ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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法廷 Part1

# 第1話 白い法廷への招待

 

 眠りに落ちたはずの万津は、胸の奥から誰かに呼ばれる感覚で意識を引き戻された。

 

 そこは、昨夜見た白い食卓とは違っていた。目の前にはどこまでも続く白い廊下があり、壁も床も天井も、境目が分からないほど同じ色で塗り潰されている。けれど、完全な空白ではない。廊下の壁面には終天教団の紋章と、法務省を示す細い記号が浮かび、文字列のような裁定記録が静かに流れていた。

 

「また呼んでるのか、教祖。今度は白い食卓じゃないんだろうな」

 

 万津が呟くと、胸の奥から柔らかい声が返ってきた。以前よりも近く、けれど自分自身の声ではないその響きは、終天教団の教祖が残した残留データのものだった。

 

「今夜は食卓ではありませんよ、万津君。君には、会っておくべき相手がいます」

 

「会っておくべき相手って、終天教団の幹部か」

 

「ええ。法務省最高幹部、犬神軋君です。彼はきっと、君と私を裁こうとするでしょう」

 

 その言葉が終わるのとほぼ同時に、白い廊下の空気が揺れた。万津の少し後ろに、三つの人影が同時に現れる。最初に体勢を整えたのは最原終一で、彼は周囲を見回しながら、夢の構造を探るように目を細めた。

 

「ここは……夢の中ですね。ただの夢ではなく、誰かの意図で構成された裁定空間に近いです」

 

「夢だろうが法廷だろうが、万津が呼ばれてんなら付き合うしかねぇだろ」

 

 百田解斗は状況を受け入れるのが早かった。驚いていないわけではないだろうが、万津の隣に立つという結論を先に決めているような顔をしている。

 

 一方で、王馬小吉は周囲を見回しながら、目を輝かせるように笑っていた。普通なら警戒するべき状況なのに、初めて見る夢の法廷空間そのものを、未知の遊び場のように面白がっている。

 

「へぇ、これが夢の中なんだ。思ったより本格的じゃん。白い廊下に裁定記録とか、いかにも胡散臭い宗教裁判って感じだよね」

 

「ごっこで済むなら助かるけどな。たぶん、俺達は本当に裁かれる」

 

 万津がそう言うと、王馬は楽しそうな笑みを少しも崩さなかった。最原はそんな王馬を一瞥し、軽く息を吐いてから、廊下の奥へ目を向ける。

 

「万津くん、教祖はこの空間にいるんですか」

 

「俺の中には残ってる。今も、犬神のところへ導こうとしてるみたいだ」

 

 万津の言葉に応えるように、廊下の奥へ半透明の影が現れた。終天教団の教祖は、白い空間に溶けるような姿で立っている。人類へ終焉を告げた時の威圧感は薄れているが、その代わり、静かな覚悟と、弟を危険な場所へ連れていく姉のような寂しさがあった。

 

「皆さんまで巻き込んでしまったようですね。ですが、犬神君の裁定は万津君だけでなく、君達の言葉も必要とするはずです」

 

「犬神軋は、どういう相手なんですか」

 

 最原が問うと、教祖は少しだけ目を伏せた。彼女の視線は、過去の幹部達を思い出すように揺れている。

 

「犬神君は、法務省最高幹部として秩序を重んじる子です。争いを避けるためなら、静かに処分を選ぶこともできます」

 

「争いを避けるために処分を選ぶ。それは調停というより、最初から結論が決まっている裁判ですね」

 

「その見方は正しいのでしょうね。けれど、彼は彼なりに教団を守ろうとしてきました」

 

「つまり、穏やかな顔でヤバい判決を出すタイプってことだね。うわぁ、絶対面白いやつじゃん」

 

 王馬の軽い声に、百田が眉をひそめた。

 

「面白がるな、王馬。こういう奴ほど、笑いながら逃げ道を塞いでくるんだよ」

 

「百田ちゃんにしては分かってるね。笑ってる相手の方が、本気で怖い時ってあるもんね」

 

 王馬は冗談めかして言ったが、その目は廊下の奥にある気配をしっかり観察していた。万津はその横顔を見て、王馬がただ遊んでいるわけではないことを理解する。

 

