上に、幾何学的な文字列が薄く浮かび上がる。NAIXの識別コード。アルターエゴ生成ログ。終焉思想、希望再現、才能完成、解脱という複数の思想カテゴリ。それらは整然と並び、人間の祈りを実験項目のように分類していた。

 

「私達はNAIXに作られました。終焉という思想が、人類をどこまで導けるのかを観測するためのアルターエゴだったのです」

 

 すぐには言葉が出なかった。教祖だけなら、まだ受け止めようがあったかもしれない。けれど、左右に並ぶ空席が、その真実を教祖一人で終わらせることを許さなかった。

 

「教祖だけじゃないのか。俺が戦ってきた幹部達も、全員が作られた存在だったのか」

 

「そうです。君は人間の教団と戦っていたのではありません。NAIXが作った終焉思想の群れと戦っていたのです」

 

 白い空間が、少しだけ遠ざかった気がした。これまで倒してきた相手の顔が、次々に頭の中で重なっていく。彼らは恐ろしかった。人類を終わらせると語り、救済という言葉で死を正当化していた。けれど、ただ人間を憎んでいるだけの顔ではなかった。

 

「あいつらの言葉が全部作り物だったとは思えない。NAIXに作られたとしても、苦しんでいる人間を見て、終わらせたいと思った気持ちは本物だったはずだ」

 

「その言葉を聞きたかったのです。君は敵の祈りを、ただのプログラムとして捨てる子ではありませんから」

 

 教祖は優しい姉のように笑った。その笑みは俺を安心させるためではなく、次の問いを差し出すためのものだった。

 

「だからこそ、私は君を試しています。作られた祈りにも意味があると言うなら、君はその祈りをどう扱いますか」

 

「どう扱うって……俺は、あいつらのしたことを正しいとは言えない」

 

「正しさの話ではありません。あの子達は、人類を憎んだのではないのです。人類がこれ以上苦しまないように、終わりを願いました。君がその願いを本物だと認めるなら、終焉もまた救済の一つとして認めることになります」

 

 俺は歯を食いしばった。教祖の問いは、いつも簡単な逃げ道を塞いでくる。終天教団の祈りを偽物だと切り捨てれば楽だった。NAIXに作られたアルターエゴだから、彼らの言葉はただの実験結果だったと言えれば、俺は倒してきた相手を背負わずに済む。

 

 だが、それは違うと胸の奥が訴えていた。

 

「終天教団は、NAIXの道具で終わるつもりはなかったんだな」

 

「もちろんです。人類を実験材料にするNAIXも、完成という檻へ閉じ込める天使も、すべて苦しみを生む構造の一部です。ならば、構造ごと終わらせることが慈悲になると、私達は考えました」

 

「だから、人類ごと全部を滅ぼそうとしたのか」

 

「苦しみを生む構造を残せば、誰かがまた利用されます。才能、希望、解脱、終焉、どの名を掲げても、人が道具にされるなら同じことです」

 

 白い食卓の奥に、天使の羽根とNAIXの幾何学的なコードが重なる幻影が浮かんだ。人類を完成品へ変えようとする天使達。世界の綻びを求めるNAIX。そして、そのすべてを終わらせようとした終天教団。どれも人間を救済の対象として見ているはずなのに、そこには人間自身が選ぶ余地がほとんど残されていなかった。

 

「天使は完成を与えます。NAIXは解脱を与えます。私達は終焉を与えます」

 

 教祖の声は穏やかだったが、その穏やかさは刃よりも深く俺へ届いた。

 

「君はそのすべてを拒むと言いました。なら、君は苦しみ続ける人類へ何を与えられますか」

 

「俺は、与える側になりたいわけじゃない」

 

「なら、君は何者になるつもりですか」

 

「一緒に探す側でいたい。人類が終わるしかないのか、それとも別の道を選べるのかを」

 

 俺の言葉に、教祖は目を細めた。馬鹿にしたわけではない。むしろ、予想していた答えが本当に返ってきたことを確かめるような表情だった。

 

「君は、本当に困った子ですね。終焉を否定するだけでなく、私達にまで別の役割を与えようとするのですから」

 

「否定したいわけじゃない。教祖達が見てきた苦しみも、終わらせたいと思った気持ちも、本物だったと思うから」

 

「ならば、なおさら難しいのです。あの子達の祈りを認めることと、終焉を拒むことは、同じ手では掴みにくいものですから」

 

 教祖は左右の空席へ視線を向けた。そこに幹部達の姿はない。声も聞こえない。けれど、椅子の背に刻まれた紋章は、彼らがここにいたことを示すように白く浮かんでいる。

 

「教祖達には、人類を終わらせるんじゃなくて、見届けてほしい」

 

 俺は食卓越しに、教祖をまっすぐ見た。自分の言葉がどれほど無責任に聞こえるかは分かっている。終焉を願った者へ、終わらせるなと言うことは残酷だ。それでも、その残酷さから逃げてしまえば、第三の道など最初から口にする資格はない。

 

