ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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執着 Part5

 ロードファイブに押し込まれるようにして入った奥の診察室は、病院というより、誰かの後悔を閉じ込めた箱のようだった。

 

 中央には巨大な中核装置が鎮座していた。透明なカプセル、白いケーブル、赤黒い制御端末、手術灯と整備アームが絡み合い、生命維持装置と工作機械を一つに溶かしたような形をしている。周囲のモニターには、少女の記録、身体データ、感情ログ、記憶断片、再生失敗記録が並び、そのすべてが一つの言葉へ収束していた。

 

 妹再生計画。

 

 その文字を見た瞬間、俺は丑寅幽玄が何を守ろうとして、何に縋ってきたのかを少しだけ理解した気がした。

 ただし、それは許せるという意味ではない。ここに並ぶ記録の数だけ、あいつは何かを直そうとして、直すたびに別のものを壊してきたのだと思った。

 

 モニターの文字が、冷たい音と共に流れていく。

 

 身体データ、再構築率六十一パーセント。記憶断片、接続不安定。感情ログ、欠損多数。人格補填用コア、未適合。

 

「ここが、お前の本当の目的なのか」

 

 俺が問いかけると、ロードファイブは装甲の奥で低く笑った。さっきまでの豪快な笑いと違って、その声にはどこか無理に明るく振る舞っているような響きが混ざっていた。

 

「目的なんて大げさなもんじゃねぇよ。ただ、救えなかったやつを今度こそ救うだけだ」

 

「丑寅君、この区画は保健省領域の標準治療範囲を逸脱しています」

 

 犬神が静かに告げると、ロードファイブは振り返りもせずに答えた。

 

「標準で救えなかったから、標準じゃない方法を使ってんだよ」

 

「それでも、相手の意思を置き去りにしていい理由にはならないわ」

 

 東条の声は穏やかだったが、リカバリーの緑の光は微かに強くなっていた。彼女は中核装置の中にあるものを、ただのデータとして見ていない。だからこそ、丑寅の言葉へ静かに怒っているのが分かった。

 

 中核装置の横にある記録端末が起動し、ノイズまみれの映像が空中に投影された。

 映っていたのは、丑寅の妹と思われる少女だった。顔は何度も乱れ、声も途切れ途切れだったが、笑っている場面と苦しんでいる場面が、ひどく不自然に繋がれていた。

 

「兄さん、また直してくれたの?」

 

 映像の中の少女は、少しだけ照れたように笑っていた。

 次の瞬間、映像が砂嵐のように乱れ、少女は痛みに耐えるように身体を丸めていた。

 

「痛いの、もう嫌だよ……」

 

 さらに映像が切り替わる。白い部屋、震える指、滲んだ視界、そして消えそうな声。

 

「怖い……消えたくない……」

 

 診察室の空気が、さらに重くなった。入間はマシーナリーの複眼を明滅させ、春川はバリアの腕部シールドを下げないまま、映像の少女から目を逸らさなかった。

 

「この子が、お前の妹なのか」

 

「ああ。救えるはずだった。痛みを取って、壊れたところを直してやれば、まだ生きられるはずだった」

 

 ロードファイブの声が、わずかに低くなる。怒りなのか後悔なのか、その境目は分からなかった。

 

「それで、今はこの子を作り直そうとしてるんだ」

 

 春川が言うと、ロードファイブは即座に否定した。

 

「作り直すんじゃねぇ。戻すんだよ。欠けたところを埋めて、動けるようにして、もう一度笑えるようにするだけだ」

 

 その言葉に反応したように、入間が中核装置へ解析アームを伸ばした。背中から伸びる銀色のアームが端末へ接続され、複数の解析ウィンドウが彼女の周囲に展開する。

 

「開けっぴろげにしやがって。天才に見られて困らねぇ自信でもあるのかよ」

 

「見りゃ分かるだろ。俺の修復は、ちゃんと動くところまで持っていく」

 

 ロードファイブは止めなかった。むしろ見せつけているようだった。

 自分の技術に間違いはない。救えなかったものを救うためなら、どんな構造でも正当化できる。そう信じ切っているように見えた。

 

 入間は最初こそ警戒しながら端末を覗いていたが、すぐに表情を変えた。怒りと嫌悪が混ざったような顔だった。

 

「……待て。これ、妹のデータだけじゃねぇ」

 

「何が見えたんだ」

 

「記憶の欠けた部分に、他の患者データを噛ませてる。感情ログも、人格反応も、足りねぇ部分を外から持ってきて埋めてやがる」

 

 入間の言葉に、東条が息を呑んだ。

 

「それでは、戻ってくるのは妹さん本人ではないわ」

 

「そういうことだ。これは復元じゃねぇ。継ぎ接ぎで、それっぽく動くものを作ってるだけだ」

 

 入間の声は震えていたが、それは恐怖ではなく怒りだった。彼女は機械を作る人間だからこそ、壊れたものを動かすことの意味も、そのために別の何かを無理やり繋ぐ危うさも分かっているのだと思った。

