ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
白い法廷に響いた犬神軋の宣告は、最初から王馬小吉を誘い出すために用意された合図のように聞こえた。
「次に乱す者は、被告として扱います」
ロードスリーブースターの白いケープが法廷全体へ広がり、傍聴席、証人席、被告席の境界が床の裁定線で区切り直されていく。俺と教祖を繋いでいる白い鎖はまだ解けず、最原と百田の足元にも、証言妨害の可能性、介入警告という分類文字がちらついていた。
その中で、王馬だけは「分類不能」のまま、白い法廷の中央へ歩き出した。
「じゃあ、オレも被告ってことでいいよ。こういう裁判、見てるだけじゃ退屈だしね」
「王馬くん、勝手に被告席へ入るのは危険だ」
最原が鋭く呼び止めたが、王馬は振り返らなかった。あいつは裁定線の上をわざと踏み、白い文字が足元で乱れるのを楽しむように、被告席の縁へ片足を乗せた。
「危険だから面白いんじゃん。大丈夫、最原ちゃん。オレ、裁判を壊すのは得意だからさ」
「共犯を名乗るなら、君も裁定対象に入ります」
犬神の声は穏やかだったが、ロードスリーブースターの複眼には、法廷記録の文字列が激しく流れていた。王馬小吉という未分類の存在を、どの罪状へ押し込むべきか、この白い法廷そのものが迷っているように見えた。
王馬は懐からカプセムを取り出した。表面に刻まれたプロジェクションの意匠が、法廷の白い光を受けて紫がかった輝きを放つ。白い裁定線の中で、その光だけがやけに悪戯っぽく揺れていた。
「にしし、じゃあ裁いてみなよ。本物のオレを見つけられるならね」
王馬がプロジェクションカプセムを起動した瞬間、白い法廷の光がプリズムのように砕けた。
『グッドモーニングライダー!プロジェクション!』
明るすぎるほど軽快な変身音声が、重苦しい法廷の空気を一気に塗り替えた。王馬の足元から紫と白の投影光が広がり、その輪郭が床、壁、裁判長席の縁にまで反射していく。あいつの身体に光の装甲が重なり、見る角度によって位置が半歩ずれて見える疑似ライダーの姿が形成された。
装甲は実体と幻影の境界を曖昧にしていた。胸部にはフィルムのような発光ラインが走り、肩や腕の輪郭は偏光するガラスを通した映像のように揺れている。頭部のバイザーは紫の薄い膜を重ねたような光を宿し、王馬の笑みだけが装甲の内側から透けて見える気がした。
「嘘も本当も、見抜けなきゃ同じでしょ」
王馬が指を鳴らすと、被告席に立つ王馬が二人になった。次の瞬間、証人席にも王馬が現れ、傍聴席の上にも王馬が腰かけ、裁判長席のすぐ横で手を振る王馬まで投影された。
「被告、王馬小吉。罪状、裁定妨害」
犬神が片手を上げると、ロードアームブーストから白亜裁定鎖が射出された。鎖は被告席の王馬へ一直線に伸び、紫の装甲を貫いたように見えた。
「はい、ざんねーん。それ、たぶん偽物のオレだよ」
貫かれた王馬の姿は、ガラス片のように光を散らして崩れた。だが、次の瞬間には別の王馬が傍聴席から両手を広げ、証人席の王馬がわざとらしく胸に手を当てた。
「オレが本物でーす」
「嘘だよ、こっちが本物だよ」
「いやいや、全部嘘かもしれないよね」
複数の声が法廷に重なり、床の裁定文字が乱れた。被告、偽証者、妨害者、分類不能。白い文字は王馬の位置を確定しようとして、投影体が動くたびに書き換わっていく。
「分類不能が増殖している。裁定対象を再設定します」
犬神は静かに告げると、背後に白い判決札を無数に展開した。札には「違反」「虚偽」「妨害」「処分」といった文字が刻まれ、それぞれが鋭い刃のように王馬の投影体へ向けられる。