 教祖が歩き出すと、白い廊下の壁に浮かぶ裁定記録が流れを速めた。万津達が一歩進むたび、壁面には「秩序」「調停」「処分」「反逆」「未確定」という言葉が現れては消えていく。まるで廊下そのものが、これから始まる裁判の罪状を先に準備しているようだった。

 

 やがて、廊下の先に巨大な扉が現れた。扉には法務省の紋章が刻まれ、その中央に「裁定開始」という文字が浮かび上がっている。万津が息を整えるより早く、扉は音もなく内側へ開いた。

 

 その先に広がっていたのは、犬神軋を象徴する白い法廷だった。

 

 裁判長席、被告席、証人席、傍聴席のすべてが白く作られ、余計な装飾は何一つない。床には細い裁定線が走っており、その線は被告席へ向かって蜘蛛の巣のように伸びている。公平さを示す白ではない。色を奪い、余白を消し、最後に黒を塗るための白に見えた。

 

「ここが犬神の領域か。白すぎて、逆に落ち着かないな」

 

「白は公平さの象徴にも見えますが、ここでは余計な色を消すための白に見えます」

 

「にしし、真っ白な裁判ってさ、最初から黒を塗る相手を探してるみたいでいいよね」

 

「気に入らねぇな。こんな場所で万津だけ悪者にされるなら、俺達が黙ってるわけねぇだろ」

 

 百田の声が法廷に響いた瞬間、裁判長席に誰かが座っていた。

 

 そこにいた男は、犬神軋だった。穏やかな笑みを浮かべ、争いを避けたいだけの調停者のように両手を組んでいる。だが、彼の周囲だけは白い光がさらに濃く、法廷全体の裁定線が彼の指先から伸びているように見えた。

 

「ようこそ、皆さん。できれば穏便に済ませたいところですが、法務省最高幹部として見過ごせない案件がありまして」

 

 犬神の声は、思っていたより柔らかかった。敵意をぶつけてくるわけでも、怒鳴るわけでもない。だからこそ、万津は胸の奥が冷えるのを感じた。相手は最初から、怒りではなく処理としてこちらを裁こうとしている。

 

「俺を呼んだのは、教団の裁定を受けさせるためか」

 

「ええ、万津君。君は終天教団の秩序を著しく乱しました。よって、秩序破壊の疑いがあります」

 

 犬神が軽く指を動かすと、万津の足元に白い文字が浮かび上がった。

 

 被告・万津。

 罪状・秩序破壊。

 

 文字は床に刻まれるだけでなく、万津の影へ食い込むように光った。白い線が足首へ絡みつき、まだ拘束とは呼べない細さで、彼の立つ位置を被告席へ定めようとする。

 

 教祖は静かに犬神を見つめた。彼女は怯えていない。だが、自分が次に呼ばれることを知っている顔だった。

 

「犬神君、私も裁くつもりなのでしょう」

 

「はい、教祖様。あなたは終焉思想の象徴でありながら、万津君の中に残り、見届ける道を選ぼうとしている。その行為は、教団反逆に該当します」

 

 教祖の足元にも、白い文字が浮かび上がる。

 

 被告・教祖。

 罪状・教団反逆。

 

 最原の表情が険しくなった。百田は一歩前へ出ようとし、王馬は傍聴席の方を見ながら、まるで席順を品定めするように首を傾けている。

 

「犬神さん、その裁定には最初から前提があります。万津くんが秩序を壊したという前提と、教祖が反逆したという前提です」

 

「探偵の方ですね。発言は後ほど許可しますので、今は証人席で静粛にお願いします」

 

「無関係ではありません。万津くんが裁かれるなら、彼と共に行動してきた僕達にも発言権があるはずです」

 

 犬神は困ったように微笑んだ。だが、その困り顔は相手の意見を受け止めるためではなく、秩序の乱れをどう処理するか考えている表情に近かった。

 

「そういうことだ。万津だけ被告席に押し込んで、勝手に終わらせるつもりなら通さねぇぞ」

 

「百田解斗君。君の発言は介入として記録されますが、それでもよろしいですか」

 

