ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
白い修復病棟の床に走った赤い円形コードは、俺の足首から膝、腰、胸へと細い光の糸を伸ばしてきた。
それは鎖のように重いわけではないのに、絡みついた場所から身体の感覚を少しずつ奪っていく。腕を動かそうとしても、肩の奥で力が空回りするだけで、指先は自分のものではないみたいに震える。機械腕の先端に付いた解析端子が胸元へ近づくたび、頭の奥に白いノイズが広がって、夢の輪郭を内側から剥がされるような感覚がした。
モニターには、無機質な文字が流れている。
素材候補、ロック。夢構造採取準備。デュアルメア反応、抽出開始。カタストロム干渉痕、保存対象。
「くっ……身体が、思ったように動かない」
声を出すだけで胸の奥がきしみ、俺の意識へ白い針のようなものが入り込んでくる。丑寅幽玄の姿はまだ見えない。けれど、あいつの声は病棟の壁と天井に埋め込まれたスピーカーから、まるで医師が手術台の上の患者へ話しかけるみたいに響いていた。
「暴れんなよ。採取線がずれると、余計なところまで削ることになるぜ」
「採取線って言いやがったな。治療でも検査でもなく、完全に素材扱いじゃねぇか!」
入間が叫び、端末の上へ指を走らせる。怖がっていた時の震えはまだ残っているのに、その目は機械腕の配線と命令系統を追っていた。東条は俺の呼吸を見て、すぐに精神干渉まで入っていることを見抜いた。
「万津君の呼吸が乱れているわ。身体の拘束だけではなく、意識そのものへ干渉しているのね」
「万津に触るな。次に伸びた腕から壊すから」
春川が俺の前へ出ようとした瞬間、床の赤いコードがさらに広がった。俺を守ろうとする者まで検査対象にするつもりなのか、壁の中から別の機械腕が伸びて、春川、東条、入間の周囲を囲み始める。
その時、三人の前に光が浮かび上がった。
入間の前には、歯車と回路を思わせる銀色の光。東条の前には、静かな脈動を持つ淡い緑の光。春川の前には、硬質な盾のように輝く透明の光。前にも見たことがあるカプセムの光なのに、今の三つはそれぞれの手に届くことを待っているように見えた。
「なんだよ、これ……オレ様に使えってことかよ」
入間は怯えた声を漏らしたが、その目はカプセムから逃げていなかった。
「この力が、誰かを支えるためのものなら、私は拒む理由がないわ」
東条は患者データと俺を交互に見て、静かに手を伸ばした。春川は迷わず透明のカプセムを掴み、俺に伸びる採取端子を睨む。
「迷ってる暇はない。万津が持っていかれる」
「無理はするな。これは、お前達まで巻き込む力かもしれない」
俺はそう言ったが、三人の表情を見た瞬間、止める言葉が届かないことも分かった。
「もう巻き込まれてんだよ。ここまで来て、天才だけ安全圏で震えてるとか、そんなの格好悪すぎんだろ」
「万津君、あなた一人を患者にも素材にもさせないわ」
「守るって決めたから前に出る。それだけ」
入間がマシーナリーカプセムを掴んだ。手は震えている。けれど、その震えを握り潰すように力を込め、彼女は目の前の機械群へ怒りをぶつけた。
「怖ぇよ、こんな場所なんか怖ぇに決まってんだろ。でもな、こんな雑な改造を天才の前で許す方がもっとムカつくんだよ!」
『グッドモーニングライダー!マシーナリー!』
音声と同時に、銀色の機械光が入間の腕から肩へ走った。背中には小型のアームが二本展開し、腰と腕には解析端末のような装甲が重なる。顔を覆うゴーグル状の複眼が鋭く点灯し、いつもの白衣じみた印象とは違う、近未来の工具と戦闘装甲を混ぜたような姿が完成した。
「見てろよ、丑寅。オレ様の頭脳で、お前の病院を一枚ずつ剥がしてやる」