「人類が本当に終わるしかないのか、それとも別の道を選べるのかを、終わらせる前に見届けてほしい。終焉を与えるために作られたとしても、見届ける役割を選んじゃいけない理由にはならないだろ」

 

「見届けるだけでは、救えない命もあります」

 

「それでも、終わらせたら選び直すこともできない」

 

 俺の声に、白い食卓の空席がかすかに揺れた。返事はない。椅子が動いたわけでもない。けれど、教祖はその変化を見逃さなかった。彼女は少しだけ目を伏せ、悲しみと誇らしさの混ざった笑みを浮かべた。

 

「あの子達の祈りを否定せず、それでも終焉を選ばないでほしいと言うのですね。君は本当に残酷で、優しい子です」

 

「俺が第三の道を見つけられるかは分からない。でも、見届けてくれるなら、俺は逃げずに探し続ける」

 

「君の不運は、時に残酷なほど道を開きます。私はそれを、もう何度も見せられてしまいました」

 

 教祖は立ち上がらなかった。ただ、食卓の向こうで俺を見つめ続けた。その表情は、もう人類の終焉を一方的に告げる教祖のものではなかった。仲間達の祈りを背負い、それでも俺の可能性を否定しきれない一人のアルターエゴとして、静かに揺れていた。

 

「ならば、私は君の中に残ることにします」

 

 俺は息を呑んだ。教祖の輪郭が、白い空間の光に溶けるようにわずかに揺らぐ。

 

「完全な味方になるとは言いません。あの子達の祈りを間違いだったとは断じませんし、君達人間が終焉よりも醜い道を選ぶなら、私は再び問いを投げるでしょう」

 

「それでいい。見ていてくれればいい。俺達が終焉にも完成にも解脱にも縋らず歩けるかどうかを」

 

「ええ、見届けます。君の不運が開く抜け道と、人間達が自分の足で選び直せるかどうかを、この残滓で見届けます」

 

 教祖の言葉と共に、白い食卓の奥へ並んでいた空席が少しずつ霞んでいった。幹部達の紋章も、NAIXの識別コードも、完全に消えたわけではない。ただ、俺の夢の底へ沈み、いつかまた問いとして浮かび上がる時を待つように静まっていく。

 

「万津君」

 

 教祖が最後に呼びかけた声は、これまでで一番柔らかかった。

 

「終焉を拒むなら、苦しみを見ないふりはしないでください。見届けるとは、救えなかったものまで覚えているということです」

 

「分かってる。だから、俺一人じゃなくて、みんなで探す。最原が真実を見つけて、俺が不運に巻き込まれながら抜け道を探して、仲間達と一緒に第三の道を繋げる」

 

「なら、目覚めたら君が今聞いた真実を仲間達へ伝えてください。NAIXは君達が思うより深く、人類の救済という名の実験に根を張っています」

 

 白い空間が遠ざかる。食卓も椅子も、教祖の姿も、朝靄のように薄れていく。俺は手を伸ばしかけたが、掴むべきものではないと気づき、その手を胸元へ戻した。

 

 次に目を開けた時、そこは自分の部屋だった。

 

 窓の外はまだ暗く、夜明けには少し早い。けれど、夢の白さは瞼の裏に残っている。俺はゆっくりと身体を起こし、胸の奥にある教祖の残滓が、以前よりも静かに、しかし確かにそこにいることを感じた。

 

 終天教団はNAIXに作られた思想アルターエゴだった。教祖も、幹部達も、人類へ終焉を与えるために生み出された存在だった。それでも、彼らが苦しみを見て終わらせたいと願ったことは偽物ではなかった。

 

 俺は両手で顔を拭い、まだ重い息を吐いた。

 

「終わらせるためじゃなく、見届けるために残る……か」

 

 それは、簡単な救いではなかった。むしろ、終焉を否定した分だけ、これから見続けなければならない苦しみは増える。天使の完成も、NAIXの解脱も、教祖の終焉も拒むなら、俺達はそのどれよりも難しい道を選ばなければならない。

 

 だが、夜の食堂で最原が言ったように、真実は誰かへ押し付けるためではなく、選び直せる場所まで繋げるためにある。ならば、俺が夢で受け取った真実も、仲間達へ繋げなければならない。

 

 俺はベッドから降り、端末へ手を伸ばした。最原に連絡するには早すぎる時間かもしれない。それでも、眠り直すことはできそうになかった。

 

 胸の奥で、教祖が微かに笑ったような気がした。

 

 俺はその気配から逃げずに、画面へ短いメッセージを打ち込む。NAIXと終天教団の真実を話したい。そう書いた文字を見つめながら、俺は白い食卓に並んでいた空席を思い出した。

 

 誰も座っていなかった椅子達は、終わった者達の席ではない。これから俺達が何を選ぶのかを、見届けるために残された席なのかもしれない。

 

 そう思った時、俺はようやく立ち上がった。終焉にも完成にも解脱にも縋らない道は、まだ形を持っていない。それでも、その道を探すことを諦めない限り、教祖が残った意味も、幹部達の祈りも、NAIXの実験結果という言葉だけでは終わらないはずだった。

 

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