ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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執着 Part4

 赤黒い照明が漏れる奥の扉から、丑寅幽玄はゆっくりと姿を現した。

 

 手術室と整備工場を無理やり繋ぎ合わせたような空間の中央で、あいつは白い病棟に似合わない豪快な笑みを浮かべていた。天井には手術灯とクレーンアームが並び、壁際には医療器具と工具が同じ棚へ几帳面に置かれている。人を治すための場所なのか、機械を分解するための場所なのか、その境目が最初から壊れているような空間だった。

 

 丑寅は俺達を見回し、まず入間、東条、春川の疑似ライダー姿へ目を向けた。

 その視線は敵を見るものというより、珍しい症例を見つけた医者か、面白い部品を拾った技術者のものに近かった。

 

「いやぁ、見事だったぜ。採取ラインを三人がかりで切るとはな。保健省領域であそこまで動けりゃ、十分に使える」

 

「使えるって言うな。あんたに評価されるために戦ってるわけじゃない」

 

 春川がバリアの腕部シールドを構えたまま言い返すと、丑寅は機嫌を損ねるどころか、喉の奥で楽しそうに笑った。

 

「そもそも、てめぇの採取ラインが雑すぎんだよ。天才のオレ様が見たら、粗だらけだったぞ」

 

 入間はマシーナリーのゴーグル複眼を光らせながら、背中の小型アームを壁の端末へ向けていた。怖がりは消えていないはずだが、丑寅の技術を前にした怒りが、それ以上に彼女を前へ押し出している。

 

「ここは治療施設ではないわ。相手の声を奪う場所を、病院とは呼べない」

 

 東条のリカバリー装甲から淡い緑の光が揺れ、彼女の後ろでは、さっき声を取り戻した患者データが小さく震えていた。東条はその存在を守るように、半歩だけ位置をずらしている。

 

 俺は、丑寅の前へ一歩出た。

 

「丑寅幽玄。俺達は、お前の治療を止めに来た」

 

「治療を止める、か。壊れてるやつほど、自分は治される必要がねぇって顔をするもんだ」

 

 丑寅はそう言うと、壁にかけられていた手術器具の一本へ近づいた。

 乱暴な口調とは裏腹に、その指先は驚くほど細かく動き、わずかに傾いていた器具の角度を正確に直した。さらに隣のコードの曲がりまで整え、工具の持ち手をすべて同じ向きへ揃える。

 

「なんだよ、その几帳面さ。笑い方は雑なのに、器具の角度は気にすんのかよ」

 

 入間が気味悪そうに言うと、丑寅は当然だと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「当たり前だろ。治す時に器具の位置が一ミリズレてたら、余計な場所まで傷つける」

 

「なら、なぜ心や記憶を扱う時には、本人の意思を確認しないの」

 

 東条の問いに、丑寅の笑みがわずかに薄くなった。けれど、それは迷いではなく、理解できないものを見るような表情だった。

 

「苦しんでるやつに、いちいち苦しみたいかって聞くのか。痛ぇなら取る、壊れてるなら直す。それが一番早ぇ」

 

「早いだけで、本当に救えるとは限らない」

 

 俺がそう言うと、丑寅は俺を見た。

 その目に、初めて熱のようなものが宿る。

 

「救えなかったやつを見たことがねぇから、そんな綺麗事が言えるんじゃねぇのか」

 

 その言葉に、空気が重くなった。丑寅の奥にあるものへ触れかけたような感覚があったが、あいつはそれ以上は語らなかった。代わりに、指を鳴らした。

 

 病棟のモニターが一斉に切り替わり、前回表示された診断結果が赤く浮かび上がる。

 

 入間美兎。恐怖反応増大。技術干渉能力、高。手元不安定化処置、開始。

 

「まずは天才発明家から診てやるよ。怖ぇなら、手元が震える。震える手で機械を触れば、当然ミスが出る」

 

「ひっ……ふ、ふざけんな。オレ様の手元を勝手に診るな!」

 

 入間の周囲に、細かなパニックノイズが走った。マシーナリーの腕部端末に表示される文字が何重にもぶれ、背中の小型アームが一瞬だけ誤作動を起こす。入間は必死に指を動かすが、入力がわずかにずれ、そのたびに端末から警告音が鳴った。

 

 次に、東条の診断結果が赤く光る。

 

 奉仕衝動過多。自己犠牲傾向、誘導可能。救助対象、追加。

 

「次はメイドさんだ。助ける相手を増やせば、自分のことなんざ後回しにするだろ」

 

 病室の扉が次々と開き、ベッドの上に横たわる患者データが苦しむように震え始めた。さっきまで沈黙していたデータ体達が、声にならないノイズを漏らし、東条へ助けを求めるように腕を伸ばす。

 

「人を助けたい気持ちを、罠として利用するのね」

 

 東条は声を低くしたが、足は患者データの方へ向かおうとしていた。誰かの苦しむ声が聞こえた時、東条は無視できない。それを分かっているからこそ、丑寅はこの配置を作ったのだ。

