ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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法廷 Part6

 白い法廷の中心で、犬神軋の裁定が狂い始めていた。

 

 俺の足元に一瞬だけ浮かんだ「弁護者」という文字は、すぐに白いノイズに塗り潰された。けれど、完全には消えなかった。床を走る裁定線の奥で、敵、秩序破壊者、弁護者という三つの表示が何度も重なり、犬神の法廷は俺をどう扱うべきか決めきれずにいる。

 

 ロードスリーブースターの白い複眼が、俺から教祖へ、教祖から最原達へ移り、最後に犬神自身へ向けられた。裁判長席の背後にあった白い判決文が大きく歪み、そこへ新しい文字が刻まれていく。

 

 被告、犬神軋。

 罪状、秩序維持失敗。

 教団反逆予備。

 破滅願望による裁定汚染。

 

「……なるほど。万津君を敵として確定できないなら、次に裁かれるべきは私ですか」

 

 犬神の声は、今までよりもずっと静かだった。怒りでも諦めでもない。ようやく自分を処分する理由が見つかったとでも言うような、嫌なほど整った声だった。

 

「犬神さん、法廷があなた自身を裁こうとしているんです」

 

 最原が叫ぶように言った。ノクスドライバーに手を伸ばしかけているが、白い処分線が足元を縛り、まだ変身の隙を作れていない。

 

「当然ですね。私は法務省最高幹部でありながら、秩序を守れなかった。教祖様を反逆者として裁ききれず、万津君を秩序破壊者として断じきれず、あげく自分の中の破滅願望まで暴かれた」

 

「違う。お前は弱かっただけだ。弱かったことを、処分理由にするな」

 

 俺は白い鎖を握りしめ、犬神へ向かって言った。けれど、犬神は首を横へ振る。ロードスリーブースターのケープが大きく広がり、法廷全体を覆う白い処分線が一斉に脈打った。

 

「弱さを抱えた調停者など、秩序にとって最も危険です」

 

 その瞬間、法廷そのものが判決装置へ変わった。裁判長席も、被告席も、傍聴席も、証人席も崩れ落ち、ただ中央の犬神へ向かって白い線が集まっていく。白い法廷は、誰かを裁く場所ではなく、犬神自身を含めて全てを処分するための巨大な装置へ変わり始めていた。

 

「犬神君、自分を裁けば楽になれると思っているのですか」

 

 教祖の声が、白い轟音の中でかすかに響いた。彼女は俺と繋がった鎖を見下ろしながらも、犬神から目を逸らさない。

 

「楽にはなりません。ただ、これ以上乱れずに済みます」

 

「ふざけんな。自分ごと全部終わらせるのが、責任の取り方なわけねぇだろ」

 

 百田が叫び、裁定線を踏み潰すように前へ出た。足元から白い拘束が伸びたが、あいつは膝を曲げても倒れない。宇宙まで突き抜けるといつも言う百田らしく、こんな白い処分線で止まる気はなかった。

 

「にしし、裁判長が自分に死刑判決とか、さすがに笑えない冗談だね」

 

 王馬の投影体がいくつも揺らめく。けれど、犬神の処分線はもう本物と偽物を見分けようとしていなかった。紫の投影光も、黒い影も、百田の足元の熱も、俺と教祖を繋ぐ鎖も、全部まとめて飲み込むつもりで広がっている。

 

 このままでは、犬神だけではなく、俺達全員が白い処分に巻き込まれる。

 

 でも、本当に怖いのはそこじゃなかった。犬神が自分自身を処分することを、正しい責任だと思い込んでいることの方が、ずっと怖かった。

 

「犬神、お前を裁かせるためにここまで来たんじゃない。俺は、お前が自分を処分するのを止める」

 

「救済のつもりですか。君は本当に危険ですね」

 

「ああ、危険でいい。処分しか選べない裁判なら、俺がその判決を書き換える」

 

 俺の胸の奥で、キーボのアーマーが呼応した。現実側限定の力であるはずのゼッツエクスドリームが、夢の法廷の中で白い処分線へ干渉し始める。ここは犬神の夢の裁定領域であり、同時に俺達が入り込んだ夢の現実でもある。境界が曖昧なら、俺の力は届く。

 

 黒、白、青、そして七色の光が俺の周囲で渦を巻いた。夢と現実の境界がひび割れ、白い判決文が紙片のように砕けていく。

 

「変身!」

 

 キーボのアーマーが俺の身体へ重なり、黒いメインボディの上に白い装甲が走る。青いエネルギーラインが胸から腕へ流れ、七色の光が背中で羽根のように広がった。ゼッツエクスドリームの複眼が輝いた瞬間、床に刻まれていた「処分確定」の文字が激しく揺らぐ。

 

 犬神が片手を上げると、白い法廷全体に判決文が展開された。

 

「判決、処分確定。対象、犬神軋および秩序汚染領域内の全存在」

 

「その判決は通さない。処分じゃなくて、再審だ」

 

 俺が一歩踏み出すと、白い床に刻まれた文字が割れ、その下から別の文字が浮かび上がった。

 

 再審。

 弁護。

 保留。

 救出。

 