「判決札連射。妨害者を一括処理します」
白い札が雨のように放たれた。投影体の王馬が次々と砕け、傍聴席にいた王馬の姿が消え、証人席にいた王馬の影も光の粒子となって崩れる。だが、本体の王馬は法廷の照明を偏光させ、攻撃の軌道をわずかにずらしていた。
犬神の札は王馬の肩を掠めたはずなのに、そこにあったのは半透明の残像だった。本体はすでに床に映った白い光の反射へ潜り込み、裁判長席の背後に回り込んでいる。
「法律ってさ、真正面から来る相手には強いけど、横から嘘を差し込まれると弱いんだよね」
王馬は犬神の背後で笑い、紫の投影光を短い刃のように伸ばした。だが、犬神は振り向くより早くケープを広げ、白い裁定線を背後へ反転させる。王馬の一撃はケープの光に弾かれ、床へ散った投影光がまた別の王馬を生み出した。
俺は、王馬の戦いを見ながら白い鎖を握りしめていた。あいつはふざけているように見えるが、ただ逃げ回っているわけじゃない。投影体をわざと壊させ、裁定ログに矛盾を積み重ねて、犬神の法廷がどこまで正しさを保てるのか試している。
「王馬のやつ、ふざけてるようで本当に犬神を惑わせてやがる」
「王馬くんの投影で、犬神さんの裁定ログが乱れています。けれど、乱れているのは対象認識だけじゃない」
最原の声に、俺は白い鎖を握ったまま振り向いた。
「どういうことだ、最原」
「犬神さんは、秩序を守ろうとしているように見せています。でも、本当に守りたいものが見えない」
最原は犬神の動きではなく、攻撃の選び方を見ていた。犬神は王馬を捕らえようとしているのではない。裁定不能の存在が増えた瞬間、迷わず一括処分に近い攻撃へ切り替えた。分類できなければ、分類ごと消せばいい。そこにあるのは秩序の維持ではなく、混乱そのものへの嫌悪だった。
「守りたいんじゃなくて、終わらせたいのか」
俺の口から出た言葉に、教祖が静かに目を伏せた。
「万津君、その見方は犬神君の奥へ届いているかもしれません。彼は争いを避けたい子でしたが、避け続けた先で、争いのない終わりまで望むようになったのでしょう」
犬神は王馬へ白亜裁定鎖を放ち続けていた。鎖は投影体を縛り、判決札は残像を切り裂き、白い法廷の裁定ログはさらに濁っていく。王馬は被告席、証人席、傍聴席を跨ぐように複数の自分を投げ込み、時には自分の投影体をわざと犬神の攻撃へ差し出していた。
「残念、それも投影でした。はい、犬神ちゃんの判決、また空振りだね」
「王馬小吉君、君の虚偽と投影は法廷秩序を著しく乱しています」
「そりゃどうも。秩序って、乱してみると中身が見えるから便利だよね」
王馬の言葉が、法廷の白さへ小さな黒い染みのように広がった。犬神の複眼に流れる文字列が一瞬だけ止まり、その隙を最原は逃さなかった。
「犬神さん、あなたの裁定は平穏のためではありません」
「どういう意味でしょうか」
犬神は穏やかに問い返した。だが、声の奥には、わずかな軋みが混ざっていた。
「あなたは秩序を守ると言いながら、秩序の先にある生存を見ていない。あなたが求めているのは、誰も争わない世界ではなく、誰も残らない静けさです」
白い法廷の空気が止まった。王馬の投影体まで、面白そうに動きを緩めた。
俺は足元の白い鎖を強く引いた。鎖は解けないが、俺の声は犬神へ届く。
「犬神、お前は秩序を守りたいんじゃない。争いが続くことに、もう耐えられないだけなんだ」
犬神は答えなかった。ロードスリーブースターの白い装甲は変わらず整っていて、ケープも法廷も、まだ清潔な白を保っている。けれど、その白さの奥で何かがひび割れる音がした。