 

 最後に、春川の診断結果が表示される。

 

 防衛反応過剰。保護対象固定傾向。防壁分散処置、開始。

 

「最後は防壁役だ。守りたい相手が増えりゃ、防壁は薄くなる。簡単な話だろ」

 

 床から伸びた素材化コードが、俺だけでなく患者データ、入間の端末、東条の足元へ向かって同時に走った。春川は舌打ちし、バリアを複数に分割して守ろうとするが、守る対象が増えるほど防壁一枚ごとの光は薄くなる。

 

「簡単に人の守り方を決めつけないで」

 

 春川の声には怒りがあった。けれど、丑寅の攻撃は確かに嫌なところを突いていた。

 

「くそっ、表示がブレる……! 手元が勝手に震えて、入力がズレやがる!」

 

「待っていて。今、そちらの干渉も抑えるわ」

 

「東条、全部を一人で拾おうとしないで。あんたまで狙われてる」

 

 春川が叫ぶが、東条は患者データへリカバリーの光を伸ばし続けた。

 

「分かっているわ。けれど、苦しむ声が聞こえている以上、見捨てるわけにはいかない」

 

「万津からも離れられない。患者データも狙われてる。入間も妨害されてる。嫌な配置だね」

 

 春川のバリアが何度も揺れた。三人は間違ったことをしているわけじゃない。けれど、丑寅はその正しさの向きを読んで、わざと引き裂いている。

 

 犬神が横から静かに言った。

 

「診断を元にした戦術分断です。丑寅君は、治療という名目で相手の行動原理を利用しています」

 

「だったら、診断そのものを間違いにしてやるしかないな」

 

 俺は丑寅を睨んだ。

 あいつは数値を見る。反応を見る。傷の深さを見る。けれど、それだけで人を分かったつもりになっている。

 

「入間は怖がってるだけじゃない。怖くても、手を止めないやつだ」

 

「そ、そうだぞ! 怖ぇのと、できねぇのは別なんだよ!」

 

 入間は震える指を無理やり握りしめ、マシーナリーの端末へ再び入力を叩き込んだ。ズレるなら、ズレる分まで計算に入れて修正する。そんな乱暴なやり方でも、彼女は止まらない。

 

「東条は自分を捨ててるんじゃない。誰かを支える時に、自分の役目を本気で選んでるんだ」

 

「万津君……私も、支える側である前に、ここに立つ一人なのね」

 

 東条のリカバリー光が、自分自身の足元にも広がった。患者データだけではなく、自分の精神干渉も同時に整えながら、彼女は救助対象の中心から自分を外さないように立ち直る。

 

「春川は守る相手しか見えないんじゃない。守るために、誰よりも周りを見てる」

 

「今それ言うの、ずるいんだけど」

 

 春川はそう言いながら、防壁の張り方を変えた。俺だけを覆う壁でも、全員を薄く包む壁でもない。素材化コードが伸びる経路そのものを読んで、必要な場所へだけ硬い壁を差し込む。守るという行動が、ただ囲うことではなく、状況を見ることだと示すような動きだった。

 

 丑寅は、少しだけ目を細めた。

 

「いいねぇ。診断結果に感情論で抵抗するか。だが、感情で壊れたやつを何人も見てきた身としては、やっぱり数値の方が信用できる」

 

 あいつは腰のホルダーから、ロードインヴォーカーを取り出した。

 手術整備室の空気が重くなり、壁際の医療機械とジャンクパーツが低い音を立てて震え始める。

 

「ここまで抵抗されると、声と機械だけじゃ診きれねぇな。直接診察に切り替える」

 

「万津君、来ます。丑寅君のロードファイブは、単純な破壊力だけならかなり危険です」

 

 犬神の声は冷静だったが、警戒の色があった。犬神がそう言うなら、目の前の変身はただの強化ではない。

 

「ロードファイブって、また変な装備出すつもりかよ!」

 

「万津、下がって。今の三人で受ける」

 

「いや、俺も前に出る。俺だけ後ろで守られてるわけにはいかない」

 

「無理に前へ出る必要はないわ。今は、全員が崩れない位置を選ぶべきよ」

 

 東条の言葉を聞き、俺は踏み出す足を止めた。前へ出ることだけが戦うことじゃない。今は、三人の力を無駄にしない位置に立つべきだった。

 

 丑寅はロードインヴォーカーへカプセムを装填し、肩を鳴らすように笑った。

 

「壊れてるやつを治すには、まず壊れた場所を開かなきゃならねぇ。痛ぇのは一瞬だ、我慢しろ」

 

『ロードファイブ!』

『オンユアマーク!オンユアマーク!』

『インヴォークロードシステム!』

『ロードファイブ!ショック!ジャンク!パニック!』

 