 処分線が七色の光に触れた部分から形を変え、拘束の線ではなく、道を示す線へ変わっていく。犬神の法廷を完全に消すわけじゃない。こいつが積み上げてきた裁定を否定し尽くすわけでもない。ただ、処分しか選べなかった白い法廷へ、別の選択肢を割り込ませる。

 

「判決が書き換わっている。万津くんが、法廷の意味そのものを変えているんだ」

 

 最原の声が聞こえた。彼の足元では影が広がり、白い処分線の隙間を探るように動いている。

 

「にしし、裁判長様の法廷を乗っ取るとか、万津ちゃんもなかなか悪いことするよね」

 

「悪いことじゃねぇ。あいつを助けるための道を作ってんだ」

 

 百田が白い拘束を腕で押し返しながら叫ぶ。その声に、俺は少しだけ口元を緩めた。俺一人では届かない。だから、ここには最原がいて、百田がいて、王馬がいる。

 

「再審など不要です。判決を保留にすれば、争いは続くだけです」

 

「続いてもいい。続くなら、その先で選び直せる」

 

 犬神のケープが巨大な白い翼のように広がり、処分線が再び強くなった。ロードスリーブースターはまだ崩れていない。裁定領域の中心は犬神の胸部、その奥にあるロードブースターカプセムの出力と、法廷の核が重なった場所にある。

 

 最原が影を伸ばし、犬神の足元へ走る線を見つめた。

 

「万津くん、犬神さんの処分線には一点だけ歪みがあります。あの中心を突けば、ロードスリーブースターの裁定領域を崩せます」

 

「なら、俺が空からこじ開ける。万津、お前は真ん中を狙え」

 

 百田がウィングカプセムを握り、背中に光の翼を広げる。翼は白い法廷の光を弾き、天井へ向かって強く羽ばたいた。

 

「じゃあオレは、本命を隠してあげるよ。嘘つきらしくね」

 

 王馬はプロジェクションの装甲を揺らし、紫の投影光を法廷中に走らせた。偽の俺、偽の最原、偽の百田、偽の王馬が次々と生まれ、白い処分線の前へ躍り出る。

 

「頼む。俺一人じゃ届かないから、お前達の力を貸してくれ」

 

「言われなくても、そのつもりです」

 

 最原がノクスへ変身し、黒い霞と青白い光が足元へ広がる。ミッドナイトシャドウの装甲が闇の中から浮かび、青い複眼が犬神の裁定線を正確に捉えた。

 

「宇宙まで突き抜けるつもりで行くぞ。こんな白い法廷、ぶち抜いてやる」

 

 百田は翼を広げ、空へ舞い上がる。白い判決札が迎撃のために展開されるが、王馬の投影した偽の百田が先に突っ込み、犬神の攻撃を誘い出した。

 

「犬神ちゃん、どれが本物か最後まで当ててみなよ」

 

 王馬の声が四方から響く。犬神は複眼に無数の文字列を走らせ、処分対象を再設定しようとしたが、プロジェクションによる偽情報が裁定ログへ流れ込み、白い判決文が乱れた。

 

「虚偽、投影、介入、再定義。どれも秩序を乱す危険要素です」

 

「正解。でも、それが今の本命なんだよね」

 

 偽の四人が先に跳び上がった。犬神はそれを一括処分するため、白い判決札と裁定鎖を同時に放つ。投影体は砕け、偽の俺達は白い光に飲まれて消える。

 

 その瞬間、最原が影のポータルを開いた。黒い穴が白い床に生まれ、本物の俺達の足元へ道を繋ぐ。百田は上空から白い処分線を切り裂き、王馬の本体は投影の破片に紛れて犬神の視界から外れた。

 

 俺はゼッツエクスドリームの七色の光を右足へ集めながら、犬神を見据えた。

 

「犬神、お前を終わらせない。お前が自分を裁くなら、その判決ごと俺達が蹴り砕く」

 

「君達は、本当に裁定不能ですね」

 

 犬神の声は、さっきまでよりも不思議なくらい穏やかだった。処分のための静けさではなく、少しだけ興味が混ざった声だった。

 

「だったら見届けろ。これが、処分じゃない決着だ」

 

 俺はドライバーへ手をかけ、必殺技の起動へ入った。白い法廷の処分線が足元へ殺到するが、七色の光がそれを踏み越える道へ変えていく。

 

『ライズ! グレートバニッシュ!』

 

 夢と現実の境界を裂くような音声が響き、右足に七色のエネルギーが収束した。黒と白の光が渦を巻き、青いラインがキックの軌道を描く。

 

『ゼェッツ! ゼッツ!! ゼェーッツ!!!』

 

 最原のノクスドライバーから、青白い闇が溢れた。

 

『ミッドナイトノヴァブレイズ』

 

 影のポータルが犬神の足元に広がり、処分線の根元を絡め取る。最原は闇へ沈み、次の瞬間には俺の左下から青白い炎を纏って飛び出した。

 

 百田は空中でブレイカムバスターを構え、翼の光を刃のように引き伸ばす。

 

『ブレイカムスラッシュ』

 