 

 ロードファイブは、その指摘を否定しなかった。

 むしろ、何を当たり前のことを言っているのだと言わんばかりに、俺達へ向き直った。

 

「欠けてるなら補えばいい。動かないなら動くようにすればいい。それの何が悪い」

 

「悪いに決まってんだろ。そいつは修理じゃねぇ、似た形の別物を作ってるだけだ」

 

「別物でも、痛みにのたうち回って消えるよりはマシだろ」

 

 その言葉は、丑寅の痛みから出ているのだろう。けれど、痛みから出た言葉だからといって、誰かの声を踏みにじっていい理由にはならない。

 

「本人でなくなることを、本人の救済と呼ぶことはできないわ」

 

「本人って何だよ。記憶か、身体か、感情か。全部が揃わなきゃ本人じゃないなら、壊れたやつはもう救えねぇのか」

 

 ロードファイブの声が荒くなった。

 それは俺達への怒りであると同時に、自分自身へ向けた問いのようにも聞こえた。

 

「壊れても、欠けても、その人の声が残ってるなら、まずそれを聞くべきだ」

 

 俺が言うと、ロードファイブは黙った。

 その沈黙を破るように、中核装置が高い音を立てて起動した。

 

 透明なカプセルの中で、白いデータの塊が少女の形を取り始める。細い腕、未完成の髪、ぼやけた顔。輪郭は記録映像の少女に似ている。けれど、まだ何も定まっていない。人間になりかけているのか、人間に似せられているのか、その違いが分からないほど不安定だった。

 

 モニターに文字が浮かぶ。

 

 再生体、意識反応確認。視覚認識、不安定。感情反応、恐怖優位。兄妹認識、未成立。

 

 ロードファイブが、戦闘を忘れたように一歩近づいた。

 

「おい……聞こえるか。俺だ。今度こそ、ちゃんと治してやる」

 

 カプセルの中の少女は、ゆっくりと目を開いた。瞳の焦点は合っていない。何かを探しているようで、何も見つけられないようだった。

 

「……こわい……」

 

 その声は、小さかった。

 けれど、診察室にいる全員へ届くには十分だった。

 

 ロードファイブの動きが止まる。

 

「怖い……? 俺だぞ。お前を治すために、ここまで来たんだぞ」

 

「……しらない……こわい……」

 

 その言葉が、丑寅へどう届いたのかは分からない。

 ただ、ロードファイブの背部アームが微かに震えた。装甲の奥で、丑寅幽玄という男が息を呑んだのが分かった。

 

 東条が一歩前へ出る。リカバリーの光が、カプセルの表面へ優しく触れた。

 

「その子は、あなたを拒んでいるのではないわ。自分が怖いと感じていることを、ようやく言葉にできたのよ」

 

「丑寅、その声を消すな。今、お前が聞かなきゃいけないのは、その子の怖いって声だ」

 

 俺も続けて言った。

 丑寅が本当に妹を取り戻したいなら、最初に聞くべきなのは、兄と呼ぶ声ではない。笑ってくれる声でもない。いま目の前にいる再生体が発した、「怖い」という声のはずだった。

 

 けれど、ロードファイブはゆっくりと首を振った。

 

「違う。これは不完全だから出てる反応だ。恐怖ログが残ってるから、まだ安定してねぇだけだ」

 

「そうやって都合の悪い声を不具合にするんだ」

 

 春川の声は鋭かった。バリアの透明な光が、カプセルとロードファイブの間へ差し込まれる。

 

「不具合を残したままにしたら、この子はまた苦しむんだよ」

 

「苦しみを訴えられることは、不具合ではないわ」

 

 東条の言葉にも、丑寅はもう応じなかった。

 俺は、ロードファイブの装甲越しに見えるはずのない丑寅の顔を見ようとした。そこにあるのは、妹を見ている兄の顔なのか。それとも、救えなかった自分を見たくない男の顔なのか。

 

「お前は妹を見てるんじゃない。妹が苦しんだ事実を見たくないだけなんじゃないのか」

 

 俺の言葉で、診察室の空気が裂けた。

 

 ロードファイブの背部アームが一斉に開き、中核装置へ黒赤い接続線が伸びる。モニターに警告が走った。

 

 恐怖反応、削除準備。人格安定化処置、開始。外部干渉、排除。

 

「怖いなら消してやる。痛ぇなら取ってやる。そうすりゃ、今度こそ笑えるはずだろ」

 

 春川が即座にバリアを展開した。透明な防壁が接続線を弾き、黒赤い火花がカプセルの前で散る。

 

「それは守ってるんじゃない。あんたが見たくない声を閉じ込めてるだけ」

 

 東条はリカバリーの光を再生体へ伸ばし、消えかけた意識を繋ぎ止めようとする。

 彼女の声は、機械音に負けないくらいはっきりしていた。

 

「聞こえた声を消させはしないわ。その子が怖いと言った事実を、なかったことにはさせない」

 