「終わらせれば静かになるかもしれない。でも、それは誰かが選び直す場所まで消すってことだ」
「……困りましたね」
犬神の声は、今までと同じように穏やかだった。だが、次に漏れた笑いは、穏やかさでは覆い切れないものだった。
「そこまで見抜かれると、私も静かにしているのが難しくなります」
最初は短い笑いだった。けれど、犬神の肩が小さく震え、その笑いは白い法廷に響くほど大きくなっていく。ロードスリーブースターの複眼に流れていた裁定文字が乱れ、判決札が空中で震え、白いケープの縁が黒い影を帯びる。
「はは……はははははっ」
犬神は片手で顔を覆うようにして笑った。白い装甲の隙間から漏れる笑いは、静かな調停者のものではなかった。
「ええ、そうですよ。争いが終わらないなら、全員が終わればいい。誰も争わず、誰も裁かれず、誰も苦しまない」
「それは調停じゃない。ただの破滅だ」
俺の声に、犬神は笑いながら首を傾けた。
「破滅であっても、静かになるなら構いません。これ以上に穏便な調停が、他にありますか」
百田が裁定線を踏み砕く勢いで前へ出ようとした。白い拘束が足へ絡むが、それでも百田の声はまっすぐ犬神へ飛んだ。
「ふざけんな。全部終わらせることを、平穏なんて呼ばせるかよ」
教祖は犬神を見つめていた。その表情には、失望だけではなく、かつて自分の下にいた幹部の奥底を今になって知った痛みが滲んでいる。
「犬神君、君は教団の秩序を守ろうとしていたのではなく、秩序ごと終わらせたかったのですね」
「さて、どうでしょう。ですが、君達は面白い。私の白い法廷を、ここまで乱してくれるのですから」
犬神が両腕を広げると、法廷の床に走っていた裁定線が黒ずんだ縁取りを帯びた。被告、証人、介入者、分類不能という区別が薄れ、全ての線が中央へ向かって収束していく。白い法廷は公平な裁判所ではなく、全員を静かに終わらせるための処刑場へ姿を変え始めていた。
王馬は砕けた投影光の中から本体を現し、犬神の前で軽く肩をすくめた。
「にしし、やっと本音が出たね。白くて綺麗な裁判長様の中身、思ったより真っ黒じゃん」
「王馬小吉君。君の嘘は、本当に不愉快で、そして興味深い」
「褒めても何も出ないよ。出るのは嘘と偽物と、たまに本当くらいだからさ」
王馬の周囲に、再び薄い投影体が浮かび上がる。だが、犬神の裁定線はさっきよりも荒く、広範囲をまとめて処分する形へ変わっていた。投影で誤認させるだけでは、次の攻撃を完全には避けきれない。
最原はその変化を見て、低く告げた。
「王馬くんの撹乱だけでは、次は防ぎきれないかもしれない。犬神さんは、本体と投影体をまとめて裁くつもりです」
「上等だ。まとめて潰しに来るなら、こっちもまとめて跳ね返してやるだけだろ」
百田が拳を握り、俺は白い鎖の先で犬神を見据えた。犬神の本心は暴かれた。だが、それは勝利ではなく、封じ込められていた危険な願望が姿を現しただけだった。
「犬神、お前の本音が破滅だっていうなら、俺はそれを止める。終わらせることで静かにするんじゃなくて、終わらせないまま選び直す道を探す」
ロードスリーブースターは狂った笑いの余韻を残したまま、白いケープを大きく広げた。法廷全体の光が反転し、清潔だった白は、何も残さない空白の白へ変わっていく。
「では見せてください、万津君。君達の第三の道が、私の処分よりも面白いものなのかを」
裁判槌の音が、今度は判決ではなく処刑開始の合図のように響いた。王馬の投影光が散り、最原の視線が法廷の歪みを追い、百田の足元で白い拘束線が軋む。
そして俺は、終わりへ傾き始めた白い法廷の中心で、破滅を平穏と呼ぶ犬神へ向かって踏み出した。