続いて、東条がリカバリーカプセムを胸元へ寄せた。彼女は苦しむ患者データを見つめ、聞こえた声を忘れないように、静かに言葉を置いた。
「治療とは、相手の声を消すことではないわ。私は、聞こえた声をなかったことにはしない」
『グッドモーニングライダー!リカバリー!』
淡い緑の光が東条の全身を包み、白と緑を基調にした装甲が穏やかに形成された。腕部には柔らかな発光ラインが走り、胸部には心拍を思わせる光の波が浮かび上がる。戦うための装甲でありながら、誰かを包み込むための手を持った姿だった。
「あなた達を、誰かの都合のよい沈黙へ戻させはしないわ」
最後に、春川がバリアカプセムを掲げた。彼女は俺の前へ立ったまま、一歩も退かない。
「守るって決めた相手を、勝手に素材扱いさせるつもりはない」
『グッドモーニングライダー!バリア!』
硬質な透明光が盾のように春川の周囲へ展開し、黒と赤紫を基調にした細身の装甲が彼女を覆った。腕部には小型シールドが装着され、背中には薄い防壁翼のような光が広がる。春川が腕を振ると、俺へ迫っていた採取端子が透明な壁に弾かれ、白い火花を散らした。
「ここから先には通さない。万津にも、患者データにも触らせない」
三人が変身した瞬間、修復病棟の空気が変わった。けれど、すぐに全部が噛み合ったわけではなかった。
入間はマシーナリーの背中から伸びる小型アームを端末へ接続し、病棟全体の命令系統へ侵入しようとする。東条はリカバリーの光を俺と患者データへ届かせようとし、春川は俺を守るために周囲を完全な防壁で包み込んだ。
「おい春川、バリアが分厚すぎる! これじゃオレ様の信号まで弾かれるだろ!」
「信号を通すために穴を開けたら、素材化コードも入るでしょ」
「二人とも、万津君の精神干渉が深くなっているわ。防ぐだけでも、止めるだけでも足りない」
東条のリカバリーの光は防壁の外で乱れ、入間のハッキング信号も春川のバリアに遮られて病棟中枢へ届かない。春川の防壁は強い。だからこそ、敵の採取線だけではなく、味方の干渉まで止めてしまっていた。
丑寅の笑い声が、院内放送から落ちてくる。
「いいねぇ、初変身にしては動けてる。だが、手術台の上で暴れる患者みてぇだな」
俺は胸元に食い込む赤いコードを見下ろした。三人はそれぞれ正しいことをしている。入間は機械を止めようとしている。東条は意識を繋ぎ止めようとしている。春川は俺を守ろうとしている。けれど、別々に正しいだけでは、この病棟の全体を押し返せない。
「三人とも、別々に正しいことをしてる。でも、それだけじゃ届かない」
白いノイズに呑まれかけながら、俺は息を整えた。ここで俺が叫ぶべきなのは、助けてくれという言葉だけじゃない。三人の力が噛み合う場所を、俺が示さなければならない。
「春川、全部を閉じなくていい。入間の信号だけ通せる壁にしてくれ」
「簡単に言うね。でも、やれないとは言ってない」
「入間は、その隙間から機械群の命令を遅らせてくれ。止めきれなくてもいい、俺に届くまでの時間を稼いでくれ」
「遅らせるだけでいいとか、天才の使い方が贅沢すぎんだよ!」
「東条は、俺と患者データの意識を繋ぎ止めてくれ。恐怖を消さずに、戻ってこられるように」
「承知したわ。苦しみを消すのではなく、受け止められる形へ整える」
春川が両腕を広げると、防壁が一枚の厚い壁から、薄い面を重ねた多層の盾へ変わった。敵の素材化コードを弾きながら、入間の信号だけを通す細い経路が作られる。春川の肩に負担がかかっているのか、透明な防壁の端が何度も震えた。
「完全に閉じるんじゃなくて、必要なものだけ通す。面倒だけど、これならいける」
「よし、信号が通った! オレ様の天才的侵入経路で、その気色悪い命令系統を丸裸にしてやる!」