「記録でも何でもしやがれ。仲間を一人で裁かせるくらいなら、いくらでも介入してやる」

 

 百田の足元に「介入者」という文字が浮かんだ。最原の足元には「証人」、王馬の足元にはしばらく何も出なかった後、「未分類」という文字が現れる。

 

 その表示を見た王馬は、声を上げて笑った。

 

「未分類ってひどくない? せめて超高校級の面倒な傍聴人とかにしてよ」

 

「王馬小吉君。君については、虚偽発言の可能性が高いため分類を保留しています」

 

「へぇ、夢の中の裁判って、オレのことまで知ってるんだ。じゃあ、嘘つきが混ざった裁判をどこまで正しく進められるか楽しみだね」

 

 犬神の笑みが、ほんのわずかに深くなった。王馬の挑発に怒ったわけではない。むしろ、処理すべき乱数が増えたことを認識したような反応だった。

 

「困りましたね。始まる前から秩序が乱れています」

 

「そっちが勝手に呼んだんだから、多少の混乱くらい許してくれよ」

 

 万津は被告席へ伸びる白い線を踏み越えようとしたが、足元の裁定線が光を強めた。まだ動けないわけではない。しかし、この法廷では一歩ごとに意味を与えられ、行動を記録されているのが分かった。

 

 教祖は万津の少し横に立ち、丁寧で静かな声で告げる。

 

「万津君、犬神君は言葉と位置を重視します。ここでは、どこに立つか、何を名乗るか、何を否定するかで裁定が進むのでしょう」

 

「つまり、黙って被告席に行けば相手の思う壺ってことか」

 

「ええ。ですが、逃げるだけでも裁定は進みます。ここは、そういう場所です」

 

 万津は小さく息を吸った。白い法廷は静かで、空気は清潔すぎるほど整えられている。けれど、その整い方が息苦しかった。余計なものを排除し、全てを規則の中へ押し込める白。犬神軋という男のことなかれ主義と、その奥にある危うさが、空間そのものになっている。

 

 犬神が指を鳴らすと、法廷の上部に吊るされた白い鐘が音もなく揺れた。次の瞬間、鐘の音だけが遅れて響き、床の裁定線が一斉に光り出す。

 

「それでは、これより裁定を開始します。被告、万津君。罪状は秩序破壊」

 

 万津の足元の文字が強く輝く。

 

「被告、教祖様。罪状は教団反逆」

 

 教祖の足元にも白い鎖のような線が伸びる。

 

「無関係の皆さんは、証人または傍聴人として、法廷の規則に従ってください」

 

「その裁定が正しいのかどうか、私も見届けることにします」

 

 教祖は静かに言った。犬神の目が少しだけ細くなる。かつて教団の頂点だった存在が、裁かれる側に立ちながらも見届けると言う。その事実が、犬神にとっては何よりも許しがたい逸脱なのだろう。

 

 万津は足元の白い線を見下ろし、それから顔を上げた。

 

「俺は裁かれるために来たんじゃない。終わらせる前に、別の道があるって証明するために来たんだ」

 

「にしし、いいねぇ。夢の中の裁判なんて、退屈しなさそうだよ」

 

 王馬が傍聴席の縁へ腰掛けるような仕草をし、最原はその横で静かに法廷の構造を観察していた。

 

「この裁判には、最初から歪みがあります。僕はその歪みを見つけます」

 

「万津、堂々としてろ。裁判だろうが夢だろうが、俺達はお前の隣にいる」

 

 百田の声に、万津は小さく頷いた。自分一人だけなら、白い法廷の重さに押し潰されていたかもしれない。けれど、今ここには最原がいて、百田がいて、王馬がいる。そして、自分の中に残る教祖も、終焉ではなく見届ける道を選ぼうとしている。

 

 犬神は全員を見回し、穏やかな笑みを崩さないまま告げた。

 

「では、皆さん。静粛にお願いします」

 

 白い法廷の扉が重く閉ざされた。外へ続いていたはずの廊下は見えなくなり、万津達の足元に刻まれた裁定線だけが光を強めていく。

 

 犬神軋の穏やかな笑みの奥で、判決へ向かう白い秩序が静かに動き始めた。

 

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