ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

289 / 289
執着 Part1

 白い記録庫の奥で、俺の記録板は静かに光り続けていた。

 

 対象、万津。旧分類、秩序破壊者。新分類、裁定不能。追加指定、要観測。判決、保留。犬神軋が書き換えたその文字は、俺が許されたことを意味しているわけではない。むしろ、逃げれば見られる。道を踏み外せば裁かれる。そんな視線を背負うことになったのだと、俺は理解していた。

 

 それでも、処分対象として終わるよりはずっといい。見届けると言った犬神の視線を背負ったまま、俺は次に向き合うべき記録へ目を向けていた。

 

 その時、記録庫の奥に並んだ白い棚の一つが、赤黒く点滅し始めた。犬神の法務省記録庫は全体的に冷たい白で統一されている。その中で、その記録板だけが傷口のような色を放っていた。

 

「犬神、あれは何だ。さっきまで光ってなかったよな」

 

 俺が問いかけると、犬神は記録板へ歩み寄り、指先で流れる文字列を確かめるように目を細めた。

 

「保健省最高幹部、丑寅幽玄君の記録です。私の裁定記録が変化したことで、彼の領域が反応したのでしょう」

 

「保健省ってことは、医療とか治療の領域ってことか」

 

 百田が腕を組みながら言うと、犬神は困ったように笑った。犬神が笑う時は、だいたいその先に面倒な事実がある。

 

「表向きはそうです。ただし、丑寅君にとっての治療は、必ずしも本人を救うこととは一致しません」

 

 最原が記録板に浮かぶ文字列を見つめながら、低い声で続けた。

 

「修復や再生が、本人の意思を無視して行われる可能性があるということですね」

 

「ええ。彼は壊れたものを直すことに迷いません。たとえ、直されたものが元と同じ存在でなくても」

 

 犬神の言葉を聞いた瞬間、記録板から白い扉が浮かび上がった。法務省の冷たい白とは違う、消毒液の匂いが染みついたような白だった。扉の向こうからは、医療機械の低い作動音と、規則正しい電子音が聞こえてくる。

 

 俺が一歩近づいた時、扉が勝手に開いた。

 

 その向こうには、病院の廊下が続いていた。天井には白い照明が等間隔に並び、床は磨かれすぎていて、俺達の影まで薄く反射している。空気は清潔すぎるほど整っていて、逆に人の気配を完全に削ぎ落としていた。

 

 その瞬間、廊下の別方向から三つの人影が放り込まれるように現れた。

 

「ぎゃあああああっ!? なんだここ、病院!? おい、誰だよオレ様を勝手に連れてきたのは!」

 

 最初に響いたのは、入間美兎の悲鳴だった。普段なら自信満々に胸を張っている入間が、今は医療機械の並ぶ廊下を見ただけで肩を震わせている。彼女の横には東条斬美が立ち、足元をふらつかせた入間を支えるように腕を添えていた。

 

「入間さん、落ち着いて。呼吸が乱れているわ。まずは足元を確認して、転ばないようにして」

 

「落ち着けるかよ! 寝てただけなのに、目が覚めたらこんな気持ち悪い病院とか、ふざけんなよ!」

 

 入間は必死に強がっているが、声は完全に裏返っていた。東条はそれをからかうことなく、入間の呼吸に合わせるように、ゆっくりとした声で言葉をかけ続けている。

 

 少し離れた場所では、春川魔姫が廊下の奥を冷静に見ていた。彼女は突然巻き込まれたことに驚いているはずなのに、表情には恐怖よりも警戒が出ている。

 

「騒がないで。ここが普通の病院じゃないことくらい、見れば分かるでしょ」

 

「入間、東条、春川……お前達まで巻き込まれたのか」

 

 俺が声をかけると、入間は俺を見つけて少しだけ安堵した顔をした。けれど、すぐにいつもの調子を取り戻そうとして、無理やり胸を張る。

 

「巻き込まれたって何だよ! オレ様は寝てただけだぞ! 目が覚めたら変な病院にいるとか、天才に対する扱いじゃねぇだろ!」

 

「状況は異常だけれど、万津君達がいるなら完全な孤立ではないわ。入間さん、私の後ろにいて」

 