 赤黒い電撃が丑寅の両腕に絡み、肩と胸へ重いジャンク装甲が組み上がった。医療器具の白と廃材の黒が混ざり、そこへショック系の電流が血管のように走る。頭部には医療マスクと獣の角を思わせる複合装甲が形成され、背部には手術用アームと破砕工具が混ざった機械腕が展開した。

 

 ロードファイブとなった丑寅幽玄が、一歩踏み出す。

 それだけで、白い床に亀裂が走った。

 

「診察開始だ。抵抗する患者は、少し強めに押さえるぜ」

 

 次の瞬間、ロードファイブは消えたように距離を詰めた。

 

 最初に狙われたのは入間だった。ロードファイブの背部アームから赤黒い電流が走り、マシーナリーのハッキング経路へ逆流する。入間のゴーグル複眼に警告表示が走り、彼女は悲鳴を上げながらも端末を切り離そうとした。

 

「ぎゃっ、信号が逆流してきやがった! こいつ、ハッキング経路を手術糸みたいに引き戻してる!」

 

 春川がバリアを差し込もうとしたが、ロードファイブの拳がその防壁へ叩き込まれた。

 ただの打撃ではない。拳の周囲にジャンク装甲の破片が重なり、打撃の瞬間に防壁の継ぎ目へ衝撃を集中させてくる。

 

「重い……ただ殴ってるだけじゃない。防壁の継ぎ目を狙ってる」

 

 東条がリカバリーの光で春川の損傷を抑えようとすると、ロードファイブの肩からパニックノイズが広がった。緑の回復光に黒い乱れが混ざり、東条の手元が一瞬だけ鈍る。

 

「回復光が乱されているわ。精神干渉のノイズを混ぜられている」

 

「いい反応だ。だが、初診で暴れる患者を押さえる程度なら、このくらいで十分だろ」

 

「三人を患者扱いするな!」

 

 俺は前へ出ようとした。

 だが、その瞬間、ロードファイブの背部アームが俺へ向き、淡い赤のスキャン光が胸元を走った。さっき採取されかけた夢構造が反応し、病棟のモニターに新たな文字が表示される。

 

 夢構造、再同期反応。欠損人格補填用コア、適合可能性。妹再生計画、参照データ候補。

 

「妹再生計画……?」

 

 俺がその文字を読んだ瞬間、ロードファイブの動きが止まった。

 ほんのわずかだったが、丑寅の声から笑いが消えた。

 

「おっと、まだその名前は早かったな。だが、やっぱりお前の夢は使える」

 

「丑寅君、そこまで踏み込むなら、これは治療ではなく目的外利用です」

 

 犬神が冷たく言った。ロードファイブは肩越しに犬神を見て、低く笑う。

 

「うるせぇな、犬神。使えるものを使わずに、救えるものを救えなかったら、それこそ終わりだろ」

 

 その言葉には、ただの敵意だけではない何かがあった。

 救えるものを救えなかった。さっきの言葉と同じ場所から出てきた痛みのように聞こえた。

 

「お前が救いたいのは、誰なんだ」

 

 俺が問いかけると、ロードファイブは答えなかった。

 代わりに、背部アームで奥の扉を指し示す。

 

「次の診察室で教えてやるよ。耐えられたらな」

 

 ロードファイブの重い足音が、病棟全体を震わせた。三人はまだ倒れていない。入間は逆流した信号を無理やり切り離し、東条は乱された回復光を整え直し、春川は割れかけた防壁を張り直している。

 

 けれど、このまま正面から受け続ければ、先に削られるのはこちらだ。

 

「防ぎきれないわけじゃない。でも、このまま受け続けたら割られる」

 

「全員の損傷を抑えながら移動するしかないわ」

 

「くそっ、こいつの装甲、医療機械とジャンクの寄せ集めのくせに、妙に噛み合ってやがる!」

 

 入間の苛立った声を聞きながら、俺は奥の診察室を見た。

 ロードファイブは俺達を追い込もうとしている。けれど、そこへ行けば、丑寅が隠しているものに近づける。

 

「退くんじゃない。奥へ進むんだ。丑寅が隠しているものを見に行く」

 

 俺がそう言うと、ロードファイブは嬉しそうに腕を広げた。

 

「いい判断だ。なら、次の診察室まで案内してやるよ」

 

「万津君、次の区画に入れば、丑寅君の個人的目的に触れる可能性があります」

 

 犬神の言葉に、俺は頷いた。

 

「だったら見る。こいつが何を救おうとして、何を間違えてるのか」

 

 ロードファイブが奥の扉へ拳を叩きつけると、重い診察室の扉が開いた。

 扉の向こうには、白いカーテンで仕切られた部屋と、巨大な中核装置があった。装置の周囲には、少女のものと思われる記録、修復途中の身体データ、そして赤く点滅する文字が浮かんでいる。

 

 妹再生計画。

 

 その文字を見た瞬間、丑寅幽玄の治療が何へ向かっているのか、俺達はようやくその入口に立ったのだと分かった。

 

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