 空から振り下ろされた斬撃が、白い判決札の群れを真っ二つに割った。切り開かれた白い空間の向こうで、犬神の中心が露出する。

 

 王馬は紫の投影光を弾丸のように圧縮し、無数の偽弾と本命の一発を重ねた。

 

『ブレイカムバレット』

 

 投影弾が犬神の複眼へ殺到し、裁定ログに偽情報を叩き込む。本物の俺達がどこから来るのか、犬神の法廷は最後まで決めきれなかった。

 

「処分対象、再設定不能。裁定、裁定、裁定不能……!」

 

 ロードスリーブースターの声が乱れる。犬神の白いケープは広がったままだが、そこへ最原の闇が絡み、百田の翼が裂け目を作り、王馬の投影弾が判定を狂わせる。

 

 俺は三人の軌道が作った中心へ、七色の光を纏って落ちていった。

 

「それでいい。お前はもう、処分されるための被告じゃない」

 

 四つの蹴撃が重なった。

 

 最原の青白い闇が足元から突き上げ、百田の翼の光が上空から白い装甲を切り裂き、王馬の紫の投影光が犬神の判決を最後まで攪乱する。その中央を、俺のゼッツエクスドリームのライダーキックが貫いた。

 

「はああああああああああっ!」

 

 白い法廷の中心で、七色、青白い闇、翼の光、紫の投影光が一つに炸裂した。ロードスリーブースターの装甲に刻まれていた裁定文字が砕け、ケープが白い破片となって崩れていく。犬神の胸部を覆っていた判決文が剥がれ落ち、ロードブースターの光が静かに消えた。

 

 爆発は、破壊のためだけのものではなかった。白い処分線は燃え尽きるのではなく、七色の光にほどかれていく。法廷を覆っていた処刑場の白は薄れ、元の静かな法廷の形が少しずつ戻っていった。

 

 犬神は変身解除され、白い床へ膝をついた。ロードスリーブースターの装甲は光の粒になって消え、残ったのは、穏やかな顔をしながらも疲れ切った一人の幹部だった。

 

「……処分では、ないのですね」

 

 俺は変身を保ったまま、犬神の前へ歩いた。右足にはまだ必殺技の余熱が残っていたが、その熱はもう攻撃のためではなく、白い法廷に残った処分線を消すために揺れている。

 

「ああ。お前を終わらせるための一撃じゃない。お前が自分を終わらせるのを止めるための一撃だ」

 

「困りましたね。そんな判決は、私の法廷にはありませんでした」

 

「だから、万津くんが再定義したんです」

 

 最原が変身を解きながら言った。百田は床へ着地し、翼の光を静かに収める。

 

「次から覚えとけ。仲間が勝手に自分を裁こうとしたら、ぶん殴ってでも止めるんだよ」

 

「にしし、犬神ちゃんもこれで共犯者候補だね。処分失敗の罪で、こっち側に来る?」

 

 王馬が軽く笑うと、犬神は顔を上げた。さっきまでの狂った笑いはもうない。けれど、完全に救われた顔でもなかった。自分の判決が砕かれた意味を、まだ測りかねているような顔だった。

 

「君達は、どうにも裁定しきれない」

 

「だったら、無理に裁かなくていい」

 

 俺がそう言うと、犬神は小さく息を吐いた。困ったような笑みが戻る。だが、その奥には、前とは違う揺らぎがあった。

 

「秩序を乱す異常存在として処分するべきなのでしょう。ですが、私の中の別の部分が、それでは退屈だと言っています」

 

 教祖が俺の横へ立った。白い鎖はもう消えていて、彼女の半透明の姿は、以前より少しだけ穏やかに見えた。

 

「犬神君、君も見届ける側へ来るのですか」

 

「まだ、そこまで素直には言えません。ですが、万津君達の先を少し見てみたいとは思います」

 

「ほら、やっぱり共犯じゃん」

 

 王馬が楽しげに言うと、犬神は少しだけ視線を向けた。

 

「そうですね。法務省最高幹部としては、不適切な判断です」

 

 そして、犬神は俺へ向き直った。

 

「ですが、たまには判決を保留にしてみるのも、悪くないかもしれません」

 

 白い法廷の壁が静かに崩れ、奥に薄い扉が現れた。扉の向こうには、法務省領域の記録庫らしき空間が広がっている。そこには、終天教団の他の幹部達に関する裁定記録が、白い棚の中で眠っていた。

 

 犬神はまだ完全な味方ではない。教祖と同じように、俺達を見届ける側へ来ただけなのかもしれない。俺達が終焉より醜い道を選べば、きっとまた裁こうとするだろう。

 

 それでも、今は判決が保留された。

 

 俺はゼッツエクスドリームの光を静かに収めながら、崩れた白い法廷の中心で息を吐いた。終焉に縋った願いを踏みにじらず、処分しか知らなかった裁判長を終わらせずに止めることができた。

 

 ここから先に、また別の幹部の記録が待っている。終天教団の願いを本当に別の形で繋げるには、まだ向き合わなければならないものがある。

 

 それでも、犬神軋との判決は、確かにここで一度止まった。

 

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