「べ、別に隠れてねぇし! お前がどうしても守りたいって言うから、仕方なく後ろにいてやるだけだし!」

 

 東条は入間の虚勢を受け流し、彼女の腕をそっと支えたままこちらへ歩いてくる。春川は俺達を見るより先に、犬神へ視線を向けた。

 

「犬神もいるんだ。あんた、今度は案内役ってわけ?」

 

 春川の声には、はっきりとした警戒があった。犬神が俺達と共にいる理由を知っていても、すぐに信用するつもりはないのだろう。それは当然だと思った。犬神はついさっきまで、俺達を白い法廷で裁いていた相手なのだから。

 

「知っている範囲で説明します。ここは丑寅君の保健省領域です。治療、修復、再生、データ改変が混ざった夢の病院ですね」

 

「データ改変!? ちょっと待て、それって体を勝手にいじるってことかよ!」

 

 入間が東条の後ろから顔だけ出して叫ぶ。犬神は入間の反応を記録するように少し見つめ、それから淡々と答えた。

 

「身体だけとは限りません。記憶、人格、感情、夢の構造まで、彼の修復対象になり得ます」

 

 その言葉に、東条の目がわずかに細くなった。

 

「本人の意思を確認しない治療は、奉仕ではなく管理に近いわ」

 

「つまり、ここは人を治す場所じゃなくて、都合よく作り直す場所ってこと」

 

 春川の言葉は鋭かった。犬神は、少しだけ考えてから頷く。

 

「春川魔姫さん、その認識はかなり近いと思います」

 

 俺達は、法務省記録庫から完全に保健省領域へ足を踏み入れた。廊下を抜けると、目の前には巨大な白い病院が立っていた。受付、診察室、病棟、手術室を示す案内板は整然と並び、入口の自動扉は一定間隔で開閉を繰り返している。

 

 けれど、そこには患者も医師もいなかった。

 

 病院の窓に人影はなく、待合室らしき空間にも椅子だけが整列している。医療用のカートは壁際に並び、点滴スタンドは影のように立っている。機械だけが動いているのに、誰も治療されていない。そんな場所だった。

 

「病院なのに、人の気配がしないな」

 

「受付も照明も動いています。けれど、患者も医師も見当たりません」

 

 最原の声を聞いて、入間は東条の腕を掴む力を強めた。

 

「やめろよ、そういうこと言うなよ! こういう場所で誰もいないのが一番怖いんだよ!」

 

「入間さん、私の手を握っていて。怖いなら、無理に前を見続けなくてもいいわ」

 

「こ、怖くねぇし! 手は……まあ、東条がどうしてもって言うなら握らせてやるけど!」

 

 入間はそう言いながら、東条の手をしっかり握っていた。東条は何も言わずにその手を受け止め、入間の歩幅に合わせてゆっくり進んでいる。

 

 春川は入口の上部にある監視カメラらしき装置を睨み、短く息を吐いた。

 

「強がる余裕があるなら歩けるね。けど、奥に行くほど危険なのは間違いない」

 

「この病院は、患者を待っているのではありません。修復対象を待っているのでしょう」

 

 犬神の言葉に合わせるように、入口の受付モニターが点灯した。そこには、患者名ではなく、処理工程のような文字が並んでいる。

 

 修復待機中。人格補填中。感情平準化中。再構築準備中。素材候補、未登録。

 

 その表示を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

「患者ではなく、処理工程が表示されています」

 

「人を看るための受付ではないわ。これは、対象を管理するための入口ね」

 

 東条の声は静かだったが、その奥には強い嫌悪があった。人の世話をする彼女だからこそ、この場所にあるものが本当の意味での看護ではないと分かるのだろう。

 

「おい、素材候補って出てるぞ! 素材って誰のことだよ!」

 

 入間が半ば悲鳴のように叫ぶと、犬神は俺へ視線を向けた。

 

「可能性が高いのは、万津君です。彼の夢、デュアルメア、カタストロム構造は、丑寅君にとって極めて貴重な研究資源でしょう」

 

「俺を患者じゃなくて素材として見てるってことか」

 

 言葉にしてみると、胃の奥が重くなった。裁かれることとは違う怖さだった。犬神の法廷では、俺は秩序破壊者として扱われた。ここでは、俺という存在そのものが分解され、使える部分だけを取り出されるかもしれない。