入間の背中の小型アームが一斉に動き、銀色の光のケーブルが病棟の壁へ突き刺さった。モニターの文字が乱れ、医療機械腕の動きが一瞬だけ鈍る。採取端子が俺の胸元へ届く寸前で止まり、白い火花を散らした。
東条はその隙を逃さず、リカバリーの光を俺と患者データへ伸ばした。柔らかな緑の波が白いノイズを押し戻し、頭の奥で切り分けられそうになっていた夢の輪郭が、少しずつ繋がっていく。
「万津君、私の声に意識を向けて。あなたの夢を、誰かの都合で切り分けさせはしないわ」
東条の声は、病棟の電子音よりもはっきりと聞こえた。俺はその声を頼りに、白いノイズの中から自分の感覚を引き戻した。患者データの方からも、かすかな声が聞こえる。
「……こわい……でも……いる……」
「聞こえてる。俺も、まだここにいる」
その言葉を口にした瞬間、胸元に絡んでいた赤いコードが大きく震えた。モニターに警告が次々と表示される。
採取ライン、異常。バリア干渉、確認。ハッキング信号、侵入。精神干渉、逆流。
入間が病棟中枢へ強制的に割り込み、春川が採取線を一つずつ弾き、東条が精神干渉を押し返す。三つの力が別々の方向から同じ場所へ届き、医療機械型ナイトメアの制御を乱した。
「へぇ、三人で採取ラインを切ったか。思ったより使えるじゃねぇか」
丑寅の声は楽しそうだった。けれど、その言葉を聞いた春川は、防壁の向こうから冷たく返した。
「使えるとか言うな。あんたに評価される筋合いはない」
「ざまぁ見ろ、ヤブ医者野郎! 天才を相手に機械任せで勝てると思うなよ!」
「万津君、今なら抜けられるわ。こちらへ意識を戻して」
東条の声に合わせて、俺は残った力を腕へ集中させた。赤いコードはまだ食い込んでいたが、三人の力で緩んでいる。俺は自分の夢を誰かの素材として渡さないために、歯を食いしばって拘束を引き裂いた。
「俺は、俺の夢を渡さない」
赤いコードが砕け、白い病棟の床へ火花となって散った。胸元に刺さりかけていた解析端子が弾かれ、医療機械腕は一斉に動きを止める。数秒遅れて、病棟全体の照明が白へ戻り、医療機械型ナイトメアの中枢らしき巨大な端末が、低い音を立てて一時停止した。
俺は膝をつきかけたが、春川が防壁を解除しながら支えに入った。東条のリカバリーの光が身体の奥に残ったノイズを薄め、入間は息を切らしながら端末から小型アームを引き抜いた。
「助かった。三人とも、ありがとう」
「ふ、ふん! オレ様の天才的活躍がなかったら、お前なんか今頃バラされてたからな!」
入間は胸を張ろうとしたが、膝が少し震えていた。東条はそれに気づいて、さりげなく彼女の背に手を添える。
「礼は後でいいわ。まだ病棟全体の干渉は止まっていない」
「次は、声だけじゃ済まないと思う」
春川が病棟の奥を見た。そこには、さっきまで閉じていた重い扉があった。扉の向こうからは、手術室の照明と工場の溶接光が混ざったような赤黒い光が漏れている。
犬神が、俺の横へ静かに歩いてきた。
「その通りです。丑寅君は、観察対象に興味を持つと自ら確認に来る傾向があります」
「犬神、余計なことまで覚えてやがるな。まあいい、次は俺が直接診てやるよ」
丑寅の声が響いた直後、奥の扉が重い音を立てて開いた。
中には、手術室と整備工場が混ざったような空間が広がっていた。天井からは手術灯とクレーンアームがぶら下がり、壁には医療器具と工具が同じ棚に並んでいる。その中央に、赤黒い照明を背負った大柄な影が立っていた。
「来るなら来い。俺達は、治療のふりをした採取を止める」
「いい顔になってきたじゃねぇか、素材候補。いや、患者候補って呼んだ方が好みか?」
俺は、まだ胸に残る痛みを押さえながら立ち上がった。入間、東条、春川の三人が、それぞれの疑似ライダーとして俺の隣に並ぶ。
「どっちでもない。俺は、俺だ」
赤黒い光の奥で、丑寅幽玄の影がゆっくりとこちらへ歩き出した。