 入間は中核装置へ接続したまま、両手を震わせながら端末を叩いた。

 

「削除命令が速すぎる……! くそっ、間に合えよ、オレ様の天才的遅延処理!」

 

 マシーナリーの小型アームが銀色の光を走らせ、削除命令の処理速度を無理やり遅らせる。けれど、中核装置は丑寅の感情に反応するように出力を上げていく。まるで、止まれない本人の代わりに、装置が暴走しているようだった。

 

 次の瞬間、モニターが新しい文字を映し出した。

 

 人格補填用コア、不足。夢構造高適合体、検出済み。対象、万津。デュアルメア反応、補填コア候補。

 

 犬神の声が鋭くなった。

 

「万津君、危険です。あの処理は、君の夢を単なるデータ片として切り分ける可能性があります」

 

「やっぱりお前が必要だ。万津、お前の夢構造なら、足りねぇ部分を埋められる」

 

 ロードファイブが俺を見た。

 さっきまでの診察でも採取でもない。今の視線は、俺そのものではなく、俺の中にある使えるものだけを見ていた。

 

「俺を使って妹を作り直すつもりか」

 

「作り直すんじゃねぇ。完成させるんだ」

 

「完成とか言ってんじゃねぇ! それ以上継ぎ足したら、妹だった部分の方が薄くなるぞ!」

 

 入間の叫びにも、ロードファイブは止まらない。

 あいつはもう、妹の声も、入間の解析も、東条の訴えも、春川の怒りも聞こえていない。ただ一つ、足りない部分を埋めるという結論だけを見ていた。

 

 床に赤黒い採取陣が広がり始める。

 俺の足元から夢の糸のようなものが引き出され、診察室の中核装置へ向かって細く伸びていく。以前の素材化コードよりも深い場所へ触れられている感覚があった。夢の表面ではなく、俺が俺であると感じている輪郭へ指をかけられているようだった。

 

「お前が取り戻したいのは妹なのか。それとも、救えなかった自分を許してくれる何かなのか」

 

 俺がそう問うと、ロードファイブの全身から赤黒い電流が噴き上がった。

 

「黙れ。俺は、あいつを救うんだ」

 

「だったら、その子の怖いって声を聞け。お前の欲しい言葉じゃなくて、今出てきた声を聞くんだ」

 

「怖いなんて言わせねぇ。痛いなんて言わせねぇ。今度こそ、苦しませずに戻してやる」

 

 その声は、優しさの形をした拒絶だった。

 妹に苦しんでほしくない。怖がってほしくない。痛がってほしくない。たぶん、その願い自体は嘘ではない。けれど、丑寅はその願いを守るために、妹の声まで消そうとしている。

 

「その優しさは、もうその子の声を塞いでいるわ」

 

「守りたい相手を、自分の罪悪感の置き場にしないで」

 

 東条と春川の言葉が重なる。

 ロードファイブは答えず、背部アームと中核装置を同時に起動させた。

 

 素材候補、再ロック。夢構造採取、強制移行。妹再生計画、最終補填準備。

 

「足りねぇなら足す。欠けてるなら埋める。お前の夢を使えば、今度こそ救える」

 

「俺はお前の妹の代わりの部品じゃない」

 

「部品じゃねぇ。薬だ。壊れた命を戻すための、最後の薬だ」

 

「言い方変えたって、やってることは素材扱いだろうが!」

 

 入間が叫ぶ。東条のリカバリーの光が俺へ届こうとするが、採取陣から伸びた赤黒い糸がそれを遮った。春川のバリアも展開されるが、中核装置とロードファイブの出力が重なり、透明な防壁の表面に亀裂が走る。

 

「万津君、意識を手放さないで。次に来る干渉は、先ほどより深いわ」

 

「私が止める。今度は絶対に通さない」

 

 春川はそう言い切ったが、防壁の揺れは大きくなっていた。

 犬神が一歩前へ出る。彼の声は、法廷にいた時のように冷たく響いた。

 

「判決保留対象への強制採取を確認。丑寅君、これ以上は私の観測にも抵触します」

 

「なら観測してろ。俺が今度こそ救うところをな」

 

 ロードファイブの言葉と同時に、採取陣が完成した。

 俺の足元から、夢の糸がさらに強く引き出される。胸の奥で、デュアルメアの反応が乱れ、カタストロムの痕跡が痛むように脈打った。俺という存在が、誰かの欠けた部分を埋めるための材料として、少しずつ切り分けられようとしている。

 

 カプセルの中で、妹再生体が震えていた。

 

「……こわい……」

 

 その声は、小さくて、今にも消えそうだった。

 けれど、俺にははっきり聞こえた。

 

 中核装置の高い駆動音が、その声をかき消すように鳴り響く。

 俺は夢の糸を引き抜かれながら、必死に意識を繋ぎ止めた。

 

 丑寅幽玄が何を救おうとしているのかは、もう分かった。

 次は、あいつが何を間違えているのかを、真正面から突きつけなければならない。

 

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