 

 春川が俺の前へ半歩出た。

 

「だったら、あんたを一人で前に出さない。素材扱いされる前に潰す」

 

 その言い方は乱暴だったが、今は心強かった。俺は春川へ視線を向け、病院の入口を指した。

 

「春川、お前から見て、この施設はどう見える」

 

 春川はすぐには答えず、入口、受付、廊下、天井のカメラ、床の誘導線、そしてモニターの表示を順番に見た。感情で言っているのではなく、本当に状況を見て判断しているのが分かった。

 

「病院の形をしてるけど、人を治す場所には見えない。ここは壊れたものを保管して、使いやすい形に直す場所だと思う」

 

「同感だわ。清潔ではあるけれど、患者への配慮が感じられない」

 

 東条も頷き、入間は怖がりながらも機械配置を見回した。震えていた声に、少しずつ発明家としての鋭さが戻ってくる。

 

「機械の配置も変だぞ。診察用っていうより、解析と分解に寄ってやがる。こんなの治療じゃねぇ、素材の状態を調べるためのラインだ」

 

「入間美兎さん、発明家としての視点は正確ですね。丑寅君の治療は、しばしば解析から始まります」

 

 犬神の補足に、入間は一瞬だけ怯えた顔をしたが、すぐに唇を噛んでモニターを睨んだ。

 

「中に入るなら、万津を中心に守る。入間は機械を見て、東条は異常が出た人のケア。私は万津に近づくものを止める」

 

 春川の提案は無駄がなかった。俺はそれを聞いて、深く頷く。

 

「分かった。お前達の意見を聞いて動く」

 

 百田が俺の肩を軽く叩いた。今回はこの三人が中心になると分かっているからか、あいつは少し後ろへ下がりながらも、いつものように笑っている。

 

「今回、俺達は外から支える形だな。万津、無茶すんなよ」

 

「ああ。今回は入間達の力も借りる」

 

「オレ様の力を借りるって言ったな!? なら、ちゃんと守れよ! 天才を失ったら世界の損失だからな!」

 

 入間の声はまだ震えているが、その中には少しだけいつもの調子が戻っていた。東条が穏やかに言葉を添える。

 

「入間さん、守られるだけではなく、あなたの観察力も必要になるわ」

 

「怖がってもいいけど、目は逸らさないで。あんたの頭は役に立つんだから」

 

 春川にそう言われた入間は、驚いたように目を見開いた。それから、悔しそうに鼻を鳴らしてモニターへ向き直る。

 

「お、おう……そこまで言うなら、見てやるよ。オレ様の天才的頭脳で、この気持ち悪い病院を丸裸にしてやる」

 

「頼りにしてる。行こう」

 

 俺達は隊列を整え、白い病院の自動扉をくぐった。

 

 春川が前で警戒し、俺が中央に立ち、東条が入間を支えながら周囲を確認する。犬神と最原は少し後ろで施設全体の構造を観察し、百田と王馬は必要な時に動ける距離を保っていた。教祖の気配は俺の胸の奥に静かに残っていて、この場所に漂う修復の匂いをじっと見ているようだった。

 

 自動扉が背後で閉まると、白い廊下の照明が一斉に点灯した。廊下の奥まで光が走り、壁に埋め込まれたスピーカーから低いノイズが流れる。

 

 そして、男の声が院内放送として響いた。

 

「ようこそ、保健省領域へ。患者か、見舞いか、それとも素材か。まあ、入ってきた以上、診るしかねぇな」

 

「ひっ……声だけで出てくるなよ! そういう演出が一番ビビるんだよ!」

 

 入間が東条の後ろへ素早く隠れ、東条は彼女を庇うように一歩前へ出た。

 

「入間さん、私の後ろへ。呼吸を整えて」

 

 春川は廊下の奥へ視線を向け、低く言った。

 

「来るなら来なよ。こっちは、勝手に診られるつもりなんてない」

 

 俺は院内放送の声へ向かって、はっきりと告げた。

 

「丑寅幽玄……俺達は治されに来たんじゃない。お前が何を修復と呼んでるのか、確かめに来た」

 

「いいねぇ、威勢がいい。壊れてるやつほど、自分は壊れてねぇって顔をする」

 

 丑寅の声は豪快に笑っていた。けれど、その笑いの奥には、何かを計測するような冷たさがあった。

 

「万津君、ここから先は丑寅君の領域です。彼は君を患者とは見ないでしょう」

 

「分かってる。素材扱いされる前に、こっちから向き合う」

 

 白い廊下の奥で、病室の扉が一斉に開いた。中には人影がなかった。けれど、ベッドの上には白いデータの塊が横たわっている。人間の形を取りかけているが、顔も感情もまだ定まっていない。患者のようでいて、患者とは呼べない何かだった。

 

 モニターに文字が浮かぶ。

 

 修復途中患者データ、閲覧許可。感情欠損、補填待機。人格断片、再構築準備。

 

 東条が息を呑んだ。

 

「これは……患者ではなく、誰かの欠片ね」

 

 入間は震える指でモニターを指し、悔しそうに歯を食いしばった。

 

「やっぱりここ、治療施設なんかじゃねぇ。人間を部品みたいに扱ってやがる」

 

 春川は次の病室の扉を睨んだまま、俺へ問いかける。

 

「次の部屋に入る前に決めて。見る覚悟があるかどうか」

 

 俺は、白いデータの塊から目を逸らさなかった。丑寅幽玄が何を救おうとして、何を間違えたのか。それを見ずに止めることはできない。

 

「見る。ここで目を逸らしたら、丑寅の願いにも間違いにも届かない」

 

 白い病院の奥で、誰もいない病室のモニターだけが静かに点滅していた。俺達は、丑寅幽玄の修復思想が形になった病棟へ、ゆっくりと足を踏み入れていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【2年生編開始】新入生のみなさん!よう実ラジオのお時間です!(作者:やさかみ)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

学校の放送権を使ってラジオ感覚で学校の秘密を流していく話にしようかと思えば放送権が1分五万だと知った結果、どんどん流す余裕なんてないじゃんとなった話。▼ 一年生編3/15完結。▼ 4期に合わせ4/8、2年生編開始。


総合評価:2524/評価:7.76/連載:78話/更新日時:2026年06月10日(水) 12:32 小説情報

アストレアファミリアのハーレムクソ野郎(作者:神崎せもぽぬめ)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼ オリ主「家族(ファミリア)に迷惑かけたくないので、他派閥の女の子とイチャイチャします」▼ 星乙女たち「許さないけど?????」▼ 女神アストレア「どうしてこうなったの……?」▼ 下半神「ハーレムはいいぞ!」▼ 白兎系弟分「わあ!すごい!!」▼ 静寂魔女「私が育てたさいきょーの冒険者だが何か?」▼ 暴食筋肉「避妊……避妊しろよ……!!!」▼ 的な感じの冒険…


総合評価:5222/評価:8.38/連載:13話/更新日時:2026年02月07日(土) 02:41 小説情報

TSして触手産卵ゲーのマゾメス堕ちロリ女神になった(作者:ハリケーン)(オリジナルファンタジー/戦記)

TSして触手産卵ゲーでマゾメス堕ちするロリ女神になってしまった主人公の足掻きと、そんな世界で己の道を切り開く原作主人公のお話


総合評価:6976/評価:8.87/連載:24話/更新日時:2026年05月07日(木) 18:38 小説情報

とある転生者の受難日記(作者:匿名)(原作:七つの大罪)

これは、ひょんなことから転生した男の、ありとあらゆる苦難が綴られた日記である。


総合評価:15755/評価:9.13/連載:27話/更新日時:2026年06月05日(金) 19:07 小説情報

サトシ君(転生者)の目指せ、ポケモンマスター!!(作者:DestinyImpulse)(原作:ポケットモンスター)

▼ 転生したのはオリ主でもモブでもなく紛れもなく主人公。▼ 定期的に世界を救わなくてはならない大役を背負いながらも、ポケモンとの出会いと冒険に胸を躍らせる。▼ ▼「通りすがりのポケモントレーナーだ、覚えておけ!ピカチュウ、君に決めた!!」▼「ピカチュウ!!」▼ コレはアニポケ主人公のサトシに転生した少年が、時にポケモンと絆を深め、時に女の子とのフラグを作り、…


総合評価:7629/評価:8.61/連載:58話/更新日時:2026年06月19日(金) 19:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>